第70話 仇との邂逅
扉から現れたその男の顔は、今まで忘れたことがない。
六年の年月が経っていても、商会の廊下で見た光景は今もありありと思い浮かべることができた。
まさか、こんなところで出会うのか。
本当にあの男なのか。
唐突な再会は、フローラに驚きと動揺をもたらした。
肌が粟立ち、全身の毛が逆立つのが手に取るようにわかる。
その内側から、兄をそそのかし、破滅へといざなった男への怒りが沸々と湧き上がってきた。
「あなたは――」
王都で大規模なテロ事件を起こし、多くの人の命を奪ったテロリストの一味。
まだ捕まっていない最後の男。
「アウグス!」
フローラの悲鳴にも似た叫びが室内にこだまする。
「なぜ、あなたがここで現れるんです!」
叫んだセオルが椅子から立ち上がった。
フローラは自分の位置と、アウグスの位置、間にある机と椅子の配置を見て最短の道筋を検討する。
ドラヴァルの動きが不確定だ。できれば、ドラヴァルとは戦いたくない。
魔力を練り、自己強化魔法の準備に入る。
ゆっくりと、しかし素早く腰を落とし、脚に力を溜めた。
「ちょっと待て!!!!」
ドラヴァルの大音声が部屋に響き渡る。
音魔法かと思うほどの声が、フローラの鼓膜にびりびりと響いた。
「急にどうしたんだ、お前ら。一回冷静になれ!」
フローラの怒りは驚きに上書きされ、その波動が弱くなっていく。
感情に引っ張られていた思考が、フローラのもとに戻ってきた。
「私のことを知っているようだが、王として知っているわけではなさそうだな。君たちは何者だ?」
三人は顔を見合わせ、一度力を抜いた。
「僕の名はセオル・ウィンステッド。ウィンステッド商会の名にあなたは聞き覚えがあるはずです」
「ウィンステッド商会……確かに覚えている。王都の……私には因縁の深い商会だ」
「私はフローラ。あなたたちがそそのかし、破滅に至ったカエレンの妹!」
「そうか……君はカエレンの肉親か」
「商会の廊下であなたと見えたときから、その顔一度も忘れたことはない! 兄のためにも、王都の人たちのためにも、あなたに罪を償ってもらう!」
「なるほど……君たちはあのときの子供たちか」
「話が見えねえ。一体なんのことだ?」
一人蚊帳の外のドラヴァルに、アウグスが事情を説明する。
「つまり彼らは王都での私の活動の被害者というわけだ」
「ラティオナルとフリオニンが合同でやってたやつか。なるほどな。んで、お前たちはこいつを捕まえたいのか?」
ドラヴァルがフローラたちの方に向かって投げかける。
「私は、彼を捕らえるために傭兵騎士団に入ったの。彼を捕まえて王都に連れ帰る!」
「お前らは王都を追われたんじゃなかったのか?」
「それは……」
痛いところを突かれた。ここでアウグスを捕らえたとしても、王都に戻ればフローラたちが捕まってしまう。
「俺はあの作戦は気に食わなかった。ただの市民を痛めつけるなんざ武人のやることじゃねえ。だから、参加要請も断った。被害を受けたお前らの言い分はよく分かる。間違ってねえよ」
ドラヴァルが一歩踏み出し、フローラたちとアウグスの間に立った。
「だが、こいつを連れて行かせるわけにはいかねえ。今、この国は復興の最中なんだ。王を連れて行かれちゃ困る」
ドラヴァルの視線が、まっすぐこちらを見ている。その圧がフローラの心を押し込んでいた。
捕まえてどうするのか。王都に帰るわけにはいかないのだ。
そもそも、当時でもかなり手練れだったアウグスを制圧できるのか。それも、ドラヴァルを越えて、だ。
制圧したとしても、それで終わりではない。この城にいるもの、城下町にいるもの全てが敵となって立ちはだかる。
実行は不可能だった。
「まあ、待て、ドラヴァル」
アウグスがドラヴァルの肩に手をやる。ドラヴァルはそれをチラと見て、嫌そうに払い除けた。脇に避けアウグスに譲る。
「あのとき、君たちも含め無辜の民に被害を与えたことは忘れていない。我々は、目的の成就のためにやっていたが、君たちからすれば飲み込めるものでもないだろう。いつか必ず、王都の民にも補償を行うことを約束する。それでこの場は収めてくれないだろうか」
フローラはセオルに目線をやる。セオルは苦い顔をしていた。
わかっているのだ。アウグスの言うことを飲むしかないと。
「約束は必ず実行してください」
セオルが答える。
「ああ、必ず」
返したアウグスがフローラを見る。
「君がフローラか。あのときのことを思い出した」
「なんのことですか」
「私はカエレンが最期を迎えたとき、一番側にいたのだ。彼の最後の言葉が君の名前だった」
「ッ!」
突然教えられた兄の最期の様子は、フローラを激しく動揺させた。体から力が抜けていく。
「あのときの私の任務は、カエレンの救出だったのだ。彼が命を落としたのは私の未熟のせいだ。すまなかった」
アウグスが頭を深く下げる。
フローラは膝から崩れ落ち、床に座り込んだ。
「兄ちゃ……」
フローラの目から涙がこぼれ落ちる。
ドラヴァルがフローラに駆け寄り、抱き寄せた。頭を上げたアウグスに、しっ、しっ、と追い払う仕草をみせる。
アウグスが次に視線を送ったのはウィルだった。
「君もあのとき一緒にいたのか?」
「え、ええ」
「そうか、ならば君が触手の少年か」
「触手?」
フローラをセオルにまかせたドラヴァルが話に参加する。
「ああ、彼は触手の力を使う。おそらく族長家の力だと思うが」
「お前、族長家の血を引いてるのか!?」
「え、ああ。そうらしいけど、覚えていなくて……」
「ならさっきの記憶の話も信憑性が高いな。族長家の者なら城に来ていたとしても不思議はねえ」
「記憶の話とは?」
アウグスにドラヴァルはウィルについて教えてやる。生まれ故郷の記憶がないこと、この城に入ったときに思い浮かんだ記憶のこと。城の外観だけでなく、内部にも見覚えがあるのだと。
話を聞いたアウグスは考え込んだ。
「今思い出したのだが、王都で君と相対したとき、気になったことがあった。君は名前はなんと言う?」
「ウィル……です」
「ウィル、今、預かっている君の剣はあの時と同じ物か?」
「え、あ、はい」
「そうか。おい、彼らの武器を持ってきてくれ」
控えていた側仕えにアウグスは命じる。
「なんだ、気になったことって」と、ドラヴァル。
「剣を見てからだ。あの時の記憶が確かならば」
「お持ちしました」
アウグスは持ち込まれた武器から剣のみを受け取り、残りはフローラとセオルに渡すように指示した。
「ふむ、やはりな」
「だから、なんだってんだ」
「見てみろ」
そういって、ウィルの剣をドラヴァルに差し出す。
受け取ったドラヴァルは剣を見て顔色を変えた。
「これは……近衛の剣じゃねえか」
「近衛……?」
不思議そうな顔で聞いたウィルにアウグスが尋ねた。
「ウィル、君はこの剣をどこで手に入れたのだ」
「これは父さんの形見で」
「君の父親はこの剣をずっと使っていたのか?」
「はい、俺が覚えている限りずっとこの剣でした」
「ウィル、この剣はこの城の近衛騎士が使うものだ」
ドラヴァルから受け取った剣をウィルに渡す。
「正確に言うと、先王ガリエヌスに仕えた近衛騎士たちが使っていたものだ。君の父親は近衛の一人かもしれん」
「先王の近衛騎士……」
「君の父の名はなんというのだ」
「タレン、父の名はタレンです」
「タレンだと!?」
大声を上げたのはドラヴァルだった。
「あいつに子供がいるわけねえ! だってあいつは……いや、なんでもねえ」
「先王の近衛騎士と旅をしていた、族長家の血を引く子供、か。ドラヴァル」
「ああ」
驚きから立ち直ったドラヴァルがウィルたち三人に告げる。
「次の行き先が決まった。出発するから準備しろ、お前ら」
「行き先って、どこに?」
セオルが立ち上がって尋ねる。
「スペドラの里だ」
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