第90話 大神像の力
フローラの手刀が取り付いた大神像の右大腿に突き刺さる。
傷口から四方に亀裂が広がった。
「はぁぁぁああああ!」
内部に掌を残したままフローラは魔力の散礫を発動させる。
大腿内部で炸裂した魔力の散礫が、亀裂をさらに押し広げ、大神像の右足は破断された。
支えを失い、倒れゆく大神像の足を蹴ってフローラは後方に宙返りをして着地する。
「いいぞ! フローラ!」
声をかけたのはドラヴァルだ。
その傍らには、剣を頭上に掲げたメアウェンがいる。
メアウェンの魔力が注ぎ込まれた剣は、ドラヴァルの族長家の力による底上げを受け、超巨大な光の刀身を形成していた。
その刀身は大神像の頭頂を超え、大聖堂の屋根に届かんばかりになっている。
「やっちまえ! メアウェン!」
いつの間にか呼び捨てになっているドラヴァルの声を受け、メアウェンは光の刀身を振り下ろす。
「おぉぉぉぉおおおおお!!」
剣閃が半円を描き、月のような輝きを残す。
巨大な光刃は大神像の首を何の抵抗もなく斬り抜け、その勢いで頭部をはね飛ばした。
転がった頭部が大聖堂の壁にめり込む。
「なんとか斬れたか。これで動きが止まるかはわからんが、少なくとも魔砲の狙いをつけることはできないだろう」
メアウェンは光刃を消しながら、転がった頭部を見つめる。
顔面は下を向き、こちらに攻撃してくることは難しそうだった。
「メアさん!」
フローラがメアウェンたちのもとにやってくる。
「フローラ、いい撹乱だった。腕をあげたな。ドラヴァル殿もありがとう。族長家の力、見せてもらった」
「へっ、あんな威力を見せられて、俺のおかげだー、なんてのはちょっと言いづれえけどな」
「さすがです。メアさん」
三人は残る中央の大神像に目をやる。
右の大神像は先程ウィルが撃破し、すでに動かなくなっていた。
「あと一体だ。アルドのもとへ向かう」
「はい!」
「おう!」
メアウェンたちは中央の大神像の元へ駆けつける。
すでにウィルが参戦し、攻撃を引き付けるアルドとともに戦いを繰り広げていた。
「アルド!」
「おせえぞ! メア!」
「すまん。だが、左の大神像は片付けた。残るはこいつのみだ」
「とっとと片付けちまえ」
「そうだな」
フローラとドラヴァルが大神像のもとへ駆けていく。その後ろをフェイのシルフが追った。
メアウェンは大神像の頭部を睨みつけ、その足元、後方に陣取るキネムドを見る。
成り行きで始まったこの戦いだが、陰謀の内情を知る人物がすぐそこにいるのは好都合だ。
大神像を倒し、やつを捕らえる。メアウェンが決意とともに大神像に向かって駆け出したとき――
『キネムド、何をしているんだ』
広場に何者かの声が響く。
「なんだ」
メアウェンはあたりを見渡すが、声の主らしき人物は見当たらない。
名前を呼ばれたキネムドは、何かに怯えるように天を仰いでいた。
「も、申し訳ありません。やつら、なかなか手強く――」
『お前にやった神像の力、その程度ではないはずだ』
「この声……どこかで」
キネムドと会話する何者かの声は、メアウェンの記憶にあるものだった。
「まさか……いや、口調が」
「メア、この声誰の声かわかるの?」
ウィルがシルフの手から逃れ、メアウェンの隣に降り立つ。
「ウィルは聞き覚えはないか? 君も一度聞いているはずだ」
「え、うーん、聞いたことあるようなないような」
「いつもと口調が違う。だが、この声は……陛下のものだ」
「陛下って、国王陛下!?」
「ああ、あのような話し方はされないはずだが」
キネムドが何かを訴えている。
「しかし、この大神像は力が強すぎます! 本来の力を使えば王都にも被害が――」
『被害などいくらでも直せる。お前はお前の役割を果たせ。それがお前たち人間だろう』
「は、しかし」
『王の言葉に逆らうのか?』
広場の空気が張り詰める。メアウェンは姿の見えない語り手の声が危険な性質を帯びたように感じた。
「そ、そのようなことは」
『なら、さっさとやれ。やつらは国を乱す。俺の国には必要のない者たちだ』
「は、直ちに」
キネムドの魔力が大きく膨れ上がる。その力は、人間のものとは思えないほど強大だった。
一般のヴェトスを超え、ドラヴァルのような族長家のヴェトスに匹敵するほどの魔力量がある。
いくら現教皇とはいえ、キネムドは人間だ。通常こんな力を振るうことはありえない。
「ッ皆、気をつけろ! 何か仕掛けてくるぞ!」
メアウェンは剣を構え、仲間に対して叫んだ。
隣ではウィルが魔力を練り、何が起きても対応できるように準備をしている。
「もはや手加減はできん」
膨大な魔力を身にまとったキネムドが言い放つ。
「貴様たちが宝物を盗んだりしなければこのようなことにはならなかったのだ。これから犠牲になる王都の民たち、彼らはお前たちが殺したも同然なのだ。その罪を悔い、死を受け入れよ!」
「何を言う! 勝手なことを!」
メアウェンの叫びには答えず、キネムドは右手を高く掲げる。
「神よ! その写し身の力を解放します!」
キネムドの魔力がその前に立つ大神像に移っていく。
大神像にまとわりついた魔力の一部が、水飴のように伸び始めた。
「何が――」
伸びた魔力が、広場に倒れている二体の大神像に絡みついていく。
巨大な石の塊が浮かび上がり、中央の大神像の元へ集まっていった。
壊れた大神像の四肢がもげ、中央の大神像の上半身に結合していく。
胸部から四本の脚が生え、肩には元のものと合わせ六本の腕が連なっていた。
そのうち二本の腕には切り離された二つの頭部が掴まれている。
重くなった上半身を支えきれず、大神像は四つん這いになった。胸から生えた四本の足が体を支えている。
「化け物め!」
メアウェンは再び魔力を剣に集め、巨大な光の刀身を作り出す。
「ドラヴァル殿!」
「おう!」
求めに応じたドラヴァルが族長家の力でメアウェンを強化した。光の刀身は先程よりもさらに巨大になる。
「叩き切ってやる!」
天を突くほどの巨大な剣が異形の大神像に振り下ろされる。
その刃は空気との摩擦で炎を発し、大神像の頭部に炸裂した。
しかし――
「馬鹿な!?」
光の刃は石の体表を切り裂くこと叶わず、大きく弾き返される。
「もう一度だ!」
メアウェンが再び光の刃を振り下ろす。
その剣閃を大神像の二本の腕が掴み取った。
光の刃に切断されることのない石の指が淡い光に包まれている。
「魔剣術か!」
アルドが叫ぶ。
大神像の全身が魔剣術の淡い光に包まれていた。
大神像がさらに二本の腕を振り上げ、光の刃の両側から拳を叩きつける。
強力な圧力に挟まれた刃は徐々にヒビが入り、ついには粉々に砕け散った。
「この剣を防ぐのか!」
メアウェンの叫びを嘲笑うかのように大神像が動き出した。
本体中央の顔と、両手に掴んだ二つの頭部から赤い光条が走る。
「回避!」
ウィルたちは広場を縦横無尽に動き回る赤い光条から逃げ回った。
一つを避けてもまたすぐに別の光条が襲いかかってくる。
「なるほど、逃げるのは得意か。ならばこれはどうだ」
キネムドの声とともに大神像が空へ高く跳ねた。
分厚い雲に重なるように大神像の影が空に映る。どこまで高く跳び上がったのか、あれほどの巨体が小さな影に見えた。
影がだんだんとその大きさを増していく。
「退避! 落ちてくるぞ!」
メアウェンが叫んだ次の瞬間、広場は轟音に包まれた。
衝撃波が周囲の建物をなぎ倒し、めくれ上がった石畳が津波のように押し寄せる。
厚い土煙の中から拳ほどの大きさの瓦礫が無数に飛んできた。
巻き込まれたウィルたちは嵐の中の木の葉のように宙を舞う。
何が起こったかわからないまま、ウィルの体は何かにぶつかって止まった。
「くっ」
ゆっくりと目を開け、はっきりとしない感覚の中、無理やり体を起こす。
体の上に覆いかぶさる瓦礫を押しのけ、ウィルは立ち上がった。
右手はまだ剣を握っているが、左腕に力が入らない。
折れてしまったのか、左腕はだらりとぶら下がっているだけだった。
「どうなったんだ……」
まだ残る土煙の中、あたりを見渡す。
遠くに見える瓦礫の中から何人かの人影が身を起こしていた。
メアウェンやフローラ、ドラヴァルのように見える。
ウィルは視線を広場の方にむけた。大聖堂が妙に遠く見える。広場はこんなに広かっただろうか。それに石畳がなくなり、完全に土が見えてしまっている。
だんだんと感覚が戻り、周囲の音が聞こえてくる。すぐそばからぱたり、ぱたり、と液体が何か硬いものに落ちる音がした。
見ると、自分の腕から赤い血が滴っている。
ウィルはポーションを取り出すと、頭から浴びるように振りかけた。
なんとか体を動かせるようになり、皆のもとへ向かう。
「みんな、大丈夫か?」
ウィルが声をかける。
「生きてはいるが、といったところだな」
答えたメアウェンは血まみれになっていた。
その隣にいたフローラも真っ赤に染まっている。
「くそ、足をやっちまった」
フローラに肩を借りているドラヴァルが左足を引きずっていた。
「アルドさんとフェイさんは?」
「わからん。姿が見えん。生きていてくれればいいが」
メアウェンが瓦礫のほうを見る。
ウィルは自分が倒れていたあたりを見た。ひしゃげた看板が目に入る。そこにはスウェテセルト菓子店と書いてあった。
スウェテセルト菓子店は広場に面していなかったはずだ。広場から大通りを数軒いったところにある。
つまり、ここまでの建物はすべて崩れてしまったということだ。中にいた王都民ごと。
「アルドたちを探したいところだが、さきにあの化け物をなんとかしなければ」
メアウェンが広場のほうを睨みつける。
その中央に異形の大神像が鎮座していた。
「あれで死ななかったのか。しぶといやつらだ」
キネムドの声が響く。
「ならば止めをさしてやる」
大神像が口を大きく開けた。その中に光が集まっていく。
「魔砲か!」
さらに二つの頭部が中央の頭部に寄せられ、こちらも口腔に光が灯る。
光は徐々に大きくなり、三つの光が一つの大きな光に変わっていく。
「逃げるぞ! あんなもの防ぎきれん!」
メアウェンはドラヴァルの空いた腕に肩を貸し、その場から離れようとする。
ウィルたちはちょうどベオルスリック大通りの入口付近に立っていた。
魔砲が放たれれば、斜線は大通りから少し逸れ、中央広場を貫いて魔法街のほうへ到達するだろう。
建物は破壊され、中にいる人たちは無事では済まない。
それに、広場にはセオルたちがいる。
「ウィル?」
広場から動かないウィルをメアウェンが振り返る。
「ウィル! 逃げるんだ! あれを防ぐことはできない!」
「俺たちが逃げたら王都の人たちに当たる!」
魔砲の光が一段と輝きを増す。
ウィルの背中の触手がキラキラと光を放ち、純白の翼へと姿を変えていった。
「それに、広場にはセオルたちがいるんだ! 防がないと!」
それを聞いたフローラが足を止める。
ドラヴァルの腕を肩から降ろした。
「メアさん、ドラヴァルさんをお願い!」
「フローラ! 行くな!」
フローラが翼を広げたウィルの背後に取り付く。
紋様を発動させ、三重防御魔法を二人の前に展開した。
「私もやる」
「ああ、二人で止めよう」
「罪持つ者よ、消し飛ぶがいい!」
キネムドの声とともに、限界まで膨れ上がった光が一本の太い光条となって撃ち放たれた。
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