第74話 ウィルの肉親
「胸糞わりい話だな!」
フェイの語った王都の状況にドラヴァルが苛立ちの表情を見せている。
「そこまでのことになっているなんて」
国王の心変わりのことはセオルから聞いていたが、ウィルはここまでのことになっているとは思いもしなかった。
「メアウェン団長の拘束、傭兵騎士団は聖騎士団の管理下に置かれて、外街は壊滅か」と、セオル。
「外街を支援していたウィンステッド商会もかなり厳しい状況みたいだよ。客足が途絶えているらしい」
セオルとフローラは険しい顔をしている。
オスリックやラウ爺たちがどうなっているか心配なのだろう。
ウィルは拳を握りしめた。自分も気持ちは同じだ。
親しい人々が苦境に陥っているこの状況、なにより、ウィルの命の恩人であり愛を持って育ててくれた母、メアウェンのことは放っておけるものでは断じてなかった。
「助けに行こう」
ウィルが立ち上がる。
一同の注目がウィルに集まった。
「メアは俺を助けてくれた。身寄りのない俺を引き取って育ててくれた。メアを助けたい!」
「落ち着きな、ウィル。相手は王国だ。闇雲に突撃するだけじゃ、どうにもならないよ」
フェイにたしなめられた。
「でも! こうしている間にもメアは――」
「助けないとは言ってない。だけど、やるなら作戦をたててやらないとダメだ。それがわからないあんたじゃなかっただろ?」
「……」
フェイの言う通りだ。
盗賊討伐のときもリンの姉のときも、作戦を立てたからこそ、困難な状況を突破することができたのだ。
感情にまかせて突っ込んでも何も得ることはできないことは、ウィルにはわかっているはずだった。
「今動ける傭兵騎士団はあたしたち四人だけだ。こんな人数で国を相手に戦えるわけがない。犬死するだけだよ」
「それはそうだと思う。でも、フェイ。俺たちだけじゃないよ。スペドラの人たちも協力してくれる」
フェイが老人たちに目線を送った。
視線を受けた老人たちは一様にうつむいている。
カスティガルが口を開いた。
「一つ確認したい。昨日から名前がでているメアウェンという者、それは赤髪の女戦士か?」
「そうだよ」
フェイの回答にカスティガルが息を吐く。
「であれば、儂らは行けぬ」
「どうして!?」
ウィルの問いかけにカスティガルが首を振った。
「聞けばそのメアウェンという者、ウィル様の育ての母となるのじゃな。じゃから、これは伝えるべきではないと思ったのじゃが……こうなっては言わぬわけにはいかんじゃろう」
カスティガルがウィルを見る。
「前の戦争で先王ガリエヌス、ウィル様の父を討ったのはメアウェンという名の赤髪の女戦士じゃった」
「え……それって……」
「そういうことじゃ。儂らにとってもメアウェンは先代族長の仇となる。長老会はよくとも、スペドラの民は納得せんじゃろう」
「だろうね」
フェイがウィルたちに視線を戻した。
「フェイはわかってたの?」
「有名な話だからね。メアが騎士団長に就任するきっかけでもある。さっきあんたの出自を聞いたときに気づいたよ」
「……」
「とにかく、メアの救出にスペドラ族の力は借りられない。やるならあたしたちだけだ」
「でも、どうやって」
「そのためにもう一つ話をしなくちゃならない。あんたたち、霊廟から何か持ち出さなかったかい? 国王が何かを探しているらしい」
それを聞いたセオルが、何かに気づいたように声をあげた。
「ちょっと待っててください」
そう言うとセオルは集会所を出ていってしまった。
しばらくして、セオルは自分の物入れを携えて戻ってきた。
「えっと、確かここに」
セオルが何かを物入れから引っ張り出す。
「王が探しているのはきっとこれだと思います」
セオルが取り出したのは光り輝く一つの珠だった。
珠から溢れ出す魔力が、見る者に秘めた力の大きさを教えている。
「これは?」
「アウレクスの林檎です。アウレクスが神化する際に使った神化の秘宝。霊廟の最奥にあったのですが、どさくさで持ってきてしまって――」
「なんと!!」
カスティガルの驚きの声が部屋に響き渡った。
「それは――儂らのものじゃ! 返してくれ!!」
「どういうことだい!?」
身を乗り出したカスティガルに思わずフェイが身構える。
「あ、ああ、いや、すまん。それの奪還は我らスペドラの悲願じゃったのでな。それは神の宝物、もともとこのスペドラの里にあったものなのじゃ」
「スペドラの里に?」
「ああ。伝えられる話では、ある日突然里にその宝物が現れたそうじゃ。里の民はスペドール神からの賜り物じゃと、それを祀り宝物として崇めておったそうでな。じゃが、一人の不届き者がその宝物を盗み、逃亡したのじゃ。それ以来、スペドラの里はその宝物の奪還を悲願として行動してきた。まあ、最近はそれほど動けてはおらんが」
「その、不届き者ってひょっとして――」と、セオルが尋ねる。
「ああ。不届き者の名はアウレクス。お前たちが神と崇める盗人じゃ。やつはもともとスペドラ族の出身でな。族長家の次男として生まれた」
「え、族長家って子供が一人だけっていうしきたりがあったんじゃ」
「そのしきたりができたのはアウレクスのせいなのじゃよ。やつは族長家を継ぐ兄を妬み、里から出奔したのじゃ。腹いせにその宝物を盗んでな」
「ちょ、ちょっと待っとくれ。アウレクス神はもともとヴェトスだったってのかい!?」
フェイが身を乗り出す。
「そうじゃ。一族の恥じゃから、あまり大きな声では言えんがな」
「だからあのとき、神像があんなことを」
フローラがぽつりとこぼした。
「あんなことって、なんだい?」
「うん、霊廟で私たちは動き出したアウレクス神の神像と戦ったんだけど、神像が私たちを見て言っていたんだよ。スペドラの者か、って。あの神像、スペドラ族の追っ手に備えてのものだったのかなって」
「なるほどね。だけど、これがあれば王国との交渉ができる。長老さん、目をつぶっちゃくれないかい? ウィルの大事な人を助けるためなんだ」
「しかし……」
「だったら、こうしたらどうだい?」
フェイはセオルが持っていた光の珠をむんずと掴むと、そのままウィルに手渡した。
「ウィルはスペドラ族の族長家の者なんだろう? ウィルに使わせるなら構わないんじゃないかい?」
「む!? そうきたか……」
唸るカスティガル。
「……わかった。直接手助けはできんのじゃからな。ウィル様のためにそれは見なかったことにしよう」
「ありがとう! カスティガルさん!」
そう礼を言うと、ウィルは自分の物入れに林檎をしまい込んだ。
「よし、これで材料は揃ったね。ウィル、セオル、フローラ。あんたたちは、林檎を持ってここで待ってておくれ。あたしは、王都に戻って公爵にこの情報を伝えてくる。国王には公爵から話をしてもらおう」
「ふむ、では三人はこの里で預かるとしよう」
「じゃあ、あたしは早速王都に向かうよ」
フェイは腰を上げた。
集会所の入口で、フェイの荷物を抱えたヴェトスの若者が待っている。
「見送るよ」
ウィルたちと老人たちも立ち上がり、一緒に外に出た。
外の広場では昨日と同じく子供たちが遊んでいる。
「じゃあ、フェイさん。公爵様によろしくお伝えください」
セオルがフェイと握手している。
ウィルもフェイに声をかけようと進み出るが、ふと、フェイの肩越しに見える物が気になってしまった。
形の整った石を積んで作られた石塔に見える。
「ねえ、カスティガルさん。あれって?」
「あれは、ガリエヌス様の墓じゃよ」
「実の父親の墓……」
「行ってみるかね?」
「はい!」
「じゃああたしもついでに寄っていくかね。ウィルはいい子ですって、お父さんに伝えておかないとね」
フェイを含め、一行はガリエヌスの墓と言われる石塔に向かった。
近くまで来ると、その大きさがよく分かる。石塔はウィルの身長の四倍ほどの高さがありそうだった。
一国の王のもの、と言われれば確かに小さく見える。だが、世襲ではないヴェトス国の王位は墓で権威を示す必要がないのだろう。
それよりも、綺麗に組み立てられ、掃除も行き届いているところにウィルは目を見張った。
里の人たちのガリエヌスへの思いが伝わってくる。
「本当の父さんは里の人たちにとても好かれていたんだね」
「ガリエヌス様は皆に優しく、争いを好まない人じゃった。大人から子供まで、他部族の者にも分け隔てなく接して皆から慕われておった」
「そっか」
ウィルたちは目を閉じ、黙祷を捧げた。顔も覚えていない父だが、生みの親と言われると近しい人のような気がしてくる。
「あの、こっちのはどなたの?」
フローラが指し示す方を見ると、ガリエヌスの墓の隣にこぶりな石塔が立っているのが見えた。
「そっちはウィル様の母の墓じゃ」
「お母さん! そういえばウィルのお母さんの話は出てこなかったね」
フローラが石塔に近づき、刻まれている文字を読む。
「エ……ディス。エディス・スペドラって書いてある。これがウィルのお母さんの名前?」
「そうじゃ。エディス・スペドラ。ガリエヌス様の妻、ウィル様の母じゃ」
「どんな人だったの?」と、ウィル。
「美しく、優しい女性じゃったよ。ウィル様のお顔はエディスによく似ておる。彼女はあの戦争のあと、心労でな。夫と息子を一度に失ったことに耐えられんかった」
ウィルは寂しそうな顔を見せた。初めてわかった生みの父と母の名。しかし、両方ともすでに鬼籍に入り、会うことは敵わない。
王都には育ての母であるメアウェンがいる。ここには頼もしい仲間であるセオルたちもいる。だが、実際に血の繋がりのある肉親はもうこの世にはいないのだ。これまであまり感じていなかった寂しいという感情が、ウィルの心を撫でていった。
「あの、失礼ですが疑問が。ガリエヌスさんの妻であれば王妃ということになりますよね。でもカスティガルさんは敬称をつけなかった。何か事情があるんですか?」
セオルの問いはウィルも気になったところだ。カスティガルの親族なのだろうか。
「いや、そういうわけではない。さっきも言ったようにヴェトス国には王家というものがない。王はただ一人であって、王妃という身分もないのじゃ。エディスは王の妻、ただそれだけじゃよ」
「ただのヴェトスというわけですか」
「いや、ヴェトスではない」
「?」
「エディスはヴェトスではない。人間じゃ。お前たちと同じく王都から来た」
「なんだって!?」
驚く一同を前にカスティガルが語りだす。
「まだ王国と戦争が始まる前のこと。ガリエヌス様が一人の娘を里に連れてきた。魔物に襲われていたところを助けたそうじゃ。娘と共にいた者たちはすでに事切れ、彼女だけが生き残っていたらしい。ひどい傷を負っていてな。回復するまでしばらく里で療養させることになった」
カスティガルが石塔の前に落ちていた落ち葉を払いのけた。
「そのうち、二人は恋仲になったようでな。娘も国には帰らないと言い出した。ガリエヌスの父、先々代の族長は困った顔をしていたが、彼もなかなかの男でな。好きになったなら仕方ないと、二人の結婚を受け入れておったよ」
「それで、俺が生まれた……」
「そういうことじゃ」
「と、いうことはウィルはヴェトスと人間の混血になるんですか」と、セオル。
「そうじゃな。そういうことになる。ウィル様が王都で暮らしていたというのも、何か運命的なものがあるのかもしれんな」
「ちょ、ちょっと待っておくれ」
フェイが急に大声をあげて遮った。
「そのエディス、という女性、旧姓は名乗っていなかったかい? ただのエディスだったのか?」
「いや、貴族の出だと言っておったな。たしか家名は……ウォーデンブラウン、そんな名だったはずじゃ」
「!……やっぱり……」
「フェイ、知ってるの!?」
尋ねたウィルに向かってフェイが答える。
「ウォーデンブラウン公には行方不明になった娘がいる。その人の名がエディス。エディス・ウォーデンブラウン。あたしたちも捜索に何度か関わったけど、ヴェトスの里にいたとは……」
「え!? ということは、ウィルは公爵様の孫ってこと?」
気づいたフローラは驚きの声を上げた。
「そういうことになるね。これは……ああ、ウィル。これも公爵に伝えておくよ。ウィル、あんたにはまだ血のつながった祖父がいるんだ」
「血のつながった……お祖父さん」
「よかったじゃねえか。ウィル」
ドラヴァルがウィルの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「ああ!」
ウィルは嬉しそうな顔で頷いた。
「最後にいい話が聞けてよかった。亡くなっていたことは残念だけど、公爵も娘の消息が知れて喜ぶと思うよ。それに孫までいたんだからね」
フェイが荷物を担ぎ直す。
「じゃあ、あたしはそろそろ行くよ。国王にはしっかり話しつけてきてやるから、公爵に会えるのを楽しみにしときな」
「うん、フェイ、気をつけて!」
フェイは手を振ると里の出口に向かって歩いていった。
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