第69話 ロマの城
ロマ城の中はひんやりとしていた。
窓も少なく、分厚い石積みの壁が日光を遮断し、城内の空気が暖められることがないためだ。
無骨な外観のとおり、城内でもむき出しの石壁が力強く主張し、廊下には絨毯こそ敷かれているものの、繊細な美しさというものは微塵も感じられない。
とはいえ、廊下の幅が広く取られているためか、圧迫感はそれほど感じなかった。
案内の男に従って、四人は広い廊下を進む。
平民が気軽に入れるような場所ではなく、セオルはもちろん、フローラも初めて見るヴェトスの城に興味をひかれ、キョロキョロと周囲を見回しながら歩いていた。
「では、お連れの方はここでお待ちください」
一つの扉の前で案内の男が立ち止まり、セオルたちに中に入るように促す。
セオルがドラヴァルを見ると、彼女は頷きで返した。
「そんなに時間はかからねえと思うからよ。わりぃがここでおとなしくしててくれ」
そういうと、案内の男に向かって、
「おい、菓子の一つも用意してあるんだろうな」
「はい、すでに室内に用意してあります」
「そっか。やるじゃん」
案内の男を肘でつつくと、じゃあな、と言い残してドラヴァルは城の奥へ歩いていった。
「ああっ! 自分で案内頼んどいてこれだもんなあ」
先に行ってしまったドラヴァルに聞こえないよう、小声で男が愚痴をこぼす。
「いいんですか? ついていかなくて」と、フローラ。
「大丈夫ですよ。ドラヴァル様は何度もここを訪れていますから。どこに行けばいいかご自分でおわかりのはずです。そんなことより」
案内の男は三人に改めて向き直る。
「皆様の武器を預からせていただきます。外部の方に武装したまま自由にしていただくのは、いささか問題がありますからね」
三人は顔を見合わせると、武器を留めていた留め金を外し、男に差し出した。
「ありがとうございます。お帰りの際にはお返ししますので、ご心配なく。では、私はこれで。ごゆっくりとおくつろぎください」
ウィルの剣、セオルの槍、フローラの手甲を抱えた男は一礼をすると、部屋を出ていった。
セオルとフローラは室内の長椅子に腰を下ろす。
案内された部屋には中央に長机が置いてあり、その両側に同じ長さの長椅子が設置されていた。
長机を挟んで向かいあわせに座った二人は、机の上に用意されていた菓子に手を伸ばす。
素朴だが、美味しそうな匂いのする焼き菓子だ。
「なんか状況に流されて、ここまで来ちゃったけど。僕たちヴェトスの国の首都にいるんだよね」
「うん、それも王城に」
「はあ。あれからこっち、色々ありすぎて頭がついていかないよ」
「ほんとにね」
セオルが焼き菓子を口に放り込む。
かなりの堅焼きで噛み砕くとボリボリと音がした。
「フローラはここ、来たことあるの?」
「あるわけないよ。平民はこんなとこ来られないもん。でも、外から見たお城は見覚えがあったかな」
「そっか。フローラはロマにいたときどんなことしてたの?」
「ん~、毎日友達と遊んで、日が暮れたら家に帰って。母ちゃんのご飯を食べて。普通の子供の生活かな。もう、あんまり覚えてもないんだけどね」
「今日、見覚えのあるところとかなかったの?」
「さっきも言ったけど、お城くらいかな。街は建物も崩れちゃってたし。お城も見たことあるな、ってくらいで懐かしさとかは感じなかったな。きっと街を出てから色々ありすぎたから。そのあたりは兄ちゃんから聞いたんでしょ?」
「うん、聞いた。本当に大変な思いをしたんだなって、あのときは衝撃を受けたよ」
「大変だったよ」
フローラがにやりと笑う。
「あの頃はこんな未来があるなんて、思いもしなかった。ああ、まさか故郷に帰れる日が来るなんてね」
「本当に。波乱万丈だ」
「私ね、母ちゃんも兄ちゃんも失って、父ちゃんも行方不明で、故郷からも出なくちゃいけなくなって、振り返れば本当に大変な人生を送ったんだなって思う。二度とあんな思いはしたくない。でも、その人生の先にあなたとオスリック様との出会いがあったことを思うと、とても複雑な気持ちになるの」
「どういうこと?」
「あの人生があったから、あなたと出会えたってこと。あのつらい日々は絶対に肯定したくない。でも、あれがなければあなたたちと出会えなかった。ウィンステッド商会に迎えてもらって、家族にしてもらえたことは、私の人生で一番嬉しかったことなんだ」
「そっか」
「そう。いつか大人になったら、この気持ちにも整理がつく日が来るのかな」
「きっと来るよ」
「うん。そのときはセオルも手伝ってね」
「わかった」
フローラは満足そうに微笑み、焼き菓子を手に取る。
口に入れた瞬間、母の笑顔が脳裏に浮かんだ。
「あ……この味……母ちゃんの……」
フローラの目からぽろぽろと、大粒の涙がこぼれ落ちる。
静かな室内にボリボリとフローラが焼き菓子を噛み砕く音が響いた。
「一つ見つけたね。懐かしいもの」
「うん」
そんなフローラを見てセオルは優しく微笑んだ。
フローラが焼き菓子を食べる音を聞きながら、セオルは部屋の端に立ったままのウィルに声をかける。
「ウィルもこっちに来て座りなよ。焼き菓子、美味しいよ。硬いけど」
振り返ったウィルの頬は濡れていた。
「ウィル!? どうしたの?」
「え、あ……俺……」
セオルは立ち上がり、ウィルのもとに駆け寄る。
「ウィル、大丈夫? 何があったの?」
「あ……俺、なんで……」
ウィルは、自分が涙を流していることに初めて気がついたかのように涙を拭う。
セオルはウィルの肩に手を寄せ、長椅子に座らせた。
驚いて腰を浮かせていたフローラも、長椅子に落ち着ける。
「一体どうしたの? ウィル」
フローラがウィルに尋ねる。
「俺……見覚えがあるんだ。なんでだろう」
「見覚え?」
そう、セオルが聞き返したとき、部屋の扉が勢いよく開かれた。
「待たせたな! すまねえ!」
部屋に入ってきたドラヴァルは、三人を見て表情が固まる。
三人のうち、二人に涙の跡があった。
ドラヴァルの視線が、唯一頬の濡れていないセオルに注がれる。
「セオル! てめえ! 二人を泣かせたのか!」
「泣かせてない! 泣かせてない!」
「三人きりの仲間なんだから、仲良くしねえとダメだろうが!」
「ドラヴァルさん! 違う! 誤解だから」
セオルの胸ぐらを掴み持ち上げるドラヴァルを、フローラが必死に止める。
「誤解って、お前、泣いてんだろうが。あ、まさかお前!?」
「違うの! いじわるされたとかじゃないし、そういうのでもないから!」
「じゃあ、なんだってんだ」
ドラヴァルがセオルから手を離し、床に降ろす。
フローラはドラヴァルに事情を話した。
「喧嘩したわけじゃねえんだな」
「そうだよ」
「セオル、すまねえ。早とちりしちまったようだ」
「い、いえ、大丈夫です」
セオルが少し怯えながら答える。
「フローラは故郷の思い出を一つ見つけたんだな。よかったじゃねえか」
「うん。ドラヴァルさん、連れてきてくれてありがとう」
「いいってことよ。んで、ウィルはどうしたんだ? お前も何か思い出したのか?」
「さっき、何か見覚えがあるって」
「見覚え?」
ドラヴァルが長椅子にどさりと座った。
「見覚えって城か? お前もロマ出身だったのか?」
「外だけじゃなくて……中も、そこの廊下も、この部屋も知ってるんだ」
ウィルが混乱したように頭を抱える。
「中もって……城内もか? ここはそこらへんのやつが入れる場所じゃねえんだぞ?」
「わからない……なんだろうこの記憶」
ウィルの脳裏にある日の光景が蘇る。
『頼む! 通してくれ!』
『子供に罪はない。行け』
『――恩に着る』
父の腕に抱かれ、逃げるように後にしたあの場所は、確かに先ほど通った廊下だった。
その後、外に出て、見上げた建物はこのロマの城にそっくりだ。
そして、記憶に登場する赤い髪の女戦士――
「メ……ア……?」
ウィルは、今浮かんだ覚えのない記憶を三人に説明する。
「……」
三人は皆押し黙っていた。
静寂を破ったのはドラヴァルだ。
「もし、それがお前が体験した実際の出来事だとしたら……お前、結構な身分の出かもしれねえな」
「平民は城内に入れないもんね」
「それだけじゃねえ――」
コンコン
言いかけたドラヴァルの言葉を遮るように開け放たれた扉がノックされる。
「取り込み中かな」
扉の入口に、男が一人立っていた。
金色の髪を生やし、金糸で彩られた見るからに位の高そうな衣服を身にまとっている。
「なんだ、まだなんかあんのか?」
ドラヴァルが立ち上がり、男に向かっていく。
「いや、お前を占有してしまったからな。連れの者たちにもわびを入れておこうと思ったのだ」
「なんだ、そんなことか。まあ、いいや。おう、お前ら、紹介するぞ。こいつが今のこの国の王――あん?」
ドラヴァルがセオルたちを振り返る。
目に飛び込んできたのは、先程と様子の変わった三人だった。
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