第81話 王都郊外の戦い1
戦場を見つめるアウグスの瞳に、魔力弾のきらめきが映る。
早朝から始まったヴェトス軍対エンリック王国軍の戦いは、王都正門前に広がる草原が舞台となった。
門を背後に守るように陣を展開したエンリック王国軍に対し、ヴェトス軍が攻勢を仕掛けている。
戦いは遠距離魔法の撃ち合いから始まった。
ヴェトス軍二千に対し、エンリック王国軍はおよそ三千。戦力的には劣勢となる状況でアウグスは、全軍に対し前進を指示した。
お互いの射程限界付近で隊が止まると、遠距離魔法による射撃戦が始まった。
両陣営とも、中央部隊、そして両翼部隊と三隊に分かれており、それぞれ相対する部隊同士が魔法を打ち合っている。
ヴェトス軍中央前衛を務めるフリオニン族の部隊は、敵軍の主攻と目される中央部隊と撃ち合いを演じていた。
魔力のきらめきが閃光のように走り、着弾時の破壊音が草原に鳴り響く。
爆炎と土煙が敵軍の姿を隠し、その中から盾魔法の淡い光が現れた。
「思っていたよりよくやってくれる。彼らを中央に配置して正解だったな」
「は、我が軍前衛は敵中央と互角に撃ち合っているようです」
アウグスのつぶやきに、側にいた作戦参謀が答えた。
フリオニン族は怒りを司る神、フリオン神の眷属である。
彼らは過去に王国から受けた仕打ちを忘れておらず、その怒りが変換された高い士気は、今回のヴェトス全軍随一と言えた。
部族の特性として、怒りの沸点が低く短絡的な行動に走ることもあるが、新しく就任した族長はそこをうまく抑えているらしい。
前族長ガルムの弟でもある新族長ガランは、兄とは違い、感情に振り回されることなく己を制御できる男だった。
「王都での敗北は結果的にヴェトスを助けることになったのかな」
自嘲気味に笑ったアウグスの目に爆発の閃光が飛び込んでくる。
もし、王都でのテロでガルムが捕らえられず、未だフリオニンの族長を務めていたとしたら、今頃は敵部隊に突撃していたかもしれず、フリオニン族は使い所の難しい部隊となっていただろう。
テロが失敗し、ガルムが処刑されたことが結果的にヴェトスにとって利となるのは皮肉な話だった。
フリオニンに相対する敵軍中央部隊は、白銀の鎧きらめく聖騎士団のようだ。
フリオニンの攻撃に対し、盾魔法を掲げて防御し、すかさず反撃の魔法が飛んでくる。練度の高さは事前に予想していた通りで、その聖騎士団と互角に撃ち合うガラン率いるフリオニン族は善戦していると言えた。
今回、傭兵騎士団の姿が目撃された報告が上がってきていない。おそらく、全軍が聖騎士団主体の構成になっているのだろう。
アウグスは自軍の右翼に目を向ける。
こちらは中央とは異なり、フォヴォレナ族、ウンブラリア族の混成部隊だ。
部族特性としては補助と撹乱が得意な部隊と言えるが、敵部隊との戦いは卒なくこなしているようだ。
むしろ、少し押しているように見える。
アウグスは反対側の自軍左翼に視線を走らせた。
左翼はフェロナル族、スペドラ族の混成部隊で、ヴェトス軍の中で一番攻撃力が高い部隊になっている。
力や野性を司るフェロン神の眷属、フェロナル族と、希望を司るスペドール神の眷属スペドラ族は、士気も能力も高い自軍の主攻だ。
そのアウグスの認識どおり、左翼のヴェトス軍は相対する敵軍の右翼部隊に対して猛攻をかけており、散発的に返ってくる反撃をものともせず敵軍を攻め立てている。
敵の右翼部隊は早くも崩れかけているように見えた。
「妙だな……」
アウグスは口元に手をやり、考え込んだ。
戦場が自身の想定よりも異なる様相を見せ始めている。しかもこんなにも早い段階で、だ。
「報告をあげろ。各部隊の状況はどうなっている」
「は、中央前衛のフリオニン隊は敵軍中央部隊と互角の状態です。現時点では盾魔法による防御がうまく機能しており、被害は軽微。右翼のフォヴォレナ、ウンブラリア隊はやや優勢です。こちらも被害はほとんどありません。左翼のフェロナル、スペドラ隊はかなり優勢に進んでいます。敵軍右翼にほころびが現れている模様。我が軍に被害はありません」
脆すぎる。
エンリック王国軍はアウグスが想定した強さを発揮していない。
アウグスは十二年前の戦争に新兵として参加している。そのときに感じた聖騎士の強さはこんなものではなかったはずだ。
当時まだ十代だったアウグスは、使えるようになって間もない族長家の力を駆使し、なんとか生き残ったのだ。
その時感じた強い圧力を、目の前の王国軍からは感じない。
十二年の年月がアウグスを成長させたためか。
若い頃の認識のまま、敵を過大に評価していたのか。
いや、そんなことはない。六年前、雨の中王都で戦ったあの聖騎士の強さは本物だった。
前の戦争で感じた圧力を思い起こさせる、強い聖騎士そのものだったのだ。
聖騎士は強い。それは間違いない。だとしたら、目の前の状況はどういうことなのか。
「ふむ……少し動かしてみるか」
そうつぶやいたアウグスは、参謀に振り返り指示を発する。
「右翼と左翼を前進させろ。敵軍に接触させ、その強さを測るのだ。フリオニンはそのまま。両翼の援護をさせぬよう、敵中央を釘付けにせよ」
「はっ」
伝令を走らせるため、参謀は本陣を出ていった。
「もし私の想像どおりなら、この戦い、楽に勝てるかもしれん」
アウグスのつぶやきは本陣の誰にも聞かれることなく、消えていった。
◇
鬨の声が轟く。
舞い上がる土煙の中、ウィルは手綱を握りしめ、身を低くして軍馬を走らせていた。
馬が大地を踏みしめる振動が、ウィルの体を駆け抜けていく。
敵軍から飛来する無数の魔力矢の雨をすり抜けるように、ウィルの馬は疾走していた。
前を走るドラヴァルの馬が巻き上げた小さな石がウィルの頬を叩く。
その小石に混ざるようにキュインと音を立てて、魔法の矢がウィルをかすめて飛び去っていった。
「弾なんてのはそうそう当たるもんじゃねえんだ! しっかりついてこいよ!」
ヒヤリとしたウィルの心を見透かしたのか、ドラヴァルの叫び声が聞こえる。
右を見ると、セオルが槍を抱え、馬にしがみついていた。その向こうには両軍中央部隊の魔法戦が見える。
光条が飛び交い、着弾した火球が大地をめくりあげていた。
戦場。傭兵騎士団での戦いとはまた異なる激しい戦闘に、ウィルはなんとか食らいついていく。
ヴェトス本陣からの指令により、ヴェトス軍左翼部隊に属するウィルたちは、敵右翼部隊に向けて突撃を敢行しているところだ。
左翼部隊はフェロナル族とスペドラ族の混成部隊で、騎兵中心のフェロナル族が先行して敵軍に向かっている。
背後からは歩兵であるスペドラ族による援護の魔法がウィルたちを追い抜くように撃ち込まれていた。
「総員、武器構え!」
おお! と掛け声とともに、フェロナルの戦士たちが各々の得物を構える。
セオルは槍を構え、反対側のフローラは拳に魔力を集中させている。
ウィルもそれに倣い、父の形見である剣を抜き放った。
敵軍の最前列は目と鼻の先だ。
「突撃ぃぃぃいい!」
先頭のドラヴァルが雄叫びを上げ、敵前衛に突っ込んだ。真正面にいた歩兵は弾き飛ばされ、高く宙を飛んでいく。
ドラヴァルのすぐ後ろにいたウィルも、彼女に続き敵軍の中に飛び込んだ。
差し出された槍を剣で捌き、すれ違いざまに敵兵を切り払う。勢いのままに右に左に剣を振り回し、次々と敵兵を切り捨てていった。
後続のセオルたちやフェロナル兵もそれに続く。ドラヴァルが敵部隊に切り開いた突破口を押し広げるように次々と飛び込んでいった。
敵軍の中ほどに来た頃、前方に密集隊形をとる一団が現れた。槍衾を形成し、穂先をこちらに突きつけている。
「ウィル! 右だ!」
ドラヴァルが進路を右に変更する。
ウィルもそれに倣い、続いた。
敵部隊の只中を駆け抜け、鋼鉄の刃を見舞っていく。先程の一団以外は強い抵抗もなく、ウィルは傷一つ負っていなかった。
「ひっ! ひぃぃぃぃいい」
目の前の敵兵が槍を放り出し尻もちをつく。ウィルの馬はそれを飛び越え、次なる獲物に向かった。
走り続ける中で、ウィルは妙な感覚に陥る。
楽すぎるのだ。目の前には無数の槍が立ち並んでいるが、自身に向けられるものは十本に二、三本というところだ。
ほとんどの敵兵はウィルに立ち向かうどころか道を開け、神にでも祈っているのか目をつむり怯えたように立ち尽くしている。
敵軍の只中に飛び込み、傷一つつかない。戦場は初めてのウィルだが、こんなことがあるのだろうか。
前方に敵左翼部隊の端が見えてくる。
ウィルはそのまま走り抜け、敵右翼部隊の集団から抜けた。
しばらく走り敵軍から距離を取ると、速度を緩めドラヴァルに並ぶ。
横顔のドラヴァルは不機嫌そうな顔をしていた。
「おかしい」
「え」
「ウィル、お前も感じなかったか?」
「確かに抵抗が少なすぎるような」
「そうだ。楽すぎる。敵軍の中に飛び込んだんだ。普通ならもっと強烈な抵抗を受けるはずだ。なのに奴ら、得物をこちらに向けることすらしやしねえ」
ウィルは振り返り敵部隊を見た。徒歩のスペドラ兵が追いつき先程の突破口に殺到している。
「聖騎士ならばあんな無様な真似はしねえ。よくこの期間でこれだけの聖騎士を集めたもんだと思ったが、ありゃあ違うな」
「違うって?」
「おそらくあれは民兵だ。志願だか徴兵だか知らねえが、訓練を受けた兵じゃねえ」
「えっ」
「途中で固そうな一団がいただろう。あれは多分聖騎士だ。それ以外は素人だ。やつら民兵を混ぜて水増ししてやがるんだ」
「民兵って――」
「ただの王都市民ってことだ」
「そんな」
「ウィル、もう一度いくぞ。突撃だ」
ドラヴァルは手綱を振り上げ、ふたたび駆け出そうとする。しかし――
「ウィル?」
「そんな……俺、何人も……」
「ウィル!」
ドラヴァルが馬を寄せ、ウィルの肩を掴む。
「何考えてる!」
「だって……俺」
「戦場にいるなら聖騎士だろうが市民だろうがただの兵だ! いちいち相手の事情を考えてたらお前が死ぬぞ!」
「あ……」
ウィルの視界がグニャりと歪み、先程斬った兵の顔で埋め尽くされる。
市民には手を出すなとアウグスに意見した自分が、市民を手に掛けてしまったのだ。
こんなはずではなかった。王都の人たちを殺すために来たのではないのだ。
「ウィル!!」
右頬に衝撃が走り、ウィルはバランスを崩す。あわや落馬しそうになるが、なんとか馬の背にしがみついた。
「しっかりしろ! てめえはなんのためにここに来たんだ!」
「ドラヴァルさん……」
「あの門を越えてかあちゃん助けるために来たんだろうが!」
ウィルを殴った左拳を引き戻したドラヴァルの厳しい視線がウィルを貫く。
そうだ。母を、メアウェンを助けるために自分はここに来たのだ。
「あれは敵だ。お前はあれを越えていかなきゃならねえ。今はそれ以外考えるな」
「……わかった」
「わかったら行くぞ。おう、お前ら、もう一度突撃だ」
集合したフェロナル兵たちに向かってドラヴァルがそう告げた時、緊迫した叫び声があがる。
「総長! 敵襲です! 右前方騎兵多数!!」
「なに!?」
ドラヴァルが声の指し示す方向を見ると、敵右翼と中央の間から土煙を上げて白銀に輝く集団が向かってくるのが目に入った。
「くそ! 分断されるとまずい! スペドラのケツにつくぞ! 続け!!」
ドラヴァルたちは、スペドラ兵と合流すべく馬を駆けさせた。
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