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【第二部 神の残影】境界のウィル ~王都の騎士団に拾われた少年は、自分が何者かを知らない~  作者: 文木あお
第二部 神の残影

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第46話 王宮からの招待

 大聖堂前広場の戦いから数日後の傭兵騎士団本営では、戦いに参加したメアウェン、アルド、ウィル、リンの四人が集まっていた。

 戦いの傷がまだ治りきらないウィルとリンは、訓練や当直を免除され、自宅で療養をしていた。しかし今日はメアウェンに呼び出されて本営にやってきた。

 ウィルとリンが執務室を訪ねると、メアウェンとアルドはすでに待っていた。


「ウィルとリン、招集に応じ参上しました」


 礼儀や挨拶についてはかなりゆるくなってしまっている傭兵騎士団だが、ウィルとリンは正団員になって日が浅いため、このあたりはきちんとこなすようにしていた。もっとも、団長が義理の母ということで、これ以外は甘えた感じになってしまってはいる。


「来たか。二人とも身体は大丈夫か?」


 もちろん、自宅ではウィルとリンの様子は見ているので、二人の状態はメアウェンは知っているのだが、念のための確認というところだ。


「うん、私は普通の生活は大丈夫。訓練はまだ厳しそうだけど」


 リンは先の戦いで肋骨を折っていた。骨折となると、ポーションの治療でもしばらくは時間がかかる。


「俺もまだ運動はしんどいかな」


 ウィルは肋骨に加え、左腕の骨折、背中の打撲、そして腕や足への石羽根による刺傷が酷かった。結構な重症ではあったのだが、戦闘時に野次馬たちが持ってきてくれたポーションのお陰で、傷の治りは順調だった。


「まったく、軟弱だなお前らは」


 メアウェンの隣にいたアルドが意地悪そうに笑う。そういうアルドは特に大きな怪我もなくぴんぴんしていた。神像の魔砲の直撃を食らったはずなのだが。


「ねえ、なんでアルドさんはそんなに頑丈なんだよ!」


 ウィルがふくれっ面で言う。


「鍛え方が違うんだよ」

「ええー」

「ふふ、まあ、アルドはオーガの血が入っているからな。そもそもが頑丈なんだ」

「え、そうなの?」と、リン。

「んん? 言ってなかったか。俺ぁハーフオーガだぞ」


 オーガ族。この大陸に住む人型種族の一つだ。主に漁業によって生計を立てており、筋肉質な者が多い。

 オーガの男性女性共に、平均的な人間の男女よりも頭四つか五つ分ほど大きく、性格も好戦的、生まれながらの戦士と評されることも多い。

 居住地がエンリック王国よりかなり遠く、彼らはほとんど国外に出ないため、王都では基本的に見かけることはない。稀に武者修行を兼ねた冒険者をしている者がいるらしい。


「俺は母親がオーガで、父親が人間なんだ」


 メアウェンよりも十センチ以上高いアルドだが、オーガの中ではかなり小柄な部類に入る。とはいえ、その頑丈な特性は母親から受け継いでいるようで、アルドはなかなか怪我をしない。


「昔から隊の盾役をやってくれていたからな。これがアルドのいいところだ」

「これだけじゃないけどな」


 ふふん、と自慢するようにアルドは笑っている。


「それで、今日はなんの話なの? 身体を動かすような任務はまだちょっと厳しいのだけど」

「ああ、それに関しては部屋で話そうか。団長室へ来てくれ」


 メアウェンの求めに応じて、執務室に隣接する団長室に三人は入った。

 メアウェンが執務机の前に立ち、更にその前に三人が何となく並ぶ。


「実を言うと、私と君たち三人に拝謁のお召しがかかった」

「げ」

「ええ!?」

「ハイエツノオメシ?」


 一人状況が理解できていないウィルに対して、メアウェンは説明をしてやる。


「つまり、国王陛下から会いにきなさい、とご連絡をいただいた、ということだ」

「えっと、じゃあ王宮へ?」

「そういうことだな」


 事態を理解したウィルの顔が青くなっていく。


「ウィル?」

「まだ正団員になって一週間も経ってないのに……」


 一同はウィルが沈んでいる様子を見て不思議そうにしている。


「ウィル、どうした?」

「え、神像壊したこと怒られるんだろ……はあ……」

「ふふ、そういうことか。安心しろ、国王陛下から直々に怒られることなんてないから」

「そうなの?」

「ああ、怒られるときは陛下ではなく、公爵閣下から呼び出されるからな。少なくとも今回は叱責ではないと聞いているよ」

「なんだあ。びっくりした」

「でも、なんでアルドさんもそんな顔してるの?」


 隣に立つアルドを見上げてリンが訊いた。アルドは宙を見つめて嫌そうな顔をしている。


「アルドは王宮が苦手なんだ」

「まあ、王宮というか、な」

「?」

「まあ、当日のお楽しみだ」

「お前……」


 恨みがましい目でメアウェンを睨みつけるアルドの背後で、扉をノックする音が鳴る。


「来たか。入ってくれ」


 扉を開けて入ってきたのはセオルだった。


「お呼びですか?」

「ああ、よく来てくれた。実は傭兵騎士団からウィンステッド商会に発注をしたいんだ」

「はい! 何でも揃えますよ! 何でしょう?」


 発注と聞いて、ささっとメアウェンに近づき笑顔で応えるセオル。腰を落として揉み手までしている。


「セ、セオル……」

「もう、すっかり商売人ね……」

「オスリックの爺さんは何を教えてやがるんだ……」


 商売人モードに変身したセオルをみて、やや三人は引いている。


「あ、ああ。いや、すまない。頼みたいのはウィルとリンの礼服だ。王宮に招集されることになってな。マントは騎士団で用意したものがあるから、中に着るものを上下揃えてもらいたい」

「礼服の上下ですね。かしこまりました。リンの分はドレスにしますか?」

「いや、リンもウィルと同じものにしてくれ。騎士団員として招集されているからな。王宮に行くのは一週間後になるが、間に合うか?」

「わかりました。期間も大丈夫です。ウィル、リン、かっこいいの仕立ててくるから期待してて!」


 グっと親指を立て、ぺこりと一礼するとセオルはあっという間に部屋を出ていった。


「……」

「ま、まあ、セオルもしっかり成長しているということだな。さて、ウィル、リン」

「はい」

「君たちにはこの一週間で王宮での振る舞いを覚えてもらうぞ。陛下や貴族の方々に失礼があってはいけないからな」


 まだ嫌そうな顔をしているアルドにウィルとリンが加わり、三人は嫌そうな顔のまま一礼をし部屋を出ていった。



    ◇



 大聖堂前広場についたエードは、見慣れたものが無いことに違和感を覚えた。普段見上げていたアウレクス神像は無く、ただ台座のみが虚しく鎮座している。

 あの夜、この広場で見た光景はいまだに信じられない。あの石の塊が動き出したと聞いて好奇心を抑えきれなかったエードは、友人と連れ立って、広場に駆けつけた。エードが広場に到着したときは、神像と傭兵騎士団が戦いを繰り広げている真っ最中であった。

 王国最強と言われる騎士団長メアウェン。そのメアウェンと互角に戦えるという副団長アルド、かわいいと噂の新団員のエルフの少女、そして――あの魔族の少年。

 団長と副団長はともかく、新団員の二人には荷が重いと思っていた。ましてや一人は魔族だ。

 しかし、その魔族の少年にエードは命を救われたのだ。少年が身を挺して神像の魔砲を止めてくれなければ、エードは今頃この世にはいなかっただろう。

 それにあの翼。あの神々しさはアウレクス神そのものではなかったか。あの時、名乗っていた彼の名は――


「ほんとに無くなっちまったんだな」


 隣にいた友人のケンの声が聞こえる。彼はあの夜は広場に来ておらず、初めてこの光景を見るのだ。

 呆けた顔で神像のあった場所を見上げるケンの顔ごしに、エードは見慣れぬものが視界に入ったことに気がついた。ガラガラと音を立てて広場を通り抜けるのは、控えめな装飾を施された二頭立ての馬車だった。車体の中央には翼と盾と松明の意匠の紋章が入っている。


「ん、あれ傭兵騎士団の紋章じゃねえか」


 ケンも馬車に気づいたのか、走り去る馬車の方を見ている。


「おい、あそこに乗ってるの、例の魔族のガキじゃねえか? なんで騎士団に魔族が入ってんだよ」


 ケンが馬車を指し、悪態をつく。


「魔族じゃねえ」

「あん?」

「あいつの名はウィルだ。傭兵騎士団のウィルだ。覚えとけ!」

「な、なんだよ」


 戸惑うケンの隣に立つ、エードの馬車を見つめる目には確かに信頼の光が宿っていた。


 ガタガタと揺れる馬車の客室の中で、ウィルはかちこちに緊張していた。セオルが用意してくれた、濃紺のチュニックに白い細身のパンツ、小さく傭兵騎士団の紋章が入ったクロークに身を包み、客室の椅子に腰掛けている。履きなれない革靴の中の足が痛い。


「ウィル、大丈夫? 酔った?」


 ウィルの隣に座るリンが気遣って声をかけてくる。リンもウィルとお揃いのセオルの用意した衣装を身につけている。


「そんなに緊張するな。今日の訪問は非公式なものなんだぞ。正式な作法は必要ないんだから心配ない」


 御者側の椅子に座るメアウェンが笑いながら言う。仕立ての良い新緑のダブレットに黒のホーズに身を包み、磨き上げられたブーツが光を反射させ輝いている。上から纏った傭兵騎士団の儀礼用のマントには大きく紋章が描かれ、同じく紋章の意匠で作られた金の留め金で留められている。


「今からそんなんだと、王宮に入ったらひっくり返っちまうぞ」


 カッカッカと笑うアルドも、メアウェンと同じく新緑のダブレットに黒のホーズ、ブーツを履き、儀礼用のマントを纏っている。留め金はメアウェンのものより少し簡素なものをつけていた。


「いや、でもさあ」

「そろそろ到着します」


 言い訳しようとしたウィルに重なるように、御者を務めていた団員が客室に声をかけてくる。

 馬車はエントランスに入り、王宮の入口で停車した。

 馬車の扉を衛兵が開けてくれる。


「いくぞ、ウィル」


 アルドから扉を抜け馬車を降りていく。


「う、うん」


 ウィルは置いていかれないよう、慌てて後を追った。



    ◇



 王宮の廊下には磨き上げられた石が敷き詰められていた。白と黒の格子模様の床には周りの景色が映り込んでいる。

 白い漆喰で仕上げられた壁は光を反射し、外のように明るい。

 侍従に案内されるメアウェンたちは、こつこつと足音を立てる輝く廊下を歩いていた。


「すっげ」


 王宮に入ってすぐにウィルはそうつぶやいて以降、何も話さずキョロキョロとあちこちを眺めている。


「(もう、ウィル、恥ずかしいわよ!)」


 小声でリンが注意するも、ウィルの耳には届いていないようだ。

 一行は謁見の間の前を通り過ぎ更に進む。今日の拝謁は非公式なものだ。謁見の間ではなく、小広間で行われるらしい。

 控えの間の前まで来ると、二人の人物に出くわした。服装を見るに高貴な身分の者のようだ。


「ハースウィン卿」


 袖の長いゆったりとした濃紺のウプランドを纏い、白い毛皮を身につけている年嵩の男性が声をかけてくる。


「これは、ウォーデンブラウン公爵閣下。ご無沙汰しております」


 メアウェンは深々と頭を下げ、挨拶をする。知り合いのようだ。


「久しぶりだな、ハースウィン卿。彼らが神像と戦った者たちか」

「はい。ウィル、リンヴァリエル、ご挨拶を」


 メアウェンがウィルとリンに促す。


「ウィルです」

「リンヴァリエルと申します。閣下」


 恐る恐る頭を下げるウィルに続いて、リンは堂々と作法にのっとった挨拶をする。


「そうか、君たちが」

「はい、彼らが先日昇格したウィルとリンヴァリエルです」

「ウィル……。彼が例の?」

「そうです。ウィル、リンヴァリエル、この方はウォーデンブラウン公爵閣下だ。傭兵騎士団の資金面や政治面で力を貸してくださっている」

「ウィル、君は魔族と聞いたが本当かね?」


 公爵直々に声をかけられ、ウィルの緊張はピークに達した。かかとを揃え、背筋をまっすぐに伸ばし、大声で返事をする。


「は、は、はい!」

「ふふ、そう緊張せずとも良い。君は傭兵騎士団の信条を知っているかね?」

「信条、ですか?」

「そうだ。傭兵騎士団は身分や出自によらず、高い能力、正しい信念があれば、誰にでも門戸を開く。そういう騎士団だ。出自のせいで王都では色々と言われることも多いかもしれんが、気にせず力を発揮して欲しい。我々は君の能力と人格を信頼しているよ」

「そ……あ、ありがとうございます! がんばります!」


 思わぬ言葉にウィルは深々と頭を下げる。ウィルはここにいることを許されたような気がした。


「リンヴァリエル、君も頼むぞ。若い君たちが力を発揮してくれれば王国の未来は明るくなろう」

「はい、閣下!」


 リンも笑顔で頭を下げる。


「さっきも言ったように、閣下は傭兵騎士団に力を貸してくださっている信頼できるお方だ。閣下の期待を裏切らないよう、心して励んでくれよ」


 メアウェンが二人の肩を叩く。


「信頼とは嬉しいことを言ってくれる。こちらも頼りにしているぞ」

「は」

「あの、お二人のお付き合いは長いのですか?」と、リン。

「む、そうだな。もう何年になるか。私と彼女の父親は古い友人でな。やつに連れられ、よく我が家に遊びに来ていたのだ」

「二十年近くにはなりますね」

「当時のハースウィン卿、メアウェンはこんなに小さくてな。我が娘のエディスのあとをついて回っていたものだ」


 ウォーデンブラウン公は懐かしそうに微笑む。


「エディス姉さまにはよく遊んでいただきました」

「メアにもお姉さんがいたんだ」


 リンが驚いたように言う。彼女にとってメアウェンは強き母そのものだ。その彼女が姉と慕っていた女性はどのような人なのだろうか。リンは会ってみたいな、とこぼす。


「これ、公爵閣下の前なのだぞ。言葉遣いに気をつけなさい。それに軽々しく会ってみたいなどと言うものじゃないぞ」

「かまわん。エディスにもまた必ず会えるさ。私はそう信じているよ」


 まるで今は会えないかのような口ぶりに、リンとウィルは不思議な顔をしている。


「エディス様は今は行方が知れないんだ。十八年前、私が十二歳の時、行幸先で連絡が途絶えて以来な。私も冒険者になってからは方方で消息を尋ねてみたが、結局わからないままだった」

「そうだったんですか。知らなかったとはいえ、不躾なことを言いました。申し訳ありません」


 リンがしゅんとして頭を下げる。それに合わせてウィルも頭をさげた。


「気にしなくて良い。娘は必ず生きておると私は信じているからな。しかし――」


 顔を上げたウィルを公爵がじっと見つめる。


「な、なんでしょう」

「いや、すまぬ。なんでもない。さて、我が友がうずうずしておるようだ」

「そなた!」


 ウォーデンブラウン公の影からもう一人の男性が姿を現す。ウォーデンブラウン公と同じく、ウプランドを纏い、毛皮を身につけている。しかし、こちらの男性は頭の天辺からつま先まで、すべてがピンクで覆われている。ピンクの毛皮はどこから手に入れたのだろうか。ピンク色の獣など聞いたことも無い。


「そなた! ピンクホイッスル卿ではないか! 久しいのう~。会いたかったぞ」

「ピンク?」「ホイッスル?」


 初めて聞いた名前に、誰のことか不思議な顔をしているウィルとリンを通り過ぎ、恰幅の良いウォーデンブラウン公と対をなすような細身の男性は、髭の剃り跡が青く残る顔に笑顔を貼り付け、一行の最後の一人の大男に近づいていく。


「お久しぶりです……」


 苦虫を噛み潰したような顔で返礼をするアルドに、男性はにこにこと声をかけ続ける。


「私はそなたの信奉者なのだ。もっと会いに来てくれて良いのだぞ」

「はい……」

「(この方はローズマントル公爵閣下。傭兵騎士団のもう一人の後ろ盾だ。アルドの家名の名付け親でもある)」


 小声でメアウェンがウィルたちに説明する。心なしかメアウェンは笑いをこらえているように見えた。


「我らは先に王と話がある。ローズマントル公、そろそろ行くぞ」


 アルドに話しかけ続けるローズマントル公に、ウォーデンブラウン公が声をかける。


「ああ、そうでありますな。ではな、ピンクホイッスル卿。近いうちに顔を出すのだぞ」

「では、諸君。後ほどな」


 ウォーデンブラウン公に引っ張られながら、ローズマントル公は手を振り振り、小広間へ入っていった。


「えっと、アルドさんの家名がピンクホイッスルなの?」

「……」

「ああ、私とアルドは騎士爵を拝命しているからな。叙爵のときに家名をつけてもらったんだ。先程のローズマントル公爵閣下がいたくアルドのことを気に入ってな。アルドは直々に家名をつけていただいたというわけだ」


 答えないアルドに代わってメアウェンが説明してくれる。ニヤニヤとこらえきれない笑いが顔に出てしまっている。


「アルド・ピンクホイッスル一代下級騎士爵というのが彼の正式な名前だ。ピンクホイッスル騎士爵閣下と呼んでやるといい。ブフッ」


 ついには吹き出してしまったメアウェンをアルドは横目で睨みつける。


「みなさま、そろそろ」


 侍従に促され一行は控えの間の扉をくぐった。

 一人遅れて後ろからついてくるアルドはぼやきが聞こえてくる。


「だから来たくなかったんだ……」

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@fumikiao

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