第86話 公爵の孫
「それで、お祖父様はどうしてここに?」
セオルがオスリックに尋ねる。首にはフローラがしがみついたままだ。
「ああ、商会の者が戦争が始まったという情報を得たのだ。負傷者の治療に使えないかと、ポーションを持ち出してきた。まさかお前たちが関わっているとは思わなかったがな」
「商会の人が。でも、騎士団から発注はなかったんですか? 戦争前にポーションの発注がありそうなものですけど」
「……今は国からの発注は途絶えているからな。うちは今、商いが厳しい。こうしてここに来たのも、王都の方々の心証を良くするためでもある」
「あ……それって、僕のせい……ですよね。そっか」
オスリックがしゃがみ込み、セオルとフローラの肩に手を置く。
「セオル、フローラ、商いを続けていると色々なことがある。逆境に陥ったときこそ、よく考えて行動することが重要だ。覚えておきなさい。それに――」
「それに?」
「私はお前たちが罪を犯すなどありえないと思っているよ。お前たちを信じているからこそ、こうして行動できるのだ。商会の心証が良くなれば、お前たちの濡れ衣もきっと晴らせる。そう思って私も、商会の者たちも動いているのだ」
「お祖父様! そう、そうだよ。僕たちは世間に顔向けできないようなことなんてしていない。胸を張らなきゃ。そうだよね、フローラ」
「そうだよね、じゃ、ないんだよなぁ」
ドラヴァルの腕がセオルの首に巻き付いた。心なしか力が入っているように感じる。
「セオルくん? 君は何か言わないといけないことがあるんじゃないかな?」
「え、あ、ああ! ドラヴァルさん、助けていただいて――」
「バカ! 俺じゃねえだろ!」
ドラヴァルに頭をはたかれたセオルは、フローラと目が合う。
目の周りを涙の跡で埋めたフローラは、少し不安そうな目でこちらを見ていた。
「え、あ、えっと……その……」
先程まで死にかけて、青ざめていたセオルの顔が見る見る朱色に染まっていく。
だんだんとうつむき視線が下がっていったセオルは、意を決したように顔を上げた。
フローラの潤んだ瞳を真っ直ぐに見る。
「僕も、君のことが大好きだよ。ずっと、一緒にいて欲しい」
「うん!」
フローラが再びセオルに抱きつく。
その背後では、やれやれ、といった表情で二人を見るドラヴァルとオスリックがいた。
◇
――時は少し遡る。
セオルとフローラがアルフリクと対峙していた頃、ウィルは襲いかかってくる聖騎士たちと激戦を繰り広げていた。
父タレンの剣と六本の触手を巧みに使い、三人の聖騎士を同時に相手取る。
今やウィルの強さは騎士団の隊長、それ以上にまで成長していた。
触手が、剣を握る聖騎士の手を掴み取り、空いた喉元にタレンの剣を突き立てる。傍らでは、二本の触手の上下同時攻撃により、別の聖騎士の足をへし折っていた。
「強いぞ! 接近戦は控えろ!」
誰かが叫んだ声に反応し、聖騎士たちが引いていく。
ウィルは目に入った一人の聖騎士に迫ろうと足を踏み出すが――
「近寄らせるな!」
聖騎士が放った魔力散矢がウィルの足を止める。
見渡すと、少し離れた位置に聖騎士たちがぐるりとウィルを取り囲んでいた。
「撃てぇッ!」
前後左右、全方位からウィルに向かって無数の魔法が飛んでくる。
ウィルは自らと触手も使い、全ての方位を覆えるように盾魔法を展開した。
直撃した魔力矢が光を放ち、盾魔法の膜を震わせる。
(くっ、これはまずいな……)
聖騎士の輪の中心で亀のように丸まり、撃ち込まれる魔力矢から身を守る。
間断なく飛んでくる魔法にウィルは身動きが取れなくなっていた。
「魔法を絶やすな! 盾魔法で防いだとしても魔力は消費する! 魔力を削るんだ! 魔力さえ枯渇させれば魔族と言えど我々と変わら――ごふッ」
指揮を取っていた聖騎士の口から鮮血が溢れる。
その胸から赤く染まった剣身が生えていた。
「やれやれ、子供相手によってたかって、てめらは」
「だが、戦法としては有効だな」
「メア、お前どっちの味方なんだよ」
すでに事切れている聖騎士の体からアルドが剣を引き抜く。
「ふふ、騎士たるもの勝ちに貪欲でなければな」
「はあ~」
にやりと笑うメアウェンにアルドはため息を返す。
「だが、見栄えが良くないのは確かだ。大勢で一人を叩くのは騎士道精神にもとるだろう。私たちも参加させてもらおう」
あっけにとられ、魔法を撃つ手を止めている聖騎士たちの輪の中に、メアウェンとアルドが悠々と入っていく。
「傭兵騎士団団長メアウェン・ハースウィン!」
「同じく副団長アルド!」
「アルド、名乗りを上げるなら家名まで言わないと相手に失礼だぞ?」
「うるせえ!」
「私は罪人でもある。誉れある聖騎士たちよ、これは命をかけて討ち取るのにふさわしい首だぞ。わかったら、気合を入れてかかってこい! 行くぞ!!」
言い終えたメアウェンが手近にいた聖騎士に斬りかかった。
狙われた聖騎士は反応すらできず、一太刀で切り捨てられる。
「ウィル! 何をしている! ぼさっとするな!」
メアウェンたちが次々と聖騎士を斬り倒す様を口を開けて見ていたウィルに、当のメアウェンから檄が飛ぶ。
「え、あ、ああ!」
我に返ったウィルも再び戦闘に参加した。
哀れ聖騎士たちは、抵抗らしい抵抗もできぬまま討ち取られ、メアウェンたちと聖騎士団の戦闘はあっさりと決着がついた。
戦闘可能な者が残っていないのを確かめると、メアウェンは拝借した聖騎士の剣を鞘に納めた。
突き技が使えない処刑人の剣は早々に投げ捨てている。
まだ息のある聖騎士のうめき声が聞こえる中、メアウェンは戦いを終え、肩で息をしているウィルに近づき声をかけた。
「ウィル、大丈夫か?」
「メア!!」
ウィルがこちらに駆け寄ってくる。
「こっちのセリフだよ! メア、怪我は? 二か月も牢に入れられてたんだろ? 衰弱してるんじゃないかって、俺、メアまでいなくなったら……」
「私は大丈夫だよ、ウィル――」
「メア」
目の前にいるウィルの顔がくしゃりと崩れる。
「リンが……死んだ」
「……ああ。あのとき何があったのか、聞かせてもらえるか」
「……うん」
ウィルが霊廟での出来事をメアウェンに語って聞かせる。
聖騎士になりすまして潜んでいたネクサのこと、神の秘宝、そして、戦いの中でウィルを庇い命を落としたリンのこと。
「あのときもっと早く翼の力を使えていたら……リンが死んだのは俺のせいなんだ! ごめん、メア……俺が、俺がちゃんとできてれば、リンは死なずに――」
「ウィル!!」
涙ながらにすがりつくウィルを、メアウェンが止める。
「あの翼の力はよくわからないものなんだろう? それに、立場が逆でも君は同じことをしたはずだ。違うか?」
「……違わない」
「君のせいじゃない。自分を責めるな。君が生き延びたことをリンも喜んでいるはずだぞ」
「うん……」
「優しい子だ。君もリンも」
メアウェンの手がウィルの黒髪を優しく撫でる。
緊張の糸が切れたウィルの泣き叫ぶ声が広場に響き渡った。
しばらくしてウィルが落ち着いた頃、セオルたちが合流してきた。
「君たちも来てくれたんだな。すまないな。セオル、フローラ、それにオスリック殿も」
「僕たちはウィルと一心同体ですから」
「私たちの団長を助けないとってね」
「ポーションを用意してあります。皆さんお疲れの様子。好きなだけお使いください」
「ありがとう、助かる。それで、セオル、こちらの方は」
メアウェンが見慣れない同行者に目を向ける。
長身の女性は長い黒髪を流し、鱗長衣を羽織っていた。目つきは鋭く、纏う雰囲気は只者ではないことを教えている。
「あ、この人はヴェトスのフェロナル族の族長で――」
「俺はウィルの母ちゃんだ!」
紹介しようとしたセオルを遮ってドラヴァルがずい、と入ってきた。
「な、つまり彼女はウィルの本当の母親、ということか」
「違う違う! ドラヴァルさんも、色々省いたらややこしくなるから!」
盛大に誤解しようとしていたメアウェンを、ウィルが慌てて訂正する。
霊廟を脱出してからここまでの経緯をウィルたち三人が代わるがわる説明した。
「なるほど、それでウィルの母親を名乗るように……アルド、どうしたらいい?」
「こっちに振るな! お前たち家族の問題なんだから、お前たちで話をつけろよ」
「ふむ……だが、話を聞く限りウィルと縁の深い人であることも間違いない。縁は大切にしなければな。私も実の母親というわけではない。どうだろう、ここは二人ともウィルの母ということで」
「いいぜ!」
メアウェンが手を差し出し、ドラヴァルがそれを握り返した。
握手が長い。心なしかギチギチと音がするような気がする。
二人の腕がプルプルと震えていた。
「そ、そういえばドラヴァルさん、リヒトムンドさんはどうしたの?」
不穏な空気を感じたフローラが、ドラヴァルに尋ねた。
ドラヴァルがメアウェンの手を離す。
「ああ、なんとか倒したぜ。殺しきれなかったがな。門の前で伸びてるはずだ。しばらくは動けないだろうよ」
「リヒトムンド殿を倒したのか!? なるほど、納得の力だ」
メアウェンが小刻みに震える自分の手を見つめる。
「それで、メア、俺、本当の母さんのこともわかったんだ」
「なんと! よかったじゃないか! どんな方だった? 会えたのか?」
「ううん、もう亡くなってた。母さんの名前はエディスっていうんだ。エディス・ウォーデンブラウン」
「な……」
メアウェンの目が大きく開かれる。
その名はメアウェンにとっても大きな意味を持つ名だった。
幼い頃よく遊んでもらい、メアウェンが姉と慕った女性の名、エディス・ウォーデンブラウン。
「君は――エディス姉さまの息子だと」
「うん、向こうでヴェトスの王様と結婚して生まれたのが俺なんだって」
「そうか……」
メアウェンがウィルを引き寄せ、抱きしめる。
ウィルには少しメアウェンが震えているのがわかった。
メアウェンはウィルを離し、その目を見つめる。
「わかってよかったな。実の家族も、君の出自も」
「うん」
「君がエディス姉さまの息子だということは」
メアウェンが振り返る。その視線の先には一人の男性がこちらに向かって歩いてきていた。
後ろには、いつの間に駆けつけたのか傭兵騎士団の面々の姿も見える。
その男性、エセルガー・ウォーデンブラウン公爵は騒ぎで怪我をしたのか、左腕に包帯を巻いていた。
メアウェンたちの前まで来て立ち止まる。
「公爵閣下、ご無事で」
メアウェンが跪き、頭を下げる。
「ああ、頭を上げてくれ。礼を言わなければいけないのはこちらの方だ。メアウェン、よくやってくれた。ありがとう」
「いえ、私も囚われの身でしたから。彼らの活躍があればこそです」
メアウェンが後ろに控える皆を示す。
「そうだな。皆、よく来てくれた。お陰で死なずに済んだ。ありがとう」
公爵が深々と頭を下げる。
「閣下!?」
「いいのだ。命を助けられたのだ。頭を下げることなど人として当然のことだ」
公爵が頭を上げ、皆を見渡す。皆、嬉しそうな顔で公爵を見ていた。
一人一人顔を確認し、一人の少年のところで視線を止める。
「ウィル」
「は、はい」
「こちらへ来てくれるか」
「はい!」
ウィルがおずおずと公爵のもとへ向かう。公爵は手を広げてウィルを迎えた。
「嫌でなければ、抱かせてもらえるか?」
「は、はい」
公爵がウィルを抱きしめた。
「話は聞いた。君はエディスの忘れ形見だったのだな」
「はい」
ウィルの実母、エディス・ウォーデンブラウンはエセルガーの一人娘だった。彼女は今から十数年前に行方知れずとなり、エセルガーは娘の行方をずっと探し続けてきた。
エセルガーがウィルを離す。
「娘のことは残念だったが、君がこうしてここにいてくれることで救われる。よく来てくれたな」
「いえ、あの、俺……」
「うん?」
「俺、ヴェトスの里で、自分の出自を知りました。実の父母は二人とも亡くなっていて会うことはできなかったんです」
「そうか……」
「でも、母さん――エディス様が公爵様の一人娘だと聞いて、嬉しかったんです。まだ、俺には血のつながった家族がいるんだって」
「そうだな」
「あ、いえ、すみません……身分をわきまえず」
「ウィル、家族の中で身分などあろうはずがない。私は公爵だが、君の祖父でもある。それは間違いないことなのだぞ」
「は、はい!」
「忘れないでくれ。私は君の祖父であり、君は私の孫だ。それだけの話だ」
「はい!」
少し涙ぐんだウィルの頭を公爵がわしゃわしゃと撫でた。
そこには笑顔があふれていた。
「団長、これを」
公爵に付き従っていた傭兵騎士団の中からガーが進み出てきた。
両手に大きな袋を持っている。
「あ、お前ら! 結局来ちまいやがって! 何のために俺が潜伏してたと思ってんだよ」
思い出したかのようにアルドが悪態をつく。
「王都の治安を守るのが傭兵騎士団なんだよ。こんなときに出動しないなんておかしいじゃないか」
フェイがここぞと言い返す。
「お前らを巻き込まないために、一人で来たってのに。だいたい、監視はどうしたんだよ! 聖騎士の僕ちゃんがお前らに張り付いてただろうが」
「さあね、働き過ぎで寝不足だったみたいだよ」
フェイが明後日の方向を向きながら、答える。
おそらく、昏倒させてきたのだろう。
「まあまあ、久しぶりの再会なんだ。喧嘩をしてくれるなよ」
ガーから受け取った荷物を開けながら、メアウェンが仲裁する。
メアウェンは荷物の中身を取り出し、一つ一つ身につけていった。
綺麗になめされた革の篭手、銀色に輝く鋼鉄の胸当て、最後に愛用の大ぶりの片手剣を腰に差す。
傭兵騎士団長メアウェンの復活だった。
「団長! おかえりなさい!」
騎士団の面々が動きを揃えて敬礼をする。
メアウェンも凛々しく返礼をした。
「とはいえ、このまま騎士団に戻るわけにもいかないんだがな。何しろ私は未だに罪人のままだ」
「これからどうするんだい?」
フェイの問いにメアウェンは考え込む。
「やはりこのまま王都に留まるのは難しいだろうな。一度王都を出て態勢を立て直したほうがいいだろう」
「ならば私の所領にある屋敷に向かおう」
「閣下の屋敷では王国も推測しやすいのでは?」
「いや、公邸の他に私邸がいくつかある。そちらは王国には知られていないはずだ」
「そういうことなら。私と閣下、君たちも来るか?」
メアウェンに聞かれたウィル、セオル、フローラの三人は頷く。
「俺も行くぜ」
「アルド、お前まで来ては騎士団が――」
「さっきの戦いで群衆に顔を見られている。俺もお尋ね者の仲間入りだ」
「そうか。フェイ、すまないが騎士団を頼めるか?」
「ああ、任せときな。あんたらが戻ってくるまで守っといてやるよ」
「頼む。ドラヴァル殿はどうする?」
「俺ぁフェロナル族の族長だからな。一緒には行けねえ。だが、ウィル、なんかすんなら声をかけな。駆けつけてやっから」
「ありがとう、ドラヴァルさん」
オスリックは王都に残ると告げた。王都が荒れても商人が踏ん張っていれば民の生活を支えられるから、ということだった。
「では行こうか。今の混乱なら脱出も容易いだろう。聖騎士団がヴェトス軍に気を取られているうちに王都を抜ける」
メアウェンの声に、皆が決意を秘めた表情で頷く。
これからまた逃避行が始まる。再び王都に戻るまで厳しい道程が続くだろう。
先を思い空を見上げたウィルの目に、黒い影が映った。
あたりが暗くなる。太陽は空に出ており、まだ昼だというのに夕方のような暗さだ。
「あれは!」
セオルが空を指さした。
見上げると先程ウィルが見た黒い影が段々と大きくなってくるのが見える。
かなり大きい。あたりが暗くなったのはあれによって日光が遮られたためのようだ。
空から何かが落ちてくる。影は近づくにつれその正体を現し始めた。
明るさが戻り、影が轟音を立てて広場の出口付近に着地した。
石畳が舞い上がり、地面がえぐれていく。
赤く光る眼が、ウィルたちを睨みつけていた。
「アウレクス……神……像」
誰かのつぶやく声が聞こえた。
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