第66話 外街の暴動
二頭立ての馬車の幌に雨粒の当たる音がパタパタと鳴っている。
傭兵騎士団本営の玄関前につけられたその馬車は、これからシルウェへと向かう予定だ。
玄関には、アルドを中心に傭兵騎士団の団員たちが整列していた。
皆、沈痛な面持ちで敬礼の姿勢を取っている。
若い団員たちの中には、こぼれだす涙をこらえきれない者もいるようだ。
「じゃあ、行ってくるよ」
そう言ってフェイは荷台の端に足をかけ、体を持ち上げる。
荷物を置き、設えられた長椅子に腰を下ろすと、視線を落とした。
視線の先には一基の棺が横たわっている。
「こんなにすぐに、シルウェに帰ることになるとはね」
フェイは手を伸ばし、慈しむように棺を撫でた。
中にはたくさんの花、スウェテセルト菓子店の甘いお菓子、そして、先日亡くなったリンの遺体が収められていた。
「出発しますよ」
外から御者の声がした。
手綱を打つ音が鳴ると、馬車がゆっくりと動き出す。
棺の上に載せられた一輪の白百合の花が、振動でゆらゆらと揺れていた。
こうして、リンは仲間に見送られ王都アウレクスを後にした。
ただ、そこにリンの家族の姿は見当たらなかった。
雨の中を遠ざかっていく馬車を見つめるアルドに、表情はなかった。
危険と隣り合わせの稼業だ。いつだってこういうことは起こりうる。
ことさら今は、副団長として騎士団の運営を一手に引き受けている。感傷に浸れる状況ではなかった。
「よし、解散。みんな仕事に戻れ。気持ち切り替えてやれよ」
団員たちが、各々の持ち場に散っていく。泣き崩れ、仲間に肩を支えられている団員が目に入った。
騎士団に入った後も、その前の冒険者稼業の時も、仲間を失った経験は何度もある。
だが、自分より若い仲間を失うことは、いつだって堪えるものだった。
特にリンは、騎士団の中でも最年少の部類に入る。礼儀正しく、愛嬌があり、人懐っこい。
女性団員たちの間では、ウィルとリンの恋の進展は話の格好のネタだった。
アルドは振り返り、外に目をやる。
馬車の姿はもう見えない。
大きく息を吐き空を見上げた。雨は止む気配を見せなかった。
◇
執務室に戻ると、アルドは自分の椅子に体を投げ出した。
頭の後ろに手を組み、背もたれに体を預ける。
(一体、何が起こってやがる)
大聖祭の日、護衛団として送り出したメアウェン、ウィル、リン、セオル、フローラの五人は誰一人帰って来なかった。
翌日、リンの遺体を移送してきた近衛騎士たちに問いただしたが、彼らが何かを語ることはなかった。
教えてくれたのは、リンの移送がメアウェンたっての希望ということだけだ。
どうも、メアウェンは近衛のところに留め置かれているらしい。
そうこうしているうちに、教皇の訃報が発表され、事態にますます困惑したアルドは、ウォーデンブラウン邸に赴き、霊廟に同行していた公爵に事態の説明を求めた。
しかし、公爵にしても『今は何も話せん』の一点張りで、アルドは収穫もなく本営に戻ってくる羽目になった。
あれから一週間と少し。独自に団員を派遣し情報を集めさせているが、目立った進展はない。
(お前ら、一体どこにいるんだ)
ウィル、セオル、フローラ、そして命を落としたリン。彼ら幼馴染組を推薦したのはアルドである。
何かしらの事件に巻き込まれたと思われる彼らを推した自分の判断は、間違っていたのか。
若い彼らを送り込んでしまった――責任と後悔の念がアルドの心に重くのしかかる。
「副団長! アルド副団長!」
大声で叫びながら執務室に飛び込んできたのはガーだ。
「なんだ。どうした」
血相を変えたガーの表情に尋常なことではないと感じたアルドは、椅子から跳ね起き、ガーのもとに駆け寄る。
「せ、聖騎士団が――」
ガーが言い終わらぬうちに、執務室の扉が勢いよく開かれる。
白銀の鎧に身を包んだ一団が、ずかずかと執務室に入ってきた。
「おい! 何だお前ら! ここは部外者立入禁止だ! 勝手に入ってくるんじゃねえ!」
思わず声を荒げたアルドの前に、一人の男が立ちふさがる。
「本日ただ今をもって、傭兵騎士団は聖騎士団の管理下に置かれる。これが国王陛下からの認可状だ」
目の前に一枚の文書を突き出されたアルドは、手に取り文書に目を通す。
そこには確かに、傭兵騎士団を聖騎士団の管理下に置くことが書かれており、国王アーブリスⅡ世のサインが添えられていた。
アルドが顔をあげると、聖騎士団の団員たちが、傭兵騎士団が保管している文書を次々と持ってきた木箱に入れていくのが、聖騎士の肩越しに見えた。
「何やってんだ! 勝手に触るな!」
アルドが怒鳴りつけるも、聖騎士団員たちは気にもせず、もといた傭兵騎士団員たちを押しのけ、文書を回収していく。傭兵騎士団員たちは部屋の隅に押しやられていた。
「貴様たち傭兵騎士団にはある嫌疑がかかっている。これは捜査の上で必要な手続きだ」
アルドから認可状を奪い返し、聖騎士の隊長はくるくると丸めて懐に入れる。
「嫌疑だあ?」
「貴様たちにかかっているのは、教皇暗殺幇助の疑いだ。団長のハースウィン卿も同じ容疑で王宮に身柄を預かっている」
「きょっ……教皇暗殺だと!?」
「実行犯の手配もすでに進んでいる。実行犯は傭兵騎士団員ウィル・ハースウィン、並びにフローラ。そして、犯人の逃亡を助けた疑いで、セオル・ウィンステッドも手配の対象だ」
「なっ!?」
想定外の展開に、アルドとガーが顔色を失う。
「これは明日国民に布告される。それまで漏らすなよ」
「ばかな……」
メアウェンは拘束され、ウィル、フローラ、セオルは指名手配。次々と突きつけられる驚愕の事実にさすがのアルドも、思考が追いつかない。
「副団長! 大変です!」
血相を変えた傭兵騎士団の男が執務室に飛び込んでくる。
「あ……」
部屋にいるすべての視線を集め、さらになぜか執務室に聖騎士たちがいるという、異様な状況に男は困惑の表情を浮かべた。
「今度はなんだ。言ってみろ!」
「えっと……」
「いいから言え!!」
アルドの怒声に男は背筋をピンとのばすと、大声でこう告げた。
「外街で暴動が起こっています! 居住している魔族たちを王国民たちが襲撃している模様!」
「なんだと」
外街はかつて難民街と呼ばれていた魔族たちの居留地だ。ウィンステッド商会による開発が進み、現在は整備された町並みに変わっている。
立て続けに起こる出来事に、アルドは言葉が出てこない。
「出動だ」
聖騎士の隊長が冷静に言う。
「こ、こんな状況でか! 第一てめえに出動を決められる権限は――」
「言ったはずだ。傭兵騎士団は聖騎士団の管理下に置かれると。王都の治安維持は貴様たちの仕事だろう。早く行って事態を収めてこい。――おい」
隊長が捜索をしている若い聖騎士を呼ぶ。
「はっ」
「お前はこの者たちに同行しろ。不審な動きがあったら止めて良い。強制的な手段を取っても構わん」
「はっ!」
指示を受けた若い聖騎士がアルドに向き直り敬礼をした。
「命令により、アルド副団長に同行します。すみやかにご準備をお願いします」
「監視ってわけか」
苦い表情のアルド。
「どうした、ぐずぐずするな。出動して暴動を鎮めろ」
「くそっ!」
アルドが硬い拳を机に叩きつける。ダン、と大きな音が部屋に響いた。
「ガー! 当直のやつらを集めろ! 部隊を編成して外街に向かう。玄関で集合だ」
「はい!」
ガーは執務室を飛び出していった。
アルドは自分の武器を取り、身に付けると聖騎士の隊長に顔を近づける。
「てめえ……このままじゃ済まさねえからな」
殺意までもこもった視線にも隊長は意に介しない。
「できるものならな。早く行け」
「けっ」
アルドは通路にいた聖騎士団員を手で押しのけ、執務室を出ていった。
◇
アルドたちが外街に到着した頃には、事態はかなり進行していた。
すでに街のあちこちから黒煙が上がっている。
悲鳴や怒声がそこここから湧き上がり、状況はかなり切迫しているようだった。
「暴行を働いているやつらを捕らえろ!」
外街の中央通りを進みつつ、暴徒たちを取り押さえていく。
アルドは道端で魔族の女性に覆いかぶさっている男を蹴り飛ばし、気絶させた。
「護送は後でいい! 拘束して転がしとけ!」
「国民に乱暴はやめてください!」
同行の聖騎士がアルドの腕を掴み制止する。
「うるせえ! 魔族だって国民なんだよ!」
怒鳴りつけ、さらに中央通りを進んだ。
外街にも中央広場がある。王都市街のものとは比べるべくもないほどの大きさだが、それでも普段は魔族たちの憩いの場として、多くの人々が過ごしていた。
その広場の中心に避難してきた魔族の人々が集まっている。そのまわりを暴徒たちが取り囲むように集まり、睨み合いのようになっていた。
魔族たちの中にはすでに紋様を発動させている者もおり、命のやり取りも辞さない構えだ。
「双方やめろ! 傭兵騎士団だ!」
その輪の中にアルドは入っていった。暴徒の輪と中央の避難民たちの間に団員たちが立ちふさがっていく。
「傭兵騎士団だ? てめえらやっぱり魔族の味方なのか!」
「やっぱり?」
暴徒の言葉にひっかかったアルドをよそに、傭兵騎士団に国民たちが襲いかかる。
数の上では圧倒的に暴徒の方が多く、団員一人あたりに複数人が飛びかかってきていた。
しかし、そこは国内外の強者を集めた精鋭の傭兵騎士団。暴徒たちを一人、また一人と無力化していく。
「お前ら、殺すなよ」
棍棒のようなもので殴りかかってきた男を裏拳一発で仕留め、アルドは避難民たちに近づく。
そこに一人、見知った顔を見つけていた。
「オスリックの爺さんじゃねえか」
ポーションを持って、負傷者の手当をしている白髪の老人に声をかける。
オスリック・ウィンステッド。ウィンステッド商会の会長であり、セオルの祖父。この外街の世話役でもある老人は、立ち上がりアルドを見つけると、安心したように息を吐いた。
「アルド副団長殿、よく来てくださった」
オスリックは立ち上がり、アルドに握手を求める。
「あんた、なんでここに? 危ねえぞ」
「暴動が起こったと聞いて、いても立ってもいられず。店の者とポーションを持って駆けつけました」
ウィンステッド商会は王都でのポーションの取り扱い量が一番多い。オスリックは店の商品を持って乗り込んできたようだった。
「この街は私と魔族の皆さんで育ててきた街です。窮地に陥っている皆さんを見殺しにするなどできはしなかった」
「そうか」
アルドは寄り集まっている避難民たちを見る。皆、怯えた表情で傭兵騎士団と暴徒たちの戦いを見守っていた。
「オスリックさん、あっちの怪我人も診てもらえんか」
人混みから別の老人がオスリックに声をかけた。
「ラウ爺! 無事だったか」
もう一人の知り合いを見つけて、アルドは嬉しそうな声を出す。
「おお、副団長さんか。あんたら、来てくれたんか。ありがとうな」
ラウ爺こと、ラウレンティウスはフォヴォレナ族の魔族、ヴェトスで、この外街の顔役として町長のような役割を担っている。ウィルとフローラの覚醒のアドバイスもしてくれており、傭兵騎士団の本営をしばしば訪れていた。
「怪我はねえか? 嫁さんは?」
「わしもフラウィアも無事じゃよ。しかし、ひどいことになってしもうた」
炎が上がる建物を眺め、そう言ったラウ爺の顔には悲しみがありありと表れていた。
「また、私たちと一緒に再建しましょう。何度でも立ち上がるのです」
オスリックがラウ爺を元気づけるように言う。
「いや、オスリックさん」
ラウ爺は振り返り、オスリックを見つめる。
「わしらはここを出ていくよ」
「なんと」
「ここまでのことになってしまってはな。わしらヴェトスと人間は少し距離をとったほうがええと思う」
「ラウ爺、そんなこと言うなよ。なんかあったら俺たち傭兵騎士団が守ってやるから」
口を挟んだアルドにラウ爺は頭を振る。
「ええて、ええて。だいたいあんたら傭兵騎士団は今そんな状況じゃないじゃろう」
「どういうことだ?」
「街の噂を聞いとらんのか? 王国民は言っておるよ。魔族が教皇を殺した。やったのは傭兵騎士団の団員の魔族。傭兵騎士団と魔族はグルじゃとな」
「どこからそんな話が」
「出どころはどこかはわからんが、もうかなり広まっておる。そんな状態でわしらの味方をすれば、噂を肯定するようなもんじゃ」
「そんなもんデマだ。第一あいつらがそんなことするわけがねえ」
「それはわしも思うておるよ。フローラとウィル坊がそんなことをするわけがない。わしらと傭兵騎士団もグルじゃない。普通の国民と騎士団の関係じゃ」
「だったら」
「しかし、国民が噂を信じればこういうことが起きる」
ラウ爺が戦いの場に視線をやる。
狂気の表情を浮かべた国民たちは、その怒りを騎士団員たちにぶつけていた。
「わしらはここにおらんほうがええ。この騒ぎが収まったら出ていくよ。ヴェトス国も近頃変わってきたようじゃし、落ち着ける場所がなければ、新たに町を興してもええ。作り方はオスリックさんが教えてくれたしの」
そう言って、にっこり笑うラウ爺にアルドとオスリックは何も返すことができなかった。
そのまわりではいまだ戦いの喧騒が鳴り響き、建物が燃え、崩れ落ちる音が皆を包んでいた。
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