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【第二部 神の残影】境界のウィル ~王都の騎士団に拾われた少年は、自分が何者かを知らない~  作者: 文木あお
第二部 神の残影

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第53話 アウレクスの霊廟2

 長い階段の底に降りると、そこは開けた空間になっていた。

 ジメジメとした湿気とカビの匂いが鼻につく。

 階段を降りる途中、外の光が届かなくなったあたりで、騎士たちは光源の魔法具を使い視界を確保していた。光が当たった壁はじっとりと濡れているのが見て取れる。

 かろうじて光が届く天井はかなり高い位置にあるようだ。天井に天井画が描かれているのはわかるが何が描かれているのかはよく見えなかった。

 階段の反対側は魔法具の光も届かず、暗闇に包まれている。

 おそらくここは大きな通路になっているのだろう。この暗闇の先に目指すアウレクスの墓所があるはずだ。


「全員降りてきたな? 打ち合わせの通り隊列を組め」


 ヘレワードの指示をうけ、騎士たちは打ち合わせで決めた配置についていく。ウィルたちも隊列の最後尾に陣取った。護衛対象である国王や教皇たちも所定の位置についたようだ。


「全隊進め!」


 掛け声を合図に編隊が進んでいく。しんとした空間に足音だけが響く。


「気持ち悪い……」


 ウィルの前にいたリンがこぼした。それはウィルも感じていたことだった。

 洞窟など、あまり生き物がいない場所では漂う魔力が代謝されず滞留し続ける。長く一つ所にとどまった魔力は、吸収すると独特の風味を感じることがあった。その土地の念、負の感情のようなものが感じられるのだ。

 一説によれば、魔力を代謝した生き物から感情が染み付き、それが溜まることで徐々に濃度が高まっていくと言われているが、正確なところはわかっていない。

 ウィルも過去に父と訪れた場所で、魔力に気持ち悪さを感じたことがあった。この霊廟でもそれと同じことが起こっているようだ。

 そしてそれは、ただ気持ちが悪いというだけにはとどまらない。


「現れたぞ! 各自持ち場を離れるなよ!」


 暗闇の中に気配が生まれていた。不定形の何かがゆっくりとこちらへ向かってくるのが感じられる。

 先頭の近衛騎士たちが左右に展開し、平たく潰れた五角形のような配置を取る。各々が魔剣術(アルママギア)を発動させ、淡い光が騎士たちの手元で輝いた。

 光の届かぬ暗がりの中から突然何かが近衛騎士たちに襲いかかる。騎士たちが咄嗟に掲げた光の剣に弾き返され、襲撃者は再び暗闇の中へ逃げ込んだ。

 ファントム。魔力の凝集体であるこの魔物はここのような魔力が滞留している場所でよく現れる。

 滞留し濃度が高まった魔力が、染み付いた負の感情によって意思を得て人や生き物に襲いかかるようになるのだ。

 ファントムは純粋な魔力の塊のため、魔法で撃ち落とすか、魔剣術(アルママギア)をかけた武器で切り払うのが対処する方法だが、暗闇の中に逃げ込まれると、どこを狙えばいいのか、そしていつまた襲いかかってくるかわからなかった。

 騎士たちは次の攻撃に備え、剣と盾を構えながらあたりを伺っている。


「リン、頼む」


 メアウェンが後からリンに声をかける。「わかった」と頷いたリンは祝歌(ソングァ)を歌い始めた。

 リンの求めに応じ、光の珠が頭上に現れる。光の精霊である、灯の子ウィル・オー・ウィスプだ。

 ウィル・オー・ウィスプはキュウと鳴き声のようなものを発するとその体からまばゆい光を発した。

 魔法具とは比べ物にならない光量は、ウィルたちがいる空間すべてを照らしだす。


「おお、なんと明るい! これならば遅れは取らんぞ!」


 視界が明るく遠くまで見通せることに、騎士たちが口々に驚きの声を漏らす。

 騎士たちの視線には、驚き、ぐるぐると不可思議な動きを繰り返すファントムたちの姿がはっきりと捉えられていた。半透明の塊が、赤や黄色など様々な色に目まぐるしく変わっている。


「どうやら我々の分も用意されているようだぞ」


 最後尾のメアウェンが背後を振り向きながら不敵に笑う。

 ウィル・オー・ウィスプの灯によって、後方や左翼右翼に潜んでいたファントムたちが見て取れた。

 自分たちの優位性が崩れたことを認識したのか、ファントムたちが一斉に襲いかかってくる。

 敵は護衛の数よりも多かったが、ファントム自体の強さはそれほどではない。位置さえわかれば鍛え抜かれた騎士たちの敵ではないのだ。

 次々とやってくるファントムを護衛たちは一つ、また一つと切り捨てていった。


「でええい!」


 ウィルが自分に向かってきたファントムを切り裂くと、不定形の魔物は放散するように姿を消していく。次に備え、視線を走らせるが新たなファントムはもう見当たらなかった。今のファントムが最後の一体だったらしい。


「負傷者はいないか?」


 ヘレワードの声が聞こえる。近衛騎士団も聖騎士団もすでに戦闘を終えたようだ。傭兵騎士団の五人はまったくの無傷だった。他の団でも手傷をおった者はいないようだ。


「陛下、聖下、進軍を再開します」


 ヘレワードが(ひざまず)き、アーブリス二世とレオフに報告する。

「うむ、頼む」と国王が返す横で、教皇も頷く。


「隊列を整えろ。全隊進め」


 再び護衛団は長い通路を進みだした。目指すは通路の終点、灯が漏れる通路の出口だ。



    ◇



 通路の出口をくぐると、丸い部屋になっていた。

 照明の類は見当たらないが、部屋は明るく保たれている。

 ウィルは警戒して部屋を見渡したが、ここにはファントムはいないようだった。

 代わりに目についたのは巨大な神像だ。広場にあったものと同じアウレクス神像だが、ここのものは少し小ぶりで翼も生やしてはいなかった。

 神像は部屋の中央に鎮座し、一行を上から見下ろしている。

 神像の台座には直方体を半ばで斜めに切り落としたような石碑があり、何か文字が刻まれているようだ。


「陛下」


 近衛騎士団長のヘレワードが国王の前に(ひざまず)き何かを差し出す。

 白銀に輝くそれは王家の紋章が入った短剣だった。


「ここは第一の間だ」


 ウォーデンブラウン公がウィルたちのそばに来て小声で教えてくれる。


「第一の間では血筋が問われる。アウレクス神の血脈に連なる者か試されるのだ」


 短剣を受け取った国王が進み出る。

 国王は石碑の前に立つと、右手に持った短剣を左手の親指に押し付けた。鋭い刃が一筋の傷をつくり、滲み出た赤い血が丸い珠になる。

 国王はゆっくりと親指を石碑に押し付けた。親指を中心に波紋のように光が石碑を走る。

 ガコンという音とともに、神像の背中側の壁に出口が開いた。


「ああして石碑に血を垂らし、陛下がアウレクス神の血筋であることを証明するのだ。つまりここは陛下がいなければ通れないということになる」

「公爵様」


 ウィルがウォーデンブラウン公に声をかける。


「もし、陛下がいなかった場合はどうなるんですか?」


 公爵は少し考えるそぶりをしたあと、アゴで神像を指し示す。


「ウィル、君はあれの仲間と戦ったことがあったんじゃないか?」

「あ」

「はは、そういうことだ」


 隊列を組むべく、公爵は出口に進んでいった。

 ここの神像も広場にあったものと同じく、守護者として動き出すということだろう。

 ウィルは国王に感謝した。護衛にすぎないウィルが感謝するのは我ながら変な感じはしたが、なんであれ、また神像と戦うのはごめんだったのだ。


「ウィル、いくぞ」

「ああ」


 メアウェンとともに、ウィルは出口を抜けた。

 出口の先は先程と同じ広い通路になっているようだった。

 リンがふたたび祝歌(ソングァ)を歌い、ウィル・オー・ウィスプを召喚する。

 ファントムたちがその姿を暴かれ、右往左往していた。


「ここにもいるか。全員抜刀! 気を抜くなよ」


 ヘレワードの命令に騎士たちは各々剣を構える。

 ファントムたちを蹴散らしつつ、一行は通路を進んでいった。


「さっきのが第一の間だったから、ここは第二の間ってこと?」

「きっとそうね」


 ウィルのつぶやきにリンが答える。通路を抜けた一行は第一の間と同じような円形の部屋に来ていた。ここにも、神像と石碑があった。


「今度は何を試すんだろ」

「第一の間は血筋だったよね」


 セオルが腕を組み考えている。その隣でウィルは神像を眺めていた。ここの神像にも翼はない。

 そもそも、アウレクスの翼とは何なのだろうか。

 ウィルの翼は元々もっていた触手が変化したものだ。外街(そとまち)のラウ爺によると、ヴェトスの族長家の力らしいが、どこの家のものなのかはわからない。ウィルが自分の出自を知らないためだ。

 アウレクス神は生前から翼を持っていたらしい。教会の司祭が教えてくれた。つまり、神になって手に入れた力ではないということだ。しかし、この大陸に背に翼をもつ人族は見つかっていない。

 そして目の前にある翼の無い神像。

 アウレクス神もウィルのように翼を出したり消したりできたのだろうか。

 アウレクス神は人間の神なので、ヴェトスであるウィルの信仰の対象にはなり得ないのだが、自分と同じような特徴を持つこの神に、ウィルは興味を抱いていた。

 ふと見ると、石碑の前に人が立っているのにウィルは気づいた。教皇レオフだ。


「何を試されるかわかったかな?」


 再びウォーデンブラウン公が近づいてくる。セオルが考えているのを見ていたのだろう。


「ひょっとして、魔力、ですか?」

「そのとおりだ」


 公爵が頷く。


「正確に言うと、魔力と信仰だな。教皇聖下が祈りを込めた魔力を流し、それが審判される」


 教皇は祈りの言葉を唱えると、両手に魔力を込め石碑にそっと触れた。

 教皇の手を中心に光の波紋が広がる。

 ガコン、と音がする。しかし、先程と異なり新たな出口は現れなかった。


『教皇よ。そなたの信仰、しかと受け止めた。しかし――』


 (ひざまず)いていた神像がゆっくりと起き上がっていく。


『この場にいてはならん者がいる。なぜ連れてきたのだ!』


 ただならぬ出来事に一行へ緊張が走る。その中でウィルとフローラが咄嗟に飛び出した。


『なぜ、余の前にヴェトスを連れてきたのだ!』


 神像の固められた拳が、教皇に向かって振り下ろされる。


「聖下!」


 アルフリクの叫ぶ声が聞こえる。神像の拳がレオフを砕く寸前、ウィルが教皇に体当たりをして弾き飛ばす。さらにフローラの突き出した拳が神像の拳を捉え、その軌道を変化させた。拳は誰もいない床に突き刺さる。


「聖下! お怪我はありませんか!」

「ウィル!」


 アルフリクやバッダ、聖騎士の一人が倒れている教皇に駆け寄る。

 ウィルのもとにもリンとセオルが駆け寄った。


「ウィル! リン! セオル! フローラ! 君たちはそのまま教皇聖下の護衛につけ!」


 メアウェンからの指示が飛んでくる。


「近衛騎士たちよ、陛下と閣下をお守りするのだ!」


 ヘレワードの指示に従い、近衛騎士たちが国王と公爵の周りを固める。

 アルフリクはバッダの護衛に一人聖騎士を残し、残りの聖騎士に神像に向かうように命じた。自らは教皇の護衛に残るようだ。


「メアウェン! 我らで神像を止めるぞ!」

「は! 聖騎士たちは我らの援護を頼む!」


 ヘレワードとメアウェンが剣を抜き放った。


「そちらにはいかせん!」


 メアウェンの拳に魔力が集中されていく。

 教皇に向かって歩き出した神像に、メアウェンは魔力矢(サジッタ)を打ち放した。

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Xやってます。

@fumikiao

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