第64話 閑話 首都ロマの奪還
大きな火球が甲高い音を立てながら飛んでいく。
火球は魔力によって張られた魔法の膜に着弾し、その力を解放した。
爆発によって轟音が鳴り響き、衝撃が波となって魔法膜を揺らしている。
爆発の煙が薄れ見えてきたのは、首都ロマの王城の正門だ。
内城壁の出入り口となる正門は今もきっちりと閉じられ、訪問者を拒んでいた。
「これでは埒が明かんな」
正門から少し離れたところに張られた陣で、成り行きを見守っていたアウグスがこぼした。
首都ロマ奪還作戦。エンリック王国に奪われた首都ロマを取り戻すべく、ヴェトスの諸部族が連合軍を組み、挑んでいる作戦だ。
先ごろ引退した父の跡を継ぎ、ラティオナル族族長に就任したアウグスは、父の率いていた反エンリック王国ゲリラも掌握すると、これを軍として再編し、ラティオナル族軍を結成。更には他部族にも声をかけヴェトス諸部族軍を立ち上げた。ヴェトス軍の主体となっているラティオナル族の族長として、アウグスは軍の総司令の座についている。
一月前に始まったこの作戦は、今、最終段階にたどり着いていた。
無法地帯と化していたロマ市街地の制圧を昨日のうちに終え、残すは王城のみとして、今朝から城攻めに挑んでいたアウグスたちであったが、思いの外防御が固く攻めあぐねていた。
「やはり、強化三重防御魔法が厄介ですな」
幕僚の一人が話しかけてくる。
アウグスはそれに答えず、城を覆う魔法膜を見つめていた。
(あの魔法には毎度苦労させられる)
以前にも似たようなことがあったのを思い出し、苦々しい気持ちになる。
王都でのテロ活動の際にも遭遇した強化三重防御魔法は広範囲を三重の魔法膜で覆う、かなり強力な盾魔法だ。
生半可な魔法では打ち破れないこの盾魔法は、魔法による攻撃を主体とするヴェトス軍にとって、面倒なことこの上ない代物だった。
大火球魔法を撃ち込ませてみてはいるが、今のところ崩れる気配すらない。
「奴らの中にこれほどの使い手がいたとはな。あれはヴェトスであっても、使える者が限られる魔法のはずだが」
「いえ、おそらく魔法具を使っているのでしょう。王都から運び込んだのでは」
「ふむ、どうするか」
魔法具であれ、聖騎士が使っているのであれ、城を落とすだけなら包囲戦に移行すればよい。時間が経てば城内の食料は必ず尽きる。兵糧攻めだ。
援軍を求める伝令はすべて捕らえているはずだが、もし抜けていたとしても、援軍が間に合うことはない。王国軍の補給の頻度は調べてある。今残っている食料はおよそ一か月分。
どんなに早く援軍が届いたとしても、間に合わない。城が落ちるまでには。
問題はその後にある。もし、最速で援軍が届いた場合、ヴェトス軍が城を落とした直後に再び王国の援軍との戦いが始まることが考えられる。
首都ロマと王都アウレクスの距離は、馬車でおよそ一月半といったところだが、伝令や援軍が騎乗の上、強行軍で駆けつければ、到着までにかかる時間は二か月をきることもあり得る。
包囲戦はこちらも疲弊するし、すでに破壊されている城壁の修復の時間も取れない。
かなり不利な状況で二回戦が始まってしまうのだ。
「やはり無理をしてでも短期に落とすしかないな」
思索から戻ったアウグスは幕僚に命令を伝える。
「フェロナル族の族長を呼べ」
数分後、本陣に現れたのは一人の女だった。
アウグスより十センチほど身長が高い彼女は、胸に晒を巻き、剥き出しの肩にはびっしりと硬質の鱗で覆われた長衣を袖を通さず羽織っている。
伸ばすがままの漆黒の長髪を後ろに流し、その整った顔立ちの中に光る鋭い眼光は、一睨みで魔獣が逃げ出すとの噂があった。
野性、猛々しさを司るフェロン神の眷属、フェロナル族の女族長ドラヴァル・フェロナル=ヴェトスが陣に入ると、その威圧感に当てられたのか、何人もいた幕僚の背筋がびっと伸びた。
「おう、呼んだかアウグス」
本陣に置いてあった椅子にどかりと腰掛ける。
「ああ、お前の部隊に頼みたいことがある」
「はっ。ラティオナルの坊がお前ときたか」
「今の私はこの軍の総司令だからな。それに歳もお前とは四つしかかわらん」
冷静に返すアウグスの視線に、下から睨めつけるようにドラヴァルが眼差しを向ける。
発火しそうな視線のぶつかり合いはしばらく続き、そばで見ていた幕僚たちはそそくさと自分の仕事に戻った。
「まあ、いいだろう。聞いてやるよ。なんだ頼みって」
ドラヴァルの長い足がドサリと机の上に置かれる。それを気にもせずアウグスは続けた。
「あの正門を落としたい」
「はあ? んなもん当たり前だろう。それができねえからちんたらやってんじゃねえのか」
「我々がここで足止めを食っているのは、あの盾魔法のせいだ。あれはなかなか破れん。しかし、あれが効果を発揮するのは魔法による攻撃に対してのみだ。物理的な打撃や人は素通りできる」
「んで?」
「破城槌を用意する。お前の部族でそれを持って城門に突っ込み大扉を破壊してくれ」
ドラヴァルが机に上げた足を降ろし立ち上がる。アウグスの元へ行くと、上から覗き込むように顔を近づけた。気の弱い者なら気絶してしまいそうな眼光が至近距離で叩きつけられる。
「危険だな」
「ああ」
「特攻かけろってのか」
「そうだ」
盾魔法は膜の両面からの魔法を遮断する。
広範囲の盾魔法が展開された場合、守る側も攻める側も魔法の行使が意味をなさなくなる。
反面、盾魔法は物理的な攻撃手段や人は素通りさせる。破城槌を持って突っ込むことは可能な訳だが、それは弓矢による狙撃や、投石、熱した油の投下などに身をさらされることを意味するのだ。決死隊といっても過言ではない。
「だが、お前の部族にしか頼めん。あんなところに突っ込む胆力があるのはフェロナル族くらいだからな」
「けっ」
ドラヴァルは、踵を返すと本陣の出入り口に向かう。だが、寸前で立ち止まるとくるりと振り返った。
「仕方ねえ。やってやる。だが、補償はラティオナルが出せ。ウチのモンは命知らずだが、奴らにも家族がいるんだからな」
そう言うとドラヴァルは再び踵を返し、本陣から出ていった。
「破城槌、とっとと持って来い!」
捨て台詞が本陣に響く。それを聞いてアウグスは小さく笑うと、破城槌を手配するよう幕僚に命じた。
◇
先端を尖らせた一本の巨大な槌となった丸太が突き進む。槌の両脇には幾人もの兵士が取り付き、その衝角を大扉に叩きつけるべく、勢いをつけて押し運んでいる。
城壁の上から放たれた無数の矢が、風切り音を立てて飛来する中、ドラヴァルは当然のように先頭に陣取っていた。
「てめぇら! びびってんじゃねえぞ!!」
「おう!」
ドラヴァルの飛ばした檄に男たちの野太い声が応えた。
片手で掲げた盾代わりの板をただ一つの身の守りとし、矢の嵐のなか正門に向かって駆け抜ける。
各々がかけた自己大強化魔法によって底上げされた脚力が生み出す勢いが、槌を巨大な槍に変え、大扉に殺到した。
ドゴン、と強烈な音を放ち、槌が大扉を打ち付ける。最初の一撃で大扉の片側が変形し、二つある蝶番の上側が外れた。
「もう一度だ!」
ドラヴァルの指示によって、槌が後ろに下がっていく。飛来した矢が幾人かの男に突き立ち、降ってきた油が大火傷を負わせた。動けなくなった仲間を振り捨て、槌は再び大扉に向かう。
――ドゴン
二撃目が大扉をさらに変形させる。
「まだまだぁ!」
もう一度下がった槌が三度大扉に突撃する。一人、また一人と歯抜けのように脱落していく仲間たちに目もくれず、吸い込まれるように突き進んだ破城槌は、ついに正門の大扉を打ち破った。補強に使われていた金属枠がひしゃげ、粉々になった木片があたりに舞い散る。
勢い余った破城槌は大扉を突き破り、そのまま城壁内に突っ込んだ。
「突撃ぃー! 大業を成した勇士たちを死なせるな!」
後方の自陣から鬨の声が聞こえる。
「へっ」
破城槌を捨てて立ち上がったドラヴァルは不敵に笑う。すでにまわりを聖騎士たちに取り囲まれていた。
「上等じゃねえか」
ドラヴァルは部下が差し出した巨大な金棒を片手で掴み、肩に担ぐ。
「野郎ども! 叩き潰せ!」
「おおお!」
フェロナルの荒くれ者たちが、聖騎士たちに襲いかかった。
そこからは、あっという間だった。
城壁内になだれ込んだヴェトス軍が、数を頼りに聖騎士たちを次々と討ち取っていく。
王城内にも侵入し、最奥にいた指揮官は首をはねられた。
強力な魔法を操り変幻自在に戦うヴェトス軍に、頼みの守りの城壁を突破された王国軍はなすすべもなく、城壁内にいた聖騎士と兵士たちは、一人残らず命を落とすことになった。
血に塗れ、赤く染まった体を王城の入口の階段に落ち着け、座り込んだドラヴァルは大きく息を吐いた。最後は乱戦となったが、彼女は傷一つ負っていない。この血はすべて聖騎士のものだった。
顔をあげ、崩れた正門を見ると一人の男が歩いてくるのが目に映る。
激戦の跡をゆっくりと歩き、男はドラヴァルの前で立ち止まった。
「よくやってくれた。礼を言う」
アウグスが手を差し出す。
「けっ。貸しだからな」
その手を払い除け、ドラヴァルはニヤリと笑った。
人魔戦争から十二年。落城し、エンリック王国軍に占領されていた首都ロマ全域は、ここにヴェトスの手に奪還された。
次回より境界のウィルの最終章となる第三部が始まります。
引き続きお付き合いよろしくお願いします!
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