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【第三部 王の居場所】境界のウィル ~王都の騎士団に拾われた少年は、自分が何者かを知らない~  作者: 文木あお
第三部 王の居場所

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第79話 ウィルの決意

 子供たちの明るい声が聞こえてきた。

 広場では、例のベースボールという遊びが行われている。

 カスティガルの話を聞いていると、スペドラ族の状況はあまり良いものではなかったように思えるが、それでも里の中は明るい笑顔であふれていた。

 スペドラの民たちは、よく笑い、お互い助け合いながら生きている。熱く、勢いのあるフェロナルの里とはまた違った雰囲気がウィルには好ましく思えていた。

 もっとも、そのスペドラの里の民たちのこの先の運命は、自分の選択次第で明暗いずれかに進んでしまう。

 他人の人生の命運をゆだねられた責任が、ウィルの肩に重くのしかかっていた。


 まだ十六という若さで、しかも自分の行動の末ではなく生まれという血のせいで重い選択を迫られる状況に、ウィルはすべてを投げ捨てて逃げ出したくなる気持ちも少しはある。

 だが、これまで関わってきた人たち、スペドラの民、王都の人々、実の祖父だという公爵、セオルとフローラ、アルドたち傭兵騎士団、そして母メアウェン、彼らに不幸が訪れてほしくない。全員を助けたい、その想いがウィルの心の多くを占め、この岐路から動くことができずにいた。


 首都ロマから里に戻り数日、散歩と称して里の中を歩き回りながら、ウィルの頭は常に王都アウレクス侵攻に加わるかどうかの選択に悩まされている。

 処刑されるメアウェンを助けるなら、ヴェトス国軍の王都侵攻に乗じるのが一番成功率が高いはずだ。

 というよりも、メアウェンと公爵の処刑までに二か月の時をあけるという異例の処置、これはアウレクスの林檎を持つウィルたちをおびき寄せるための罠であることは間違いない。ウィルたち三人で乗り込んでくることを手ぐすねを引いて待っていることだろう。

 王都侵攻に乗じるしか道はないのだ。

 しかし、それは王都の街を破壊し、人々の命を奪うことに手を貸すことを意味している。

 自分たち傭兵騎士団が守ってきた街、そして命をこの手で破壊するのだ。


 さらに、侵攻に参加するにはスペドラの民たちも戦地に送らなければならない。

 部族にとってはいいことだろう。戦地で活躍すればスペドラ族の立場も良くなる。だが、個人にとってはどうか。

 戦争は命をかけて行われるのだ。

 楽しそうにベースボールを遊ぶ子供たちの中にも、父や母のいずれか、または両方を失う者が出てくるだろう。

 ただ血を引くというだけで、ほぼ確実に起こるであろう不幸を彼らに背負わせるというのは、ウィルにとって重すぎる選択だった。


「ウィル様」


 物思いから呼び戻され、あたりを見回すとそこは父母の墓塔の前だった。

 声をかけてきたカスティガルがこちらに歩いてくる。


「散歩ですかな」

「カスティガルさん、こんにちは」


 ウィルは気づいていなかったが、まわりでは多くの人が何かの作業を行っていた。

 魔法によるものか、大きな石がふわふわと宙を漂ってくる。

 石は丁寧に加工され、磨き上げられた表面に何か文字が刻まれていた。


「何か作ってるんですか?」

「これはタレンの墓じゃよ」

「父さんの……」


 漂う石がゆっくりと降ろされ、綺麗に整えられた地面に設置される。


「亡骸も遺品もないが、せめて形だけでもと思いましてな」

「遺品……」


 ウィルの手が腰に下げた剣に触れる。

 父と別れた後、ウィルが引き継げたのはこの剣だけだった。


「いや、それはウィル様が持っていてくだされ。タレンもその方が喜ぶじゃろう」


 父の形見であるこの剣はあれから常にウィルと共にあった。

 幼い頃は部屋の守り刀として、長じて自らの力で振るえるようになってからは腰に佩き、数々の戦いを共にしている。


「こうして墓を建てると、実感が湧いてしまいますな。自らがその死を確かめたわけではないのに、墓の前に立つとタレンはもうこの世にはいないのじゃ、ということをひしひしと感じる。伝聞でなかった死が実態として現れると言いますか。ある意味残酷な代物とも思える」

「でも……ここに来れば父さんに会える。お墓、ありがとうございます」

「……いいえ、ウィル様」


 墓の作業を眺めていたカスティガルがウィルに向き直った。


「墓は墓じゃ。死んだものには二度と会えません」

「え……」

「会えるのは生きている者だけじゃ。じゃからウィル様、救う手立てがあるのなら何をしてでも救うべきです。死んでしまってはそこで終わり。二度と会うことは叶わんのですから」

「……」

「儂らのことは気にせんでくだされ。儂らが戦うのは儂らのため。命を落とすのも儂らのため。それに加えてウィル様のお役に立つのならば、皆喜ぶじゃろう」

「でも、あなた方にとって養母メアウェンは仇なんでしょう? そのために命をかけるのは――」

「儂らは儂らのため、そしてウィル様のために戦う。赤髪の女戦士のためではない。そう考えれば儂らは動ける。ウィル様はそれに乗ればよいのです」

「しかし――」

「後で後悔しても死んだものは生き返らん。こんな世の中じゃ。ウィル様も経験はお有りじゃろう?」


 父タレン、まだ記憶に新しい最愛の義姉リンの笑顔がウィルの心に現れる。

 逝ってしまった彼らにはもう、二度と会えない。

 このままでは、養母メアウェンもそこに加わることになる。

 その運命を変えられるのはウィルだけだ。


「カスティガルさん」


 拳を握りしめ、深々と頭をさげた。


「ありがとうございます。そして、よろしくお願いします」

「承った」


 優しい声が返ってくる。

 頭をあげたウィルを迎えたのは、カスティガルの笑顔だった。



    ◇



「傭兵騎士団だ! お前ら! 大人しくしろ!!」


 蹴り破られた木製の扉が宙を舞い、中にいた数人をなぎ倒した。

 慌てて得物を振り上げ斬りかかってきた盗賊の剣を、アルドは右の短剣で受け流しつつ、左の拳を男の顔面に叩き込む。

 殴られた盗賊はもんどり打って部屋の壁に激突した。


「ひ……ひぇ」


 それを見て固まってしまっているもう一人の盗賊を蹴り飛ばす。

 哀れな盗賊は壁際にあったガラクタの中に突っ込んでいった。


「こ、ここ、降参だ! 勘弁してくれ!」

「うるせえ!」


 武器を捨てて投降しようとした盗賊の胸ぐらをつかみ、拳を叩きつけた。

 肉を殴打する音が何度も鳴り響く。


「アルド! やめな! やりすぎだよ!!」


 後から入ってきたフェイがアルドの後ろから肩を掴み制止してきた。

 我に返ったアルドが視線を落とすと、掴まれていた盗賊はぐったりとしている。


「ちっ」


 盗賊を床に放り出す。

 倒れ込んだ男はぴくりとも動かなかった。


「建物内を改めろ! 情報じゃ地下室もあるらしいぞ! 鼠一匹漏らすな!」


 後続の騎士団員に怒鳴り声で命令を伝える。「はっ!」と返答し、騎士団員たちは建物の奥へと入っていった。


「ほう。地下室ですか。では、私も行ってきましょう。さきほどの副団長のように、無茶をする者がいてはいけませんからね」


 監視役の若い聖騎士が建物の奥へと入っていく。


「クソッ」


 その背中を見送ったあと、アルドは手近にあった椅子を蹴り飛ばした。

 傭兵騎士団が聖騎士団の管理下に入れられてから、同じ男が監視任務についている。

 最初は正義ぶった若造かと思っていたが、最近は慣れてきたのか事あるごとに嫌味を言うようになり、アルドを苛つかせていた。

 だが、苛立ちの本当の原因はそんなことではない。


「……アルド、あんたらしくもない。どうしたっていうんだい」

「こんなときに正常でいられるか」

「だからって盗賊に当たったって仕方がないんだよ」

「メアが処刑されるんだぞ! なのに俺たちは何もできねえ!」

「声が大きいよ!」

「構うものか! 聖騎士の若造に監視されて、王宮に行くこともできやしねえ! 執行の日は迫ってきてんだ! 頼みの公爵も捕まっちまうし、一体、どうすりゃいいんだ!」

「機会を待つしかないよ。きっかけは必ず来る。そのときに動けるようにしとかなくちゃ」

「クソッ」


 アルドは踵を返すと、戸口に向かう。


「どこ行くんだい」

「あとは頼む」


 とまどうフェイを残し、アルドは現場を後にした。


 王都内に築かれた盗賊のアジトは、北東の住居区にあった。

 アルドは路地を抜け、通りに出る。この先はベオルスリック大通りにつながっていた。

 傭兵騎士団は完全に抑え込まれていた。

 本営には聖騎士が常駐し、幹部クラスには勤務外の時間にも監視がつけられている。

 監視の目を盗んで、メアウェンの救出作戦を練るなど不可能な状態だった。

 アルドは足早に歩みを進め、大通りに出た。

 今日も人の往来が多い。

 体の大きなアルドは、人にぶつからないよう普段気を使って歩いていた。

 今日は誰かにぶつかって、喧嘩でもふっかけてやりたい気分ではある。だが、そんなことをすれば立場上まずいことになりかねないので、大人しく人を避けながら歩いた。


「おっと、ごめんよ」


 不本意ながらも気をつけていたにもかかわらず、若者がアルドにぶつかってくる。

 アルドは何も答えず一睨みすると、先を急いで歩き出した。

 二歩進んだところで、違和感を覚える。

 懐を探った。

 金を入れていた袋がない。

 振り返ると、先程の若者が脱兎の如く走り出していた。


「てめえ! 待ちやがれ!」


 道行く人々を躱しながら、アルドはスリの若者の後を追う。

 しかし、相手も慣れているのか人混みを苦にすることもなくするするとすり抜け、距離はなかなか縮まなかった。


(常習犯だな)


 追いながらもスリの人相を目に焼き付けていると、スリは魔法街へと続く路地へ入っていった。


「待て!」


 アルドも続いて路地に入る。

 入り組んだ細い路地を右へ左へ何度も曲がった。

 スリの足はかなり早いようだ。背中は見えているがなかなか追いつけない。

 八つ目の角を曲がったあと、スリが建物につけられた木戸を開けて入っていくのが見えた。


「ヤサ突き止めたぞ!」


 走って木戸のところまで来ると、取っ手を掴み押し開けた。

 鍵はかかっていない。

 中は扉が開く分の床が続いた後、すぐに下り階段になっていた。

 アルドは腰に差した短剣の柄を握り、慎重に降りていく。

 一階分の階段を降りた後、目の前にまた木戸が現れた。

 中を覗ける隙間はないか探したが、それらしきものは見つからず、仕方なく戸に耳を押し当て様子を探る。ぼそぼそと話し声が聞こえた。


(いるな)


 アルドは取手を掴み、木戸を勢いよく押し開けると部屋のなかに踏み込む。


「傭兵騎士団だ! お前ら! 大人しくしろ!!」


 言い終わったアルドは妙な雰囲気を感じ、視線を下に落とした。

 視界に入ってきたのは、椅子に腰を下ろし、全身ピンクの服に包まれた奇妙な、そして見覚えのある男の姿だった。


「ピンクホイッスル卿~! よく来てくれたぞ~!」


 全身ピンクの男、ローズマントル公爵は椅子から立ち上がり、アルドを歓迎するように両手を広げる。


「あ、あんた、いや、公爵がなぜこちらに」

「さあ、ほらほら」


 公爵は両手を広げ、何かを待っている。


「いや、そういうのは……」

「そうか」


 待っていてもアルドは飛び込んできてくれないと理解したのか、公爵は両手を下ろした。


「俺ぁ、スリのやつを追って――」


 壁にもたれかかり、腕組みをした若者がアルドの目に入る。ニヤニヤと笑いながらこちらを見ていた。


「あ! 財布を返しやがれ!」

「待て待て」


 アルドが若者に掴みかかろうとすると、ローズマントル公爵が間にはいりそれを止めた。


「この者は協力者なのだ。私がそなたの財布をスるように頼んだのだよ」

「財布は返さないぜ」


 スリの若者はお手玉のようにアルドの財布を弄んでいる。


「てめえ!」

金子(きんす)は私があとで返してやるから。ほら、お前はもう行っていいぞ」


 公爵の追い払うような仕草をうけて、若者はニヤニヤとした笑顔を崩さぬまま部屋を出ていった。


「一体どういうことです?」

「監視のせいで、こうでもせんとそなたと会うこともできんからな。策を弄させてもらった」


 つまり、監視を出し抜くためにスリを使ってアルドをおびき寄せた、ということらしい。

 悪びれもせず言う公爵の姿を見て、アルドはため息をついた。


「公爵にも監視が?」

「そうなのだ。ウォーデンブラウン公が捕らえられてから、我がローズマントル公爵家の屋敷にもぴったりと張り付かれておる。今日も跡をつけられていたのだが、撒いてやったのだ」

「はあ。それで、ここまでして会いにきたのは」

「ウォーデンブラウン公とハースウィン卿のことだ」


 公爵の表情が真剣なものに変わる。ウォーデンブラウン公爵、そしてハースウィン卿こと、傭兵騎士団団長のメアウェン。一か月後の処刑が宣言されている二人の名だ。


「あの二人を失うわけにはいかん。必ず助け出さねばならん」

「それは俺たちもそう考えてはいますが、今八方塞がりで。公爵には何か策でもおありですか」

「用意したものがある」


 そういうと、ローズマントル公爵は部屋の隅に置かれていた大きな箱に手をかけた。

 アルドが見ていると、公爵は箱と格闘を始めた。机の上に持っていきたいようだが、中身の重量があるのか細身の公爵には持ち上げられないようだ。

 アルドは仕方なく、公爵に代わり箱を持ち上げて机まで運んでやる。

 ずしりと、重みが手に伝わった。


(こいつは――)


 重さから中身をある程度予想したアルドは、机の上に箱を置き、促されるままに開けてみる。

 アルドの予想は当たっていた。


「これをどこで?」

「ウィンステッド商会が用立ててくれたのだ。これで何をすればいいかわかるか、ピンクホイッスル卿」

「ええ。なるほど、これなら――」

「あと数人分は用意できる。全員とは言わん。傭兵騎士団から有志を募って」

「いや。こいつは俺一人でやる」

「なんと」

「フェイはともかく、他の連中は王都に家族がいる者も多い。公爵、この作戦は失敗したら、いや、成功しても王都に残ることはできねえものでしょう」

「たしかに、そうなるな。なにせ死刑囚を逃亡させるのだから」

「俺は元々この街の人間じゃねえし、王都を出ることになっても構わねえが、あいつらは違う。優秀なやつらだ。俺とメアがいなくなってもあいつらがいれば傭兵騎士団は無くならねえ。公爵、あいつらのこと、頼みます」

「そうか、あいわかった。騎士団のことはまかされた。必ず二人を助け出してくれ」

「ええ、必ず」

「ならば、私はもう行く。あまり長い間姿を消していても怪しまれるからな」


 そう言うとローズマントル公爵は部屋の出口へと向かった。


「公爵、この部屋使わせてもらっても構わないですか」

「構わんよ。そう言うだろうと思って、武器と一か月分の食料も運び込んでおいた」

「恩に着ます」


 アルドが頭を下げると、ローズマントル公爵は手を振り振り、部屋を出ていった。


「メア、必ず助け出してやる」


 無人の部屋にアルドの声が響く。

 そこから一か月、アルドの姿を見た者はいなかった。


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Xやってます。

@fumikiao

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