第72話 タレンの子
老人たちが一斉に頭を下げている。
和やかだった場の空気が引き締まったものに変わっていた。
アウグスと話した時もそうだったが、彼らの中でウィルが何者かということの結論は出ているらしい。
だが、こちらとしては話がまったく見えなかった。
セオルは輪の中に立つウィルを見る。
ウィルは混乱しているのか、表情も変えずただ立っていた。
自分より遥かに年上の、それも初対面の大人が自分に最敬礼の姿勢を取っているのだ。
戸惑うのも無理はない。
「あの……説明をお願いできませんか」
動けないウィルに変わってセオルは申し出た。
「ロマでのときもそうでした。アウグス……さんと、ドラヴァルさんはわかっていたようですが、僕らにはなんのことだか。今も同じです。あなたがたは、彼の、ウィルについて何を確信したのですか」
声が届いたのか、カスティガル翁が下げていた頭をあげた。
「この方は、我らスペドラ族の長、スペドラの族長家に連なる方じゃ」
「スペドラの族長家……確かにウィルには族長家の力があると、ずっと言われてきました。でも、なぜそれがスペドラ族のものだと」
「族長家の力は一要素にすぎん。確信を得たのは色々な要素が合わさったからじゃ」
「いったい……」
「ウィル様も覚えておられぬと言うし、順を追って話そう」
カスティガルの目線に気づいたウィルが、輪の中から下がり床に腰を下ろす。
車座の中の比較的若い方の一人が立ち上がり部屋の奥へ入っていった。
「お前たちは前の戦争のことは知っているな?」
「はい。十二年前、エンリック王国がヴェトス国に攻め入った――」
セオルが答える。
「左様。かの戦争でお前たち人間は我らの国を侵略し、先王ガリエヌスを討ち取った。ガリエヌス様はスペドラ族長家の出身、当時のスペドラ族の族長も務めておられたのじゃ。ガリエヌス様が身罷られたことで、我らスペドラ族は族長家を失った」
「族長家を失った? 他に親族の方はいなかったのですか? あなた方はスペドラ族の族長家の方ではないと」
「儂らはただの長老会じゃよ。皆血筋としては何でもない、ただの年長者というだけじゃ。族長のいないスペドラをこうして合議でなんとか運営しておる。スペドラの族長家にはしきたりがあってな。子は常に一人きり。じゃから、分家なども存在しない。はるか古代に分かれた家はあるかもしれんが、それも今となってはどこの家かはわからんな」
先ほど席を外した長老の一人が器を乗せた盆を持ち、奥から戻ってきた。
セオルたちの前に器を置いていく。
器には湯気をたてる温かい液体が満たされていた。
セオルは器を持ち上げ、少し緑がかった液体を口に含む。
青臭い香草の風味と甘い蜂蜜の味が口に広がった。
「兄弟のいなかったガリエヌス様は里の子供たちと仲が良くてな。年上の者には可愛がられ、下の者の面倒もよく見ておった。まだ、ガリエヌス様も年少だった頃、小さな子供たちといっしょに遊んでいた姿はよく覚えておる。その中でも特にガリエヌス様を慕っておったのが、タレンという子供じゃ」
父の名が出て、ウィルが少し反応したのが感じられた。
「歳は十ほども離れていたはずじゃが、タレンはガリエヌス様のあとをずっとついて回る子じゃった。それは年齢を重ねても変わらず、ガリエヌス様がヴェトスの王に即位したとき、タレンは志願して王を守る近衛騎士となったのじゃ」
カスティガルがちらりとドラヴァルを見る。視線に気づいたドラヴァルが目をそらしたように見えた。
「そして、あの日。戦いが終わり、命を落としたスペドラ族の者たちが里に運び込まれるなか、いつまで経っても姿を確認できぬ者がいた。それが、タレンと、ガリエヌス様のお子。ガリエヌス様には一人のお子がいた。それが、戦争以降、姿を消してしまわれた。儂らも方方を探し回ったが結局見つけられず、今に至る」
場の緊迫感を感じる。ウィルをみると拳を握りしめていた。
「そ……その子供の名は……」
セオルが踏み込む。
「先王ガリエヌスの一子の名は、ウィルという」
セオルが腰をあげ、身を乗り出した。
「ウィルが……ヴェトス王の子……たまたま名前が同じだけということは! ……なさそうですね……」
「そうじゃ。彼はタレンという名の男に育てられ、受け継いだ剣は近衛の剣じゃった。その男は姿を消した近衛騎士タレンに間違いなかろう。そしてこのウィル様は族長家の力を使う。それは族長家の血を引くことを証明するものじゃ。彼が先王ガリエヌスの一子、ウィル様その人であることは、もはや疑いの余地はない」
「俺が――ヴェトスの王子……?」
ウィルは自分の掌を見つめていた。
これまでわからなかった自分の出自が判明し、しかもそれが高貴な血筋のものだったのだ。
驚きと混乱で頭の中がぐるぐると周り、うまくものを考えることができない。
「あー、驚いているところに悪いんだが、王子ってのはちょっと違う」
ウィルに向かってドラヴァルが口を出した。
「ヴェトスの王位はお前らの国のように、子が継ぐもんじゃねえんだ。次代の王は各部族の族長の中から投票で決められる。だから王家というものもねえ。ウィル、お前は王の子ではあるが、王子じゃねえ。スペドラの族長である以上、王位継承権はあるがな。そのへんは俺も一緒だ。そんな構えなくていいぞ」
「え、いや、族長……?」
ウィルの混乱にあらたな要素が加わる。
「そうじゃ。先程述べたとおり、スペドラの族長家は一子のみで継がれていく。すでにガリエヌス様がこの世におられぬ以上、ウィル様、あなたがこのスペドラの族長となるのです」
「ちょっと待って。父さんは父さんじゃなくて、本当は王の子で、でも王子じゃなくて、族長で、ただ王の継承権はあって、ええと――」
「混乱されるのも無理はない。いきなり立場が大きく変わってしまわれたのじゃからな。一度この話は終わりにしよう。族長の務めなどはまた日を改めて話せばよかろう。それよりも、ウィル様、これまでどのように過ごされてきたのかお話くだされんか。覚えているところだけでかまいませぬ」
「え、ああ、それなら」
カスティガルに促されて、ウィルは記憶にあるこれまでのことを話し始めた。
父と共に、様々な場所を旅したこと、色々なものを見せてもらったこと。
エルフの街、ドワーフの集落、そして広々とひろがる海、全てを鮮明に思い出すことができた。
あの夜、盗賊に襲撃されたときのことも。
「父さんは俺を茂みの中に隠して、あ、父さんではないのか、えっと」
「ウィルを育ててくれたんだから、お父さんでいいんじゃない? お父さんが二人いたって別に構わないと思うよ。私はオスリック様のことも父ちゃんだと――いや、オスリック様はどっちかっていうと爺ちゃんかな」
フローラの言葉を聞いて、ウィルは許可を求めるようにカスティガルを見た。
カスティガルは二人を見て頷いている。
「そうか、そうだね。父さんは父さんだ。その、盗賊の数が多かったんだ。それに逃げる途中で父さんは足をやられていて」
「タレンは里の中でも手練れと言われるほどの腕じゃった。じゃが、多勢に無勢であったならそれも仕方あるまい。よく、ウィル様を守ってくれた」
主君の子を育て、守り、そして命を落とした男への哀悼が部屋に満ちる。カスティガルも、老人たちも沈痛な顔をしていた。
突然、ドラヴァルが立ち上がる。
「!?」
驚いたウィルはドラヴァルを見上げた。しかし、彼女は何も言わずそのまま部屋を出ていってしまった。
「ドラヴァルさん!」
「ウィル様」
ドラヴァルに呼びかけたウィルをカスティガルが制する。
「そっとしておいてやってくだされ」
「え……」
「まあ、理由は色々とな」
よくわからなかったが、一度飲み込み、ウィルは話を続ける。
セオルたちと出会ったこと、メアウェンに引き取られ、王都で暮らしたこと、王都の魔族たちの事件、そして先日の大聖祭のこと。
「なんと……数奇な道を辿ってこられたのじゃ……」
「それで、森の中でドラヴァルさんに出会って今に至ります」
「……」
カスティガルは何かを考えているようだが、言葉にはしてくれないようだ。
「いや、ありがとうございました。今日はここまでにしておきましょう。宿を手配するので、外でお待ちくだされ」
様々な事実が判明し、ウィルたちもうまく整理できていない。ここで終わってくれるのはありがたいことだった。
「じゃあ、今日はこれで」
ウィルは老人たちに頭をさげ、部屋を後にする。
外に出るとすでに日は落ち、あたりは暗くなっていた。
ふと見ると、人気のなくなった広場にドラヴァルが立っている。彼女は星がまたたく夜空を一人見上げていた。
「ドラヴァルさん」
ウィルは声をかけ、ドラヴァルに近づこうとする。
「バカ! お前、こっちに来るんじゃねえ!」
声でウィルを制し、反対側を向いてしまった。手で目元を拭うような仕草をしている。
ドラヴァルが背中を向けたまま、後ろ手にウィルに手招きをする。
ウィルは再び歩き出し、ドラヴァルの隣にならんだ。
「ドラヴァルさん、泣いて――」
言い終わらぬウィルの頭頂に衝撃が走る。ドラヴァルの拳骨が降ってきたらしい。
「うるせえよ」
ドラヴァルがぽつりとつぶやいた。その目は星を見上げたままだ。
「タレン兄はお前に優しかったか?」
「え、ああ、うん」
「そうか」
沈黙の隙間は虫の声が埋めてくれていた。
「お前が、形見とか言いやがるから、わかっちゃいたんだがな。実際に詳しく聞いちまうと、ちょっとな」
「ドラヴァルさん……」
「タレン兄は、その、俺の婚約者だったんだ。あの戦争から姿を見せねえで、なにしてやがんだと思ってたんだがな」
「あ、だから子供はいないって」
「そうだよ。はあ……やっぱり死んじまってたか……」
「あの、父さんは優しくしてくれた。いつも俺を守ってくれた。色々教えてくれたし、本当にいい父親だったよ」
「お前はタレン兄のことを、これからも父さんって呼んでくれるんだな」
「うん、だって育ててくれたのは事実だし。フローラも何人父親がいても別にいいでしょうって」
「そうだな」
ドラヴァルがウィルの首に腕を回し、ぐいと引き寄せる。
抱き寄せられた形になったウィルは、ドラヴァルの鍛えられた筋肉と女性の柔らかさを感じた。
「タレン兄の息子ってことは、その婚約者の俺の息子ってことでいいな。結婚は結局できなかったが、別にいいだろ?」
「ぐ……む」
強い力で抱きしめられ、ウィルは苦しそうにもがく。
「ウィル、お前は色んな人と関わって助けられながら生きてきたんだろ? 元気になれ。みんながお前を心配してる。俺もお前を守ってやる。お前は俺の息子だからな」
ドラヴァルの優しい声が、ウィルの心に少し光を差し入れた気がした。
虫たちの声は伴奏のように鳴り響いていた。
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