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【第二部 神の残影】境界のウィル ~王都の騎士団に拾われた少年は、自分が何者かを知らない~  作者: 文木あお
第二部 神の残影

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第40話 ルーセリエンの葬送

 神殿から戻った一行は、少しの休憩を取ったあと、ホーシェン宅の庭に出ていた。

 リンがホーシェンの指導を受けるのだ。


「一週間しかないからね。急ぎ目でいこう。まずは状態を見てみたい。リンくん、ソルを召喚してみてもらえるかな。ウィルくんの助けなしで一人でだよ」

「わかりました」


 答えるリンの声は硬い。

 すっと目を閉じると、祝歌(ソングァ)を歌い始めた。歌に合わせて周囲の魔力がリンに流れ込んでいく。集まった魔力が淡く光を帯び始めた。魔力が形となりリンのまわりに輝く輪を形成する。前回はこの状態でもウィルの補助を必要としたが、今回はここまで一人で持ってこれた。このまま安定を継続できれば……。

 しかし、光の輪が振動を始める。なんとか抑え込もうとするリンだが次第に振動は大きくなっていく。


(くっ――)


 リンの額に汗が流れる。


「はい、そこまで」


 ホーシェンの声が響いた。リンは魔力の集中を慎重に解いていく。集まった魔力を少しずつ解放し、通常の状態までなんとか戻した。


「うん、結構いいところまで行けるみたいだね」

「あそこが限界でした……」


 リンは俯いて答えた。悔しさが寄せられた眉にあらわれている。


「大丈夫。あと少しだからね」


 ホーシェンは庭に置いた長椅子に腰掛ける。


「フェイから聞いて知っているかもしれないけど、一応説明しておこうか」


 ホーシェンは枝を拾い、地面に何かを描き始めた。


「精霊の召喚には段階があるんだ。まず最初は魔力の錬成。自身の体内魔力と自然に存在する外部の魔力を集めて、練り上げていくんだ。次に精霊への喚起。祝歌(ソングァ)に乗せて精霊へ呼びかけることだ。ここまではさっきできていたね」


 リンがこくんと頷く。


「そして最後に顕現。練り上げた魔力を精霊の現世での身体に変換することだ。リンくんがつまずいたのはここだ。大きい魔力の制御にまだ慣れてないみたいだね。ただ、僕が見たところ、力負けしている様子はなかった。これなら、練習を続ければなんとかなると思うよ」


 ホーシェンがリンに向かって微笑む。


「次はウィルくんの補助ありでやっていこう。ただし、補助するのは顕現のところから。慣れてきたら少しずつ補助に入る時機を遅らせていこう」


 リンが頷き、再び祝歌(ソングァ)の歌唱に入る。先程同じように光の輪ができたあたりまでは順調だったが、だんだんと輪の振動がはじまる。


「ウィルくん」


 ホーシェンの指示に従い、ウィルが補助に入る。輪は安定し順調に進んでいく。光輪が四重に別れ、異なる軸回転を始める。残像が光球となり、リンを残し上空に浮かんでいく。球は光を放つと四頭立ての馬車に変化した。暁天の御子ソルの顕現だ。


「うん、安定しているね。もう解除していいよ」


 リンは魔力の集中を解いていく。ソルは霧散し精霊界に帰っていった。今日二回目の上位精霊召喚に挑戦し、リンの顔には少し疲れが見える。


「今の感覚を覚えておいて。じゃあ、もう一度」


 リンは頷くと、もう一度祝歌(ソングァ)の歌唱を始めた。



    ◇



 トン、と太鼓の音が鳴る。一定の拍子を保って鳴らされる太鼓が広い拝殿に響いていた。

 シルウェの中心にあり、街で一番古いエルウィンヌ神殿から更に奥にある拝殿は、多層楼閣の塔の一階にあった。拝殿の内部にはエルウィンヌ神像が設置され、その前に長い供卓が置かれている。供卓の上には香炉が一つ、そして供卓の左右には灯明が置かれていた。

 供卓の前にはルーシェンが納められた白木の箱が鎮座し、少し間をあけてリンたち参列者が床に座っていた。床はつやつやに磨き上げられながらも、長い年月が流れたことを示すようにすでに真っ黒になっている。供卓の左右の灯明からリンたちの背後に位置する入口に向かって、無灯火の燭台が並べられていた。

 拝殿の壁にはエルフ文字で様々な祝歌(ソングァ)の詞と思われる文字が刻まれている。ひときわ目を引くのは拝殿の内部に木の枝が入り込んで来ていることだ。拝殿の後ろに存在する精樹の枝が壁を抜き内部に入り込んできているのだ。エルウィンヌ神像は両側から枝に抱きかかえられるように佇んでいる。

 太鼓の拍子が早くなった。司祭たちは供卓側から順番に燭台に火を灯していく。

 エルウィンヌ神殿最高司祭のグレイドファラが、白木の箱の手前に進み出て祝歌(ソングァ)を歌い始めた。


さまよえる魂(アヌマ・オロンズ) その名は(カエ・ニモン・イスト)ルーセリエン(・ルーコロエン) 其は迷うべき(ニン・イスト・)存在にあらず(オロンダム・ティボ)


 すらりとした長身に女性らしい柔らかなラインが浮かび上がる。白を基調とした神官衣は一点の曇りもなく、清純が形になったかのようだ。彼女のピンと伸ばした背筋は微動たりせず、膝の辺りまで届く長い金髪は、何かで固められたかのようにまっすぐに床に向かっていた。グレイドファラの白い肌が灯火のゆらめきに合わせて、赤く黄色く染まっていく。


其の縁は(ヘク・ヴォンクラム・)ここにあり(トゥアム・マノト) 我らのもとに戻り(ロド・ウド・ノス・)寄り添い給え(オト・ウドソスト)


 燭台のリレーが拝殿の入口にたどり着いた時、太鼓の音がひときわ大きく響いた。それに合わせて扉が開け放たれる。リンが姉の遺品である腕輪を両手で高く掲げた。唐突に入口から突風がなだれ込んでくる。風は燭台の火を順番に激しく揺らし、室内を吹き荒れる。幾筋かの風が腕輪に纏わりついたようにリンは感じた。さまよえるルーセリエンの魂は今、拝殿に呼び込まれリンたちのまわりを漂っているはずだ。

 司祭の一人が恭しく木剣を掲げながら入ってくる。精樹の枝から削り出した宝剣だ。グレイドファラは木剣を受け取ると青眼に構え、上段に振り上げると一気に振り下ろす。そこから一転して太鼓が激しいリズムを奏で始めた。十人の司祭たちによる祝歌(ソングァ)の合唱が始まる。邪を退け祓う、破地獄(はじごく)の歌だ。


悪よ(モロム) 邪よ(エンパロム) 不浄なるものよ(イト・プロフォナム) 此は善なるもの(ヒク・イスト・ボナム)清浄なるもの(・イト・パロム)


 勇ましい律動、朗々たる歌声が響き渡る。それに合わせてグレイドファラは剣舞を舞い始めた。剣を振り、拍子に合わせて舞を舞い、白木の箱の周りをぐるぐると回っていく。

 ふと箱がカタリと揺れた気がした。ウィルはグレイドファラの剣舞の足踏みによって跳ねたのかと思っていたが、あきらかに揺れが大きくなって来ている。揺れは拍子に合わせたようなものではなくガタガタと大きく跳ねていて、何か苦しんでいるように見えた。


汝らと(ナルラム・)縁を(ヴォンコラム・)紡ぐもの(エンテル・)でなし(ノス・イスト) ただちに立ち去り(ストテム・ロシデト) 近づく(ニ・イップロペン)なかれ(クァエテス)


 司祭たちによる祝歌(ソングァ)が力を帯び、圧をかけるかのように拝殿に満ちていく。

 白木の箱から何か黒い霧のようなものがにじみ出てきている。すでに箱は暴れると言ってもいいほどの揺れ方をしていた。ついに、箱が拳二つ分ほど浮き上がるようになると、尋常ではないと判断したウィルが箱を取り押さえるべく、片膝を立て飛び出すために力を込める。しかし、隣りにいたホーシェンは右手を静かに差し出し、ウィルを制した。


 ダンッ!


 床を踏み抜く音が大きく響く。グレイドファラの剣舞の足踏みが激しく床を打ち鳴らす。木剣になにか細工がされているのかヒュンヒュンと剣を振る音も美しく唸り、邪を制する舞が箱の動きを抑えていく。


さもなくば(アリテル) 我ら(サブ・ノミネ・)ルウィンヌの名のもと(エルウィンノエ) に汝らを滅す(ヴォス・ドロボ)


 破地獄(はじごく)祝歌(ソングァ)と制邪の剣舞が最高潮を迎えると、白木の箱の動きはほとんどなくなり、黒い霧も見えなくなっていた。

 歌と舞が終わりを迎える頃には白木の箱は全く動かなくなった。

 グレイドファラが両手で木剣を掲げ神像に向かって一礼をする。補助役の司祭がグレイドファラから木剣を受け取り下がっていく。

 グレイドファラは供卓と箱の間に立つと、神像に向かって深く礼をした。頭を上げると新たな祝歌(ソングァ)を歌い始めた。


母なる神(モタル・ディオ・)エルウィンヌよ(エルウィンノ) 此の者ルーセリエンは(ヒク・ルーコロエン・)なたの元に向かうも(ウド・ティ・テンドト)の」


 斎醮(さいしょう)の儀。魂の浄化と神への上奏の儀式だ。

 司祭が両手で盆を持ち、一礼をして入ってくる。盆を供卓に置くと、司祭は下がっていった。

 グレイドファラは歌いながら盆に並べられた霊符を手に取る。グレイドファラの魔力が霊符に通され、書き込まれた文字が淡く光った。霊符は神への提出文書にあたる。故人の今後の安寧を歌と文書で神に上奏するのだ。

 グレイドファラは香炉に霊符を投げ込み、焼符(しょうふ)した。符は煙となり神に届けられる。

 五枚の符が焼符(しょうふ)され、拝殿に品のよい香りが漂う。


此の者ルーセリエンは(ヒク・ルーコロエン・)誠実に(フォデロトル・)生き(ヴェクシト) 不運にも(シド・コス・)命を落とした(ヴォトム・オメソト) 此の者を(ロゴムス・アト・)赦し(エウム・)受け入れる(オグノスコス・)ことを願う(イト・オッコピオス)


 二人の司祭が供盤(きょうばん)を捧げ持ち現れる。供盤(きょうばん)には果物、穀物、そして清水が載せられていた。神へと捧げる供物のようだ。

 司祭たちが供盤(きょうばん)を供卓に置き、深く頭を下げる。それに合わせて参列者たちは五体投地し、祈りを捧げた。

 最高司祭グレイドファラが香炉に香木を投げ入れる。香炉から煙が立ち上がり、魂の昇る道となった。

 司祭たちの笛が細い音を奏でる。


さらば(ヴォリ)ルーセリエン(ルーコロエン) 二度と戻る(ニ・ロドアス・)べからず(アンクァム) 汝新たな(ノヴォム・ヴォトム・)生を得て(オッコポ・イト・)暮らすべし(ヴェヴォ)


 グレイドファラの別れの祝歌(ソングァ)が歌われ、開け放たれていた入口の扉が閉じられる。

 最初とは逆順に燭台の火が消されていき、供卓横の灯明の明かりだけになると、笛の音がやみ拝殿に静寂が訪れた。


「これで葬送の儀は終わりだ。方々もごくろうだった」


 グレイドファラが参列者と司祭たちを振り返り、葬儀の終わりを告げた。ルーセリエンの魂は浄化され、神の御許(みもと)へと旅立った。残された肉体は、このあと精樹の麓に埋葬され森の一部となる。埋葬地は聖域となり、神職以外の立ち入りは許されないため、遺族や参列者にとってはこれで葬送は終わりとなる。


「姉さま……安らかに」


 リンは腕輪を抱きかかえ、姉の冥福を祈るのだった。

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Xやってます。

@fumikiao

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