第52話 アウレクスの霊廟1
その大聖堂の中にある一室には、多くの人が滞在していた。
室内にいる人々は言葉を発することなく、定められた時間になるのを待っている。
外からは部屋の静寂を上書きするかのような、笑い声や話し声が聞こえてくる。大聖堂前広場に集まっている人たちのものだろう。
今日は大聖祭の日。王都に住む人々にとって、年に一度のお祭りの日だ。街には多くの露店が出店され、広場では芸人たちが渾身の芸を披露している。楽しそうに笑う子どもたちの声がひときわ大きく響いた。
外の歓声とはうって変わって、部屋には緊張感が立ち込めていた。ここは護衛たちの控室なのだ。
きらびやかに輝く、黄金色の鎧を身にまとった近衛騎士団が五人、清廉な白銀色の鎧の聖騎士団が六人、そしてウィルたち傭兵騎士団が五人。これが今回の護衛団の総数となる。
聖騎士団のみ一人多いのは、国王と教皇の護衛の数に差がありすぎると、ねじ込まれたらしい。今回傭兵騎士団は教皇の護衛の名目で参加しているのだが、聖騎士団からは国王派として見られているようだ。
部屋には各騎士団の隊長格を除く十三人が待機していた。
ウィル、リン、セオル、フローラの四人は部屋の重々しい雰囲気に押しつぶされそうになっている。部屋の隅に集まり、あまり目立たないようにしていた。
(ねえ、空気が重いよ)
(仕方ないでしょ。我慢してウィル)
こそこそ話すウィルとリンを近衛騎士の一人がギロリと睨みつける。慌てて二人は口を閉じた。
各騎士団の中は険悪というわけではないのだが、それぞれ縄張り意識や考え方の違いというのはどうしてもある。
特に近衛騎士団と聖騎士団は、国王派と教会派の尖兵としての自負があるため、和やかにというわけには行かないようだ。
また、両団とも貴族階級で構成されているため、平民の傭兵騎士団を下に見ている節もある。
王都を代表する三騎士団ではあるが、手を取り合ってということにはならないのであった。
「全員揃っているな」
部屋の扉から、三人の男女が入ってくる。
先頭で口を開いたのは、近衛騎士団団長のヘレワード・オースウォード伯爵だ。黄金に輝く鎧を身にまとう彼は、四十一歳、オースウォード伯家が初めて排出した近衛騎士団長だ。
その後ろには聖騎士団の隊長である、アルフリク・エアドウルフ一代男爵、そしてメアウェンが続く。
「護衛団の配置が決まった。ここへ集まってくれ」
ヘレワードが机を二つほど繋ぎ、その上に遊戯盤の駒を置いていく。この場は隊長格の中で一番爵位の高い彼が仕切るようだ。
「先頭は我ら近衛騎士団が務める。貴人を守る盾となる役割は我々近衛騎士団の本分だ。その後ろに国王陛下と教皇聖下、公爵閣下と司教殿が続く」
ヘレワードが駒を順番に並べていく。騎士の駒を五角形の形に並べ、その後ろに王の駒と僧の駒を二つずつ置いた。
今回、護衛団の他に見届け人として、ウォーデンブラウン公爵とバッダ司教が随行する。これは儀式が滞りなく執り行われたか見届ける役で、通常は後継者を除いた側近の者が務める。
国王側はウォーデンブラウン公爵が、教皇側はバッダ司教が選ばれた。
王太子やキネムド枢機卿は後継者とみなされるため、随行はしない。
「その左右に聖騎士団六名が護衛につく」
国王と教皇、側近で作られた四角形を挟むように、左右に三つずつ騎士の駒が置かれた。
「最後に殿は傭兵騎士団に務めてもらう」
ヘレワードが駒を掴もうとするが、すでに騎士の駒は使い切ってしまったようだ。代わりにヘレワードは兵士の駒を並べていく。
セオルはメアウェンの顔色を伺ったが、特に変わったところはなかった。
護衛対象を前後左右から挟む形で騎士たちが配置され、何があっても対応できる形になっている。
「部隊内での配置は各隊長に任せることになった。それぞれ部下に指示してやってくれ。私からは以上だ」
ヘレワードはそう言うと近衛騎士団の下へ歩いていく。前衛内での各員の配置を決めるのだろう。ウィルたちのもとへのメアウェンがやってきた。
「さあ、我々も配置を決めるぞ」
借りてきた五つの駒をメアウェンは並べていく。
「傭兵騎士団は前に二人、中央に二人、最後に一人の配置でいく。まず前の二人だ。ここはリンとセオルが務めてくれ」
二人の顔を交互に眺めメアウェンは言った。リンとセオルは引き締まった顔で「はい!」と答える。
「何かあった場合、君たちは公爵閣下と司教殿の護衛につくんだ。お二人から離れてはいけない」
「わかった」
「次に中央の二人は、ウィルとフローラだ。君たちは魔物が現れた場合にそれと戦う役目を果たしてもらう。いいね?」
「はい!」ウィルとフローラの返事が響く。特に近距離戦闘の得意な二人だ。問題はないだろう。
「最後の一人は私だ」
一番うしろに駒を一つ置く。護衛団の配置は次のような形になった。
ア聖聖
近近教 司セフ
(前)近 メ(後)
近ヘ王 公リウ
聖聖聖
近=近衛騎士、ヘ=ヘレワード、
聖=聖騎士、ア=アルフリク、
教=教皇レオフ、王=国王アーブリスⅡ世、司=司教バッダ、公=ウォーデンブラウン公爵
セ=セオル、フ=フローラ、リ=リン、ウ=ウィル、メ=メアウェン
近衛騎士団の団長のヘレワードは国王の直前、聖騎士団の隊長のアルフリクは教皇の隣に陣取るようだ。
「メア、メアは国王様や教皇様から遠い位置でいいの? 他の隊長はすぐそばにいるみたいだけど」
配置をみて疑問に思ったのか、ウィルがメアウェンに尋ねた。
「ああ、あの二人がいれば十分だからな。ヘレワード様もアルフリク殿も騎士団の中で随一の力の持ち主だ。私がいなくても大丈夫さ。それに、何が来ても私が出て蹴散らしたほうが早く済むだろう?」
「そりゃそうだろうけど」
自信ありげに笑うメアウェンに、いいのかなという表情のウィル。名より実を取るメアウェンらしいと言えた。
「みなさま、そろそろお時間です」
案内役の僧侶が姿を表し声をかける。いよいよ、国王たちとともにアウレクス霊廟へ潜るときが来たのだ。
「君たちは強い。それに絆も深い。お互いを信じ、自分たちの役割を果たすんだ。窮地の仲間がいれば必ず助けること。いいね」
「はい!」
メアウェンの言葉に四人の返答が揃って響き渡り、驚いた聖騎士たちがこちらを見ている。
「よし、では行こう」
メアウェンを先頭に四人は大聖堂広場へ向けて部屋の扉をくぐった。
◇
大聖堂前はかなりの人出だった。中央の神像の台座前に式典用の区画が用意され、それを取り囲むように人だかりができている。
王都中の人が訪れているのか、ぽっかりと空いた台座周りの空間以外は人で埋め尽くされていた。出遅れた一部の人はベオルスリック大通りに溢れ、広場に入れずにいる。
キネムドは広場の一角に設けられた貴賓席から、人々を見渡していた。多くの人々が国王と教皇のお出ましを今か今かと待っている。
自分に向けられていない人々の期待の眼差しを、キネムドは笑みを浮かべながら見る。端から見れば慈愛に満ちた微笑みを湛える聖人に見えただろう。
それは間違いではない。キネムドの行動は民のため、人々が幸せに暮らすためにキネムドはこれまで働いてきたのだ。そしてそれは今日も、これからも続く。特に明日からはより精力的に働くだろう。
大きな歓声が上がる。大聖堂の入口から国王と教皇が姿を現したのだ。
人々は口々に国王と教皇の名を呼び、「ルクシート……」と祈りの言葉を口にする。
もうすぐだ。今日の式典ののち、キネムドは教皇になる。霊廟では不幸な事故が起こり、現教皇レオフは殉教者となるのだ。
今目の前の人々の熱狂を見るように、レオフは人気のある教皇だ。人々は悲しむだろう。しかし、それは未来の幸せのための必要な痛みだ。キネムドが教皇となり民を導く。幸せを掴むために神が与えた試練なのだ。
そう、神が与えた――
キネムドがまだキンスタン公爵家の公子だった頃、屋敷に与えられた自らの私室で、キネムドはその声を聞いた。
『ヴェトスは魔の者である。魔を滅せよ。国を脅かす魔を滅せよ』
声はキネムドの体を頭頂からつま先まで貫き、驚いたキネムドは尻もちをついた。
その神々しさ、力強さ、まだ若き心は確信した。これは神の、アウレクス神の啓示であると。
両目から涙をあふれさせ、キネムドは五体投地で祈り、そして誓った。自らに与えられた使命を果たすのだ、と。
それからすぐにキネムドは家を出た。聖騎士団に入ることも考えたが、与えられた使命は一騎士の身分では到底なし得ないことだ。民を、国を動かす立場にならなければならない。家にいてもそのままでは爵位は一代男爵となり、得られる地位もできることも限られる。
公子とはいえ、非嫡子では国の中枢には入り込めない。であるならば、いっそ。
こうして、キネムドは貴族の身分を捨て、出家した。
僧籍を得たキネムドは懸命に働き、大司教にまで上り詰めた。その力で一度は国を動かし、ヴェトスの国へ攻め込むことができた。その地で秘すべき神の真実を隠滅することにも成功した。しかし、ヴェトスの殲滅までは達成できなかったのだ。
その一因はやはり教皇レオフである。慈愛の教皇と呼ばれる彼の者は、あろうことかヴェトスを難民として受け入れることすら口にした。
このままでは魔に国が侵食されてしまう。神の使命を果たすには、教皇といえど障害は排除しなければならない。そして自らが教皇となり、すべてを掌握する力で使命を成し遂げるのだ。
神のため、そしてそれは民のため。
成就の時は目の前に迫っている。
◇
広場では国王の演説が終わり、式典は最後の儀式に移ろうとしていた。
人々の歓声を浴びながら、ウォーデンブラウン公が台座に歩み寄る。懐から取り出した霊廟の鍵を台座の鍵穴に差し込んだ。
次にバッダ司教が魔力を込めた祈りの言葉を唱える。魔力の流し方に秘技があり、ただ言葉を口にするだけでは役目は果たさない仕組みになっている。
国王が保有する霊廟の鍵と教会に伝えられる祈りの言葉の二つが揃わないと霊廟は開かない。
建国の祖であり、国を守護する神の霊廟にふさわしい封印と言えるだろう。
重々しい音とともに台座が後にずれていく。本来その上にはアウレクス神像が鎮座しているはずだが、先日の事件で失われたままになっている。その巨大さと、仕込まれた魔法具としての役割を果たすものを新たに建造するには時間が足りなかったのだ。
台座があった場所には空洞が開き、地下へと続く階段が現れた。この先、王都の地下に建造されたアウレクス霊廟の入口だ。
歓声を体に浴びながら、近衛騎士たちを先頭に次々と一行が階段の奥へと入っていく。
ウィルは場違い感を感じながら、自らの順番を待っていた。
自分はヴェトスといういわば余所者なのだ。任務とはいえ、エンリック王国の建国王の祭りの場にふさわしくないのではないか。周囲の熱狂が大きくなればなるほど、そういう考えが頭をもたげてきていた。
貴人たちが階段を降り、そのあとに続いて聖騎士たちが霊廟に入っていく。次は自分たちの番だ。
「陛下と聖下を頼んだぞ! 傭兵騎士団!」
「俺たちの代わりに守ってくれよ!」
「魔族の力、見せてくれ!」
その声は自分たちに向けられたものだ。ウィルも当然そこに含まれている。
余所者じゃない。王都の民たちはウィルのことを受け入れ始めていた。
(やらないと。この人たちの期待に応えるために、ヴェトスの皆の境遇をよくするために)
ウィルは決意を新たにし、霊廟へ足を踏み入れていった。
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