第61話 ネクサの能力(ちから)
「お、おい」
スルトによる魔物の殲滅に言葉を失っていたアルフリクが、声をあげる。
「あの女がいないぞ!」
アルフリクは緊迫した表情で、部屋の中心にある祭壇を指差している。ウィルが祭壇を見ると、確かに先程までいたネクサの姿はそこになかった。
「どこへ行った!?」
「教皇様っ!?」
ウィルの後にいたフローラが叫び声を上げる。その視線は彼らの後方にいたリンの更に後ろ、部屋の壁際にいた教皇のもとへ注がれていた。
「あ、あなた……」
フローラは震える手を口にやり、驚いた表情で教皇を見ている。
その視線をたどりウィルが見たのは、すらりとした体躯の銀髪を持つ女の後ろ姿だった。
女は何かを引き抜くような動作をする。
ずさり、という音とともに女の股の間から見えたのは、純白の聖衣の左胸を赤黒く染めた教皇レオフの姿だった。
教皇は口を大きく開き、ピクリとも動かない。
「こ、殺した……のか……」
無意識にウィルの口から言葉が流れ出る。
それが聞こえたのか、くるりと振り向いた銀髪の女の顔は笑っていた。
「依頼を受けたからにはきちんとこなさないといけないのよ?」
ネクサが右手に下げた聖騎士の剣から赤い液体が滴る。
「いつの間に後ろに……」
唖然としたアルフリクの声が聞こえる。
「ネクサは瞬間的に移動する技を持っているんです。発動の条件はわかりませんが、あの祭壇からここくらいまでは飛べるということです!」
リンの側にいたセオルが槍を構え直す。
「さあ、次はあなたたちの番よ。誰から始めようかしら」
そういうとネクサは腰だめに剣を構えた。
「やっぱり、エルフの精霊使いね!!」
溜めたバネを解放し、一気に飛び出す。リンに向かって突き出された切っ先の前に、セオルが立ちふさがった。
「させない!」
飛び込んでくるネクサに向かって、セオルは槍を突き出す。リーチの長い槍の先端は、ネクサの剣先がセオルに届く前にネクサを捉えるはずだ。
「ちっ!」
不利を悟ったネクサが急に角度を変え、槍から逃れる。それを追ってセオルは突きを繰り出した。
「あら、セオル様。ごきげんよう」
連続で繰り出されるセオルの突きを、剣でいなしつつネクサは軽口を叩く。
「私と戦えるようになるなんて、本当に大きくなったのね」
「だまれ!」
セオルは槍を引き戻すと横薙ぎにネクサの足を払う。
それを跳んで避けたネクサの姿が掻き消えた。
「でも、まだまだね」
セオルの耳元にネクサの吐息がかかる。
セオルが視線を落とすと、背後から回された白銀の刃がセオルの喉元に迫ってきていた。
「ふぐっ」
しかし、あらかじめ引き戻されていた槍の石突がネクサのみぞおちにめり込んでいる。
「読めてるよ」
咳き込み、咽るネクサに向き直り、セオルは槍を突きつける。
「ネクサ、お前には罪を償ってもらう。お父様にお母様、それにウィスタン叔父様。皆、命を落としたのはもとを辿ればすべてお前のせいだ!」
「ふふ」
膝をついていたネクサが起き上がり、呆れたように笑う。
「何がおかしい!」
「だって私だけのせいじゃないもの。ウィスタンの欲望がなければあなたたちウィンステッド商会は巻き込まれなかったわ。あなたの両親と自身を破滅に導いたのは彼じゃないかしら?」
セオルは突きつけていた槍をネクサに向かって突きこむ。
ネクサは後ろに飛び退って回避した。
「私は少し背中を押してあげただけ。商会に入り込めたから情報収集が捗ったわ。ここまで来られたのもあなたたちウィンステッド商会のおかげね」
ネクサの姿が掻き消える。現れたのはセオルの目の前だった。
「なっ」
槍の間合いの内側、手を伸ばせば触れられる距離だ。
ネクサは振りかぶった左拳をセオルの顔面に叩きつけた。
「がッ」
強かに打ち据えられ、セオルは背中から倒れ込む。
「槍は優秀な武器よ。相手の間合いの外から攻撃ができる。他の仲間より戦いが不得手なあなたにはぴったりの武器。これを選ぶなんてさすがはセオル様ね」
再びネクサの姿が消える。
「でも、私には無意味」
体を起こしたセオルの頭上からネクサの視線を感じた。
振り上げたネクサの長い足がセオルの背中を蹴り上げる。
吹き飛ばされたセオルの体は床を転がって止まる。
「か……かはっ」
強く背中を打たれ、一瞬息が止まったセオルは、大きく息を吸い込み目を開ける。
そこには上からセオルを覗き込むネクサの視線があった。
突きつけられた鋭い切っ先がセオルを狙っている。
「さようなら、セオル様」
振り下ろされた剣の切っ先がセオルの顔面を捉える寸前、甲高い金属音とともに光の軌跡がそれを打ち払う。
ネクサの手から離れた聖騎士の剣は回転しながら飛翔し、壁にぶつかり地面に落ちた。
「いいかげんにしろ」
ネクサを睨みつけるウィルの双眸は怒りの炎を湛えている。
ウィルの後ろにはネクサを取り囲もうとするフローラと聖騎士の隊長の姿も見えた。
セオルは素早くその場を抜け出し態勢を整えている。
「三対一は遠慮したいわね」
影渡で三人から距離を取る。ちらりと奥に目線をやると、エルフの娘とその守護霊がこちらから遠ざかっているのが見えた。
魔物たちの殲滅はすでに終わってしまったようだ。
「いいわ、先にあなたの相手をしてあげる。残りの二人はこの子たちの相手をしててもらえるかしら」
ネクサはパチンと指を鳴らし、闇の門を開く。そこから現れたのは巨大な蜘蛛のような魔物と巨人だ。
魔物たちはそれぞれフローラとアルフリクに向かっていく。
「お前は俺が捕らえる!」
ウィルの触手が威嚇するように鎌首をもたげる。
「族長家の力ね。じゃあ、私も見せてあげようかしら」
ネクサが気合をいれると、その首元から顔、そして手首から先にかけて紋様が現れた。服に覆われて見えないが、全身を紋様が包んでいるのだろう。
しかし、それ以外はとくに変化はない。
「死になさい!」
ネクサの姿が掻き消え、ウィルの前に姿を現す。武器を失ったネクサは魔法による遠距離戦を仕掛けてくると読んでいたウィルは、咄嗟のことで反応が遅れた。
ネクサが腕を突き出す。格闘か? だが、それにしては間合いが遠い。これでは拳は自分には届かない。奇妙な状況に、しかし、胸騒ぎを覚えたウィルは届くはずもない拳を半身をひねって躱そうとした。
しかし、ウィルが躱し切る前に肩口の皮膚が裂け、赤い鮮血が溢れ出る。
「くっ」
ウィルは後ろに飛び、間合いを取る。
血が流れる肩口を抑え、ネクサを睨みつけた。何をされたのか。触れられる距離ではなかった。何かを撃ち出すような魔力の流れは感じなかったが、拳から礫か何かを放ったのかもしれない。ネクサの謎の技にウィルは警戒する。
「どうしたの?」
にやにやと笑みを浮かべネクサはブンと腕を振る。
(なんだ?)
咄嗟に身構えたウィルだったが、特に何か起こる様子はない。と、ネクサの姿が消える。
ウィルの眼前に現れたネクサが手刀を突き入れてくる。ウィルは体を振って連続した手刀の攻撃を躱す。
やはり格闘か。ネクサの回し蹴りをウィルは下がって躱す。ウィルもメアウェンから無手格闘の手ほどきは受けているが、フローラほど得意とは言えなかった。片手剣での戦いのほうが実力を発揮できると考えている。相手の得意に合わせることはない。
下がったことで剣の間合いとなり、ウィルは剣を構え、ネクサに切っ先を向けようとする。
しかし、ネクサは間合いが離れたのに気づかないのか、袈裟斬りのように手刀を振り下ろした。
(まただ!)
先程の攻撃を思い出し、ウィルは更に体を下げようとする。ウィルの左肩から右脇腹にかけて灼熱が走る。
「ぐぅっ」
鎧の胸当てのおかげで深手にはなっていないが、肩の傷口からは赤い血がにじみ出ている。ウィルは更に後ろに飛び、腰のポーションを取り出して体に振りかける。その間もネクサから目は離さない。ネクサには瞬間移動の技がある。どれだけ距離をとってもいきなり距離を詰めることができるのだ。
ネクサが再び腕を振る。パタタとなにかが飛び散った音が聞こえた。
(あれは――)
ネクサの右手から更に先の空中に赤い染みのようなものが浮かんでいる。
「あら、気づかれちゃったかしら」
「不可視の剣……それがお前の力か」
浮かんでいた赤い染みはウィルの血液だ。見えない剣に付着したものがまるで宙に浮いているように見えたのだ。
ネクサの族長家の力は手先から不可視の剣を創出すること。見えない剣で間合いを偽り、相手に不意打ちを仕掛ける。武器が持ち込めない場所にも持ち込める、暗殺者らしい力と言えた。
再びネクサが影渡で距離を詰め、右手を突き出してくる。格闘の間合いではない。
「種が割れれば!」
ウィルはネクサの右手の先、何も無い空間に自身の剣を差し出した。見えなくとも、実体があるなら攻撃を反らせるはずだ。しかし、その目論見が外れたことを剣の手応えのなさと、右脇腹に走った痛みに教えられる。
「今はどっちにあると思う?」
左手から伸ばした不可視の剣をウィルに突き刺したまま、ネクサは舐めるような目でウィルを見つめる。ウィルはネクサの左手首を狙って剣を振るうが、後ろに跳ばれて回避された。
突き出された腕から、剣が伸びているのかいないのか。ウィルにはあてずっぽうで対応するしか手がなく、命のやりとりの経験が圧倒的に多いネクサにとって、ウィルの裏をかくことは造作もないことだった。
今はなんとか致命傷には至っていないが、ウィルに刻まれる傷は時が経つごとに増えていく。
「姉さま! このままだとウィルがやられちゃう! スルトでなんとかできない?」
リンが傍らに佇むルーセリエンに訴える。すがるような瞳に極度の不安が映っていた。
『駄目ね。スルトの炎は範囲が広すぎて、彼も巻き込んでしまうわ』
「そんな」
『精霊は基本的に一つの力に特化しているわ。スルトが駄目でも、他の精霊なら何か役に立つ者がいるかもしれない。リン、あなたが喚べる精霊で、この状況を打破する力を持つ者が誰かいないかしら? 考えなさい。今、何を解決すれば彼を助けられるのかを』
姉の言葉を受け、リンはウィルとネクサの戦いをじっと観察する。ウィルの体から血飛沫が飛んでいる。つらくて見ていられない。だが、目をそらすわけにはいかなかった。
ウィルの苦戦の原因は、攻撃が来ているのか来ていないのか、見えないことだ。見えないならば見えるようにすればいい。それを実現できる精霊は、魔法はあるのか。
『精霊の力は単純なもの。そのまま使えば単調な効果だけど、使う者の発想次第で様々な恩恵が得られるのよ?』
「そうか! あれなら――」
リンの唇から精霊への願いを込めた歌が紡がれる。
「剛健なる土の翁ノーム」
祝歌に導かれた精霊がリンの前に姿を現す。
屈強な老人の姿をした小人、土の翁ノームだ。
「行って! ノーム!」
こくりと頷いたノームは、地面に吸い込まれるように姿を消し、一瞬ののちにウィルとネクサの戦いの最中に再び現れた。
リンも戦いの場へ赴くべく、走り出す。
ノームは大きく息を吸い込むと、細められた口から一気に何かを吐き出した。
土煙。もくもくと広がった煙がウィルとネクサを包みこむ。
「なんだ!?」
ウィルは突然湧き出した土煙に視界を遮られ戸惑う。だが、その目に映ったのは、不可視の剣が土煙を切り裂きながらウィルに迫る、一筋の軌跡だった。
「そこか!」
ウィルは自らの剣を不可視の剣と交差するように、押し当てる。金属と鉱物がぶつかったような少し鈍い音が鳴り響き、ネクサの左手は大きく弾かれた。体が開き、無防備な姿を晒したネクサの目が驚きに見開かれる。
「いぇやぁああああああああああ!」
ウィルの気合とともに渾身の力を込めた剣が、ネクサの体に振り下ろされた。
感想やリアクション、お待ちしております。
☆☆☆☆☆評価や、ブックマークもぜひよろしくお願いいたします。
Xやってます。
@fumikiao




