第44話 サンドボックス
本エピソードは、2026年5月1日に「第0話 プロローグ」「第6話 ドラッグストア」と共に追加挿入されました。
まだ、「第0話 プロローグ」「第6話 ドラッグストア」をお読みでない方は、先にそちらをお読みください。
一人の夕食を終え、アレックスは自室に戻った。
両親はまだ帰宅していない。
父親も母親も働きにでており、夜遅くなることも多かった。
PCを立ち上げ、ゲームにログインする。
そろそろ、今夜の作戦の時間だ。
集合場所につくと、続々とチームメンバーたちが集まってきていた。
アレックスの所属するチームは世界内でもそこそこの規模のチームだ。
メンバーは数十人に達し、ランキングでも上位を狙える力がある。
今日の作戦はかなり大きなものだ。他のチームと連帯し、ランキング上位のチームの拠点を襲撃する。
今回の作戦にはほぼ全員のチームメンバーが参加を表明していた。
画面がキャラクターたちで埋め尽くされている。
「すげえ! これだけの規模なら絶対に落とせる!」
誰もいない部屋でアレックスは喚声を上げていた。
アレックスがチームに参加して以来、最大規模の人数なのだ。
メンバーの中には著名な配信者もいる。今も、配信を行っているだろう。
ここで活躍すれば、配信で大きく取りあげられることもありえる。
そうすれば有名プレイヤーの仲間入りだ。
アレックスは興奮し、デスクをドンドンと叩く。
『これより敵拠点に向けて進軍する。皆、遅れるなよ』
ゲーム内のチャットでリーダーが指令を発した。
それを受けて仲間たちが画面の奥へ向かって進んでいく。
アレックスも負けじと自分のキャラクターを進ませた。
PCが唸りを上げている。
大量のキャラクターが同時に動き出し、描画による大きな負荷がかかっているのだ。
熱がこもったPCが排熱ファンを全力で回している。
アレックスはちらりとPCを見たが、気にせずゲーム画面に集中した。
敵の拠点が見えてきた。
すでに敵は守りを固め、拠点にこもっている。
画面の右側では今回同盟を組んだ別のチームが拠点に襲いかかっているのが見えた。
『俺たちもいくぞ! 攻撃開始!』
『うおっしゃああああ!』
『いけええええ!』
メンバーの書き込みでチャット欄がものすごいスピードで流れていく。
アレックスも自分のキャラクターを突撃させ、戦いのさなかに飛び込んでいった。
大量の矢が飛び交い、爆弾が投げ込まれる。
爆発の炎が画面を彩り、慣れていないとどこを見ていいかわからないほど、ド派手なエフェクトであふれていた。
アレックスは敵の放った矢を避け、接近戦をしかけるべく走り続ける。
ふと、画面が少しカクつく気がした。
気の所為ではなかった。爆発のエフェクトが画面に表示されるごとに、徐々に動きがおかしくなっていく。
「クソッ」
悪態をつき、だましだましなんとか動こうとするが、カクつきはひどくなっていった。
コマ落ちのように飛び飛びでしか描画されないようになり、ついには固まって動かなくなってしまった。
「おい! なんなんだよ!」
アレックスはマウスやキーボードをがしゃがしゃと動かす。しかし、ゲーム画面はぴくりとも動かない。
「くそが! 再起動だ」
一度ゲームを終了させようとマウスを動かすが、マウスカーソルまでも動かなくなってしまっていた。
「くっ……そがああ!」
いろいろ試してみたが、PCは操作を受け付けなかった。こうなってしまっては強制終了するしかない。
アレックスは諦めて、電源ボタンを長押しする。
ぶつん、と音がしてモニターが真っ黒になった。PCが強制終了されたのだ。
しばらく待ち、再度電源ボタンを押す。
起動画面となるPCメーカーのロゴが表示された。
いつもならこのあとOSのロゴに変わるのだが、なかなかそれがでてこない。
この時間もゲームの中では戦いが進んでいる。
こんなことをしている暇はないのだ。
「勘弁してくれ」
メーカーのロゴのまま動かない画面を見つめ、アレックスは指をトントンとデスクに打ち続けた。
イライラが募る。
「なんなんだよ!」
足元にあったゴミ箱を蹴り倒した。入っていたゴミが床にぶちまけられる。
結局、PCが立ち上がりゲーム内に復帰できたのは二十分後だった。
◇
ゲームに戻ると、すでに戦いは終わっていた。
敵の拠点は破壊されつくされ、あちこちにブロックが転がっている。
戦いは味方陣営の勝利で終わったようだった。
アレックスはキャラクターを進ませ、勝利に沸き立つ仲間たちに合流する。
その姿を見かけたサブリーダーが声をかけてきた。
『アレックス、お前見かけなかったがどこにいたんだ?』
『あ、いや、PCがフリーズして』
『お前、新しいの買えって言っといただろ』
『いや、でも金ないし
まだ、俺のマシンでもいけるって』
サブリーダーからのチャットが途絶えた。
「クソッ……」
無視されているようで腹がたった。
その場を離れ、壊れた敵の拠点を見て回る。
二人のキャラクターが連れ立って何かをやっていた。
片方は有名な配信者のものだ。
勝利後のインタビューでもしているのだろう。もう一人はおそらく戦いで目立つ成果をあげたのだ。
本当なら自分があそこに居たのに。
恨みがましい目で二人を見ることに耐えられなくなり、アレックスはその場を立ち去った。
『アレックス』
再びサブリーダーからのチャットが届いた。
『俺たちは今日一緒に戦ったチームと合併することにした
ランキングトップを目指して戦っていくことになる
戦いはこれから激しくなっていく
合併でメンバーも充実する
今日程度の作戦で動かなくなるようじゃ、この先ついてこれない
悪いがお前はチームを抜けてくれ』
[チームを脱退しました]
一方的なサブリーダーのチャットに続き、システムメッセージが流れた。
チームを追い出されたのだ。
「うそだろ……」
あっという間の出来事に呆然とするアレックスの視界に、敵をあらわすアイコンが画面いっぱいに広がった。
チームメンバーは味方、それ以外は敵。チームを追い出されたことによって、元の仲間たちは敵と表示されるようになったのだ。
アレックス自身も元の仲間たちの画面では、敵と表示されているはずだ。
このゲームは味方には攻撃できないが、敵となったならば攻撃することができる。
戦いをテーマとする世界に集まった連中である。そして目の前に突然現れた敵のアイコン。
元仲間であったなど、連中には関係がなかった。
ドス、と、誰かが放った矢がアレックスのキャラクターに突き刺さる。
直ぐ側にいたキャラクターがすらり、と、剣を抜いたのが見えた。
数十人の敵に囲まれたアレックスは、よってたかって攻撃され、力尽き、倒れた。
遠く離れた地で復活したアレックスのキャラクターは、装備品や所持品、ゲーム内の金も全て失っていた。
「うそだろ……」
先ほどと同じ言葉がアレックスの口から漏れ出る。
何もかも失ってしまった。仲間も、財産も。
「う……ああああああああああああああああああああ!」
アレックスは立ち上がると椅子を持ち上げ、ベッドに叩きつけた。
勢い余った椅子の足が壁に突き刺さる。
怒りに任せて壁を蹴りつけた。
石膏ボードが割れ、足が壁にめり込む。
手近にあったものを投げつける。
だが、どんなに怒っていてもPCには触れなかった。
壊すわけには行かない。型遅れであっても大事なPCだからだ。これだけは失うわけには行かない。
部屋で大声で喚きたてながら、大暴れをしていた。
部屋はもう無茶苦茶になっている。PC以外は。
「うるさいぞ! アレックス!」
ドアを開けて入ってきたのは父親だった。帰宅していたようだ。
部屋の惨状を見て少し止まった父親は、中央に座り込み泣きわめくアレックスを見つけた。
「なんだこれは!」
ずかずかと部屋に入り込んでくる。
アレックスは父親がに胸ぐらを掴まれ、立ちあがらされた。
父親から酒の匂いがした。
「うるさいと言っているだろう! 男が泣くんじゃない!」
父親の張り手がアレックスの頬に飛んだ。
アレックスは吹き飛ばされ、壁に激突する。
「夜中に大声で喚くなといつも言ってるだろう! この部屋はなんだ! なんでこんな事になっているんだ!」
父親の声のほうがよっぽど大きいのだが、酔っている父親にそんなことを言うと何をされるかわからない。
アレックスはつまりながらも、今起こったことを説明した。
父親は黙って聞いていたが、踵を返すとそのまま部屋を出ていってしまった。
頬と背中がじんじんと痛む。
なんとか体を起こし、部屋を見渡す。ひどいものだった。
その時、開け放たれた部屋のドアから再び父親が現れた。
手に持っているのは――斧だ。
「これがあるからお前はおかしくなる。シフトも増やさず、真面目に働かない。こんなものがあるからお前はダメになるんだ」
父親が斧を振り上げる。
「なにやってんだ! やめろ! 親父!」
振り下ろされた斧の一撃はデスクの上のモニターを叩き割った。
ショートしたモニターがスパークし、火花を上げる。
「やめろおおおおお!」
アレックスは再び斧を振り上げる父親に体ごとぶつかっていった。
しかし、父親は腕の一振りでアレックスをふりほどく。
父親は工場労働者だ。仕事以外家に閉じこもっているアレックスがかなう相手ではない。
斧が今度はデスクトップPCに叩きつけられる。
黒いボディはひしゃげ、おかしな音を出していた。
さらに斧が振り下ろされる。何度も、何度も打撃を受けたアレックスのPCは割れ、砕け、ばらばらになっていった。
「二度とパソコンなんか買うんじゃないぞ!」
PCを原型を留めぬほどに破壊しきり、父親は斧を持って部屋から出ていった。
アレックスはただ呆然と自分のマシンを見つめていた。
◇
一時間後、父親に投げ飛ばされたときとまったく同じ姿勢だったアレックスは、膝に手をつき立ち上がった。
もう、訳がわからなくなっていた。
怒りの衝動は全身を包み、ずっと体がぶるぶると震えている。
部屋をでて廊下を進む。
立ち止まったのは両親の寝室の前だった。
ノブを掴みゆっくりと開ける。
ベッドには酔いつぶれた父親がいびきをあげて眠っていた。
母親の姿はない。こんな時間までどこに行っているのだろうか。
アレックスはベッドサイドにある小さな物入れの引き出しを静かに開ける。
そこに拳銃があることは知っていた。
銃を取り出し、安全装置を外す。
両手で構えると、銃口を父親に向けた。
父親は眠ったままだ。
手が震え、照準がさだまらない。
「う……あ……あ」
意識せず、喉から音が漏れた。
がたがたと震える銃口は、やがてゆっくりと下を向いていった。
アレックスは肩を落とし、両親の寝室を後にした。
部屋に戻ると、PCとモニターが白煙を上げているのが目に映った。
アレックスは電源プラグを引き抜くと、椅子を押しのけベッドにどさりと腰掛けた。
ぐちゃぐちゃになったPCと部屋が見える。
なぜ、こんな事になった。
いつもそうだ。なにもかもうまくいかない。
なぜ、この世界は俺を痛めつけるんだ。
視線を落とし、右手を見る。
そこには、黒く光る拳銃があった。
「もういい」
何も思い通りにならない世界。
こんな世界はもういい。
アレックスは自分のこめかみに銃口を当てる。
目を閉じ――静かに引き金を引いた。
銃弾はアレックスの頭を貫通し、壁に突き刺さる。
アレックスの頭には大きな穴が残された。
血を吹き出し、アレックスは倒れ込む。
翌朝、母親がアレックスを見つけるまで、そのままだった。
アレックス・ブラウンの生涯はこうしてたった十九年で終わりを迎えた。
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