第68話 フェロナルの里
フェロナル族の里。
ヴェトスの部族の里の中でも最南部に位置し、エンリック王国に一番近い里がここになる。
野性、猛々しさを司るフェロン神の眷属であるフェロナル族は、勇猛果敢、大胆不敵、戦闘において強力な部族として知られ、その豪胆さは門番としても、尖兵としても最適であった。
無論、南部にエンリック王国ができたのは偶然であり、それを見越して里がここに築かれたわけでは無いが、東、西、北と山脈に囲まれたヴェトス国にとって、唯一の侵入口となる開けた南部にフェロナルの里が置かれたのは、意図的なものかもしれない。
フェロナル族族長、ドラヴァルは里の広場を散歩していた。
族長というものは、寄り合いや談合など、人と会い閉じこもって話をする仕事が多い。
部族の様々なことを決め、進めていく仕事はつまらないものではなかったが、座って話ばかりの日々は体のなまりを感じさせた。
フェロン神の眷属の特徴でもあり、個人的な性格としても外向きな性向を持つ彼女は、見回りも兼ねて空いた時間に里を回ることにしている。
ドラヴァルの耳に歓声が聞こえた。見ると、井戸の周りに女たちが集まっている。
今日も井戸端会議のようだ。ここには常に誰かがいて、何かを喋っている。
「おう、なにやってんだ?」
ドラヴァルが会議に足を向け覗きこむと、そこにはいつもの里の女たちに加えてフローラがいた。
「だからさぁ、あんたもっと押さなきゃダメだって」
「まあ、それはわかってるんですけど」
「ああいうのはさ、こっちからいかなきゃ話進まないんだから」
今日も例の話で盛り上がっている。
迷い込んだフローラたちをフェロナル族の里に受け入れて、一か月の時が経っていた。
ドラヴァルはあのとき、フローラともう一人の少年、セオルがデキている、と考えたのだがそれは間違いだった。
彼女たちは王都で騒動に巻き込まれ、脱出を余儀なくされたらしい。
王都からの追っ手を避け、森で潜伏していた所にドラヴァルたちが現れたのだ。
逃げ場を探していた彼女たちを、ドラヴァルは盛大に勘違いをし、まんまと助け舟をだしてしまったということだった。
そういうわけで、二人はとくに付き合ってもいなければ、その手の話もしていないらしい。
ただし! これはセオルの意見だ。
里の女たちがセオルをつまみだした後、全員総出でフローラを取り囲み、詰めに詰めて聞き出した結果、ついに彼女はゲロった。
セオルに対してそういう気持ちがあると。
あの時、フローラがドラヴァルの勘違いを肯定したのは、彼女にとっては間違いではなかったということだ。
とはいえ、口ではなんとでも言える。フローラは頭の良い女だ。ここにいられるようにあえて、秘めた想いを作り出したのかもしれない。
(あん時のフローラの顔は木苺みてえに真っ赤だったからな。ありゃあ、たぶん本当だと思う。だから俺の勘ははずれちゃいねえんだ)
ドラヴァルは女たちの輪に入り込み、フローラの肩をがしっと掴む。
「フローラ。男なんてのはな、馬鹿な奴らなんだ。見てみろ」
広場の反対側を肩越しに指さす。
そこではセオルが、里の男たちにしごかれていた。
セオルは張り出した木の枝を掴み、懸垂をさせられている。
セオルも騎士団でそれなりに鍛えられてはいたが、フェロナルの男たちは格が違った。
追い込みをかけられ、ひぃぃ、と情けない声を出すセオルを取り囲み、その何倍もの大きな筋肉を見せつけるように謎のポーズをきめている。
なぜか全員、上半身は裸だ。
「あいつらから、愛だの恋だのが出てくると思うか? こういうのは女からいかねえと、なんにも進まねえんだ」
フローラもセオルもよくやっている。
フローラは生来、人懐っこいのだろう。ここに来て以来、いつも里の女たちの中心にいた。
セオルは性格的に荒くれ揃いの里の男に馴染むのは苦労しているようだが、それでも里の皆と話し、笑い、溶け込もうと努力している。
一月前にやってきた余所者たちは、里の者たちにすでに受け入れられていた。
一人を除いて。
広場に面する蔵の前に、一人座り込むウィルがいた。
ドラヴァルは憐れむような目で少年を見たあと、女たちを残し、そちらに向かって歩き出す。
ドラヴァルは毎朝、ウィルの泊まる部屋に乗り込み、首根っこを掴んで外にほうり出していた。
そうしないと、いつまでも部屋に閉じこもっている。
日に当てないとカビっちまう。そう思えるほど、ウィルの纏う雰囲気は暗く湿気染みたものだった。
セオルとフローラからだいたいの経緯は聞いている。
幼馴染で義理の姉でもあり、ウィルが心を寄せていた少女が、自分を庇い命を落としたのだ。
愛する者を失う痛みは、ドラヴァルも知っている。
ましてや、弔いもできず、亡骸を残したままウィルは逃亡生活に入ったのだ。
その気持ちがわからぬほど、ドラヴァルは朴念仁ではない。
ドラヴァルはウィルの隣にどさりと腰を下ろした。
「こっから何が見えるんだ?」
暇を見ては、ウィルに声をかける。ここ最近できたドラヴァルの日課だった。
基本的に返事は返ってこないのだが、たまに反応があるときもある。
少しずつでもそれが増えればいい。そう、彼女は考えていた。
「お前、ガキの頃は旅暮らしだったんだって? セオルから聞いたよ」
「…………」
「俺はほとんど遠出はしたことないんだけどよ。どうだったんだ? 旅は楽しかったか?」
「……うん」
今日は反応があった。いい傾向だ。内心の喜びを隠しつつ、ドラヴァルは話を続ける。
「そうか。どんなところが楽しかったんだ?」
「……父さんが」
「父ちゃん?」
「……父さんが……色々なところに連れて行ってくれた」
「父ちゃんと旅してたのか?」
「……うん」
「一番良かったのはなんだ? 色んなもん見たんだろ?」
「……海」
「海かぁ。俺はまだ見たことねえな。やっぱすげえのか?」
「すごく……大きい。……驚いたんだ。あの時。水があんなにたくさんある場所なんて見たことなかった」
ドラヴァルは驚いて目を見開いた。里に来てからウィルがこんなに言葉を発したのは初めてだったのだ。
「そうか! ……なあ、ウィル。お前、旅で色々なものを見るの、好きなのか?」
「え……うん」
「よし、じゃあ明日は出かけるぞ。フローラとセオルも連れてな」
「出かけるって……どこに?」
「観光だよ、観光。お前、故郷のこと覚えてないんだろ? 色々見て回れば思い出すかも知れねえし」
ドラヴァルは立ち上がり、振り向いてウィルに指を突きつける。
「明日、早えかんな。寝坊すんじゃねえぞ!」
そういうと、ドラヴァルは見回りに戻るべく、ウィルを残してその場を後にした。
◇
――翌日。
早朝からドラヴァルに叩き起こされ、ウィル、セオル、フローラの三人は、再び旅路へ就いた。
ドラヴァルは馬をかなり飛ばす。急いでいるわけはなく、普段からそうらしい。
だが、フェロナルの馬は頑丈で、日にかなりの距離を移動してもケロッとしていた。
おかげで、さほど時間をかけずに目的地についてしまった。
「ここは……」
セオルが物珍しそうに、キョロキョロとあたりを見回す。
街のようであったが、戦場になったのだろうか、建物の損壊が激しい。通りの両側の建物は半ば崩れ、瓦礫や折れた木材が散乱している。
しかし、多くの人が修繕のためにせわしなく働いており、景観のわりに活気が感じられた。
「セオル、ここは私が生まれたところだよ」
「えっ」
「フローラはロマに住んでたのか。そうだ。ここはヴェトス国の首都、ロマだ」
「ここが……」
セオルは再び周囲を見回す。
フェロナルの里で聞いていたとおり、たしかにヴェトス軍によって、王国軍から奪還されたようだ。
街の活気は戻ってきた首都に対する喜びが現れているのだろう。
「フローラの家はどのあたりにあったの?」
「それが……ここを出た時はまだ小さかったから、街のどのあたりだったかは覚えていないの。風景もかなり変わっちゃったし」
「ま、色々見て回ればそのうち思い出すんじゃねえのか」
ドラヴァルが一人先へ進む。
それを追って三人も歩き始めた。
「それにしてもひどい有様だね……」
瓦礫と化した街並みは、ヴェトスではないセオルにとっても辛く感じるようだった。
「あの戦争自体で、ここまで荒れたわけじゃねえんだ。戦争が終わった後、王国軍は王城を占拠しただけで、占領地運営には一切手をださねえでな」
フローラの顔が曇る。当時のことを思い出しているのだろうか。
「ならず者や荒くれ者たちが街になだれこみやがった。もともと街に住んでいた連中はその時に街を脱出したんだ。フローラもその口だろ?」
「うん。母ちゃんと兄ちゃんと一緒に街を出たときのことは覚えてる」
フローラは当時を懐かしむような、辛い思い出を悲しむような複雑な表情をしていた。
「そっからはもう荒れ放題よ。結局、俺らが取り戻すまでロマの街は好き放題されていたままだった」
先頭を歩いていたドラヴァルがくるりと振り返り、三人を見る。
「だけどよ、ここからは違うぜ? 俺たちの手にロマを取り戻したんだ。街の修繕、離れた住民を呼び戻す、今は皆で必死にこの街の再建の最中なんだ。セオル、お前もフローラといっしょにここに住んでもいいんだぜ?」
「え、フローラとここに?」
突然話を振られたセオルは戸惑いながらも、そっとフローラの様子を見た。
フローラはなぜか明後日の方向を見ており、その表情は伺えない。
セオルにはフローラの頬が少し赤くなっているように見えた。
「まず手始めに俺たちが手を付けたのがこいつだ」
ドラヴァルは前に向き直ると両腰に拳をあて、目の前の巨大な建物を見上げる。
「ロマの王城! どうだ、大したもんだろう」
巨大な石の塊のような城が四人の前にそびえ立っていた。
その姿は王都アウレクスにある繊細で豪奢な城とは全く様子が異なる。
中央にある主塔は太く大きい。高さはそれほどではないが、見るからに頑丈そうだ。
壁には窓はあまり見当たらず、装飾などもほとんどない。その分、主材となる石の圧力は凄まじかった。
壁は、灰色の石材で建てられたところ、薄い茶色の石材が使われているところ、など様々で、窓の形も色々な種類が入り混じっている。
ヴェトスの長い歴史のなかで増築を繰り返し、今の形になったのだろう。
壁の一部はあからさまに新しく石材が使われており、今回の修復で積まれたところが手に取るようにわかった。
なにより、目を引くのは城の前に建つ正門だ。
巨大かつ頑丈、一度閉じると絶対に敵を通さない意思が見える。
内城壁と合わせて鉄壁の守りに見えた。
「でも、あの門、扉がないね」
フローラが門を指さす。
たしかに門に扉が嵌っておらず、その空間は誰でも通れるようになっていた。
「奪還作戦で壊れたのかな」
「んまあ、そうだな。あの大きさの門扉は作るのに時間がかかる。まだ、用意できてねえんだ」
門を壊した張本人は目の前にいるのだが、三人はそれを知らない。
「ドラヴァル様ぁー!」
不意にドラヴァルを呼ぶ声が響いた。
四人が声の聞こえた方向を見ると、正門から一人の男が走ってくるのが見える。
「ドラヴァル様! はあっ、はあっ」
男がドラヴァルたちのもとへとやって来た。
全力疾走してきたようで、男は乱れた息を整えている。
「なんだ、どうした?」
「はっ。王が、陛下がドラヴァル様をお連れするようにと」
「王がぁ?」
「はい、城下でドラヴァル様をお見かけした者がおり、それを聞くと丁度良いとおっしゃって」
「ツレがいるんだがな」
「お連れ様も城へお越しください。王の用が終わるまで城内でお待ちいただければ」
「んだよ」
ドラヴァルは三人へ向き直った。
「すまん。仕事みたいだ。わりぃけど、一緒に来てくれるか? どこかの部屋で待ってればいいからよ」
「はい、いいですよ」
「うん」
セオルとフローラが快諾する。
「ウィルもいいか?」
ドラヴァルの問いにウィルは答えない。
その目はロマの城をじっと見ていた。
「ウィル?」
「え、ああ、いいよ。お城に行くんだよね」
「そうだ。んじゃ、行くか。お前、案内しろよ」
「は、はい! こちらです」
使者の男が先頭に立って城に向かう。
ドラヴァルは後を追いながら、チラリとウィルを伺った。
ウィルは何かを思うように、まだ城を見上げていた。
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