第83話 鉄壁のリヒトムンド
王国殿軍に開いた穴は、再び閉じることはなかった。
暴走族が通った跡に、ヴェトス追撃軍が間髪入れずに入り込んだためである。
結果、王国殿軍は二つに分断され各個撃破の憂き目にあった。
「門を閉じさせるな!」
フリオニン族長であるガランの命令が響く。
殿軍を降したヴェトス追撃軍は閉じかけの門に殺到し、門の制御権を奪い合う戦いが始まった。
「よし、お前らここまでだ」
ドラヴァルは族長家の力の発動を止めた。
全員が下馬する。
そのまま、ウィルの目的である処刑現場まで突き進むことも考えられたが、王都内には兵だけではなく武器を持たない民もいる。
抵抗もできない者を跳ね飛ばすのは、ドラヴァルも気が咎めたのだ。そもそも、現場がどこにあるのかドラヴァルは知らない。
「ウィル、処刑はどこで行われるかわかるのか?」
「たぶん、中央広場だと思う。あそこで前にやってたのを聞いたことがあるから」
「公開処刑ってわけか」
ウィルが聞いたのはガルムの処刑のときの話である。
ガルムの罪が確定し、中央広場で公開処刑にされた際、メアウェンはその事実だけを告げ現場にウィルたちを連れて行くことはしなかった。
それどころか、その時間は必ず家にいるように、と、普段のメアウェンではあまり見ない剣幕で言いつけられた。
今考えれば、至極当たり前のことである。子供に見せるようなものではないからだ。
もっとも、当時もそれほど興味もなく、リンと二人で家でおとなしくしていた。
「よし、門は後続に任せりゃいい。俺らフェロナルは中央広場を目指すぞ!」
「そうはいかん」
ドラヴァルの指示に応えたのは、ウィルたちでもフェロナル兵でもなかった。
数十人の聖騎士を引き連れた一人の男がウィルたちの前に立ちふさがる。
「まったく、やってくれる。お前たちのせいで私の作戦は全て水の泡だ」
「あなたは!」
槍を構えたセオルが驚きの声を上げる。
「セオル、知ってんのか?」
聖騎士たちに向き合い、鋭い視線をぶつけるドラヴァルがセオルに尋ねる。
「ええ。この人はリヒトムンド・ワーガル伯爵。聖騎士団の副団長です。聖騎士団は騎士団長が名誉職なので――」
「実質、聖騎士団の頭。大将首ってわけか」
ドラヴァルは背後に背負った大金棒に手をかける。
「このままではまた教皇聖下からお叱りを受けてしまうが――そこのお前たち、ウィル・ハースウィン、フローラ、セオル・ウィンステッドだな。教皇殺しの容疑者を捕らえれば、私にもまだ名誉挽回の機会はあろう」
リヒトムンドが腰にさした聖騎士の剣を引き抜いた。
フェロナル兵と聖騎士たちの間に緊張が高まっていく。
どちらの兵も無言で相手を睨みつけ、ぴりぴりとした空気がその場を満たしていた。
「聖騎士たちよ! 賊をひっ捕らえろ! 三人以外は殺しても構わん!」
「野郎ども! やっちまえ!!」
リヒトムンドとドラヴァルの命令が同時に下る。
「はっ!!」
「おう!!」
双方の兵が叫びとともに飛び出した。
鍛え上げられた戦士たちが、中間地点でぶつかりあう。
とてつもない重量同士のぶつかりは地面が震えるかのような激突音を発生させた。
「忌まわしき魔族の少年よ! 大人しく縄につけい!!」
三人の聖騎士から振り下ろされた銀光がウィルを同時に襲う。
正面の一本を剣で、左右のそれぞれを触手で受け止めたウィルは、残る四本の触手で両脇の二人の足を掴む。
「ぬおっ!?」
不意打ちのように足を引かれた聖騎士たちがバランスを崩して倒れ込む。
ウィルは虚を突かれた正面の聖騎士の剣を体重をかけて打ち上げ、がら空きになった喉元に剣の切っ先を突きこんだ。
「がふッ」
血反吐を吐き後ろに倒れ込む聖騎士めがけて、触手によって高く吊り上げられた二人の聖騎士を叩きつける。
「がはっ」
石畳にヒビが入るほどの衝撃は、三人の聖騎士を戦闘不能にした。
隣ではセオルが若い聖騎士と一騎打ちを繰り広げている。
「セオル!」
長いリーチを巧みに活かし、懐に入れないよう牽制を繰り返すセオルに声をかけ、ウィルは横から若い聖騎士に斬りかかった。
ガキンという音とともに、聖騎士が掲げた盾にウィルの斬撃が受け止められる。
聖騎士がウィルに目線をやったその時、セオルの繰り出した穂先がスルリと聖騎士の喉元に伸びる。
「いやあああ!」
鋭い穂先は咄嗟に傾けた聖騎士の首をかすめ、頸動脈を切り裂く。
赤い噴水と化した聖騎士にウィルは体をぶつけ、押し倒した。
「セオル、こいつはもういい!」
「ああ!」
若い聖騎士はもう戦闘不可能とみなし、次の敵を求めたウィルとセオルの耳にドゴンッと、重い打撃音が飛び込んでくる。
驚いて振り向いた二人が見たのは、ゆっくりと崩折れていく聖騎士の姿だった。
倒れ込んだ聖騎士の陰から姿を現したのは、深く腰を落とし、握りしめた拳を真っ直ぐ突き出したフローラだ。
体から陽炎のように魔力が立ち上っている。
渾身の力と魔力がこもった拳は、堅牢な聖騎士の鎧を粉砕していた。
「次ッ!」
フローラの鋭い叫びが響きわたる。
しかし、他の聖騎士たちは遠巻きにしたままフローラに近寄ろうとしなかった。
唖然とした顔で見ていたウィルとセオルにフローラが気づく。
「セオル! 後ろ!!」
声に振り返ったセオルが咄嗟に両手に持った槍を水平に掲げる。
金属音が鳴り響き、振り下ろされた聖騎士の剣がセオルの槍に受け止められ火花を散らす。
重く鋭い一撃にセオルは耐えられず、吹き飛ばされ地面に背中を強打した。
「さすがの強さだ。並の聖騎士ではもはやお前たちの相手は務まらんな」
セオルの側まで飛び退ったウィルのもとへ、フローラもやってくる。
セオルは体を起こし、自分を吹き飛ばした相手を睨みつけた。
三人に相対するは、王国聖騎士団副団長リヒトムンド・ワーガル。
高密度の魔力を纏い、隙なく剣を構えたリヒトムンドの視線がウィルたちを縛り付けるように見据える。
「――参る」
リヒトムンドが言葉を放った直後、凄まじい速度でウィルに斬りかかる。
なんとか剣での防御が間に合ったウィルをその剣圧で弾き飛ばした。
斜めに剣を掲げた姿勢のまま、ウィルは後ろに滑る。
態勢を整えたセオルが、リヒトムンドの後隙を狙って槍を突き出した。
高速で何度も連続で突きを繰り出す。
剣を引き戻したリヒトムンドは、柔軟な剣さばきでセオルの突きをいなしていく。
「はああああっ!」
セオルに気を取られているリヒトムンドの死角から、フローラが左足を狙い足払いを放つ。
リヒトムンドはヒョイと左足を持ち上げ、足払いを空振らせた。
その左手がフローラの頭部に向けられる。掌には魔力が集まっていた。
「魔力の散礫」
リヒトムンドの左手から散弾の如く魔力が放射される。
フローラは後方回転跳びで魔法から逃れるが、避けきれなかった礫が肩口を切り裂いた。
リヒトムンドは右手の剣でセオルの槍を大きく弾く。そのままぐるりと回転し回し蹴りの要領でセオルを蹴り飛ばした。
リヒトムンドの顔に影がかかる。見上げたその視線の先に高く飛び上がったウィルがいた。
上空でウィルは前方に宙返りをする。
背部から生えた六本が束ねられ、一本の大木のようになった触手がリヒトムンドに振り下ろされた。
盾を頭上に掲げ、リヒトムンドは触手の一撃を受ける。
「ぐぅううっ」
食いしばった歯の隙間からリヒトムンドの唸りが漏れる。
あまりの威力にさしものリヒトムンドも膝を落とした。
その隙を見逃さず、セオルとフローラが飛びかかる。
「舐めるなあッ!」
先に到達したフローラの顔面をリヒトムンドは左手の盾で殴りつける。
その勢いのまま目の前に着地していたウィルを蹴り上げた。
リヒトムンドが動いたことによって、槍の狙いを外したセオルがたたらを踏む。
リヒトムンドは後ろ手にセオルの喉元を掴み取ると、倒れ込んでいるフローラに向かって投げつけた。
ぶつかり、絡み合ってフローラとセオルは地面を転がる。
「くっ」
三人は体を起こし、悠然と立つリヒトムンドを睨みつける。
フローラは流れ出る鼻血を拭い、ウィルは口内に溜まった血を唾とともに吐き捨てた。
「観念しろ。お前たちは聖騎士団が捕縛する」
リヒトムンドの冷酷な声が響く。
「僕たちは……捕まるわけにはいかない」
「そうだよ……やらなきゃいけないことがあるんだ」
「メアを――助けるんだ!」
リヒトムンドの右手が煌めく。
放たれた魔力散矢が三人を打ち据えた。
「ぐはぁ!」
再び地面に倒れ込むウィルたち。
「諦めろ。お前たちはこの先に行けない」
「いいや、行かせてやる!」
大金棒がリヒトムンドに向けて叩きつけられる。
正面から受け止めたリヒトムンドはその威力を受け止めきれず、数歩後ろに下がった。
リヒトムンドの聖騎士の盾には亀裂が走っている。
「ドラヴァルさん!」
ウィルたちを守るようにリヒトムンドの前に立ちふさがったのはドラヴァルだった。
「ウィル、フローラ、セオル、お前らは広場へ向かえ。こいつは俺がやる」
「ドラヴァルさん! この人めちゃくちゃ強いよ! みんなでやらないと――」
「うるせえ! ウィル、いつ処刑が始まるかわからねえんじゃねえのか? こんなとこで足止め食ってる場合じゃねえだろう!」
「ドラヴァルさん……」
「行け! ウィル! 行って母ちゃん助けてこい!」
「……わかった。ありがとう、ドラヴァルさん!」
「行かせん!!」
立ち上がり、広場に向かおうとしたウィルたちにリヒトムンドが斬りかかる。
しかし、ドラヴァルの差し出した大金棒がそれを弾いた。
ドラヴァルは金棒の先端をリヒトムンドに突きつける。
「てめえの相手はこの俺だ。タイマンと行こうぜ、大将」
ドラヴァルの魔力が膨れ上がり、体に淡く光る紋様が現れる。
溢れ出た光がドラヴァルを包み、その能力を底上げしていった。
「さあ、ウィル、行ってこい」
「ああ。行こう! 二人とも」
ウィルたち三人は、中央広場に向かって駆けていった。
◇
「報告します。王都の正門が魔族たちに突破されました!」
王の執務室に飛び込んできた伝令官が、息をつく間もなくそう告げた。
「なんだと! 貴様、本当なのか! リヒトムンドは何をしていた!」
キネムドが伝令官に掴みかかる。
相手を大きく上回る戦力を与えられておきながら、むざむざと突破されるとは。
「王国軍は後退戦を行っていたところ、魔族の騎兵突撃によって殿軍が突破され、そのまま城門に突入されたとのことです」
「奴め! 更迭だ! その席は二度とワーガル家の手には入らないと思え!」
「キネムド」
咎めるような響きをもった声音が、キネムドを制止する。
国王アーブリス二世は椅子から立ち上がり、伝令官に向かって言った。
「例の少年たちは」
「は、魔族軍の中にいることが確認されています。現在は正門を抜け、中央広場に向かっているとのこと」
「そうか。キネムド、中央広場にいるアルフリクに伝えろ。必ず、あの罪人どもを捕らえるようにとな」
「は、承りました。陛下、ウォーデンブラウンたちの処刑はいかがいたしましょうか」
「獲物はもう釣れたのだ。餌はもう必要なかろう」
「では、そのように。ただ……」
「なんだ」
アーブリス二世は再び椅子に腰掛ける。
「ハースウィンはともかく、ウォーデンブラウンは曲がりなりにも公爵を拝命する者。公開処刑というのはいささか――」
そこまで口にしてキネムドは国王の視線に気づいた。
その目は血走り、相手を睨み殺すほどの憎しみに満ちている。
「さ、差し出がましい口を。申し訳ございません!」
その圧に恐れおののいたキネムドはその場でひれ伏す。
「やつは、エセルガーはウォーデンブラウンなんだ! ウォーデンブラウンは、ウォーデンブラウンだけは俺に逆らうことは許されん!! 理に逆らうものに名誉など必要ない!!」
その言葉とともにアーブリス二世は椅子に肘掛けを握りしめる。
東方で取れる堅い木材で作られた肘掛けは粉々に砕け散った。
「た、ただちに処刑を執行いたします! おい! 執行官に今すぐ処刑を執行するように伝えろ!」
キネムドは伝令官を怒鳴りつける。
は、と答えた伝令官はしかし、その場から動こうとしなかった。
「お、恐れながら」
「まだ何かあるのか」
「衛士団より確認が届いております。魔族の侵入を許した今、民の避難を行う許可がほしいとのことです」
王都に魔族軍が侵入したということは、市街が戦場になることを意味する。
衛士団は非戦闘員である王都民を王都の外に逃がすように進言してきたのだ。
民のための国、民のための王、この国が建国以来唱えてきた信条である。
民を守るために国があるのだ。戦闘に巻き込んでいたずらに命を落とさせるわけにはいかない。
「だめだ」
建国以来数百年守られてきた信条は、当代の王によってあっさりと反故にされた。
「へ、陛下!?」
「民あってこその王都だ。民がいなくなればここは王都ではなくなる。民の避難は許さん。魔族の侵入も民には知らせるな」
「しかし――」
「お前も俺に逆らうのか?」
その言葉に伝令官は震え上がる。
「ぎ、御意。御心のままに」
震える声でそう応えると、伝令官はそそくさと部屋を出ていった。
「キネムド」
「はっ」
「お前にも働いてもらう。街に降り、奴らから林檎を奪い返せ。先日与えた物、お前ならうまく使えるだろう」
「はっ。承りました。必ずやご期待に応えてみせます」
「早く行け」
キネムドは頭を深々と下げると、部屋を後にした。
廊下を歩きながら、キネムドは自分が吐いた言葉に後悔した。
王に、神に、意見するなど、なんという不敬なことをしてしまったのだ。
教皇にまで上り詰めた自分に驕りがあったのではないか。
教皇はルクサウレア教の頂点であり、最大の信仰心を表さねばならない。
かくなる上は、必ずや自らの手で大罪人を捕らえ、神の宝物を取り返してみせる。
あらためて、自らを見つめ直したキネムドは、街に向かうべく、廊下を歩いていった。
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