第48話 暗殺の計画
国王との謁見が終わり、小広間を辞したメアウェンたちは王宮の廊下を歩いていた。
国王と歓談ができたウィルとリンは上機嫌だが、メアウェンとアルドは渋い顔をしている。
「こんなことになるとは」
「なっちまった以上は仕方ねえ。なんとか対応するしかねえさ」
教会内の政争。内々でやるならともかく外部まで影響を及ぼすのは勘弁して欲しい。
自分だけならまだしも、ウィルまでそれに巻き込まれたのはメアウェンにとっては痛恨の思いだった。
「なんとかなると思うか?」
「案外なんとかなるんじゃねえかと思ってるぞ、俺は」
心配するメアウェンと反対にアルドは楽天的に見ているようだ。
「魔物の話じゃない。相手は聖――強者揃いなんだぞ?」
「俺は負けてねえと思うがな」
アルドは前を歩くウィルとリンを見て言う。
「あいつらはあの大悪霊を倒したんだぞ。暗き霊威なんて、俺だって二度と戦いたくねえ」
「あの場にはフェイもいた」
「っても作戦立てたのはセオルで、倒したのはリンとウィルだったろ。だいたい、フェイの技は悪霊には相性が悪いしな」
そうは言われても安心はできない。暗き霊威も完全なものではなく、成りたてだったはずだ。
「それに、元々の試験だった盗賊もあっという間に制圧したんだろ? 想定の五倍いたんだぞ?」
「盗賊と聖騎士は違う!」
「バカお前、声がでけえよ」
うっかり大声を上げてしまった。メアウェンは慌ててあたりを見回すが人影はない。
「それに神像戦でのあの力だ。聖騎士とやってもウィルは負けないと思うぞ。お前もしっかり鍛えてやったんだろ?」
「それはそうだが……」
「もう少し信じてやれ。チビたちはもう成長して立派な騎士団員なんだ」
「ふむ……」
心配し過ぎなのだろうか。団長として、親として、ウィルに降りかかる災難はすべて自分が払ってやるくらいの気持ちはある。それは同時に、子供を信用しないことを意味するのか。
「ねえ、メア」
前を歩くリンが振り返り声をかけてくる。
「どうした?」
「大聖祭の護衛、私も行くから」
心配の種がまた一つ増えた。メアウェンの家に来た当初はリンはどちらかと言うと、引き止め役だったはずだ。それがいつの間にか、ウィルに常について回るようになっている。メアウェンとしては無茶をするウィルを止めてほしいのだが、まるでウィルを補佐するかのように、リンはウィルについていこうとするのだ。
「人員はまだ決めてない。選ぶのは私だからな」
「いいじゃねえか。いっそ、セオルとフローラも連れていけばいい」
「アルド!」
今のメアウェンにはアルドの発言は無責任に聞こえてしまう。ウィルと同期の彼らはまだ経験が浅いのだ。修羅場を踏むのはもう少し経験を積んだあとでもいいはずだ。
「こいつらは団に入ってからいつも一緒だったろ。下手に他の団員と組ませるよりよっぽど連携が取れる。セオルは頭が回るし、フローラは団で十位に入るほどの実力者だぞ。武器も室内向きで取り回しがいい格闘だ。リンも上位精霊の召喚を会得している。大丈夫だよ」
「むぅ……」
つらつらと理由を言われて納得しそうになる自分がいる。二人の子供を交互に見てみた。自信ありげなリンに、何かあったのかという顔のウィルがこちらを見ている。
なんだその顔は。メアウェンは口からこぼしそうになった。だいたい、ウィルがあんな力を発動させたからややこしいことになっているのだ。さっきも、王の口車に乗せられて自分から参加を表明してしまった。皆のことを考えるのはいいが、もう少し自分の危険にも気をつけたらどうなんだ。
メアウェンはだんだんと腹が立ってきた。
「とにかく、人員はまだ未定だ。人選は検討しておく!」
ピシャリと言うとウィルとリンを追い越し、メアウェンは歩いていってしまった。
「なんかメア怒ってる?」
「ウィル、お前のよくないところだぞ、それ」
そう言ったアルドとリンもメアウェンの後を追う。不思議そうな顔のウィルは置いていかれまいとさらにその後を追って歩いていった。
「で、その教会の反逆者だっけ?」
追いついたウィルがアルドに尋ねる。
「反教皇勢力な」
「それ。誰かわかってるの?」
「ああ、キネムド枢機卿って男だ。教会では教皇聖下の次に位が高い。教会の二番手ってやつだな」
「どんな人なの?」
「教会内での評判はいいらしい。信徒や他の僧職からの人望も厚いってよ」
「そんな人がどうして?」
リンが入ってくる。
「さあな。だが、どういう理由かは知らんが、魔族に対して思うところがあるようだ。その点でやつは穏健派の教皇聖下と意見を異にしている。人魔戦争を主張したのもやつだし、魔族という呼称を進言したのもやつだ。そういや、六年前の難民街での作戦もやつが発端だと聞いたな」
「めちゃくちゃ悪いやつじゃん! なんで捕まえないの?」
ウィルが憤る。
「ウィルの立場から見れば悪人だろうが、王国の法を犯しているわけじゃねえからな。容疑も無しに逮捕はできねえよ」
「でも教皇様に反抗しているんでしょ?」
「それもそう言われているだけで、表立って何かしたわけじゃねえ。枢機卿まで上り詰めた以上、教皇の座を狙ってはいるんだろうが、これまでも違法なことをしてはいねえんだ」
「そっか」
「なんにせよ、ウィルには気をつけたほうがいい相手だな。例の翼のせいで目立っちまったから。目をつけられてるかもしんねえぞ」
「わかった。気をつけるよ」
「遅いぞ、お前達」
王宮の正面玄関でメアウェンが仁王立ちして待っている。
「ああ、今行くよ」
アルドたちは、メアウェンの元へ急ぐ。
「キネムド……キネムド枢機卿か……」
ウィルは何かを感じたのか、キネムドの名を繰り返しつぶやいていた。
◇
「屋敷までやってくれ」
聖騎士団本営敷地内で、アルフリクは馬車に乗り込んだ。
身体に固く力が入り、表情も険しい。息を吐き、背もたれに体重を預ける。しかし、身体に絡みつく重みは消え去ってはくれなかった。
六年前に犯した二度の失態、テロリストの主犯を殺害されてしまったこと、難民街での作戦でテロリストたちの反抗を抑えきれず、大きな被害を出してしまったこと、どちらもアルフリクの指揮下で起こったことで自分の責任だと思っている。
結果、隊長職を解任され、この六年は一聖騎士として様々な任地を転々とすることを余儀なくされてきた。目標であった子爵への陞爵も遠のき、気落ちした日々を過ごす六年であった。
しかし、貴族として優遇されている身であるからこそ、その誇りを支えとしてどんな任務でもしっかりとこなしてきた自負はある。この境遇を儚み、投げやりになることは自分自身が許さなかった。
だからこそ、今日聖騎士団長であるキネムド枢機卿から声がかかった時、アルフリクは期待した。
雌伏のときがついにおわりを迎える。こつこつとやってきたこの六年の仕事が評価され、自分への信用が回復したのだと。栄達に手をかける好機がまた与えられるのだと。
『教皇聖下は霊廟で事故に遭われるのだ』
『事故?』
『アルフリク、お前は失態のせいで冷遇されているが、その能力は低くはないと私は思っている。武芸だけでなく、頭も回る。お前はもっと活躍の場を与えられるべきだ』
『はっ』
『地位を手に入れ、その能力で私を助けて欲しい。そうすれば、私はお前の望みにも応えてやれる。しかし、そのためにはまずやらなければならないことがある。わかるな』
『聖下を……いえ、猊下を教皇の地位へ押し上げろと』
『そのとおりだ。よく理解している。さすがは私が見込んだ男だ』
『しかし、私には理由がありません。ことが明るみになれば猊下に疑いが向くのではありませぬか?』
『お前が直接手を下す必要はない。やって欲しいのは別のことだ。用意した策通りに動けば良い』
『策とは……?』
馬車が制動をかけた揺れでアルフリクは物思いから引き戻される。屋敷に到着したようだ。
(レオフ聖下を弑する……)
自らの手を見つめ自問自答する。アルフリクは聖騎士であり、ルクサウレア教の敬虔な信徒である。そんな自分が、教団の最高指導者で神の代理人たる教皇の暗殺の手助けをする。そんなことができるのだろうか。
アルフリクの信仰と信念がきしみを上げ、もがき苦しんでいた。
「父上、おかえりなさいませ」
馬車の扉が開き、家人が出迎えてくれた。微笑む妻の隣に嫡男であるレオフリクが立っている。礼儀正しく、爽やかなこの青年はもう二十一歳になる。自分の選択次第で、この子は貴族の生活を失う。
陞爵がならなかった場合に備えて、入り婿の先も探してはいるが一代男爵の嫡子など、政治的な価値もそれほど高くなく難航していた。たとえ、婿入り先が見つかったとしても、相手の家では肩身の狭い思いをするだろう。
やはり、自分が子爵となりレオフリクにこのエアドウルフ家を継がせるのが一番なのだ。
まっすぐに育ってくれた息子に、安定した生活をさせてやるためにはどんなことでもする、そんな思いで今日まで生きてきた。
(どんなことでも……か)
身体に宿った重みが形を変え、アルフリクに決心を迫る。
アルフリクは家族に囲まれ、屋敷へと入っていった。
◇
アルフリクに秘密指令を出したキネムドは、聖騎士団本営から大聖堂にある自らの執務室に戻っていた。
アルフリクは真面目で信仰心の篤い男だ。暗殺という非道に手を染められるとは思っていない。嫡男の行く末を思うならあれくらいのことはできるだろうと、キネムドは考えていた。
ならば実行役はどうするのか。レオフが死ななければ話は始まらない。物思いにふけるキネムドの執務室の扉が叩かれた。
「キネムド様」
扉を抜け姿を表したのはバッダ司教だった。相変わらず媚びるような笑みを浮かべ、不快な気分にさせる。しかし、手駒としては十分な働きをしていた。このまま従順についてくるなら後継としての指名をしても良いかもしれない。
「手配はできたのか?」
「はい、問題ございません」
バッダには暗殺者の手配を命じていた。教会と関わりがなく、口を封じても問題がない人物。腕が立てばなお良いだろう。
「暗殺を生業とする者を見つけました。必ず成し遂げられるでしょう」
「腕は確かなのか?」
「本人は多くの経験があると言っていましたが。不安なら試してみますか?」
そう言って笑うバッダの視線にキネムドは何か薄ら寒いものを感じた。
「そ、そうだな。まだ時間もある。何かやらせてみよ」
「かしこまりました。では指示を出してまいります」
バッダは礼をすると、部屋を辞していった。
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