第59話 魔物からの防衛
「リンの前に半円陣を! 魔物をリンに近づけさせるな!」
ウィルの檄が飛ぶ。リンの前にウィル、右前方にフローラ、左にセオルが陣取る。ウィルとフローラはすでに紋様を発動していた。
リンは三人の後でソルの祝歌の詠唱を続けている。
「魔法を!」
まだ、魔物たちの先頭との距離があるのを見て取って、セオルがウィルとフローラに遠距離攻撃を促す。
二人のヴェトスに魔力の淡い光が宿り、力が集中していった。
二人の体が強い輝きに包まれた時、ウィルの魔力の穿礫、フローラの大火球群魔法が魔物たちに向かってうち放たれた。
先頭にいた四つ足獣が体に大穴を開け、くずおれていく。その死体とともに、何体もの魔物たちが火球に焼かれていった。
消し炭となった魔物の死体は、後続の魔物たちに踏み散らされる。
「これで!」
セオルが取り出した魔法具を起動させる。魔法具に封じられた魔法によって大きな土壁が地面から立ち上がっていった。
土壁はセオルたちを覆うように三重の防壁となって魔物に立ちふさがる。
「セオル、壁に隙間があるよ! 魔物が抜けてきちゃう」
フローラが壁を見て言う。土壁は連なった一枚の壁ではなくところどころ隙間が作られていた。内側のフローラたちに一番近い壁には三箇所の隙間がある。
「こっちの方が長持ちするんだ! 抜けてきたやつは僕たち三人で倒すよ!」
正面と左右にそれぞれある隙間から魔物が姿を現す。フローラたちは目の前にある隙間に向かって駆け出していった。
「ハアアアッ!」
フローラは魔力によって慣性ブーストをかけ、姿を見せた大型の猿のような魔物に突っ込んでいく。突き出した掌底が猿のみぞおちを捉え、慣性が乗った打撃とともに掌に込められた魔力が魔物に叩き込まれる。
魔物の体はその力に耐えきれず、背部からその中身をぶちまける。
後に倒れ込む猿の左側から光が生まれ、フローラに向かって斬りかかってくる。猿の背後にいる魔物が振るった剣だ。
鉈のような分厚い剣はその根本で猿の死体を切り裂きながら、その切っ先でフローラを捉えようとする。フローラは剣先から逃れるように体を右に倒し、回避。そのまま後周りに回転すると軸足を左足に切り替え、敵に向かって後ろ回し蹴りを放つ。その踵が魔物の手首を砕き、緑の肌を持つ巨漢の魔物は剣を取り落とした。
魔物は猿の魔物の死体を押しのけ、フローラに殴りかかってくる。破壊された手首から露出した骨が凶器のようだ。
フローラは迫る拳を半身になって躱すと、突き出された腕を取る。そのまま魔物の直進力を利用し、魔物を投げ飛ばした。
顔面から地面に落とされた魔物が逆立ちのように地面に突き立つ。地面に赤い液体がじわりと広がっていった。
邪魔だとばかりに、フローラは巨漢の魔物を蹴り飛ばす。そうして振り返ると土壁の隙間を睨みつけた。隙間からは次の魔物が顔を出している。
「どんどんおいでよ! ここは通さないよ!」
フローラが新たな魔物に向かったその隣で、金属が打ち合う音が鳴り響く。
ウィルの振るった剣は二本の剣にがっちりと受け止められた。その上からさらに二本の剣がウィルに向かって振り下ろされる。
ウィルは剣を引き、後に飛んで斬撃を躱した。
四本腕の異形のスケルトンの暗い眼窩の奥がウィルを睨めつける。頭蓋骨から生えた捻れた角がギラリと光る。
スケルトンが一気に踏み込み、ウィルに切りかかった。ウィルは袈裟懸けに斬りかかる剣の一本を冷静に打ち払う。すぐさま次の斬撃が襲いかかるが、それも難なくいなした。
時間差で迫りくる刃をウィルは打ち払い、躱し、隙を見て自分も攻撃を繰り出していく。
ウィルの剣技にじわじわとスケルトンが押され始める。ならば、と四本同時に振り下ろされたその腕をウィルの触手ががっちりと掴む。
ぐぐぐ、と徐々に押し広げられる全腕に加えて、さらに両足を触手で掴む。
うろたえ、じたばたと両手足を動かそうとするスケルトンを触手が高く持ち上げていく。
「おおおおおお!」
ウィルの気合とともにスケルトンは両手足を引きちぎった。落下してきた胴体のみのスケルトンを斬撃一閃、頭頂から股間までを真っ二つにする。スケルトンは倒れて動かなくなった。
触手が力を失った骨の手足を放り出すと、ウィルは魔物の後続たちに向き直る。
腰だめに構え、魔力の集中を始めたウィルに応えるように、六本の触手の先端に魔力が集中していく。
魔力の散礫、魔力の熱礫、魔力の氷礫、火球魔法、魔力氷矢、魔力火矢、六つの魔法が土壁の隙間から顔をのぞかせた魔物に殺到し、凍らせ、砕き、焼いていった。
「す、すごい」
次々と魔物を屠っていくウィルを見て、セオルは声を漏らした。
「ぼ、僕だって」
気合を入れ直し、セオルは愛用の槍を構える。苦手ながらも練習を繰り返し、安定するようになった魔剣術を使い、槍に魔力を通していく。
「さあ! 僕の相手はどいつだ!」
叫んだセオルの前にある土壁の切れ目に骨ばった手がかけられる。剣のような長い爪がこすれ合い、かちかちと音を立てた。
ずるりと土壁の隙間から体を引き出したその姿は、世界を歪める災厄、黒き稲妻を撒き散らす暗き霊威だった。
暗き霊威は反り返り、空気を大きく吸い込む仕草をする。肉体を失った悪霊にとって、空気は必要ないはずだが生前の習慣がそうさせるのだろうか。
悪霊は口を大きく開け、絞り出すように強烈な咆哮を放つ。
「うああああああッ」
正面から咆哮を浴びたセオルが苦悶の声を漏らす。ただの咆哮ではない、怒り、憎しみ、恨み、妬み、あらゆる負の感情が練り込まれた音波が、セオルの精神に入り込んでくる。セオルの足はがくがくと震え、立っていられない。
「セオル!」
異変に気づいたウィルがセオルに駆け寄ろうとする。
「来ちゃ駄目だ!」
セオルの叫びがウィルを押し留める。
力が入らない膝に手をつき、セオルはなんとか体を起こす。額を脂汗が伝う。
「ウィルがそこを離れたら魔物がリンのところに行ってしまう! ここは僕がなんとかするから!」
立ち上がり、槍の穂先を暗き霊威に向ける。その先端は小刻みに震えていた。
「セオル……」
ウィルは斬りかかってきた魔物の攻撃を剣でいなす。
「ここはまかせて。僕も傭兵騎士団なんだから!」
そう言うとセオルは槍を構え、一気に飛び出す。魔力の淡い光を纏った穂先が暗き霊威に迫る。
その槍が暗き霊威に突き立てられる寸前、細い腕が振り下ろされ、セオルの槍を掴み取った。
「くっ」
掴まれた槍を引っ張られ、セオルはずりずりと引き寄せられる。
「くそ! 離せ!」
暗き霊威がセオルを覗き込む。落ち窪んだ眼窩が間近にせまり、暗い穴に吸い込まれるような感覚に陥る。その奥の見えない目が笑った気がした。
唐突に暗き霊威が強大な魔力を放出する。その圧力にさらされ、セオルは大きく吹き飛ばされた。
地面に叩きつけられ、二、三度跳ねたセオルはうめき声を上げる。
「く……うぅ……」
体をなんとか起こそうとするセオルに、暗き霊威がゆっくりと近づいてくる。
その手前でピタリと足を止めると、大きく口を開いた。口腔に魔力の光が集中していく。
「ま……ずい、盾……魔法……を……」
痛む左腕を持ち上げ、セオルが魔力の集中を始める。
暗き霊威の口腔が強い輝きに満ちていく。
セオルはなんとか小さな盾魔法を完成させ、顔前に掲げた。
ついに、暗き霊威の魔砲がうち放たれ、セオルに向かって殺到する。
直撃を受けた盾魔法がきしみを上げる。小さな盾魔法からこぼれた魔線がセオルに傷をつけていく。腕や足に傷を与え、赤い染みが広がっていく。
「く……おおおおお!」
盾魔法の影に隠れ、なんとかやり過ごそうとするセオルだったが、その願いも虚しく、ぴし、ぴし、と音を立て、盾魔法に亀裂が入っていく。
その強度に限界が訪れ、セオルが覚悟を決めたその時、魔砲の光条に割って入る者がいた。
「おおおおおおおおお!」
頑丈な聖騎士の盾に強化盾魔法を付与し、破壊光線を体ごと遮る。
魔砲の放出にすべて耐えきると、その者は魔力を帯びた盾を前面に押し出し、暗き霊威に体ごとぶつかった。
衝撃を受け、暗き霊威は土壁に向かって吹き飛んでいく。
「アル……フリク……隊長」
後ろ姿を見せる白銀の聖騎士の鎧にセオルは声をかける。
「お前にはこいつは荷が重い。ここは私にまかせてエルフの娘のところまで下がれ。確かセオルといったな。この土壁の配置は見事だ。お前は後から戦場を見渡し、皆に指示を出すのだ。そちらの方が向いている」
そう言い残すとアルフリクは暗き霊威に向かって突撃していった。
「う……」
セオルは盾魔法を解除し、腰からポーションを取り出す。二口ほど口に含み、立ち上がる。前方ではアルフリクと暗き霊威が激しく切り結んでいた。
セオルはリンの側に駆け戻ると、戦場全体を見渡す。
フローラは現れる魔物たちを一体、また一体と倒していっている。
アルフリクはなんとか、暗き霊威を食い止めているようだ。
ウィルも魔物を切り倒している。しかし、後続が現れていない。
もう、魔物の数が尽きたのか、そうセオルが考えた時、ウィルのすぐ近くの土壁に亀裂が入っているのを見つけた。
ドン! ドン! と壁を打ち付ける音が聞こえる。
「ウィル! 魔物が土壁を破ろうとしている! そっちに向かって!」
セオルの指示に頷いて、ウィルが亀裂の入った壁に向かっていく。ウィルがたどり着いた時、ついに土壁は破られ、崩れた穴から魔物がなだれ込んできた。
ウィルは魔力の散礫を何度も撃ち放つ。
一方、ウィルがもと居た土壁の隙間からも新たな魔物が顔を覗かせた。
「くそ!」
対応すべく、セオルが駆け出したその背後で、強い光が生まれた。
振り向いたセオルは、その眩しさに思わず目を細める。
「おまたせ。完成したわ」
神々しいまでに輝くリンの頭上から、四頭立ての二輪戦車が走り出した。光の上位精霊、暁の御子ソルの進軍だ。
「浄化の時間よ!」
リンの凛々しい叫び声が戦場に響いた。
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