第41話 神の種族
司祭たちや職員たちがテキパキと拝殿を片付けていく。
ルーシェンの遺骨が納められた白木の箱も司祭によって持ち去られようとしていた。
埋葬は神職だけで行うのだ。遺族とはここで別れることになる。
「あの……」
リンが箱を持った司祭に声をかける。
「姉さまを……、よ、ろしく……お願……いします」
リンの両目から涙がこぼれ、嗚咽を漏らす。
司祭はリンに向き直り、一度背筋を伸ばしたあと丁寧に一礼した。
「お任せください」
司祭はにこりと微笑むと踵を返し、行ってしまった。
「あ……」
何かを言いかけたリンに後ろから声がかかる。
「これ、リンヴァリエル」
「は、はい、あ、グレイドファラ様……」
声の主はエルウィンヌ神殿最高司祭のグレイドファラだった。
「グァンホァと呼んでくれて良い。私もリンと呼ぶが構わんか?」
「はい! グレイファ……グァンホァ様」
「リン」
グレイドファラ=グァンホァはリンに優しく微笑みかける。
「今はつらかろう。しかし、残された者が思いを引きずってはお前の姉も安心して行けぬ。しっかり立ち向かうのだ」
「は、はい」
「お前たちはワーランとランリーの子だったな。両親の名に恥じぬよう生きるのだ」
思わぬ名前を出されて、リンは驚いた。グァンホァは両親のことを知っているらしい。エルウィンヌ神殿の最高司祭は実質的にシルウェの最高指導者と言っていい。そんな人物が両親のことを知っている。一体どういう関係なのだろうか。
「あの、グァンホァ様は両親のことをご存知なのですか?」
「ああ、優秀な者たちだ。彼らには世話になっている」
「父は、母は! 今どこにいるんですか? 生きているんですか?」
リンとルーシェンが旅立ったのは両親を探すためだった。その道半ばで姉は倒れたのだ。こんな足元に手がかりがあったとは。姉の無念を思うと、リンは聞かずにはいられなかった。
「どこにいるかは言えぬ」
「え……」
「すまぬな。ただ、彼らは生きておる。それだけは伝えておく」
「生きている……」
「彼らは必ず帰って来る。今は探すでないぞ。手の届かぬところにおるからな」
「はい!」
両親は生きている。シルウェを発って十年以上の時を経て、初めての両親の情報だった。それが元々いたシルウェで手に入ったことは皮肉であったが、姉という唯一の血族を失ったリンにとって、それは朗報以外の何者でもなかった。
「グァンホァ様」
グァンホァの背後から声がかかる。
「ホーシェンか」
グァンホァが振り向くと、今回の葬儀の参列者であるホーシェン、フェイ、ウィルが揃っていた。
「この度はお忙しい中、私どものためにお時間をいただきありがとうございます」
「よい。あれはまさしく私が対処すべきものだったからな」
「箱が動き出したときは私も驚きました」
ホーシェンは少し青い顔をしている。
「あれはさすがに私も肝が冷えた。あんなことはこれまでなかったことだ。他の司祭たちであれば押し切られていたかもしれん」
長い年月を生きたグァンホァにしても初めての経験だった。ガタガタと暴れる箱の動きは暗き霊威の最後の抵抗のように思えて、グァンホァは内心冷や汗をかいていた。結果、抑え込むためにいつもの儀式のときよりもかなり激しい舞を演じることになった。
リンの上位精霊による浄化によってほとんどの力が削がれていたそうだが、あれがもっと力を残した状態であったら、と思うと怖ろしくなる。
「どうした、ヴェトスの少年よ」
グァンホァは一行のうち唯一の他種族であるウィルがあらぬ方向を見つめていることに気がついた。その視線の先は――
「あの神像が気になるのか。確かにエルフ以外の者にとってあの神像は珍しいものだろう」
「あの神像は……」
「あれはエルフの祖神であるエルウィンヌ神だ。我々は親しみを込めてアイユン様、と呼んでいる」
そこには張り出した精樹の枝に包まれるように座る美しい女性の像が置かれていた。結構大きく、三メートルくらいはありそうだ。足を折り曲げ、右に流して横すわりに座っている。繊細な仕事で作られた木彫りの像で、衣のシワや髪の毛の彫り込みなど本当にそこに美女がいるかのように思えるほど精巧に作られている。美しい顔立ちも相まって、まさに女神の神性を感じさせる素晴らしい像だった。
グァンホァは少年が女神の美しさに心を奪われたのかと思っていたが、その視線をたどるとどうもそうではないらしい、と気付いた。
「耳が……」
「ああ」
エルウィンヌ神像は耳が長くない。エルフが種族の特徴として持つ長く尖った耳をエルウィンヌ神は持っていない。
「アイユン様はエルフではないからな」
エルフの神はエルフではない。言われてみればおかしなことではなかった。エルフの神がエルフを創造したのだ。神自身がエルフであるならば、別にエルフを作ったものがいるということになり矛盾が生じてしまう。
しかし、ウィルの興味を引いたのはそこだけではなかった。
「身体に紋様があるように見えるのですが」
エルウィンヌ神像の首から上半身にかけて、紋様が彫り込まれていた。彫られてからの年月が経っているのか、くっきりとしたものではなく、儀式の最中は距離もあって気づかなかったのだが、ここまで近づくとよく見える。その紋様はウィルが知っているものとよく似ていた。
「そうだ。アイユン様は生前はお前と同じヴェトスだったのだからな」
エルフの神がヴェトス。正確にはヴェトス出身ということか。突然自分との繋がりが発覚し、ウィルは面食らった。
「アイユン様の生前のお名前は、エルウィンヌ・ウンブラリア=ヴェトス。ヴェトスのウンブラリア族出身なのだ。彼女は亡くなられる際に神化を成し遂げ、神になった。その後、自らの眷属としてエルフをお作りになったのだ」
「ヴェトスから神に……」
ウィルは王都でヴェトスにまつわる様々なもの、ことを見てきた。蔑視され、虐げられるヴェトス。それに反発し、テロによって多くの人の命をうばったヴェトス。事件の後、オスリックらの尽力により生活環境や地位の向上は見られたが、未だヴェトスに対して恨みを持つ王国民は多い。確かに魔力に優れ強力な種族ではあるが、新たな神を生む母体となるとは。ウィルにはにわかには信じられなかった。
◇
エンリック王国王都アウレクス、ルクサウレア教の本拠地であるこの地は教会内の最大の教区であった。
キネムド枢機卿が大司教として治めるこの教区には多くの補佐司教が働き、バッダ司教もその一人である。
キネムドの腰巾着と揶揄されることも多い彼だが、裏を返せばそれだけ権力の近くにいるとも言え、同僚の補佐司教の中でも発言力は強い方だった。先ごろ、総代理にも任命され、その力は増々大きくなっている。
街が寝静まる深夜、大聖堂から離れた屋敷の中にバッダの姿はあった。
補佐司教は大聖堂近くの聖職者住宅に住まうのが普通で、バッダもそこに部屋を与えられているのだが、ここはそれとは別の私的に保有している屋敷である。
キネムドの野望を助け、他言できぬような様々な仕事も行う彼は、その拠点としてここを使っているのであった。
執務机に座り、今後実行する計画を練っているバッダの居室に、彼以外の人の気配はない。
「父上」
燭台の明かりも届かぬ、部屋の暗がりから女性の声が響いた。
未だ気配もなく、足音も無音のまま暗がりからゆっくりとその女が歩いてくる。
燭台の明かりに姿を晒したのは、銀髪の美しい女性だった。六年前の魔族のテロ事件の裏で暗躍したヴェトスの女、ネクサであった。
「来たか」
声に気づいてそちらを見たバッダの顔は、バッダとは別人の物に変わっていた。年齢こそバッダとそう変わらず、六十前後のものに見えたが、目には暗い光が宿り、見るものに言いようのない畏怖を感じさせる力があった。でっぷりと太っていた身体は引き締まり、体格や姿勢は老人のものには見えなくなっている。
先程までバッダであったこの男の名は、オブスカラン・ウンブラリア=ヴェトス、ウンブラリア族の族長で、ネクサの父である。
オブスカランは書類を脇に寄せ、ネクサを見る。
「潜入はうまくいっているようですね。父上」
ヴェトスの暗部とも呼ばれるウンブラリア族は、一族が請け負う工作、謀略、暗殺などの仕事のため、様々な秘術を受け継ぎ、磨き上げてきた。オブスカランは今、そのうちの一つである姿を偽る秘術を使い、バッダ司教になりすまして、ルクサウレア教に潜入を行っていた。
「林檎の所在を掴んだ」
「さすが父上」
ネクサが薄く笑う。
「アウレクス霊廟の中だ。その最奥にアウレクスの林檎は所蔵されている。霊廟には鍵がかかっているがお前なら侵入できるだろう。ネクサ、霊廟に向かい神の林檎をもぎ取ってくるのだ」
オブスカランの顔には興奮したような笑みが浮かんでいる。
「これでやっと、我ら一族の悲願が叶えられるのね」
「そうだ! ウンブラリアはこれまでヴェトスの暗部として、他の部族にいいように使われてきた。これまでの貢献は並々ならぬものであるにも関わらず、我ら一族は未だ王も輩出していない。日陰者のウンブラリアは終わりを迎える。神の林檎の力で、我らがヴェトスを支配するのだ。アウレクス如きが神化できたのだ。林檎があれば儂も必ず神になれる! ネクサよ、行け! お前がウンブラリアの扉を開くのだ!」
興奮して喚き立てるオブスカランの言葉をネクサは顔に笑みを貼り付けながら受け止める。
「わかりました。父上。必ず父上のもとに林檎をお届けします。このために長年この街で頑張ってきたんですものね。父上、朗報をお待ち下さいな」
そう言うとネクサは再び暗がりへ消えていった。
娘のネクサが、期待通りの働きを見せている。その技は自分を超えて一族の中でも一番と言っていい程だった。
幼き頃より厳しく育て上げた甲斐があったというものだ。
霊廟には侵入防止のしかけもあろうが、ネクサなら大丈夫だろう。それにもし、失敗したとしてもまだ他の手もある。
いよいよだ。ウンブリオン神の時代から屈辱にまみれた一族の想い、願い、そして恨み、すべてが報われる時が来る。
バッダの顔に戻ったオブスカランは大きな声で笑い声をあげ、その声は誰にも聞かれることもなく、夜の闇に吸い込まれていくのであった。
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