第60話 神性の霊
光の上位精霊、暁の御子ソルの二輪戦車が空中を駆け巡る。そこから放たれる光によって、魔物たちの瘴気が浄化されていく。
なだれ込んできていた魔物たちは、体から煙を吹き出し、苦痛にのたうち回っていた。
土壁から顔を覗かせた角を持つ人型の魔物が、顔面にソルの光をまともに浴びる。強烈な光に顔の皮膚が泡立ち、焼かれていく。
魔物は激痛に叫び声をあげ、慌てて土壁の影に引っ込んだ。
「あっ!」
状況に気づいたセオルが、声を上げた。
ソルの出現後、新たな魔物たちが土壁から出て来ていないのだ。
セオルは先程土壁を作るのに使った魔法具を再度取り出し、起動する。
「みんな! 土壁を壊すよ! あれが影になって魔物たちの安全地帯になっている!」
魔法具に封じられた操作魔法・強が、土壁を次々と壊していく。
「ソルの光で彼らは弱体化するはずだ! 三人はトドメを!」
セオルの指示を聞いた、ウィル、フローラ、アルフリクは頷きあい、魔物の群れに飛び込んでいく。
魔物たちにとって、ソルの光から身を守る盾となってしまっていた土壁がすべて取り払われ、浄化の光がすべての魔物たちに降り注ぐ。
体を焼かれる魔物たちの絶叫により、室内は阿鼻叫喚の惨状となっていた。
「でえええい!」
のたうち回る魔物たちの只中に飛び込んだフローラの拳が、焼けただれた頭を砕き、ウィルの触手が別の魔物の胴体を貫く。アルフリクの振り下ろした剣が魔物を両断する。三人は手当たり次第に魔物たちに引導を渡していった。
「あら、やっぱり六年も経つと人は成長するものね。あんなに小さかった子たちがここまで抵抗できるようになるなんて。これは、おかわりが必要かしら」
林檎を弄びながら、地獄絵図と化した戦場を眺めているネクサの声が聞こえる。
「お前たち! あの女は何者だ! やつをなんとかしなければ、いつまでもこの状況が続くぞ!」
苦しむ魔物を切り倒し、アルフリクが叫ぶ。
「彼女はネクサ。六年前の魔族テロ事件の黒幕です。僕の父も叔父も、彼女の策略にはめられて命を失いました」
セオルが佇むネクサを睨みつけて言う。
「たくさんの人があの女のせいで、命を落としたんだ! 俺たち傭兵騎士団はやつを捕まえなきゃいけない!」
ウィルの触手が魔物を引きちぎる。
「私が傭兵騎士団に入ったのは、あの人を追うため! 私の兄カエレンは彼女の計略に巻き込まれ罪を犯した。彼女にも償わせなければいけない!」
魔物に切りつけようとしていたアルフリクの剣が止まる。
「カ、カエレンだと……」
呆然とした顔で、アルフリクはフローラを見る。フローラは拳を振るい、足を振り上げ魔物の撃破を続けていた。
「そう! あなたが手にかけた魔族の少年は私の兄、カエレン! 隊長、私はあなたに聞きたいことがたくさんある。だから、必ずこの戦いを切り抜けて生き残って!」
「…………」
フローラはアルフリクの方に目線をやる。アルフリクからの返答は返ってこない。剣を振るうこともなく、その場に立ち尽くしているようだった。
「隊長!」
ウィルの声が飛ぶ。
「!」
我に返ったアルフリクは再び、魔物に向かいだした。
「敵討ちだなんて、ひどいわ。私はあの事件では誰一人この手にかけていないというのにね」
笑みを浮かべながらネクサが言う。
「言わせておけばァッ!」
怒りに燃えたウィルの魔力が一気に上る。密集した魔物の集団に飛び込むとその場でぐるりと回転した。追随する触手たちがウィルの周りの魔物たちを砕く。
「おおおおお!」
ウィルは六本の触手を前方に突き出す。円形に並んだ触手の先端が輝き、円の中心に魔力が集中していく。
たまり切った魔力は一気に噴出し、ウィルの前方に直進した。ほとばしる魔力の奔流が立ちふさがる魔物たちを打ち砕いていく。
「あれは、魔砲!?」
セオルの驚きの声が響く。
「ネクサァアアアアッ!」
ウィルの魔砲によって、魔物の群れの中にできた空隙はネクサへと続く一本の道となった。ウィルはそこを全力で走る。
「ずるしちゃ駄目よ。人生は回り道をしたほうが豊かになるんだから」
ネクサが指をパチンと鳴らす。ネクサの前に楕円形の闇の門が次々と現れる。
再び、数十の門から新たな魔物たちが這い出してくる。
「く……!」
ウィルは走っていた足を止め、急制動をかけた。
「いくら魔物を出したって、私のソルで!」
リンが祝歌を高らかに歌い上げる。暁の御子ソルが燦々と光を放ち、魔物たちを焼いていく。
新たに現れて魔物たちもソルの光の範囲に入ると、煙をあげ苦痛に悶えていた。
「もう、情けないわね。あなたたちの苦痛なんかどうでもいいのよ。課せられた仕事をこなしなさいな」
ネクサはアウレクスの林檎を両手で高く掲げ持つ。そこから溢れ出す魔力がネクサに吸収されると、力に満ちたネクサが何かを放出した。
「なんだ?」
光に焼かれ、悶え、のたうち回っていた魔物たちが、ガクガクと震えながら体を起き上がらせる。
ウィルの間近にいた人型の魔物が手にした剣をウィルに向かって振り下ろした。
「な!」
咄嗟に剣を振り上げ、斬撃を打ち払う。周囲の魔物たちが次々とウィルに襲いかかってきた。
魔物たちの顔は苦痛に歪み、中には涙を流している者もいる。しかし、それとは裏腹に体はウィルへの攻撃をやめないのであった。
「なんてやつ……」
倒すべき敵である魔物であっても、その仕打ちはウィルの同情を誘った。嫌悪感をあらわにネクサを睨みつける。
「みんな下がって! 囲まれたらまずい!」
セオルが素早く指示を出す。
三人は、魔物たちの攻撃を躱し、なんとか包囲から逃れ、セオルたちの近くへ戻ってきた。
(ソルで魔物たちを止められない!?)
祝歌を歌うリンは、起こっている光景に焦りを感じていた。浄化しきれずとも、動きを止められるのならばウィルたちがトドメを刺していってくれる。しかし、ネクサの力を受けた魔物たちは、生ける屍のようなゆっくりとした動きでありつつも、着実にこちらへ向かって距離を詰めてきていた。
ネクサによる魔物の補充がいつまでも続くのならば、いつかは押し切られてしまう。
「リン! もっと出力を上げられないの!?」
側でセオルが叫んでいる。さらに魔力を込めて歌い上げるも、浄化しきるところまで至らない。
(このままじゃ……)
魔物の群れの最前線に対してウィルたちが攻撃を仕掛けているのが目に入った。
一体一体は楽に倒せる状態だが、後に続く数が多すぎる。このままでは先にウィルたちの体力が尽きてしまうだろう。
(どうしたら……)
絶望に飲み込まれそうな気持ちを抱えながら、祝歌を歌うリンの視界の左側に強い光が生まれる。眩しさにリンは左目を思わず閉じてしまった。
(これは……なに?)
「リン! 耳飾りが光ってる!」
セオルの指摘にリンは思い起こす。左につけているのはシルウェで見つけた姉の形見、精樹を模したイヤーカフだ。
『あきらめないで。まだあなたには打てる手があるのよ』
誰かの声が聞こえる。この場にいる誰のものでもない、しかし、リンがよく知る声だ。
「だ……、え、まさか」
思わず祝歌を中断し、声を漏らす。
『やっぱり、こうしておいてよかった。リンヴァリエル。私のかわいい妹。あなたを守るのは私よ』
リンの隣に人影が現れる。半透明で淡く光るその姿は――
「姉さま!」
突然現れたリンの姉、ルーセリエンはリンを見て優しく微笑む。
「精霊になって戻ってきてくれたの!? でも……」
死んだエルフの魂は四大精霊の一つとなり、世界を動かす力となる。シルウェで聞かされた話だった。
しかし、ルーセリエンの姿はこれまで見たシルフやウンディーネ、サラマンダーにノーム、どれとも異なるものだった。
生前の姿を保ち、神々しく光り輝いている。
『ホーシェン先生に聞いたでしょ? 何事にも例外はあるって』
「例外?」
『そう、私たちエルフは死後、精霊となる。でも、また違う道も存在するの。今の私は守護霊。あなたを守護する神性を持った霊。向こうでアイユン様にお願いしたら少し力を分けてもらえたの』
「そんなことが……」
『詳しい話はまた後にしましょう。あなたとあなたの仲間を守らないとね。特にあの男の子は絶対に守らないといけないんでしょ?』
ルーセリエンの視線は魔物相手に奮闘するウィルに注がれていた。
「え、なんで、そんなこと……」
『私はあなたの守護霊よ。ずっとあなたの側にいるわ』
「見てたの!?」
『さあ! 魔物たちを殲滅するわよ! 今一度力を発揮して、リン!』
リンの問いを無視して、ルーセリエンは祝歌の詠唱を行う。魔力がどんどんと高まり、精霊の気配が強くなってくる。心なしか、室内の温度が上がり始めたような気がした。
『出てきなさい! 終末の焔!』
ルーセリエンの求めに応じて現れたのは、全身を炎に包まれた巨人だった。
炎の上位精霊、終末の焔スルト。すべてを焼き尽くす業火を操り、世界の再生を促す終末の巨人だ。
「すごい……私も!」
我に返ったリンは、顔を赤らめながら姉に続いて、祝歌の詠唱に戻る。
ソルの光によって弱体化された魔物たちが、スルトの業火で焼き尽くされていく。
「みんな! 後退して! 精霊の炎に巻き込まれる!」
セオルの指示に従って、ウィルたちは後退した。
ウィルたちが足止めをせずとも、進むどころか声を上げる間もなく、魔物たちは消し炭になっていく。
「はあ」
目の前の光景を見て、ネクサは嘆息した。ここまで抵抗されるとは思ってもみなかったのだ。
「仕方ないわね。私も手を出さないといけないようね」
聖騎士の鎧を脱ぎ捨て、身軽になったネクサは剣を抜き放つ。
「あ、でもその前に」
祭壇からネクサの姿が掻き消える。次の瞬間、彼女が立っていたのは教皇レオフの前だった。
「なっ!?」
レオフの驚愕の声が漏れる。
「頼まれた仕事はきちんとこなさないとね」
ネクサはレオフの心臓に深々と剣を突き立てた。
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