第84話 処刑台の広場
中央広場には木組みの大きな舞台が設えられていた。
公開処刑のたびに中央広場に設置される処刑台だ。
普段の盗賊などの処刑と異なり、今回の罪人は自分も含め地位のある人物である。
貴人の処刑は絞首刑ではなく斬首との決まりがあるため、観衆がよく見えるようにいつもより高い舞台が組まれているのだな、とメアウェンは考えた。
縄を引かれ、階段状に組まれた木の板に足をかける。
これから処刑されるのに、冷静なことだ、と自嘲した。
長い勾留生活のせいで、体はかなり衰えている。
自分は鍛えていたお陰でまだ真っ直ぐ立てているが、前を歩くウォーデンブラウン公爵はふらふらと揺れ、階段から落ちそうになっていた。
舞台に上がり、眼下を見下ろす。
ワァアアアアアアア!!
広場に集まった数百人の見物人たちの歓声が上がった。
王国最強の戦士。人魔戦争の勇士であり、傭兵騎士団の団長。
その王国の英雄が教皇殺しの魔族とつながっていた。つながっていたどころか、犯人を育てたのはその英雄だった。
大スキャンダルのニュースは王国中を駆け巡り、メアウェンや傭兵騎士団の評判は地に落ちた。
広場の野次馬たちは、王国史上最大の逆賊の処刑を今か今かと待っていたのだ。
「裏切り者ーッ!!」
「とっととやっちまえ!!」
王都の平和を願い、これまで活動してきたメアウェンにとって民衆のこの反応は悲しくはあったが、一番気がかりな点はそんなことではない。
目をかけて育てた愛息子の安否。それ以外に考えることはない。
ウィルは無事でいるだろうか。
居場所がわかるなら、今すぐにでも飛んでいきたい。
今は、おとなしく警備の兵に従っているが、油断なく隙を窺っている自分がいた。
舞台上には五人の聖騎士がいる。一人は先端が四角になった処刑人の剣を携えていた。
舞台の下には、広場の警備を兼ねた数十人の聖騎士が配備されていた。
全てを相手にするのは難しいが、一人二人ならなんとかなる。
公爵を連れて、逃げ切るくらいはできるだろう。
ウォーデンブラウン公爵はすでにひざまずかされ、頭を垂れている。
布告人が前に立ち、公爵の罪状を読み上げ始めた。
これが終われば、処刑は執行される。
ぐずぐずしていると、公爵の首が飛んでしまう。
何かきっかけがあれば。
そうメアウェンが願った時――
「メアァァァァアアアアアアア!!!!」
広場の入口に現れた三人の若者、その中央に立つ少年は出せる限りの音量で叫び、ひたとこちらを見据えていた。
突如現れた乱入者に広場の全てが気に取られた一瞬、間が生まれた。
「おおおおおッ!」
メアウェンは振り向きざまに側にいた聖騎士に肘を打ち付ける。
兜越しではあったが、顎に入った打撃は聖騎士の意識を奪い、がくんと膝が落ちた。
メアウェンは両手にはめられた木製の手枷を膝に打ち付け叩き割る。自由になった手で首元に取り付けられた魔封の魔法具を引き剥がした。
魔法具が発していた魔封術の魔法が体から抜ける感覚とともにめまいを覚えるが、腹に力を入れ踏みとどまる。
足の分銅付きの鎖は今はいい。まずは処刑人を、とメアウェンが顔を上げた時、処刑人はもう一人の聖騎士に打ち据えられていた。
裏切りの聖騎士は処刑人の剣を掴み取るとメアウェンに向かって投げて寄越す。
「使え!」
メアウェンは処刑人の剣を掴むと同時に自己大強化魔法を発動させた。
斬りかかってきた新たな聖騎士の斬撃を処刑人の剣で受け止め、体重をかけて押し返す。
バランスを崩した聖騎士を叩き斬った。
こちら側の聖騎士は全て制した。公爵の方は?
残る一人の聖騎士は、裏切りの聖騎士に処刑台から叩き落とされていた。
「アルド! 公爵を保護だ!!」
「お前さあ……せっかく助けに来てやったってのに。一人でやっちまいやがって」
裏切りの聖騎士が兜の面頬を上げて答えた。
そこにあったのは、メアウェンが最大の信頼を置く相棒、副団長アルドの懐かしき顔だった。
「ふっ、別に驚くことはないだろう」
「へっ、ちげえねえ」
「行くぞ。公爵を連れてウィルたちと合流する」
「おう!」
◇
大音声を上げたウィルに広場の観衆たちの視線が注がれる。
体に紋様を浮き上がらせ、背後から六本の触手が蠢いていた。
「あれ……魔族じゃないのか」
「触手って、教皇殺しの……」
「教皇殺しの魔族って、護衛の聖騎士もやったんだろ……」
「やばいんじゃないのか」
観衆を前にしてウィルは魔力を爆発させるように噴出する。
不可視の力が観客たちの頬を打つ。
「みんな、道をあけてくれ」
ウィルの言葉をきっかけに観衆は蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた。
「逃げろ!」
「殺されるぞ!!」
ウィルたちの目の前を道が開いていく。
「行こう!」
セオルとフローラに声をかけ、広場を走り出した。
「メアたちを救出する!」
しかし処刑台ではすでにメアウェンたちが暴れだしていた。
そうだ、母はただ助けを待つような人ではなかった。
可笑しくなったウィルはくすりと笑う。
「前言撤回! メアたちと合流する!」
「うん!」「ああ!」
処刑台に向かって広場を駆ける。
このままメアのもとまでたどり着ければ、そう願ったウィルの望みはやはり簡単に叶えられそうにはなかった。
逃げ惑う観衆の中からこちらに向かってくる者の姿が見える。
広場に配置された警備の聖騎士たちだ。
三十人ほどの聖騎士が間隔を空け、ウィルたちを取り囲む。
「来たか」
一人の聖騎士が輪の中から進み出る。
煌めく白銀の鎧を身にまとい、背に纏ったマントが風にたなびいた。
脇に抱えた兜と、身にまとった鎧が歩みと共にかちゃかちゃと音を立てる。
聖騎士の顔はウィルたちも知っている人物のものだった。
「アルフリク!」
「……」
叫んだウィルには答えずアルフリクはウィルたちをじっと見ている。
アルフリクは何かを決意するように目を閉じ、そして開けた。
「お前たちを待っていた。わかっているとは思うが、この処刑執行はお前たちをおびき出すためのものだ。お前たちが霊廟から持ち出したものがあるな。それを返してもらおう」
「そんなことの前に私たちに言うことがあるでしょう!」
フローラが叫ぶ。
「……」
アルフリクは何も答えない。
「私たちを陥れ、教会の陰謀の成就に利用した! そのおかげであなたは地位を手に入れた!」
「……お前たちに何も伝えることはない。私は決断し、行動した。それだけだ。宝物を渡せ。さもなくば……」
「さもなくば? 渡さないよ! 人を道具のように使い、自分たちの望みのために踏み台にする! そんな奴らに林檎は返してやらない!」
フローラは言葉を切りうつむいた。
「兄ちゃんも――」
絞り出すような声がこぼれる。
「兄ちゃんを殺したのも保身のためなんだろう!!」
「言ったはずだ。伝えることは何もないと」
アルフリクが持っていた兜を装着する。面頬を下ろすと聖騎士の剣を引き抜いた。
礼を尽くすように額の前に剣を掲げる。
「ウィル、セオル」
アルフリクに呼応して剣を構えたウィルがフローラに目線をやる。
セオルも油断なく槍を構えている。
「彼は私がやる」
「フローラ」
心配したセオルが声をかけた。
「大丈夫。負けないよ。あんなやつに私は負けない」
「わかった、アルフリクは任せる」
ウィルが頷く。
アルフリクが剣でウィルたちを指し示した。
「罪人たちを捕らえよ!」
アルフリクの命令を受けて聖騎士たちがウィルたちに襲いかかった。
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