第91話 魔砲の光
ぶ厚い雲が立ち込め、夜さながらの暗さとなっていた王都アウレクスの中央広場で、エードは不思議なものを見た。
突然、あたりが晴天のように明るくなったのだ。
雲が晴れたのかと空を見上げるが、依然としてそれはそこに鎮座している。しかし、頭上の雲は先程までとは異なり、金色に光り輝いているように見えた。
雲が突然輝きだすようなことがあるだろうか。
何か異様なことが起こっている、そう考えた次の瞬間、エードは体全体を丸ごと震わせるような、とてつもない轟音に襲われた。
それに続いて、立っていられぬような突風がエードたち広場の人々に吹き付ける。
「うわっああああああ!」
人々の悲鳴がエードの耳に届く。男たちは風の力になんとか抗うも、女子供や老人たちは風に飛ばされ、広場を転がっていった。すぐそばにいた男たちが手を差し伸べ、彼らに覆いかぶさるようにして突風に耐えている。
エードは顔の前に手をかざし、目を細めて眼球に突き刺さる風に耐えつつも、突風が吹き付ける方向を見た。
ベオルスリック大通りの終点、ルセアル大聖堂前広場。
そこには直視できないほどの強烈な輝きで満ちていた。
光の中心から糸を引くようにさらに光が飛び散り、それが周囲の建物にぶつかると、建物は炎に包まれていっていた。
「な、なんだ――何が」
エードの心に浮かんだ言葉が、誰かの口から発せられる。状況がわからないのは皆同じだった。
「あれは……」
輝きの中心にうっすらと何かが見えた。かすかなしみのようなもの。目を凝らすとおぼろげな形が、エードの記憶にあるものと重なっていく。
人影、そして美しい翼、数ヶ月前、奇しくも同じ大聖堂前広場でエードが眼前で見たあの光景が再び繰り広げられていた。
「まさか、ウィル――なのか」
心の言葉が意図せずこぼれ落ちる。
ウィルが、あいつがまた、俺たちの盾になっているのか。
状況を理解したエードの顔がこわばる。あの強烈な輝きはあの時と同じ魔砲の光だ。威力は桁違いだが間違いない。そして、あの魔族の少年ウィルはまたしてもその光の前に立ちはだかっている。
自分たちは、王都の街は彼らを拒絶したのだ。にもかかわらず、ウィルは自らの身を挺して破壊の力をせき止めている。街を守るために。
いや、実際はそうではないかもしれない。何か別の、想像もつかないことが起こっているのかもしれない。しかし、あの体験をしたエードにはそうとしか思えなかった。
「助けないと!」
側にいた少年が大声を張り上げた。
「お祖父様、僕はウィルを助けに行きます!」
「待て! セオル! 今行っても――」
老人がセオルを止めようと必死に手を伸ばすが、突風に煽られその手は少年には届いていない。
制止する声を振り切るように、少年が足を踏み出す。
その肩にエードが手をかけた。
「待て! お前は魔族でもなんでもないんだろう! 今行っても何もできない!」
「でも! 仲間が、友達が! こんなときにただ見ているだけなんて、僕にはできない!」
「だからって、何もできないのに行っても邪魔になるだけだ! せめて、この風が収まるまで待て! お前の家はポーション屋なんだろう! あいつはきっとぼろぼろになっているはずだ。今あの場にお前のやることはない! あれが終わったらお前のポーションであいつを助けてやれ! その時は俺も一緒に行ってやる」
「くっ」
「あいつを信じろ! あの時もそうだったんだ。あいつは、お前の仲間は絶対に負けない。ぼろぼろになっても膝をついたりはしないんだ!」
「ウィル……!」
セオルとエード、二人は輝く破壊の光を見つめる。
その時、光の中央で赤い輝きが爆発した。
◇
真っ白なトンネルのような光の奔流が二人を包み込もうと殺到する。
だが、その内部は空洞ではなく、膨大な魔力に満たされているのだ。
ウィルは自らを守るように翼を前方に展開し、その内側にフローラの三重防御魔法が膜を張った。
魔砲の先端がついにウィルたちに激突する。
翼とぶつかり合った魔砲の光は砕け散り、その飛沫が溶かした鉄のように周囲に飛び散っていった。
はね飛んだ飛沫は、まだ健在な建物にぶつかりその力を解放していく。
次々と建物が光と炎に包まれる中、ウィルとフローラは強烈な圧力に抗い続けた。
「ぐっ、ぁぁぁぁああああ!」
苦悶の悲鳴がウィルの口から漏れる。
ウィルの翼は魔砲の衝撃に揺さぶられ、その先端から付け根までが大きく振動していた。
ウィルの背に手を置くフローラの腕も振動に合わせて揺れ動く。
魔力を吸収する翼はすでに限界近くまで力を蓄え、虹色の強烈な輝きを放っていた。
それは、守られる安心感を通り越し、暴発の恐怖を感じるほどの危険な輝きだった。
翼に連なる羽根が振動によって抜け落ち、魔砲の光に絡め取られ消し飛んでいく。
「ッ!」
フローラの手がウィルの背に押された。
ウィルが後ろに下がったのだ。
「ウィル! 大丈夫!?」
「もう……抑え……きれ……ない」
ウィルの苦しげな声が返ってくる。
今押し切られてしまえば、フローラたちはただでは済まない。そればかりか、背後に控える王都の街も壊滅的な被害を受けることになる。
多くの人が命を落とすだろう。その中には傭兵騎士団の仲間たち、ヴェトス軍の人々、そしてセオルも含まれるのだ。
セオルの笑顔が胸に浮かぶ。失いたくない――たとえ、自分がどうなっても!
「あぁぁぁあああああ!」
フローラの体を覆う紋様が赤く変容していく。それとともに魔力が爆発的に吹き出してきた。
強い力は紋様から漏れ出し、フローラは魔力でできた赤い霧を纏う。
その力は展開している三重防御魔法に流れ込んでいった。
魔法膜は赤く輝きながら大きく広がり、ウィルの翼に接触すると、その中に染み込んでいく。
虹色の翼は赤い輝きを吸収し、その大きさを一回り増す。
ガクガクと震えていた翼はピタリと動きを止め、強力な魔砲を正面から受け止められるようになっていた。
「おおおおおおお!」
二人の声が重なる。
安定した赤みがかった虹色の翼がさらに魔砲の魔力を吸収し強く光る。
「ばかな! この魔砲に耐えるのか!」
キネムドの声が広場に響く。その声を境に魔砲は徐々にその太さを細めていった。
「魔力を使い切ったのか!」
極太だった魔砲は木の幹ほどの太さとなり、やがて消えていった。
ウィルの翼から、蓄えた魔力が逆流する。
再び極太の魔砲へと姿を整えた魔力が、今度は大神像とキネムドたちを襲った。
「ひっ」
恐怖から身をかがめたキネムドの醜態とは裏腹に強すぎた力は制御が効かず、極太の魔砲は大神像の一部をかすめ大聖堂のバラ窓を突き破ると、そのまま屋根を抜け空へ消えていった。
翼から放った魔砲の反動で、ウィルとフローラは地面に叩きつけられていた。
遠ざかる意識をなんとか捕まえ、ウィルは体を起こす。
傍らに倒れるフローラに目をやると、彼女は完全に意識を失っているようだった。
すでに紋様は消えているが、吐血したのか口のまわりは血で汚れ、目から血と涙が流れ落ち赤黒い筋が頬に描かれている。
「フ……ローラ!」
ウィルの体に痛みが走る。
それをこらえ、ウィルはフローラを抱き起こした。
「フ……ローラ、まだ……まだ終わってない。目を開けて」
フローラが薄く目を開く。
「ウィ……ル、あい……つは」
「まだ動いてる。立てるか?」
「うん……」
ウィルに支えられ、フローラが体を起こす。
よろよろと立ち上がるが、紋様からも出血したのか、指先から血が滴り落ちていた。
「おおーい!」
再び大神像に立ち向かうべく、支え合って立つ二人の背後から、呼びかける声がした。
二人のよく知る仲間の声。
「ウィル! フローラ!」
セオル、ガー、そして何人かの市民がこちらに駆け寄ってくる。
「フローラ!」
セオルが血まみれのフローラに気づき、持ってきた樽を地面に置く。
「なんて無茶を! さあ、早く治療を」
「セオル、来てくれたの」
セオルが樽から汲んだポーションが入った器をフローラに差し出す。受け取ったポーションを飲み干し、フローラの体内のダメージが癒えていった。
「さあ、ウィル、お前もだ」
見知らぬ男がウィルにポーションの器を差し出す。
「え、あ、ありがとう」
「俺はこの街に住むエードだ。お前に助けられるのはこれで二回目だ。以前もこの広場で魔砲からお前に守られた」
「あの時に」
「ああ、あの時の野次馬の中にいたんだ。俺は、俺たちはお前に礼を言わないといけない。街を守ってくれてありがとう、ウィル」
エードが手を差し出す。
ウィルはその手を握り返した。
「一度はお前たちを疑った。でも、こんなことをするお前たちが大罪を犯すとは思えない。セオルもさっき言っていた。お前たちは教皇様を殺していないってな。俺はお前たちを信じることにするよ。疑って済まなかった」
「あ、いや、やめてよ」
頭を下げるエードをウィルが止める。
「信じてくれるならそれで十分だよ。エードさん。だから、頭を上げて」
ウィルに促され、頭を上げるエード。二人は顔を見合わせ、笑顔を交わした。
そこに、避難していたメアウェンとドラヴァルが合流してくる。
「フローラ! お前あの力は使うなって言っただろうが!」
「ごめんなさい。でも、ああするしか」
「……ったくよう。メアウェンも言ってやってくれ」
「まあまあ」
ドラヴァルに肩を貸したまま、メアウェンがなだめる。
「フローラ、よく街を守ってくれた。ありがとう。だが、君がいなくなっては意味がないんだ。自分のことも大事にしてくれよ」
「うん、気をつける」
ドラヴァルの治療をセオルに任せ、メアウェンがフローラの頭を撫でた。
「セオル、他の人たちは?」
ウィルは、ドラヴァルの治療を行っているセオルに声をかけた。
「広場の方は大丈夫。転んで怪我をした人はいたけど、お祖父様たちが治療に当たってるよ。傭兵騎士団の人たちもいるし、衛士の人たちも来てくれてる」
「そうか、じゃあ安心だね」
「あ、フローラ、あのひげの衛士の人がフローラによろしくって言ってたよ。街を頼むって」
「おじさんが! うん、私ぜったいに負けない!」
フローラが力強く頷くのを見て、ウィルも決意を新たにする。
メアウェンたち仲間だけではなく、ヒゲの衛士、オスリックなど自分たちを信じてくれる人がいる。それにエードのように考えを変えてくれる人もいる。
彼らのためにも、あの大神像を倒して街を守らないといけない。
その決意を打ち砕かんと、大神像が再び動き出した。
「魔砲をなんとか耐えたようだが、もう一度受ければどうなるかな。お前たちの魔力がいつまで持つか試してやる!」
キネムドが叫ぶ。
先ほど使い切った魔力は再充填されたようだ。
「セオルたちは下がって! ここは危ない!」
ウィルは振り向いて声をかける。
ガーとセオルは市民たちを率いて少し後ろに下がっていった。
さっきの魔砲はフローラの助けがあってなんとか耐えることができた。だが、赤い紋様はもう使えない。フローラの体への負担が大きすぎる。
再び、大神像の口内に光が集まりだした。
何か、何か手を打たなければ、街が破壊されてしまう。
「そう何度も耐えることはできまい! これでお前たちは終わりだ!」
魔砲の光が膨れ上がり、勝ち誇るようにキネムドが宣言した。
その声の向こうにかすかに聞こえるものがあった。
初めて聞くものだが、ウィルには馴染み深いもの。
美しい旋律が風とともにあたりに流れる。それを紡ぐのは懐かしい声。
『ウィル、私に任せて』
「まさか――まさか」
『当然よ。姉は弟の面倒をみるものなんだから』
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