第57話 霊廟の最奥
横穴の最奥部、枝道もなく一本だった横穴を進んできたウィルたちを出迎えたのは、無情な行き止まりだった。
地面が坂のようにあがり、道は細くなっている。
「くそ……」
打ちのめされる一行の誰かがつぶやく。
ここまでの道中、楽な道のりではなかった。スケルトンの襲撃や毒虫との遭遇を乗り越え、やっとここまでたどり着いた。そこで見せられた現実は皆を落胆させるのに十分なものだった。
「仕方ない。戻って縦穴から脱出する方法を探そう」
促すアルフリクの声にも、失望がにじみ出ていた。
「待って!」
立ち去ろうとした一行の中から、セオルが飛び出す。
セオルは突き当りに近づくと、手で壁をこすり始めた。
「やっぱり。これ石積みの壁だ」
セオルが振り返って言う。
「みんな、ちょっと灯りを消して」
セオルが坂をおり、自らの魔法具の灯りを消した。
皆もセオルに従って灯りを消す。
真っ暗闇になるかと思われた通路には、壁の隙間から一筋の光が差し込んでいた。
「ほら! 光が差し込んでる。壁の向こうは霊廟の通路なんだよきっと!」
暗闇にセオルの興奮した声が響く。事態を理解した一行から喜びの声が上がった。
「隊長、壁を抜きましょう」
ウィルの提案にアルフリクが頷く気配がした。
「ああ、そうだな。皆、後に下がれ。魔法が得意なものは魔力の散礫の準備を」
教皇たちが離れた位置まで歩いて下がる。その前でウィル、リン、フローラの三人が膝をつき、魔力の集中を始めた。
「よし、撃て」
アルフリクの号令に合わせて三人が魔力の散礫を撃ち放つ。
散礫は轟音とともに石積みの壁に突き刺さった。あたりに巻き上げられた土煙が満ちる。
しばらくして、土煙が収まると人一人が通れるほどの大きな穴が姿を現した。
「やった!」
ウィルが拳を突き上げる。
「道が開けたな。お前たち二人は先にいって穴の外を偵察してくれ。魔物がいたら自分たちだけでやらず、援護を要請しろ」
「はい!」
アルフリクがウィルとセオルに指示を出す。
二人は穴の縁に張り付き、向こうの様子を伺った。物音もなく、見える範囲に人影などはない。
視線をあわせて頷きあうと、一気に穴をくぐり抜けた。態勢を整え武器を構える。しかし、魔物の姿は見当たらなかった。
二人がいるのは通路の途中のようだった。石畳が敷かれ、規則正しく積まれた石積みの壁に囲われている。
設置型の魔法具によるものなのか、通路は昼のように明るかった。
「脅威ありません。こちらに来ても大丈夫です」
ウィルが穴の中に報告する。
それを受けて、一行は横穴から通路に移動した。
「さて、ここは霊廟のどのあたりになるのか」
アルフリクは頭のなかにこれまで通った道筋を描く。おそらく位置的には第二の間よりも奥、そしてかなり下層にあたるはずだ。霊廟に下層があるなどとは事前には聞いていなかった。ここは一体なんの施設なのか。
「アルフリク隊長」
声をかけてきたのはバッダ司教だった。
「なにか?」
「あそこに扉がある」
司教が指差す先、通路の奥に扉のようなものが見えた。
「正しい帰り道もわからん状態だろう。ひとまずあそこに行ってみんか」
司教の提案に、アルフリクは口元に手をあて思案する。
確かに今のところ、どちらに向かえばいいのかわかっていない。通路の右と左どちらかは出口に繋がっているだろう。であれば、まずは見えている扉に向かうのもいいかもしれない。扉の先が行き止まりなら反対方向へ行けばいいだけだ。
「わかりました」
アルフリクの言葉にバッダは満足気に頷いた。
「皆、聞いてくれ。まずはあの扉を目指す。もし、扉の先が行き止まりなら戻って反対方向だ」
一行はアルフリクを先頭に通路を扉に向かって進み始めた。
◇
目の前で見ると、扉は想像以上に立派なものだった。
大人二人分ほどの高さがあり、横幅も三人程度は並んで通れそうだ。
表面には精緻な模様が刻まれ、明らかにこの先に重要な物があることを示している。
ただ、アルフリクがすみずみまで調べても、取手のようなものは見当たらなかった。
「開き方がわからないな」
押し開くのか、左右に引いて開くのか、判別はつかないが両開きであろう扉の前で、アルフリクは思案する。
試しに両手で扉を押してみたが、ピクリとも動かない。中央のほとんど見えない隙間に指をかけ、左に引いてみたがそれも動かなかった。
「これは引き返すしかないのか」
「条件があるのかもしれんぞ。霊廟の扉のように」
バッダ司教の言葉にアルフリクは霊廟での出来事を思い出す。
第一の間では、国王陛下の血によって先に進む扉が開かれた。第二の間は、あのようなことになってしまったが、本来なら教皇聖下の魔力によって、扉が開いたはずだ。
この二つは試しても良いかもしれないが、今ここに王族はいない。
アルフリクは振り返り、教皇レオフの前に跪く。
「聖下、お手を煩わせて申し訳ありませんが、あの扉に魔力を込めていただけませんか」
「第二の間と同じようにですね。かまいませんよ」
レオフは扉の前に進み出て、信仰心を込めた魔力を扉に流し込んだ。
扉に刻まれた模様がうっすらと光を放つ。
「おお」
しかし、扉は開くことなく、他になにも起こることはなかった。
「単に魔力量の問題かも知れません。魔力を流し込んだ時、扉の許容量がとても大きいもののように感じました。まるで大きな水桶にコップ一杯の水を流し込んだような」
レオフが扉から手を離して言った。
アルフリクは再度考え込む。多くの魔力を注ぎ込まなければならないのか。開くには何人もの魔力が必要なのかもしれない。
もしくは、人間の魔力では足りないということなのか。
一つ、アイデアを思いついたアルフリクは、扉を眺めていたウィルとフローラに対して言った。
「お前たち、魔力量のより多いのはどっちだ」
「フローラです」
ウィルが答える。
「そうか、フローラ、頼めるか」
アルフリクに頼まれたフローラは目を逸らし、「わかりました」と小さな声で答えた。
フローラが扉に手を当て、魔力を注ぎ込む。扉に入り切らない魔力が周囲に漏れ出している。側にいたアルフリクには、教皇の時とくらべて桁違いに大きな魔力が注ぎ込まれていることが感じられた。
しかし、今度は全く扉の反応がなかった。うっすらと光ることもしない。
「どういうことだ。量の問題ではないのか」
想定と異なる結果に、アルフリクはまた考え込んでしまう。振り出しに戻ってしまった。このまま埒が明かないのであれば、戻って通路の反対に向かうべきか。
「あの、俺もやってみていいですか?」
ウィルが扉の前に進み出る。
「む、まあ構わんが」
ウィルは頷くと、扉に手を当て魔力を注ぎ込む。すると、扉は明らかに先ほどと異なる反応を示した。
表面に刻まれた模様が強く光を放つ。青白い光が全ての模様に満ちると、扉は重々しい音を立て、ゆっくりと左右に開き出した。
「なんと」
砂埃を上げ、扉が完全に開く。
アルフリクは片手で全員にここで待つように指示すると、剣を抜き、自ら扉の内部へ足を踏み入れた。
◇
扉の内部には光が満ち、視界は十分確保できるようだった。奥のほうまでよく見える。
内部は円形の部屋になっており、かなりの広さがあった。
心配していた魔物の類は見当たらない。
二、三歩進んでみるが、特に罠のようなものも無いようだった。
「大丈夫そうだ。皆、入ってきてくれ」
アルフリクは鞘に剣を収め、扉の外に声を掛ける。
一行が扉をくぐり中に入ってきた。
「広いな」
ウィルがつぶやく。部屋はウィルたちが走り回れるほどの大きさがあった。床は緩やかなすり鉢状になっており、中央に向かって降っていっているようだ。
「おお、あれは!」
バッダが大きな声を上げる。振り向くとその視線は部屋の中央にある、あるものに注がれているようだった。
(なんだ、あれは)
円形の部屋の中心点に台のような、祭壇のようなものが見える。そして、その上には光り輝く丸い何かが浮かんでいた。
アルフリクは、その何かから流れ出る大量の魔力を感じ取っていた。垂れ流される噴水のように魔力があふれ、床に薄く広がっている。
尋常なものではない。みだりに触れてはいけない。アルフリクの勘がそう告げる。
気づけば、アルフリクの指が小刻みに震えていた。拳を握りしめ、震えを止める。
あれには人間が触れてはいけない大いなる力が宿っている。初めて見る謎の物体に、アルフリクは、アルフリクの体はそう感じていた。
全員が、息を呑み中央の物体に釘付けになる中、一人の人影がスッと中央に向かって歩き出した。
「お、おい」
アルフリクは思わず声を発する。
しかし、それに構わず、人影、白銀の鎧をまとった一人の聖騎士はゆっくりと中央へ歩いていく。
「やめろ! 近づくんじゃない! 何が起こるかわからんぞ!」
アルフリクの声が部屋に響く。
「いいえ」
聖騎士の声だ。これまで一言も発しなかった聖騎士は、女性の声でそう告げた。
「私はこれを探しに来たのよ」
聖騎士が光る物体に手をかける。
突然物体から魔力が猛烈に吹き出し、聖騎士の体を打ち付けた。
聖騎士の兜が吹き飛ばされ、中に収められていたであろう、長い銀色の髪がたなびく。
聖騎士は光る物体を掴み取ると、そのまま胸に抱きかかえゆっくりとこちらを振り向いた。
「あ……あ……あれは」
ウィルの後からセオルの声がする。
「なぜこんなところにいるんだ――ネクサ!!」
セオルの叫びが聞こえたのか、ネクサは口が左右に裂けたかのように、にいっと笑った。
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