第45話 神の翼
「うぉおルぅぉああああアアアアアアっ!」
アルドが全身を使い、雄叫びを上げる。ただの絶叫ではない。自身の身体強化を行いつつ、相手の精神に干渉し常に自身が気になる状態にする。アルドが若い頃に開発したオリジナル魔法だ。アルドはこれを戦吼と名付けている。
アウレクス神像が建物を破壊する手を止め、ぐるりと顔を巡らせる。赤光輝く視線は、巨大剣を青眼に構えるアルドに据えられていた。石像に精神があるのかはわからないが、効果は発揮したようだ。
「アルド! 建物から引き離せ!」
メアウェンの指示を受け、アルドが広場の中央近くへ移動する。神像もアルドを追って中央付近まで移動していく。
「来いよ」
広場中央で待ち受けるアルドは大剣に魔力を通すと、不敵な笑みを見せ挑発する。
神像は右拳を固く握りしめると、大きく振りかぶり、アルド目掛けて撃ち放った。
「オァアアアアア!」
気合一閃、アルドの大剣が自身とほぼ同じ大きさの拳を迎え撃つ。石と鉄がぶつかり合う音が広場に響き渡り、アルドは一歩押し込まれるも気合で踏ん張り耐えた。拮抗した力のせめぎあいが神像の右腕の動きを止める。
「いけえ! メア!」
メアウェンは神像の右腕に飛び乗ると、そのまま肩に向かって駆け上がっていく。軽く振ったメアウェンの片手剣に淡い光が宿った。
「でええええい!」
メアウェンは大きく振り上げた剣を神像の肩口に叩きつける。光の軌跡を残し、メアウェンの剣は神像の肩から脇へ切り抜けた。
胴体との接続を断たれた神像の右腕が重力に引かれ、地面に向かってゆっくりと落下を始める。
「メア! 跳んで!」
リンの声を聞いたメアウェンは落下中の腕を蹴り空中に躍り出た。
(お願いシルフ!)
祝歌で召喚されたシルフの風がメアウェンを優しく受け止め、地面に軟着陸させる。
神像は右腕を失った怒りに身を震わせるが、残った左腕の攻撃はメアウェンではなくアルドに向かった。
「魔法具とは聞いていたが、まさか動き出すとはな」
着地したメアウェンが神像を睨めつけ、驚きの声を漏らす。芸術だけではなく、しっかりと武力としての用途があったようだ。おそらく大聖堂かアウレクス霊廟の守護者としての役割を担っていたのだろうが、なんらかの原因で不具合が起こり暴れているのだろう。
「メア、大丈夫?」
ウィルが駆けつけてくる。
「ウィル、石像とはいえ今の君なら刃は通るはずだ。魔剣術を使っていけ」
「わかった」
「よし、左腕も落としてしまえ」
頷いたウィルは紋様を発動させ、神像に向かって走り出す。背部の二本の触手を伸ばすと、神像の首に巻き付けロープスイングの要領で身体を高く持ち上げる。
「ウィル!」
ウィルの接近に気づいた神像がアルドとの打ち合いを止め、ウィルを掴み取ろうとする。しかしウィルは残った触手の一本を神像の掌に突き刺し、押し留めた。慣性でふわりと浮くと最後の一本を神像の左肩に突き刺す。触手を引き戻す勢いで自らを左肩に引き寄せると、そのまま剣を振るい切り抜ける。
「てえええええい!!」
ウィルはすべての触手を解放すると、切り離された神像の左腕とともに落下していく。地面に激突する寸前、シルフの風に拾われ事なきを得た。
「さて、そろそろ俺の見せ場なんじゃねえか?」
肩に巨大剣を担ぎ、腰を落としたアルドがにやりと笑う。
ウィルが神像に飛びかかったときから、アルドは刀身に魔力を送り込み続けていた。鏡面のように磨き上げられた刃から陽炎が揺らめくように立ち上り、蓄積された力を表すように輝きが溢れ出している。
腰を低くしたままアルドが神像に向かって走り出す。
「いえええええやあああああ!」
神像を通り抜けざまに、アルドは大剣を振り抜いた。
両足の大腿部に一直線に筋が走ると、神像はゆっくりと前に倒れていく。
ドォーンと大きな音と土煙をあげ、神像は地面に倒れ伏した。後には自立する二本の足が残されている。倒れた衝撃のせいか、神像は停止したようでぴくりとも動かなくなった。
野次馬たちから歓声があがる。
「いいぞー! 傭兵騎士団!」
「さすが王国最強の戦士!」
「なあ、あいつ魔族なんだろ?」
「おい魔族! 調子のんなよ!」
歓声と野次を浴びながら、ウィルたちはメアウェンの下に集まってきた。
「なんとかなったな」と、アルド。
「ああ。しかし、まいったな。手足が無くなってしまったぞ。これは……始末書を書かねばならんな」
メアウェンはうんざりした顔をしている。
「でも、なんで動き出したんだろう」
「お昼にメアがこの像は魔法具だって言ってたけど、こういうものだったの?」
ウィルの疑問を引き継いでリンが訊いた。
「いや、私も動く石像だとは知らなかった。おそらく大聖堂か地下にある霊廟の守護の役割があったんだろうが、何か不具合が起こったのかもしれん」
「それで勝手に動き出したのかな」
四人は倒れている神像を見る。神像は静かに横たわっていた。
「お前なんていなくても勝ってたんだからな!」
「傭兵騎士団に魔族なんていらねえんだよ!」
いつの間にか歓声は消え、野次だけが残っていた。心無い言葉に少しずつウィルの顔が曇っていく。
「ウィル、気にするな。君は立派に責務を果たしている。胸を張っていればいい。いつか君の働きを彼らも認めてくれるさ」
メアウェンが野次馬の方に目をやり、ウィルの肩に手を置く。ウィルはにこりと笑い、大丈夫だよと頷いた。
「しかし、どうすんだこれ。片付けるのも大変だろう」
「これは作り直しになるかもしれんな。考えるだけでも頭が痛い」
頭を抱えるメアウェンとアルドの視線の先、神像が僅かに光った気がした。
「……」
二人の目がすっと細まり、つぶさに神像を観察する。
神像の翼の部分が脈動のようにゆっくりと瞬きを始めていた。
「再起動したか。四肢を失った以上、暴れることはできないだろうが」
次第に瞬きの間隔が早くなってきている。
「アルド、ウィル、リン、念のため警戒態勢を取れ!」
四人が武器を構える。瞬きの脈動は更に早く、力強くなり、警戒心を刺激する。
突然、神像の翼が持ち上がると大きく羽ばたき、四肢を失った身体が起き上がった。ゆっくりと地上数メートルのところまで浮き上がっていく。
「アルド! 部隊に命じて野次馬をもっと下がらせろ! ウィル! リン! 油断するなよ!」
アルドが手信号で部下に指示を出す。四肢のない石像が宙に浮かぶ異様な様子を見て、野次馬たちも恐怖心を覚えたのか、騎士団員の誘導に素直に従っていた。
神像は四人を見下ろすように浮かんでいる。淡く輝く翼、先程と同じく赤く光る瞳、それと同じ光が胸に刻まれた亀裂から漏れ出ていた。亀裂の中心が強く弱く瞬きのように光り、外側へ向かって波のように伝わっていく。
どこからか聞こえる低い振動のような不気味な音が、不安を掻き立てる。
「まだ何かしてくるのか」
メアウェンのつぶやきに呼応するかのように、切断された神像の右肩に光る魔法陣が浮かび上がる。左肩、右足、左足と同じものが次々と出現すると、そこからずるりと何かが出た。
「!」
それは海棲生物の手足のように揺らぎ、ぬらぬらと蠢く。焼けたようなオレンジの色に光るそれは太い鎖だった。
「まだ終わりそうじゃないね」
ウィルが再び紋様を発動させる。
神像はウィルたちを睥睨し、力を溜めるように鎖をたわませ、獲物を物色するようにゆらゆら動かしている。
リンは祝歌を歌うために後方へそろりと下がる。
それを狙うかのように、鎖の一本がリン目掛けて射出された。ヘビのようにのたうち、しなりをつけた鎖がリンを襲う。咄嗟のことにリンは硬直し、あわや鉄のヘビがリンの頭を砕くかに見えたその時、
「リン!」
ウィルの触手が鎖を追い、リンに当たる寸前で掴み取る。
触手に引っ張られ、鎖にテンションがかかる。互いの力が拮抗し、鎖はぴくりとも動かない。
神像は更に二本の鎖をたわませ、ウィルとリンに狙いをつける。鎖は二人を打ち倒すべく猛然と飛び出した。
左右から襲いかかる鎖はしかし、二本の剣によって弾き返される。
「うちの若えのにちょっかい出してもらっちゃ困るな」
「我が子に手を出すなら神とて容赦はせんぞ」
メアウェンとアルドはウィルが掴んでいる鎖を断ち切る。鎖にかかっていた力が解放され、大きく跳ねる。残った鎖はざらざらと崩壊していった。
「アルド、もう一度戦吼だ。その間に私とウィルで鎖を無効化する。リンは祝歌で補助してくれ。いくぞ!」
メアウェンが各々に指示を出す。四人は頷くと、与えられた役割を果たすため行動に移った。
「うぉおおおぉるあああああああ!」
アルドの咆哮が響くと、四本の鎖がアルドに向かって殺到する。アルドは大剣を振り回し、踊るように鎖を捌いていく。
「ウィル、鎖の基部の魔法陣を狙うぞ。リン、シルフの風を頼む」
「わかった!」「まかせて!」
リンの祝歌で喚び出されたシルフが風を送り、メアウェンとウィルの身体を宙に浮かせる。そのまま速度をあげ、両肩の魔法陣に向かって飛翔を始めた。
二人が魔法陣にたどり着く直前、神像の翼が強い光を放つ。翼から石羽根が射出され、メアウェンとウィルに襲いかかった。
「くっ」
リンの操作で次々と飛来する石羽根を回避する二人。急発進と急制動を繰り返す動きに必死に耐えている。
直撃は避けられているものの、数が多く魔法陣へなかなか近づくことができない。
「リン! 無茶をしてもいいから! なんとか近づけて!」
ウィルの頼みに頷き、なんとか二人を魔法陣へ導くリン。しかし――
「な、そこからも出るのか」
驚くメアウェンの視線の先に映るのは、大きな魔法陣を顔面の前に展開している神像の頭部だった。
魔法陣に目に見えるほどの魔力が集まり、次第に光球が生まれる。どんどん大きくなる光球を抱えた顔はリンの方に向けられつつある。
「アルド!」
メアウェンが叫ぶ。アルドは眼前の鎖を大きく弾くとリンに向かって走り出した。その後を鎖が追いかけていく。
神像の顔面より遥かに大きくなった光球から、ついにビーム状の魔砲が発射される。
「リィィィィン!」
アルドの声が響き渡る。シルフの操作に集中しているリンは動くことができない。
リンに魔砲が到達する寸前、アルドがその間に立ちふさがる。アルドが咄嗟に展開した盾魔法を叩き割り、魔砲がアルドに直撃する。
「おおおおぉおぉおおおおおお!」
アルドは生の魔力を集中させ、魔砲の圧力に必死に耐える。しかし、あまりに強力な力に耐えきれず、リンもろとも吹き飛ばされてしまった。
「リン! アルドさん!」
シルフの風が消失し、落下を始めたウィルを石羽根が襲う。身体を丸めて致命傷を避けようとするウィルに石羽根が次々と刺さっていく。さらに、引き戻された鎖がしなりをつけてウィルを打ち付けた。
「ぐぅぅうっ」
弾き飛ばされたウィルは石畳に叩きつけられ、跳ねて転がり、野次馬たちの眼前で止まった。
「お、おい、お前……」
野次馬たちは戸惑い、ウィルを見る。ウィルは血にまみれ、体中から石羽根を生やしている。
「――ッ」
野次馬の一人がかがみ込み、石羽根を一本抜き取った。
それを見た野次馬たちが、一人また一人と続く。
「全部抜いてやれ」
「誰かポーション持ってないか!」
抱き起こされウィルの治療が行われていく。そんな群衆に興味を持ったのか神像が魔法陣のついた顔をそちらに向けた。
「戦吼が解除されたからか! まずい!」
地上に降り立ったメアウェンが、アルドたちに駆けつける途中で気づき振り向く。
魔法陣にはすでに光球が生成されていた。
「お、おい、やばいんじゃないのか」
先程、その光球から発射された魔砲を思い出し、野次馬たちは焦りだす。その矛先は明らかにこちらを向いている。メアウェンが魔力矢を放ち注意を引こうとするが、標的は変わらず光球は大きくなっていく。
「に、にげ――」
ウィルを抱え上げ、野次馬の男はその場から逃げようとする。
「……おろして……」
腕の中のウィルがつぶやいた。ウィルは男の腕から逃れると、神像に向かって歩いていく。傷は塞がっておらず、赤い血は流れ出したままだ。
「危ねえぞ! 早く逃げろ魔族!」
逃げ出す野次馬たちの一人が立ち止まり、ウィルに声をかける。
力が入らず膝が落ちるも、ウィルはなんとか立ち上がった。周囲の魔力がウィルに集まってくる。紋様が現れ、ウィルの背部から四本の触手が生える。
「ああぁああぁあああ!」
更にウィルは魔力を集め、紋様が輝きを放つ。ずっ……ずっ、と新たな二本の触手が現れる。
「どうしようってんだ……」
残った野次馬の口から疑問がこぼれた時、ついに神像の光球から魔砲が発射された。
極太のビームがウィルと野次馬たちに向かって突き進む。
「わあああああ! もう駄目だ!」
野次馬たちは頭を抱え、へたり込む。
その目の前に立ちふさがるウィルの背中には、第五、第六の触手が生え、六本になった触手が蠢いている。触手はビンとその身を伸ばすと左右それぞれ三本ずつが融合していく。触手は目を開けていられぬほどの強い輝きを放ち――
光が収まったあとそこに現れたのは、輝く純白の羽毛に覆われた大きな翼を背後に携え、迫りくる魔砲に向かって毅然と立つウィルの姿だった。
ウィルが右手を高く上げると、彼の身体に似つかわしくないほどの大きさの翼が半ばから折れ、ウィルを包み込むようにして魔砲を受け止める姿勢をとる。
間を開けずして魔砲はウィルの翼に着弾し、甲高い音と光を放った。
「ひぃぃぃぃいい」
ウィルの背後にいた野次馬が腰を抜かす。翼に受け止められた魔砲は野次馬たちに影響を及ぼすことなく、純白の盾に吸収されていた。
翼の先端から根本に向かって光の波が走り、根本から光がだんだんと溜まっていく。
魔砲の照射が終わり、光が翼のすべてを満たすと、ウィルは翼を大きく開く。蓄えられた光はビーム状になって、ウィルの正面から発射された。
先程とは逆に神像に向かって、ビームが直進する。神像は成すすべもなく、ビームは胸の中央に着弾、そのまま貫通し、虚空へ飛び去った。
胴体に大穴を開けた神像はしばらく浮遊したあと、目に宿る光が消え地面に落下していく。地面に激突した衝撃で神像はばらばらに砕け散り、完全に動きを止めた。
「な……」
目の前の光景が信じられず、野次馬たちは言葉を発する事ができなかった。
神像の残骸を睨むウィルの輝く翼は、周囲を煌々と照らしている。野次馬たちにはその輝きが大聖堂の奥に安置されている神の像が放つ光そのものに見えていた。
「ア、アウレクス……様……」
つぶやく野次馬の視線は、崩れ落ちた神像ではなくウィルに注がれていた。
感想やリアクション、お待ちしております。
☆☆☆☆☆評価や、ブックマークもぜひよろしくお願いいたします。
Xやってます。
@fumikiao




