第44話 アウレクスの石像
風の音が聞こえる。視界に動くものはなく、ひっそりと静まり返っていた。
深夜のルセアル大聖堂前広場には人っ子一人いない。正面の大聖堂は扉をぴたりと閉め、夜間の訪問を拒否していた。
ネクサは忍ぶこともなく、広場を歩いていく。
「アウレクス像。その下に広がるアウレクスの霊廟。当たり前すぎて罠かとも思ったけど」
ネクサはアウレクスの石像の前に立ち、上から下まで眺める。台座の下に入口や隙間のようなものはなく、この下に空間があるなどとは見た目からはわからない。
「鍵と開口の言葉がないと開かなくても、こうすれば」
そう言った次の瞬間、ネクサの姿が掻き消える。
『影渡』、ウンブラリア族のみに伝わる、族長家の力とはまた別の秘伝の術のうちの一つ。半径二メートル以内のどこへでも、または視界内の影に瞬間移動できる技だ。今は太陽が出ていないので、影に飛ぶことはできないが二メートル以内の移動は可能だ。これによって入口を塞ぐアウレクス神像を通り抜けようというのだ。
バチィと閃光が走り、神像から人影が弾き出される。
「ぐぅぁっ」
地面に叩きつけられ、ネクサはうめき声を漏らす。
「魔法障壁も仕込んであったのね……さすがに舐めすぎたか」
上体を起こしたネクサは不穏な空気を感じる。
「なに?」
気配を感じ、見上げたネクサの目に写ったのは両眼に赤光を灯し、ぎこちなく動き始めたアウレクス神像だった。
神像は台座から降りると、振り上げていた拳をネクサに向かって振り下ろす。
咄嗟に立ち上がったネクサは後ろに大きく跳んで、迫りくる石拳を避けた。拳はうなりを立てて石畳を打ち付ける。衝撃で石畳がめくり上がり、砕けた欠片がネクサに飛んでくる。ネクサは両腕で顔を覆って石片から身を守った。
「守護者ってわけね」
侵入は失敗、おまけに守護者まで起動してしまった。今回の作戦は失敗だ。早々に立ち去ったほうがいい。ネクサがそう考えた時、アウレクス神像が飛び出してきた。その巨体に蓄えられた力は想像以上で一瞬のうちにネクサはその腕に捕らえられてしまう。
「ぐぅぅ、離せっ!」
ネクサは魔力を練り、自分を掴む神像の右手に叩きつける。しかし、魔法盾のような処置がされているのか右手には傷一つつかない。
「なんなのよ! もう!」
神像は大通りの終端の建物に向かってネクサを放り投げた。かなりの速度で投げつけられたネクサは建物の壁に激突し、一瞬意識を手放す。
「ん……」
神像は膝をかがめて力を溜めると、ネクサに向かって一気に突撃した。
「む……はっ!」
覚醒したネクサは突進してくる神像を目にすると驚愕の表情を浮かべ、影渡を連続で発動する。ネクサが去った建物に神像が突っ込む。ドォーンと轟音をたて神像は建物にめり込んだ。埃が舞い上がり、建物が崩れていく。
「冗談じゃない、これじゃあ人が……」
神像が起き上がるのを見ながらネクサは逃走ルートを考える。背後のベオルスリック大通りを行けば音に気づいて駆けつけた人々とすれ違い、顔を見られてしまう可能性がある。大聖堂前広場の南は傭兵騎士団の本営があり、誰何を受けてしまうだろう。逃げるなら北だ。そこから路地に入る。しかしそれには神像の脇を抜けなければならない。
「くそ! いくしかないわね!」
ネクサは神像を横目に見ながら走り出す。広場の中央、神像の台座がある場所を右に曲がり、北側の通路を目指す。
神像の翼に淡い光が灯り、一羽ばたきすると大量の石の羽根を撃ち出した。羽根は次々と石畳に突き刺さり、大穴が開く。大穴の行列が走るネクサを追いかけていく。
(このままでは追いつかれる。影渡で建物内に逃げ込む? いや、人がいた場合殺さなければならなくなる。騒ぎが更に大きくなるのは避けたい。どうする?)
足を懸命に動かしながら、同時に頭を働かせる。しかし、うまい作戦は思いつかない。
神像が石羽根を撃ち出すのをやめ、翼をはためかせる。その巨体がふわりと宙に浮くと、ネクサを飛び越え北の通路の入口に着地した。巨体の重量が地面に打ち付けられ地震のような振動が辺りに撒き散らされる。
「ちょっと!」
振動によろめきながらネクサは急制動をかけ停止する。再び神像が翼を光らせ、石羽根の発射態勢に入る。
ネクサは神像に向かって再び走り出す。影渡を発動させ右へ左へ短い跳躍を繰り返す。石羽根は狙いを定められず、ネクサの後を追うように右へ左へ撃ち出される。神像の足元にネクサがたどり着くと、今度は上に向かって影渡で跳躍した。
「いいかげんにしなさい!」
神像の鳩尾あたりに右手を突き出すと、逃げていた間に溜めた魔力を一気に解き放った。魔力によって生み出された光球が神像に襲いかかる。石のトーガから、厚い胸板へ向かって亀裂が広がっていく。魔力の圧力に耐えきれず神像は背中から仰向けに倒れていく。またしても轟音と大きな振動が周囲に撒き散らされ、神像は活動を停止した。
「はあっはあっ」
肩で息をしながら、ネクサは厚い胸板を踏みつけ神像を見下ろす。両眼に宿った赤光は点いたり消えたりと点滅を繰り返している。
「アウレクスのくせに!」
顎を蹴りつけ、ネクサは北側の通路に降り立った。早くに立ち去らねば人が集まってきてしまう。ネクサは暗い通路を走っていった。
◇
「ウィル! 急げ!」
メアウェンが叫ぶ。
深夜に響き渡った轟音によって叩き起こされたウィルたちは、現場に向かっていた。
角を曲がり、路地をひた走る。時折建っている魔法灯が三人に光を当てた。
「ウィル、リン! 警戒を怠るなよ!」
「わかった!」
前方から誰かが走ってくる。暗くて分かりづらいが女のようだ。すれ違いざまにメアウェンが尋ねた。
「おい! 何があった!」
「石像が――」
言いながらウィルたちが来た方向へ女は逃げていく。
「あ、おい!」
ウィルは振り返って声をかける。女は振り向かず走っていった。魔法灯の明かりを通り過ぎる時、女の姿が見える。
(銀色の髪……)
「ウィル! いくぞ!」
メアウェンがウィルを呼ぶ。
「あ、ああ」
ウィルは脳裏に浮かんだ何かを振り払い、メアウェンとリンを追った。
大聖堂前広場の北側の入口にたどり着くと、ウィルたちは目を疑った。道に巨大な石像が倒れている。
「これは……なんだ?」
メアウェンが石像を見下ろし、声を漏らす。
「メア! 見てあそこ」
リンが広場の方向を指す。
「どうしたんだ。何かあるのか?」
「何も無いの」
「どういうことだ」
「あそこにはアウレクス神像があったじゃない!」
「なッ!?」
メアウェンとウィルは愕然とする。昼間、皆で見たアウレクス神像があった場所にはただその台座だけが残されていた。
「では……これが……」
メアウェンは恐る恐る足元の石像を見る。ねじ曲がった石翼が石畳を切り裂いている。
「どういうことだ、あの台座からここまで吹き飛ばされたのか」
石像と台座を交互に見る。大聖堂前広場はかなりの広さを誇る。その中央から北側の入口まで飛ばしたのならとんでもない衝撃が石像を襲ったことになる。そんなことが起こるだろうか。
広場の周りには野次馬が集まってきており、人だかりができていた。メアウェンたちがいる北側の反対側、南側の野次馬たちが何やら騒いでいる。気になってウィルが見ていると、野次馬が左右に別れ、集団が広場に入ってきた。
「あれは――」
集団はアルドに率いられた傭兵騎士団だった。アルドたちは広場に踏み入ると、崩れている建物を見て驚き住民の救助を開始する。部下たちが瓦礫を片付け始めるのを見たあと、アルドは野次馬の一人と話をし、こちらにやってきた。
「お前らも来てたのか」
アルドは巨大な両手剣を背負っていた。
「お前、それを持ってきたのか」
メアウェンが肩から覗いている長い柄を指す。
「なんとなくな。自分でも理由はわからねえ」
アルドは普段の任務では取り回しのいい短剣を使う。両手剣は冒険者時代の古い相棒だった。
「んで、それがアウレクス神像なのか」
「ああ、本当に広場中央の神像らしい。一体何があったのかまったくわからん」
二人は台座を眺める。台座を含めて六メートルほどの大きさにもなる神像があった場所には、今は何もなくスッキリとしている。
「あそこから、ここまで飛んできたって? とんでもねえ重量だぞこいつは。そんなことあるか?」
「ふうむ」
「メア」
台座を睨みつける二人の背後からウィルの声がする。
「ねえ! メア!」
切羽詰まったウィルの声に、メアは振り向く。
「なんか……光りだしたよ……」
倒れている神像がちかちかと点滅している。
「なんだ!」
「わかんないよ! なんか急に目が点滅しだして――」
ウィルが言い終わらないうちに、神像の手がずん、と地面を突き、上体を起こし始めた。
「うごく……のか……」
目の前で起こっている光景が信じられないとばかりに、メアウェンが声を漏らす。
ゴゴゴと音をたて神像が上体を起こしていく。その顔面には爛々と光る赤光と憤怒の表情が張り付いていた。
「下がれ! なんだかまずそうだぞ!」
メアウェンの指示にウィル、リン、アルドの三人は神像から距離を取る。異様な雰囲気に三人はすでに武器を抜き放っていた。
神像が膝をたて、ついに立ち上がる。野次馬たちから悲鳴があがった。
「何をする気だ。何が起こっている!?」
メアウェンが剣を構える。神像は左手を振り上げると、手近にあった建物の屋根を殴りつけた。凄まじい音とともに屋根と壁がぐしゃりと潰れ、埃が立ち込める。
「くそ! 両手剣はこのためかよ!」
アルドが吠える。神像は両手を握り、一つの拳を作ると崩れかけた建物に叩きつけた。
『ゴォオオオォオオオォオオオオオ!』
大音量の雄叫びは、足元にいる四人をよろめかせる。
「アルド! ウィル! リン! こいつを止めるぞ!」
「メ、メア、本気?」と、ウィル。
「ああ、本気だ。このままでは野次馬に被害がでるかもしれん。正団員になって初めての相手が神様とは名誉なことじゃないか! 我が子ながら誇らしいぞ。さあ、いくぞ!」
「おう!」
四人は神像に飛びかかっていった。
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