第89話 大聖堂前広場の戦い
魔砲の輝きがあたりを明るく照らす。
魔砲の光条は民家を貫通し、どこかへ飛び去っていった。
その軌跡に二人の人影が姿を現す。
「あ……あ……」
無数のヒビが入った強化盾魔法が砕け散り、フローラとドラヴァルは膝をついた。
そのまま意識を失うと、二人は石畳に倒れ伏す。
「フローラ! ドラヴァル殿!」
中央の大神像と戦っていたメアウェンは二人の状況に気づき、そちらに向かう。
しかし、メアウェンの目の前を赤い光条が走り抜けた。中央の大神像の目が赤く輝いている。
急制動をかけたメアウェンをさらに赤い光条が襲った。
メアウェンは後ろに跳んで避けるが、二人からはどんどん離れていく。
「メア! 俺が引きつける。その間に二人を」
「頼む、アルド!」
「いくぞ! おァァぁぁあアアアアッ!!」
アルドの戦吼が発動する。
中央の大神像の目がアルドを捉えた。
赤い光条がアルドを穿ち、巨大な拳がアルドに叩きつけられる。
盾魔法と大剣を駆使し、アルドは自らへの攻撃を捌いていった。
「行け! メア!」
「ああ、すまん!」
メアウェンが倒れているフローラとドラヴァルに駆け寄る。
「大丈夫か、二人とも!」
その背後で、左足を破壊されて横たわっている大神像の口腔に再び光が灯った。
「くっ、まずい!」
メアウェンは二人を両脇に抱え、場所を移動する。
メアウェンが通ったすぐ後ろを魔砲の光条が駆け抜けていった。
メアウェンは二人を連れて大通りの入口目指して走り出す。その背を大神像が放った赤い光条が追う。
右へ左へ進路を変え、赤い光条をなんとか回避するメアウェン。
「くっ、これでは治療ができん」
そう漏らしたメアウェンの視界に映ったのは地面に空いた四角い穴だった。
大神像の攻撃によって広場にあった神像の台座が吹き飛ばされ、霊廟への入口が顔を出していた。
メアウェンはその穴へ滑り込む。
「しっかりしろ、二人とも」
メアウェンはフローラとドラヴァルの口にポーションを含ませ、魔砲に焼かれた皮膚に振りかけた。肌が再生を始め、二人の青い顔が血色を取り戻す。
「メ……アさん」
意識を取り戻したフローラが目を開けた。
メアウェンはポーションの入った革袋をフローラに手渡す。受け取ったフローラは二口ほどそれを飲んだ。
その隣ではドラヴァルがむくりと体を起こす。
「んのやろぉ、舐めたマネしてくれやがって」
ドラヴァルも自らのポーションを取り出し、口に含んだ。
「ヴェトスにも革袋ポーションがあるのか」
「ん、ああ、これはセオルが教えてくれたんだよ。戦場でガラス瓶なんざ持ち歩けねえからな。作んのは大変だったが、いい発想だぜこれは」
「そうか、セオルが」
「んなことより、状況は?」
「大神像の一体をウィルが、もう一体をアルドが相手をしている。残る一体、君たちが足を破壊したものがまだ活動を続けている。我々三人でまずはそれを破壊する。いけるか?」
目に光の戻ったフローラがうなずく。おうよ、とドラヴァル。
「んで、作戦はあんのか?」
「ああ、まずは――」
メアウェンは二人に考えを説明していった。
◇
ウィルの触手の一本が大神像の左腕に絡みつく。
触手が伸縮する力を使い、自らの体を宙に浮かせたウィルが大神像の左腕に取り付いた。
王都の路地ほどの幅がある腕の上をウィルが駆け上がる。
ウィルを掴み取ろうとする大神像の右手を躱し、上腕から肩へ、そして頭部へたどり着いた。
体をくねらせ、ウィルを振り落とそうとする大神像の動きに、ウィルは触手を足元の肩に突き刺し体を固定して対抗する。
ウィルが右手に持つタレンの剣が魔力の光を放つ。
魔剣術、タレンの剣はこの魔法の馴染みがいい。父によって使い込まれたためか、今も残り香のような魔力を帯び、ウィルが流し込む魔力が抵抗なくするすると染み込んでいく。
「ここだぁああ!」
大神像が体勢を変える一瞬の隙を狙って、ウィルは剣を首筋に叩き込んだ。
魔剣術によって鋭さを増した剣は石の肌を切り裂き、大神像の首に深く潜り込む。しかし、その巨柱のような太い首を切り飛ばすことは叶わず、直径の三分の一ほどの深さの切れ込みを作るにとどまった。
切れ込みからこぼれ落ちた瓦礫がウィルの足元を転がり落下していく。
「うわっ」
大神像が体を動かした拍子に、踏み替えた足の下に小石が入り込みウィルはバランスを崩した。
大神像の肩に突き刺していた触手も抜け、ウィルは地上に向かって落下する。そのウィルを掴み取ろうと大神像の右手が迫った。
「まずい!」
叫んだウィルにかかる力の方向が変わる。フェイのシルフがウィルをすくい上げたのだ。
シルフに抱えられてウィルは再び上昇する。
正面に大神像の巨大な顔が来たとき、その右目が赤く輝いた。
(赤い光条!)
ウィルは両手と六本全ての触手に魔力を集中させ、魔法を発動させる。
両手と六本の触手から放たれた、計八発の魔力の氷礫が、大神像の顔面に殺到した。
着弾した氷礫の衝撃で大神像の顔がぐいと上を向く。それと同時に顔の右半分が厚い氷に覆われた。
発動した赤い光条は氷に阻まれその場で爆発を起こす。
その威力は、大神像の石の顔をずたずたに破壊した。
衝撃によって、首の傷も広がりふらふらと大神像は足を踏み出す。
「フェイ!」
フェイがシルフに指示を出し、ウィルを少し下がらせた。
空中で掲げたウィルの右手に六本の触手が絡みついていく。右手に握ったタレンの剣を頂点とし螺旋状に絡み合った触手が太い杭を作り出した。
触手が腕に沿って回転を始める。
「おおおおおお!」
シルフが突風を束ね、ウィルを送り出す。
右手の螺旋杭を突き出し、ウィルが大神像の胸元へ突撃した。
螺旋杭の先端が大神像の厚い胸板に穴を穿つ。
回転する触手が石の肉を砕き、穿孔を広げていった。
ガクガクと大神像の全身を揺さぶる振動によって、首の切れ込みから亀裂が広がっていく。
「行けええええええ!!」
螺旋杭は大神像の胸部に大穴を開け、ウィルの体ごと背部に突き抜けた。
動きを止めた大神像が、地面に膝をつく。
大神像の首全体に広がった亀裂は破断し、切り離された頭部が地面に落下した。
◇
王都中央広場では、逃げ散った王都民たちが戻ってきていた。
戦いの音が遠ざかり、様子を見に来たのだ。
「ひでえな……」
誰かのつぶやきが聞こえた。
エードは広場を見渡す。
ところどころ石畳がめくれ上がり、土の地面が露出している。
倒れている十数人の聖騎士の亡骸が戦いの凄惨さを物語っていた。
白銀の鎧はへこみ、面頬の外れた兜が転がっている。
「あいつらがやったのか」
教皇殺しのウィルとその仲間たちは魔族軍と共に攻め寄せ、王国の象徴たる聖騎士たちをも手にかけた。
もはや完全に王国の敵だ。
「皆さん! ここは危険です! ヴェトスと王国軍の戦いが起こっています! ここもいつ戦場になるかわかりません! 建物に入り、扉を施錠してください!」
ざわめきの中、王都民に声をかけて回っている少年がいた。
王都民たちは眉をひそめ、少年を遠巻きに見ている。
あの顔はどこかで……エードは自分の記憶を探った。
あれは確か……そうだ! 大聖祭のあの場にいた傭兵騎士団の一員だ。
傭兵騎士団の新人の一人、魔族のウィルやフローラでもなく、亡くなったエルフの娘でもない。
教皇暗殺事件の容疑者の一人、あれがセオル・ウィンステッドか。
「おい! お前の顔は知っているぞ!」
誰かが声を上げる。一人の男が進み出て、セオルに指を突きつけていた。
「お前、教皇殺しの一味だろう! 俺がとっ捕まえてやる!」
男が腕まくりをし、セオルに掴みかかろうとする。
しかし、セオルはするりとその腕を逃れた。
「やめとけ! あいつは元傭兵騎士団だ。お前が勝てる相手じゃない」
エードが男の腕を掴んで止める。
「だったら、誰か衛士を呼んでこいよ! 大罪人を野放しにはできないだろう!」
「彼の身柄は我々が預かっている。何か問題があるか?」
セオルの隣に進み出たのは槍を携えたガーだった。
「よ、傭兵騎士団……預かってるって、拘束も何もしてないじゃないか」
「彼はここから逃げ出すような男ではないからな」
「な、なんだよそれ」
「僕たちは罪を犯していません」
エードたちとガーの間にセオルが入ってきた。
「僕たちは教皇聖下を殺してはいません」
セオルの真っ直ぐな目がエードの目を射抜く。
エードたちはその強い目にたじろいだ。
「で、でも発表があったんだぞ! 国王陛下と教皇聖下の連名でだ! あの方々が間違いを犯すってのか!」
「僕たちは嵌められたんです。おそらく、あそこにいる男に!」
セオルが振り返り、大通りの先を指し示す。その先には石の巨人が戦う姿とそびえ立つ大聖堂の尖塔が見えた。
「教皇キネムド、おそらく彼があの事件の黒幕です」
セオルが王都民たちを前に、あのとき起こったことを説明する。
「じゃあ、教皇様が殺されたってのはその女の仕業だってのか」
「そうです。彼女は前教皇聖下の殺害を頼まれたと言っていました。仕事だと」
「誰かが教皇様を殺そうとしていた……」
「ええ、そして前教皇聖下が亡くなって一番得をしたのが」
「現教皇のキネムド様ってことか」
「そうです」
「だが、聖騎士様の証言もあったって聞いたぞ! 聖騎士様が嘘をつくってのか!」
セオルが広場の中央に倒れている一人の聖騎士を見る。まだ息があった彼は傭兵騎士団によって治療を施されていた。
「聖騎士団の団長はキネムドです。騎士は上官の命令には逆らえない。それに彼は、爵位の陞爵を望んでいました。一代男爵だったため、家の存続には子爵になる必要があったんです」
「それで偽の証言をしたと」
「はい」
「お、お前たちが勝手に言ってるだけだろう! 何か証拠でもあるのか!」
エードの隣にいた男が口角に泡を飛ばし指摘する。
「いえ、証明できるものは何も……」
「そら見ろ! 悪人の言い分なんかに誰が耳を貸すってんだ! お前たちは大罪人なんだよ!!」
ドーン、と大聖堂前広場の方から大きな音が聞こえてくる。
エードはそれにつられて大聖堂の方を見た。
巨大な神像と何者かが戦っている。あれはきっとあの少年、ウィルなのだろう。
神像と戦うウィルとそれを見守る群衆が、エードの記憶にある光景と重なる。
あのとき体を張って皆を守った少年が、本当に教皇様を殺したのだろうか。
エードの中に、教皇や国王に対する疑念が生まれていた。
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