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【第三部 王の居場所】境界のウィル ~王都の騎士団に拾われた少年は、自分が何者かを知らない~  作者: 文木あお
第三部 王の居場所

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第76話 謁見の間

「では、直接謁見の間へ乗り込むのでありますか!?」


 ピンクの毛皮が大きく跳ねる。

 ウィンフリズ・ローズマントル公爵は驚きのあまり大きな声を出してしまった。

 慌てて口を押さえたウィンフリズだったが、ここはウォーデンブラウン邸のエセルガーの私室、他に聞いている者はいない。


「ああ、謁見を申し込んでも取り合ってもらえん。こうなれば直接乗り込むしかない」

「ならば私も一緒に」

「いや、(けい)は残ってくれ。王とは私一人で話す」

「なぜでありますか!?」


 向かいのソファに座るエセルガー・ウォーデンブラウン公爵はうつむき、苦しそうに息を吐いた。


「今の王はおかしい。あれほど気さくだったお方が人を遠ざけ、誰とも会おうとせん。キネムド以外はな」


 エセルガーは目の前のワイングラスを取り、ぐいと(あお)る。


「ウィンフリズ、あの話は聞いたか?」

「魔族を捕らえよと指示されたとか」

「そうだ。ヴェトスとみなしたものをすべて投獄せよとおっしゃられたようだ」

「たしか、外街の魔族はいずこかへ立ち去ったのでは」

「王都市街に住み込みで働く者などは、まだ残っているらしい」

「なぜそのような」

「あの場から立ち去った若者たちがヴェトスだからというだけだと思う。いつもの聡明な王らしからぬ短慮だ。ヴェトスは見た目だけではわからん。このままでは多くの冤罪も生み出してしまうだろうに」

「一体、何が起こっているのでありますか? あのとき、霊廟で何があったのです」

「以前に報告した以上のことはない。なぜかはわからんが、王は変わってしまわれた。いや、ひょっとすると以前からそうだったのかもしれん。考えれば、あの十二年前の戦争、そして魔族という蔑称の勅令、奇妙だとは思わんか」


 エセルガーの眉間の皺が目に入る。

 ウィンフリズにとって頼もしい兄のようなこの大貴族の顔には、もともと年相応の皺が刻まれてはいたがこんなにも深かっただろうか。

 あの霊廟の事件以降、エセルガーはその心労が目に見えるほどやつれていた。


「我々が知る、聡明で気さくな王があのような施策を認めるとは思えん。現にあの戦争をきっかけとして国は様々な問題を抱えるようになってしまった。これが想像できない王ではなかったはずだ」

「ですからあれは王の望みではなかったと、キネムドにしてやられたのだという話になっていたのでは」

「だが、今の王を見ていると、あのような国策を取ってもおかしくないとも思える。なぜかはわからんがヴェトスを憎み、短慮ですぐ行動に走る王。聡明で民を思い、種族問わず難民も受け入れる王。わたしにはとても同じ人物の指示とは思えん」

「確かに」


 ウィンフリズにも、エセルガーの疑問は共感できた。

 行動に一貫性が感じられないのだ。


「我がウォーデンブラウン家は始祖エミリー卿からずっと歴代の王の側近を務めてきた。王を支えるのが我が家の使命だ。そしてその中には王の間違いをお諌めすることも含まれると、私は考える。メアウェンの件、傭兵騎士団の件、ウィルたちの件、ヴェトスの件、事実を明らかにする前に対処だけが先走っているように見える。このままでは、無実の者が処罰されることになりかねん。何が起こったかを明らかにし、事件を正しく解決することを進言する。だが、今の王が受け入れてくださるかどうか。私は投獄されるかもしれんな」

「であれば、なおさら私も参ります! 我ら二人でお話しすれば陛下もきっと!」


 ウィンフリズは立ち上がった。エセルガー一人に背負わせるわけにはいかない。


「我らが二人とも投獄されてしまえばどうする。傭兵騎士団は精鋭だ。何か起こった場合の切り札になりうる。卿は残り、彼らの支援に努めてくれ」

「エセルガー殿!」

「ウィンフリズ、逃亡したウィルという少年のことは覚えているか? 王宮でメアウェンと共にいた」

「え、ええ。覚えておりますとも」

「あの少年、我が娘エディスによく似ていた。あの時は偶然かと考えたが、フェイが持ち帰った情報によるとな、ウィルはエディスの子だったそうだ」

「なんと! ということは」

「ああ、彼は私の孫ということだ。ウィンフリズ、彼らのことも頼む。ウィルたちを助けてやってくれ。我が相棒といえるお前だから頼めるのだ。引き受けてくれるな」

「……」

「ウィンフリズ」

「わかりました」


 投獄となれば、その後どうなってしまうかはわからない。歴史あるウォーデンブラウン家、そして、エセルガー自身の命さえ危険にさらされる恐れがあった。

 だが、エセルガーの決意、そして自分への信頼。ウィンフリズにはそれを振り払うことはできないのだった。



    ◇



 豪華な細工が施された扉が勢いよく開かれる。


「おやめください! 閣下!」

「どけ! 私は王に話があるのだ!」


 謁見の間にウォーデンブラウン公の声が響き渡った。

 近衛騎士団長ヘレワードは記憶していた予定表を思い出す。公爵の訪問の予定は、今日もなかったはずだ。

 何か起こった場合に備えて、ヘレワードは玉座に座る王の前へ体を進めた。

 謁見に訪れていたキネムド教皇が驚き立ち上がっている。

 部下に目配せをし、教皇を後方へ下げさせた。


「何をしに来られた、ウォーデンブラウン公! ここは謁見の間、招かれてもいない者が足を踏み入れていい場所ではない!」


 ヘレワードは腰の剣に手をかけ、いつでも引き抜ける態勢を作る。

 公爵はヘレワードの制止を無視して謁見の間の中程まで進むと、(ひざまず)き頭を下げた。


「王よ! 突然押しかけた無礼はお詫びいたします。ですが、私の話をお聞きください!」

「そなたもしつこいのう。こちらはそなたと話すことはない。無礼は許してやる。自らの足で立ち去るがよい。それともいつぞやのように近衛に手伝ってもらうか?」


 後方から聞こえる王の声はうんざりした響きでヘレワードの隣を通り抜けた。


「立ち去りませぬ。なんとしても私の話をお聞きいただきたい!」


 立ち上がろうとしない公爵に王がため息で答える。


「つまみ出せ」


 王の命令を受けて、ヘレワードは公爵に近づく。


「失礼する!」


 脇を抱え立ち上がらせた。そのまま扉に向かって引きずっていく。


「お待ちください! 王よ! 王のお耳に入れたい情報があるのです! 林檎(・・)のことです!」

「待て!」


 制止に従い、足を止めた。


「あれの情報を手に入れたというのか?」

「はっ」

「……ヘレワード、離してやれ」


 ヘレワードは公爵の腕を離し、そのまま王の前に連れて行く。


「聞いてやろう。どんな情報だ?」


 公爵は再び(ひざまず)き、頭を下げた。


「私の手のものが林檎の所在を掴みました」

「ほう。お手柄だな。どこにある?」

「それは、言えませぬ」

「なぜだ? それを伝えに来たのではないのか?」

「王よ、霊廟の事件の対処、見直していただきたい。メアウェンの拘束、傭兵騎士団の下部組織化、事件の解決には不必要なものです。彼らは逃げはしない。押さえつけなくとも話は聞けるでしょう。それに教皇殺しとされている少年たちの手配、手を下したという証拠もなければ、彼らには動機もない」

「あの場にいた聖騎士が見たというのだ! それ以上に何が必要なのだ!」


 キネムドが横から怒鳴りつける。


「あのような証言、いくらでも嘘はつける」

「貴様! 聖騎士を愚弄するか!」

「待て、キネムド」


 激昂しかけたキネムドを王が制止した。

 冷たい視線が公爵に注がれる。


「エセルガー、そなた林檎の情報を盾に余に交渉をしようというのか。臣下の分際で生意気なことよ」

「生意気と言われようと、事件の対処を見直していただかぬ限り、林檎の所在はお伝えできませぬ。王よ、なぜそのようにことを急がれるのです。今のやり方はあまりに一方的すぎます。あの場で何があったのか、見るべきものはたくさんあります。それをすべて無視して、彼らの犯行と決めつけては誤った結果にたどり着いてしまう!」

「あの少年たちに話を聞けと? それをするにも行方がわからぬではな。手配をして探すのは当然だろう」

「しかし、教皇殺しと決めつけて手配するなど! 王よ、王は本当に事件の詳細をあきらかにするおつもりがあるのですか? 筋書きは最初から決まっており、何か別の目的があるのでは」

「目的? ふっ、なんの目的があるというのだ」

「ヴェトスの弾圧」

「やつらの呼称は魔族とするように勅を出したはずだが」

「それです。なぜ彼らを貶めようとするのです。王よ、あなたは聡明で種族を問わず民を思う偉大な王であったはずだ。王都には様々な種族が暮らしております。彼らの生活、権利を保証し受け入れてきたはず。なぜヴェトスだけはそこから外そうとするのです」

「魔族は魔の者。心の広い家主でも、ならず者を家に引き込むやつはおらん。現に難民としてやつらを受け入れて以来、テロは起こり教皇聖下は殺された。ここは俺の国だ。家主はならず者から家を守る義務がある!」

「異物というならば、罪を犯したものだけを裁けば良いでしょう。なぜ罪を犯したか定かではないもの、さらには市井の何もしていない者まで捕らえようとするのです!」

「お前は……お前が俺に逆らうのか! お前だけは――エセルガー、林檎の所在を言え!!」

「言えませぬ」


 王と公爵の視線がぶつかり合う。

 謁見の間は緊迫した空気に包まれていた。


「ヘレワード、こいつを捕らえろ。牢に繋いでおけ!」

「は、公爵を、ですか?」

「情報を出せという王命に背いたんだ。公爵と言ってもその罪を免れることはできない!」

「はっ」


 ヘレワードは部下を呼び、公爵を拘束させる。


「王よ! お考え直しください! 今のままでは――」

「そいつは重要な情報を隠している。林檎の所在を聞き出せ! どんな手段を使ってもいい!!」


 公爵の声は吐き捨てた王の言葉にかき消された。

 両脇を抱えられ、謁見の間から連れ出されたウォーデンブラウン公爵の訴える声は次第に遠ざかっていった。


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☆☆☆☆☆評価や、ブックマークもぜひよろしくお願いいたします。


Xやってます。

@fumikiao

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