第43話 アウレクスの神話
「はい、アルドさん」
「ん、おう、なんだ」
ウィルが差し出した物を受け取り、アルドはしげしげと眺めた。
細長い透明な小瓶の中に、何かの葉が浸けられた液体が入っている。
「シルウェのお土産。何かの魔法薬らしいよ」
「何かってなんだよ」
「わかんない。でも結構いい値段したからすごい効果があるかも」
「贈り物の値段の話をするんじゃねえよ……」
アルドはげんなりした顔をしている。
「まあ、でもありがとよ。何かの機会に使わせてもらうか。死ぬ直前くらいに」
「うん! 効果わかんないしね」
無責任に笑うウィルにアルドはため息をつく。
「ガーさんにはこれね」
リンがガーにアクセサリーのようなものを手渡す。
木で作られた色とりどりのビーズが紐に通されていた。
「武器につけるお守りよ。それをつけると魔力の通りがよくなるらしいわ」
「へえ、じゃあ槍につけてみよう」
ガーは愛用のショートスピアにお守りを取り付ける。
両手で槍を握りしめ構えると、集中して魔力を通してみた。槍は淡い光を放っている。
「確かにいつもより抵抗が少ない気がする。いいものをありがとう」
「どういたしまして」
リンが微笑む。
シルウェを発ってから一か月、ウィルたちは王都に戻ってきていた。フェイが戻り、正式に昇格試験の結果が報告されたことで、留め置かれていたセオル、フローラも含めて、ウィルたち四人は正式な傭兵騎士団員に叙任された。
今日は朝から叙任式が行われ、皆で執務室に戻ってきたところだ。
「フローラとセオルにはこれね」
リンがそれぞれに品物を渡す。
「わあ! かわいい!」
フローラがもらったのは銀の髪飾りだ。植物をモチーフにした複雑な意匠が彫り込まれている。
フローラはつややかな黒髪に髪飾りをつけ、喜んでいる。
「それ、魔力の集中を助ける魔法具にもなっているのよ。格闘中に魔法を差し込むフローラのやり方に合ってるんじゃないかと思って」
「そうなんだ! 格闘中は少しの時間も惜しいからすごく助かるかも。ありがとう!」
「僕のは蝋板だ! こんなに綺麗なものがあるんだ!」
セオルは閉じられていた蝋板を開いて驚いている。手に持てる程度の二枚の板が真ん中で繋がれており、見開きのように開くことができるようになっていた。板の内側には蝋が厚く平坦に塗られている。
蝋板は尖筆という道具で蝋をひっかき、字や絵を書くことができる、作戦立案や魔法開発を行うセオルにとって、考えをまとめるのにとても役立つ道具だ。シルウェ製の蝋板は、枠の部分に植物を模した彫刻が細かく彫り込まれていた。
「団長は何をもらったんですか?」
ガーがメアウェンに尋ねる。
「私か? 私はこれだ」
メアウェンが首元から首飾りを取り出す。美しい女性のレリーフが施された銀のペンダントだ。中央に女性の顔が彫り込まれ、周りを植物の枝葉が囲っている。
「アイユン様、エルウィンヌ神のペンダントよ。メアは敵の正面に立つことも多いから、守ってもらおうと思って」
リンがメアウェンに変わって説明する。
「でも、団長ってルクサウレア教徒だったんじゃないですか? 大丈夫なんです?」
「敬虔な信者というわけでもないし、幼い頃に洗礼を受けたというだけだからな。なにより義娘が買ってきてくれた土産なんだ。アウレクス神もお許しくださるだろう」
「アウレクス神って人間の神様なんだよね?」
ウィルが割って入ってくる。
「そうだぞ」
「どんな神様なの?」
「ウィルはアウレクス神のことは知らないのか?」
「うん。シルウェでエルウィンヌ神のことを少し教えてもらってさ。そういえば、こっちのアウレクス神はどんな神だったんだろうって」
「そうか。正団員になれば教会関係者や聖騎士団と話す機会もある。何も知らないのはまずいな。ふむ……せっかくだから見学にいくか」
そういうと、メアウェンは階段に向かって歩き出す。
「アルド、少し出てくる。留守は頼んだ」
「あ、おい!」
「ウィル、おいで。大聖堂の見学に行こう」
「うん!」
「あ、私も行く!」「僕も!」「私もー!」
メアウェンを追うウィルに続いて、リン、セオル、フローラも部屋から出ていく。
「はあ、もう……ったく」
執務室には残されたアルドのため息が響いた。ガーは引きつったように笑っていた。
◇
ルクサウレア教の本部、ルセアル大聖堂。
立派な尖塔とステンドグラスで飾られたその建物は、今日も人々の祈りの場として、敬意と敬愛の念で溢れていた。その前の大聖堂前広場の中央には一体の石像が建っている。
「これがアウレクス神だ」
メアウェンとウィルたちは大聖堂前広場のアウレクス神像の前に来ていた。
毎朝、信徒たちによって磨き上げられている石像は、光を反射するほどのツヤを保っている。大きさは大人の男性の三倍ほどあり、かなり遠くからでも見えそうだ。
鍛え上げられた美しい肉体を持つ男性像は、この国の建国王であり守護神でもあるアウレクス神のありし日の姿を象ったものと伝えられている。
身にまとったトーガのような布は精緻に彫り込まれており、まるで本物の布のようだ。高く振り上げた腕には筋張った筋肉が盛り上がり、力強さを表現していた。
そして、何より目につくのは――
「翼があるね」
アウレクス像の背部には一対の翼が生えていた。大型の鳥類のごとき立派な翼はアウレクスを包み込めるほどの大きさがあり、羽ばたきの瞬間を切り取った躍動感溢れる造形をしている。
「伝承ではアウレクス神は一対の翼を持っていたと言われている。この石像はそれをもとに作られたのだろうな」
石像のまわりには翼から抜け落ちた石の羽根が宙に浮いている。どういう仕組みかわからないが、魔力によるものなのだろうか。
「この石像自体がひとつの魔法具なんだ。魔力は武力だけでなく、芸術のためにも使えるといういい見本だな」
メアウェンは腕を組み満足そうに見上げている。
「アウレクス神はもともと神様だったの?」
「ああ、それは中で説明しよう」
ウィルの問いの答えは大聖堂の中にあるようだ。
メアウェンに促され、一行は大聖堂へと向かう。
昼をすでに過ぎていることもあって、行列に並ぶこともなくすんなりと中に入ることができた。
「おい、あれ」
「傭兵騎士団か。魔族が入ったらしいな」
大聖堂の中に入ったメアウェンたちは、いいようのない不快な視線を感じた。
「あの黒髪のガキがそうらしい」
「二人いるって聞いたけどな」
「二人もいるのか。やだねえ、ほんとどこにでも入り込んでくるな」
「まるで害虫だよ、あいつらは。どこに行ったっていやがる」
こそこそと聞こえてくる悪態に気分が悪くなる。ウィンステッド商会の尽力や、ヴェトスたち自身の努力によって、ヴェトスと人族の関係も以前よりは改善してきてはいたが、未だにこうした陰口は多い。
声が聞こえる方向にメアウェンが視線を送ると、主たちは口を噤み大聖堂から逃げるように出ていった。
陰口を叩かれた当のウィルとフローラはもう慣れっこになっているのか、そこまで気にはしていない。
気を取り直して一行は大聖堂の最初の部屋、大きなホールになっている礼拝堂に踏み入る。
礼拝堂の内部は薄暗く、そこここに置かれた燭台がぼんやりと辺りを照らしていた。入口からホールの中程までは長椅子が並べられており、信徒たちはそこで自由に祈りを捧げられるようだ。長椅子の群れの先、少し広くなっているところ、やや右側に少し高くなっている部分がある。螺旋階段で登れるようになっているが、二階への階段ではないようだ。
「あれは説教壇だ。祭儀の時にあそこに聖職者が立って、信徒たちに説教を行うんだ」
ウィルが疑問に思っていることに気づいたのか、メアウェンが説明してくれた。
ホールの正面には祭壇があり、ここにもアウレクス神像が設置されている。そして、その背後の壁には巨大なステンドグラスがはめ込まれていた。ステンドグラスにはアウレクス神が両手を広げる姿が描かれており、差し込む陽光が神の姿を輝かせ、その威光を感じられるようになっている。
「みんな、こっちを見てくれ」
メアウェンが指し示す方向はホールの側面の壁だった。そこにも正面のものよりも小さいステンドグラスがたくさんはめ込まれている。差し込む日の光を色とりどりの光に変換しており、ホール全体を幻想的な雰囲気で包んでいた。
「あれ、こっちも全部絵柄が違う?」
セオルが気付いたことを口にする。側面のステンドグラスは何かの場面を描いており、それぞれが違う場面のもののようだ。
「よく気づいたな。左右のステンドグラスは順番に見ると物語になっているんだ。この左側のステンドグラスはアウレクス神と、この国の関係が描かれている」
メアウェンの説明を聞いてから改めて見ると、たしかにそれぞれのステンドグラスが描く場面が連作のように繋がっているようだ。
一番手前のものには何人かの人物が手に剣のようなものを持ち、山岳地帯を歩いている場面が描かれている。
「神になる前のアウレクスは冒険者だったと言われている。世界を旅して色々なものを見て回ったようだ」
「メアと一緒じゃん」と、ウィル。
「ん、ああ、フェイに聞いたのか。そうだ。私と同じだな」
自分の話を突然されて、メアウェンは少し照れくさそうに笑った。
「あれは森? と……別の神様?」
リンがすぐとなりのステンドグラスを指し示す。森の中でアウレクスたちと何者かが会合している場面のようだ。アウレクスの前に立つ人物には後光のような光が描かれている。
「ああ、あれはエルウィンヌ神だ。アウレクスが冒険の最中でエルウィンヌ神と出会い、神化について知った場面だな。後の神化の伏線というやつだ」
「あ、ということは、アウレクス神は元々神じゃなかった?」
セオルが指摘する。
「そういうことだな。二つ隣のステンドグラスを見てごらん」
森の場面の隣は、アウレクスと女性が赤子を掲げている場面、そしてその隣は翼を生やしたアウレクスが怪物と戦っている場面だった。
「子供が生まれたあと、アウレクスたちは魔物の襲撃にあったそうだ。その際にアウレクスは神化を成し遂げたらしい。劣勢からの大逆転といったところだな」
アウレクスの足元に何人かの倒れている人物が描かれている。あわや全滅、というところで神の力が開花したのか。
「なんとか勝利したアウレクス神は残った仲間とこの国エンリック王国を建国した。そして、その国民となる我々人間を神の力で創造したんだ」
何枚か先のステンドグラスで、翼を広げたアウレクス神の前に大勢の人々が跪いている場面が描かれている。彼らが創造された人間、この国の人々の祖先ということなのだろう。
「アウレクス神って、神になる前は人間だったの?」
「ん、それはそうだが、どうかしたのか?」
「だって、人間はアウレクス神が創造したんでしょ? そのアウレクス神自身が人間なんだったら、彼は誰が創ったんだろ――」
メアウェンがウィルを抱き込んで口を塞ぐ。ウィルは近くにいた僧侶が怪訝な目でこちらを見ていることに気づいた。
「ちょっと、外に出ようか」
ウィルを抱えたまま、出口に向かってメアウェンは歩き出す。残されたリンたちもそれに続いた。
広場の外れまで歩き、メアウェンはウィルを解放した。
「すまないな、先に注意をしておくべきだった」
メアウェンがウィルに向かって詫びる。
「たしかにウィルの言う通りなんだが、神話とは得てしてそういうものなんだ。それをあの場で声に出して指摘するのは良くないことだ。あそこには神話を信じ、それを生きる指針にしている人が大勢いる。それが信仰というものだからな。それを指摘して疑問を挟んでしまっては彼らの生きる拠り所が無くなってしまうだろう?」
「あ……ごめん」
「いや、先に信仰について教えておかなかった私が悪いんだ。ただ、今後は人の信じているものを無邪気に指摘するのはやめておいてくれ。否定されたと感じる人もいるからな」
「うん、わかった」
うなだれるウィルの肩をメアウェンはぽん、と叩く。
「そんなに落ち込むな。次から気をつければいいんだ」
「うん」
「まあこれで、アウレクス神についてはわかったかな? 他になければ本営に戻ろうと思うが何か聞きたいことはあるか? ここなら多少踏み込んだ話でも構わないぞ」
メアウェンは一同を見渡す。ウィルが手をあげる。
「そういえば、アウレクス神は神化の時に神化の秘宝は使わなかったの? エルウィンヌ神は丹薬っていう宝物を使ったそうなんだけど、アウレクス神の物語にはそういうものが描かれてなかった」
「神化の秘宝か。私は聞いたことがないな。聖典にもそういうものの存在は書いてなかったはずだ」
「そうなんだ。成り方が違うのかな」
「わからんが、さっきも言ったように神話には矛盾を含む表現もよくあるものだ。今に伝わる途中で忘れられてしまったのかもしれんな」
メアウェンの説明にウィルはそういうものか、という顔をしている。
「他にはあるか?」
今度は誰の手もあがらない。
「よし、じゃあ本営に戻ろうか」
一行は広場を離れ本営に戻った。執務室では書類に押しつぶされたアルドを見かけたが、みなそれに触れずそれぞれの業務に戻っていった。
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@fumikiao




