第78話 王の間
その日、ウィルたちの姿は再びヴェトス国のロマ城にあった。
ウィルとスペドラ族長老会筆頭のカスティガルが、ヴェトス国王アウグスより呼び出しを受けたのだ。
「さて、どのような話をされるのやら」
控えの間でカスティガルが落ち着かない様子でつぶやく。
アウグスにはウィルが族長にならないことは伝わっているはずだ。
だが、今回ウィルはカスティガルと連名で呼び出しを受けていた。
本人の希望によらず、スペドラ族族長とみなされているのか、それとも別の思惑があるのか、直接話を聞いてみないことにはわからないことだった。
「普通はどうなんです? 国王からの呼び出しは族長だけなんでしょうか?」
スペドラ族の若者たちと共に、護衛としてついてきたセオルがカスティガルに尋ねる。
その隣ではフローラが用意されていた焼き菓子に手を伸ばしていた。
「内容にもよるが、基本的には族長だけが呼ばれることが多いな。少なくともガリエヌス様の頃はそうじゃった」
その先王ガリエヌスが鬼籍に入り、スペドラ族は族長不在となったわけだが、それ以降、アウグスが即位するまでは国王もまた不在であり当然呼び出しもなかった。
アウグスの即位の際の朝見には、カスティガルが族長代行として赴いている。
「俺は族長じゃないし、向こうもそれを知っているはずだろうから、スペドラっていうより俺たちに関係のある話なのかもしれないな」
ウィルが椅子に座り直しながら言った。
今回は以前ロマの城を訪れたときよりも、内装が豪華な部屋に通されている。
普段固い木の椅子にしか座っていないウィルは、座面に綿と布が張られた椅子が落ち着かず、もぞもぞと頻繁に座り直していた。
「お、いるじゃねえか、お前ら」
ノックもなしに扉が開き、ずかずかと部屋に入ってきたのはフェロナル族の族長、ドラヴァルだった。
ここはスペドラ族にあてがわれた部屋で、他部族の者が訪問するには事前に通告が必要なはずだが、勝手知ったる他人の家とばかりにお構いなしに入ってくる。彼女の後ろでは案内の兵士が慌てた様子でドラヴァルを引き止めていた。
「ドラヴァルさんも呼ばれたの?」
ウィルが立ち上がりドラヴァルを迎える。
「おう。顔見知りがいたほうがお前らが緊張しないだろうってな。あいつ変な所気を回すからな。おう爺さん、まだまだ元気そうだな」
「馬鹿たれ。儂はまだ九十七じゃぞ。まだまだ現役じゃわい。だいたいこないだ会ったばかりじゃろうが」
ヴェトスの平均寿命は百五十歳ほどになる。人間からすれば九十七はかなりの高齢だが、ヴェトスにとってはまだ人生の三分の二ほどしか経過していない。
とはいえ、老人であることには変わりなく、カスティガルは本人の談とは裏腹にちゃんと爺だった。
「カッカッカ! 冗談だよ。よし、お前らアウグスんとこ行くぞ」
「え、まだ呼ばれてないよ!」
「いいんだよ。どうせたいしたことしてねえんだから」
そう言うとドラヴァルは一人で部屋を出ていってしまった。
いいのかな、と顔を見合わせたウィルたち三人は仕方なく腰を上げ、ドラヴァルの後に続く。
「ドラヴァル! お前はまたそうやって――」
更にその後からカスティガルが怒声とともに続いた。
◇
扉がゆっくりと開く。
扉を開いている歩哨は諦め顔だ。
「おう。来たぞ」
そんな歩哨たちの表情を気にする風もなく、ドラヴァルは王の間に入っていく。
カスティガルを加えたウィルたち四人もその後に続いた。
王の間はヴェトス国王の執務室のようなものだ。
王はここで書類の決裁などの仕事を行う。
また、少人数の訪問者と会見する際にもアウグスはここを使っていた。
城の中でも奥まった場所にあるここは、内密な話をするにもちょうどいいらしい。
「なんだ、もう来たのか。まだ呼んでいないはずだが」
一行を認めたアウグスは驚く風もなく、口にした。
ドラヴァルを交えた時点である程度は予想していたのだろう。
「また内緒話してんのか? 風通しよくしとかないと国が荒れるぜ?」
「そういう話ではない。だいたい客人に失礼だろう。口を慎め、ドラヴァル」
「客人じゃなくてお前に言ってんだよ。まあ、どちらさんか知らねえが、すまね――」
こちらに背を向けて座っていた先客に、詫びを入れようと回り込んだドラヴァルの言葉が止まる。
「あ、あんた――」
「知ってる人?」
まだ先客の顔が見えない位置にいるウィルが、ドラヴァルに尋ねた。
後ろ姿は小柄な老人に見えるが、重要人物なのだろうか。
「君たちとの会談にもこの方には同席してもらおうと思っていたのだ。紹介しておこう。ヴェトス国の前宰相、ラウレンティウス殿だ」
アウグスの紹介を受けて、先客が立ち上がって振り向く。
その顔はウィルたちにとって、よく見知った人物のものだった。
「ラウ爺!」
ウィルたち三人は飛び出し、ラウ爺のもとへ駆け寄る。
ラウレンティウスも三人が来ることを聞いていなかったのか、目を見開いて驚いていた。
「お前さんら、無事じゃったか!」
「ラウ爺こそ! 心配してたんだよ」
フローラがラウレンティウスの手を取る。
「すまん、すまん。儂はこのとおりピンピンじゃ。フラウィアも元気にしとるよ」
「フェイから王都のこと聞いたんだ。外街がやられたって。無事で良かったよ」
ウィルも思わぬ再会に嬉しそうに話しかける。
「ああ、外街はだめになってしもうた。儂らはそこから逃げてきたんじゃ」
「本当によく無事で」
「オスリックさんが支援してくれたからの。皆でなんとかここまでこれたんじゃ」
「お祖父様が」
セオルも参加してくる。
「そうじゃ。オスリックさんはセオルちゃんのこと、心配しておったよ」
「……お祖父様」
「どうやら、紹介は必要なかったのかな」
皆の会話を黙って聞いていたアウグスが割り込んできた。
「この子らのことはよおく知っておるよ。ま、宰相としてではないがの」
「宰相って?」
「国の中でも王様に次いで偉い人だよ。まさか、ラウ爺さんがそんなすごい人だったなんて」
セオルがウィルに教えてくれる。ウィルたちにとってラウレンティウスはただの優しいお爺さんだったのだが、実はすごい人物だったようだ。
「ラウレンティウス殿は先王ガリエヌスの時代に、宰相として辣腕を振るわれた方だ。我々も昔よく世話になった」
「今はただの爺じゃよ。じゃから、ドラちゃんも気にせんでな」
「あ、いや……すんませんっしたッ!!」
あのドラヴァルが勢いよく頭を下げている。宰相がどんなものかはわからなかったが、ウィルはラウレンティウスのすごさをなんとなく理解した。
「ラウ爺はどうしてここに?」
「儂らは新しい村を作ろうと思ってな。新しい王が即位したと聞いたもんじゃから、許可をもらいに来たんじゃ。まさか、アウグス殿とは思わんかったが」
王都にいたヴェトスの難民たちは、当時テロリストとして活動していたアウグスたちにかなりの迷惑をかけられている。ウィルはそのあたりが気になった。
「その詫びも含めて、村の設立は許可してもらえたよ。土地も融通してくれるそうじゃ」
「我々はヴェトス国のために活動していたが、当のヴェトスの民にも迷惑をかけてしまった。反省しているのだよ」
再び難民となった彼らには安住の地が与えられそうだ。
今度こそ、落ち着けるといいなとウィルは思った。
「さて、君たちに来てもらった理由だが」
アウグスが長机の奥に腰をかける。
手振りで促され、他の面々も椅子に腰掛けた。
皆が落ち着いたことを確認して、アウグスは話を続ける。
「エンリック王国に関することだ。結論から言うと、我々ヴェトス国はエンリック王国に侵攻することにした」
「!」
「また戦争を始めると言うんですか!」
ウィルが椅子から立ち上がる。
「また、という言われ方は心外だな。前回の戦争は我々が始めたものではない。だが、戦争が再び起こるかどうかという点ではそのとおりだ」
「なぜ戦争なんか起こすんです!」
「君たちも知っての通り、かの国は我々ヴェトスに対して敵対的な立場を取ることが多い。前の戦争も王国が始めたものだ。そのせいで難民化した我らの同胞は王都で迫害にあうことになった。その動機がどこから出ているのかはわからんが、国が動く以上、国王や教皇が関わっているのだろう。なぜ我々を敵対視するのか、理由はさだかではないが、そのような国が近くにあれば今後またどのような迷惑をかけられるかわからん。再び何かが起こる前に先に潰してしまおうということだ」
「そんな乱暴な!」
「乱暴なのは王国の方だよ、ウィル君。君たちが追われることになった理由もひょっとして君や彼女の生まれが関係している可能性はないかね?」
「そんな……」
「まあ、もちろん意趣返しの意味もある。あれだけいいようにやられたのだ。国内にはエンリック王国への不満も溜まっている」
「だからって攻め込むなんて」
「自業自得だと思うがな。先に手を出してきたのは向こうなのだ」
「……」
アウグスの言葉は受け入れがたいが、ヴェトスの民たちの言い分はわからなくもない。
前回の戦争もヴェトス側にはまったく非はなかったのだ。ヴェトス国は基本的に閉じた国であり、エンリック王国との交流もなかった。
何か王国を怒らせるようなことも、そもそも起こり得ないのだ。
「我々はすでに軍の遠征の準備を始めている。これは族長不在のスペドラ、そして連絡のつかないウンブラリア以外のすべての部族が参戦を決めている」
アウグスはウィルとカスティガルの方を見る。
「ウィル君は族長にはならないと聞いたが、どうするね? できればスペドラにも参戦してもらいたいのだが」
「スペドラも……」
ウィルは傍らにいたカスティガルを伺う。
老人もウィルの方を見つめていた。
「俺は……決められない。族長になるのを拒否したんだから、スペドラの人たちに戦争に行けなんて言えませんよ。俺にはそんなことを言う資格がない」
「ふむ。カスティガル殿はどう考える?」
「……すぐには決めかねます。少し、考える時間をもらえませんか?」
「わかった。持ち帰って考えてかまわない。だが、慎重にな。戦での活躍はその後の部族間の発言力にも影響を与えるはずだ。参戦しないということはそれを捨てることになる。それに作戦まであまり時間もない」
「……ありがとうございます」
ウィルはうつむき、椅子に腰を下ろす。
アウグスが言うようにスペドラは参戦しなければ、ヴェトス内での立場は厳しいことになっていくだろう。戦いに行けば死者ももちろん出る。族長でもない自分がそんなことを命じることなどできるわけもない。それに、エンリック王国、王都アウレクスは自分の故郷と言ってもいい街なのだ。その街の破壊に協力するなど。
セオルとフローラはウィルを心配そうに見ていた。
「それと、ラウレンティウス殿」
「む」
「あなたの先ほどの話、彼らにも関係があるのではないですか?」
アウグスがラウレンティウスに話を振る。
難しい顔で聞いていた老人は、我に返ったようにウィルたちに話しだした。
「そうじゃ! お前さんらに伝えなければならんことがある」
「なんですか?」
「心して聞いとくれ。ここに来る途中の村で聞いたんじゃが、王都で近々、罪人の処刑が行われるとのことじゃ」
「処刑」
「ああ。その罪人の名は、ウォーデンブラウン公爵、そして、傭兵騎士団団長メアウェン、この二名という噂じゃ」
「なんだって!?」
ウィルにセオル、フローラまでも驚きのあまり立ち上がる。
公爵は王との交渉に失敗したのか。それにメアウェン。ウィルが母と慕う女性と、実の祖父ということが判明した公爵。ウィルの家族といってもいい二人が危機に陥っていた。
「なんで処刑なんて! いつ! 処刑はいつ行われるの! ラウ爺!」
「執行は二か月後、王都の広場で行われるそうじゃ」
「そんな……」
二か月ならまだ間に合う。今から行けば、いや馬を使えばもっと早くたどり着ける。救い出さなければ。
だが、どうやって。自分たちはお尋ね者だ。王都に入ることすらできない。
ウィルは頭をフル回転させ、打てる手立てがないか考えていた。
「二か月後ならば、我々の侵攻と同じ時期だ。うまく行けば混乱に乗じて救い出せるかもしれないな。ウィル君、カスティガル殿、参戦についてよく考えてくれたまえ」
アウグスのその言葉をもって会談はお開きになり、一行は王の間を後にした。
感想やリアクション、お待ちしております。
☆☆☆☆☆評価や、ブックマークもぜひよろしくお願いいたします。
Xやってます。
@fumikiao




