第56話 魔族の少女
重々しい石の扉が、ゆっくりと開いていく。
長い階段を降りきった底で、メアウェンたちを迎えたのは大きく立派な扉だった。
騎士団長二人が押しても引いてもびくともしなかった。
「早速、余の出番だな」
メアウェンとヘレワードを下がらせ、国王アーブリスⅡ世が扉に手をあてがう。
狭間の通路の隠し扉と同じく、扉は中央に一本の光の筋を示すとあっさりと左右に別れ、開いていった。
先鋒を志願したメアウェンがまず扉の先に踏み込む。
「…………」
剣を抜き放ち、目を凝らす。内部は真っ暗闇ではなく薄明かりが灯っていた。
奥のほうは暗くて見えないが、少し開けた部屋のようになっているのがわかった。
突然、宙空からメアウェンに向かって何かが飛んでくる。咄嗟に剣を跳ね上げると、真っ二つになったファントムが左右に別れて落ちていった。
「ファントムだ!」
メアウェンの声をきっかけに近衛騎士たちが部屋になだれ込んでくる。
「陛下と閣下はここでお待ちを!」
ヘレワードが剣に魔剣術をかけながら叫ぶ。
部屋は騎士と怪異の戦い場へと変貌した。騎士たちの気合の声とファントムの断末魔が部屋に響き渡る。
幾ばくかの時間をかけて、騎士たちはファントムの掃討に成功した。
メアウェンは三体のファントムを屠った。
「陛下、閣下、安全が確認できました。どうぞ中へ」
ヘレワードが国王と公爵を招き入れる。
「ここはなんの部屋だ。これが神殿か?」
国王が暗がりに目を凝らしながら言う。
「伝承には語られていないのですか?」と、公爵。
「ああ、伝承にあるのは秘密の扉、下層の神殿、この二つのみだ。細かいことは含まれておらぬ。代を経るごとに欠け落ちていったのか、最初から伝わっていなかったのかはわからぬがな」
国王と公爵の話を耳で聞きながら、メアウェンは灯の魔法具をかかげ、室内の奥へと進む。
湿気とカビの匂いが鼻につく。上にあった霊廟よりも古い時代のものなのだろう。床には埃がたまり、先程戦った近衛騎士たちの足跡が見える。壁には壁画が描かれていた形跡があるが、ほとんどが剥がれ落ちており、何が描かれていたのかはわからなかった。
メアウェンは灯の魔法具が照らす範囲に、台座のようなものが映ったのに気がついた。
台座の上方にも光が届くように、灯の魔法具を高く掲げてみると、人影が見える。
おそらく、アウレクスの神像だろう。しかし、ここの神像はこれまでのものと違い、かなり小ぶりのようだ。
メアウェンは台座に向かって、慎重に歩を進める。
像が動き出す気配がないのを確かめると、改めて像に光を当てた。
大きさはほぼ等身大だろうか。
台座の分大きく見えるが、像自体の身長はメアウェンとほとんど変わらないはずだ。
保存状態は悪く、右腕が欠落している。柔らかい石材が使われているのだろう、表面も広範囲に剥がれ落ちていた。
気になるのは背後にある翼の部分だ。
地上にあったアウレクス神像の翼は、大型の鳥類のもの同様、羽毛に覆われたまさに翼、というものだったが、この像の翼は放射状に伸びた太い触手のような形をしていた。
右側に三本、左側に四本の触手が背部から伸びている。
位置的に右側の下の二本と、左側の上から二番目の触手は欠落しているように見えた。おそらく、完成時は左右に五本ずつ、合計十本の触手があったはずだ。
翼を観察していたメアウェンは、あることに気づいた。
肌が剥き出しになっている左肩から肘にかけて、なにか模様のようなものが彫り込まれていたのだ。
改めて胴体を観察すると、胸部は表面が剥がれ落ちていて判別がつかないが、まだ僅かに残っている腹部には同様の模様が見て取れた。
「こ、これではまるで……」
メアウェンの首筋を汗が伝う。
背部から蜘蛛の足を生やしたような、骨組みだけの翼のようなもの。上半身に刻まれた紋様。
ここはアウレクス霊廟の下層の神殿。そこにある石像は間違いなくアウレクスを象ったものだろう。
しかし、その異形の姿は、メアウェンにごく近しいある者を想起させるのだった。
◇
魔力で形成された太い触手が、唸りを上げて振り下ろされる。
ウィルの眼前に迫った剥き出しの頭蓋骨が、触手の一撃を受けて粉々に砕かれた。
「聖下と司教殿を守れ! 後方にも警戒を怠るな!」
剣を振るうアルフリクの檄が飛ぶ。
脱出路を求めて、横穴を進んだウィルたちは魔物からの襲撃を受けていた。
スケルトン。白骨死体が動き出した魔物で、遺跡などでたまに目撃される。
その場で息絶えた冒険者たちの遺体に、魔力の澱と負の感情が染み付き、動き出したものと言われている。
知られているスケルトンは、生前の戦闘技術や、剣などの装備をそのまま受け継いでいる者が多く、危険な魔物とみなされているが、ここに現れたスケルトンたちはそうではなかった。
身のこなしはたどたどしく、武器や鎧は身につけていない。
「そらっ!」
素手で殴りかかってくるスケルトンの拳をひょいと躱し、ウィルは右手に持った剣を振り抜いた。
その刃はスケルトンの背骨を断ち切り、上半身と下半身を泣き別れさせる。
地面に落ちた上半身とバランスを失った下半身は、いまだカタカタと動いているが、もうこちらに危害を加えることはできないだろう。
ウィルは念のため、両肩に剣を叩きつけ腕を切り離した。
スケルトンのやっかいな所は、肉を持たないということだ。彼らは斬られた痛みで怯むということがない。
また、すでに死んでいるため、絶命によって動きを止めることもない。
無力化するには、骨自体を破壊し動けなくすることが必要だった。
硬い骨を断ち切るには、それなりの力と動きがいる。
隙も生まれやすく、肉を持つ生物との戦いと比べて慎重な立ち回りを強いられた。
「はっ!」
フローラの手甲がスケルトンの顎を砕き、続いた回し蹴りが本体を吹き飛ばした。
壁に叩きつけられたスケルトンは衝撃でバラバラになり、動きを止める。
残心で周囲を警戒したフローラに、新たなスケルトンが挑みかかる。
フローラは骨の拳を右の手甲で受け止めると、左手でスケルトンの手首を掴み、ぐいと押し込む。バランスを崩したスケルトンの胸骨に魔力を込めた正拳突きを叩き込んだ。
しかし、その直後、背後から別のスケルトンに掴みかかられる。意外に強い力で両肘を抑えられ体をそのまま持ち上げられてしまう。
男性と比べて少し小柄なフローラは、足が地面から離れてしまった。
「く、まずい」
カタカタと笑うような音を出したスケルトンのさらに背後に、ゆらりと大きな影が現れる。
「でええええい!」
影が繰り出した斬撃に、頭頂から股間までを切り抜けられ、スケルトンは左右にゆっくりと別れていった。
まだ肘に絡みつく骨の手を払いのけ、フローラが振り返るとそこに立っていたのはアルフリクだった。
「背後にも気を配って戦え。敵の数が多い時はなおさらな」
「あ、はい!」
「まだ、敵は残っている。油断するなよ」
そう言うと、アルフリクは次の標的に向かって歩いていった。
フローラも目に入ったスケルトンを止めるべく、駆け出した。
「これで終わり!」
ウィルの斬撃がスケルトンを斜めに切り裂いた。がしゃりと落ちた骨が地面にぶつかり動きを止める。
あたりにはもう動く敵はなく、今のが最後の一体だった。
◇
「よし、少し移動して休憩だ。こいつらがまた動き出してはかなわんからな」
アルフリクは指示を出し、一行に休息を取らせることにした。
休憩とは言っても補給食などがあるわけではない。できることといえば腰を落ち着け、体を休めることくらいだ。
「さっきは、ありがとうございました」
小さな岩に腰掛けて、体を休めていたアルフリクに声がかけられた。瞑っていた目を開け、見上げると、そこに立っていたのは先程の魔族の少女だった。
「かまわん。戦力が減っては困るからな。お前を助けるのは自分や聖下のためだ」
「それでも、助けてもらった事実は変わりません。ありがとうございます」
「ああ」
再び目を閉じ、回復に努めようとしたが、目の前の気配は動こうとはしなかった。
「あの」
「なんだ」
「隊長は魔族が嫌いですか?」
顔をあげて少女を見る。少し影がかかり、少女の表情は伺い知れなかった。
「なぜそんなことを聞く」
「いえ」
「……私は貴族であり、聖騎士だ。どちらも国と国民を守るために存在している。帰化しているのなら、魔族だろうがエルフだろうが、そこに変わりはない。それだけだ」
「そうですか」
少し俯いた少女の顔に、誰かの灯の魔法具の光が当たる。
まだ幼いその顔はどこか見覚えのあるものに思えた。
「………」
「なにか?」
「いや、昔見た魔族の少年に似ていると思ってな」
「魔族にお知り合いがいたんですか?」
「知り合いというほどでもない」
「どんな、方だったんですか?」
アルフリクは目についた小石を拾い弄ぶ。
「王都でテロを起こした少年だ。護送の任務でな。だが、途中で少年を奪還しようとした彼の仲間からの襲撃に遭い、成り行きで私は彼を殺めてしまった。裁判を受けても結果は変わらなかったかもしれんが、それでもかわいそうなことをした」
少女の息を飲むような音が聞こえた。
「どうした?」
「いえ……」
「そうか、犯罪者に似ているなどと、考えれば失礼なことを言った。許してくれ」
「いえ、あの……失礼します」
少女は立ち去った。
アルフリクはフローラの態度を気にすることなく、再び目を閉じ休息に専念した。
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