第39話 古の神殿
魔法灯の明かりが室内を照らしている。部屋には大きな丸い卓に背もたれの高い椅子が四脚、背もたれは透かし彫りによる美しい装飾が施されていた。
ホーシェンが湯呑を置き「そうか」と漏らす。
「ルーシェンがこんなに早く逝ってしまうとはね」
「はい、それで葬儀のためにシルウェへ」
リンは棚に置いた白木の箱の方を振り返った。箱は静かに鎮座している。
「葬儀はどこでやるんだい? 僕も参加させて欲しい」
「エルウィンヌ神殿に依頼しようと思います」
フェイが横から答えた。
「神殿でやるのかい? それはまた……」
ホーシェンは驚いた顔をしている。
シルウェで葬儀をする場合、街中にある礼拝所で行うことが普通だ。神殿で葬儀を行うのは、高い地位にあった者か特別な事情がある者だ。
「実は――」
フェイがベレトン村で起こった出来事を説明する。
「話には聞いていたけど、僕も暗き霊威に変化してしまったエルフは見たことがない。ルーシェンほどの力を持ったエルフならそういう事もあるんだね。驚いたよ」
「暗き霊威になりかけた以上、エルウィンヌ神殿でしっかり葬送してもらったほうが良いと私が判断しました」
「そのほうがいいだろうね。神殿の判断次第だけど、最高司祭に頼んだほうがいいかもしれない。依頼のときは僕も同行するよ」
「ありがとうございます。助かります」
フェイたち三人は頭を下げる。
「しかし、君がソルを召喚したのか。今いくつになったんだい?」
「十七です」
「血は争えないというか。さすがだね。たしかルーシェンがソルを召喚したのもそれくらいの頃じゃなかったかな」
「二十歳は超えてなかったと思いますけど」とフェイ。
「いえ、私は一人で召喚できたわけじゃないですし、やっぱり姉さまには敵わないです」
リンが謙遜し、俯く。
「一人じゃないって、どういうことだい?」
「ウィルに魔力制御を手伝ってもらったんです」
「なるほど、彼はヴェトスだから魔力制御は得意だろうしね。うまいやり方を考えたね」
そういうと、ホーシェンはしばらく考え込む。
「うん、葬儀が始まるまでの間ちょっと見てあげよう。一度召喚できているなら、すぐ一人でも喚べるようになるよ。戦いの最中で毎回ウィルくんについてもらうのも大変だろうしね」
「ほんとうですか! ありがとうございます!」
リンは目を大きくして礼を言った。一人で上位精霊を召喚できるようになることは、リンにとって一人前の証だった。そしてなにより、フェイと姉の師匠に教えを乞えることが嬉しかったようだ。
「それにしても、フェイがこうして弟子を連れてきてくれるとはね」
「いや、彼らは弟子ってわけじゃ――」
「まあ、いいじゃないか。僕は嬉しいんだよ」
「はあ」
「よし、今日は飲もうじゃないか。ルーシェンに献杯といこう」
と、ホーシェンは立ち上がり、厨房から酒を持ち出す。
「さあさあ、君たちも多少は飲めるんだろう?」
持ってきた五つのグラスを配ると(ひとつはルーシェンの木箱に)蜂蜜酒を注いでいく。
「はあ、こりゃ神殿は明日だね。リンは構わないかい?」
「そうね。今日は疲れたし、いいと思う。師匠と会えて姉さまも喜んでるだろうし」
「まあ、それはどうだかね」
「ほらほら、みんなグラスを持って」
ホーシェンが蜂蜜酒を注いだグラスを掲げる。ウィルたちも各々自分に配られたグラスを掲げた。
「ルーシェンに」
四人は黙礼をし、グラスに口をつける。少し甘い蜂蜜酒が喉を駆け下りていった。
「じゃあ、まずはフェイとルーシェンのおもしろ話からだね~。二人が入門してしばらく経った頃の事なんだけどね――」
「師匠!」
シルウェの夜は更けていく。
◇
柔らかく明るい木漏れ日が差し込む。エルウィンヌ神殿へ続く参道は、朝の清々しい空気で満ちている。
ホーシェンを加えたウィルたち一行は、ルーシェンの葬儀の依頼を行うため、神殿へ向かっていた。シルウェで唯一石畳で舗装された道は、門からしばらく続いたあと、池をわたるアーチ状の橋を渡り、さらに森の奥へ続いていた。途中で枝分かれする道もあり、本殿以外にもいくつか祠があるようだ。
本殿が見えてくる。受付と思しき建物の前に数人の人がいた。
「なんというか独特な神殿ですね」
ウィルが本殿を見上げてつぶやく。エルウィンヌ神殿は木々の中に埋まるように建てられていた。瓦葺きの屋根には苔が生え、建てられてからかなりの年月が経っていることがうかがえる。屋根の四隅は鋭く尖り、中央の高くなっている所、正脊に向かって装飾が走っている。華美なものではなく、木組みで作られた模様に白い塗料が塗られただけの地味なものだ。全体的に派手な装飾はほとんどなく、他に飾りといえば明かり取りの窓に細かい透かしが入っている程度だった。
この神殿は森の奥に建てられたせいか、高さも横幅もあまりなく、大きさは王都のルセアル大聖堂とは比べるべくもない。しかし、その独特の建築様式や歴史を感じさせる佇まいは、神秘性を感じるには十分なものであった。
「エンリック王国とは様式がかなり違うからね。そんなに大きくもないし不思議な形をしてるだろう?」
「見たことない形の建物ね」
ホーシェンの問いにリンが反応する。
「あれが、古代から続くエルフの建築様式なんだよ。この神殿も建てられてから八百年は経ってるんだ」
「へえ」
先に来ていた人々が神殿の中へ入っていく。一行はフェイを先頭に建物を訪ねた。
「こんにちは」
中にいたエルフの女性が声をかけてきた。チカと呼ばれる受付の仕事をしている人のようだ。
「今日はどうなさいましたか?」
「こんにちは。実は知人の葬儀を頼みたいんだよ」
フェイの言葉にチカの女性は眉を顰める。
「どなたかの縁者の方ですか?」
どなたか、というのは高位の誰か、ということだろう。神殿で葬儀を行うのは高い地位にいる者がほとんどだ。もちろん、例外はある。フェイたちがまさにそれだった。
「ちょっと事情があってね。神殿での葬儀が必要なんだ」
「はあ……」
チカの女性はよくわからない、といった顔で答えた。
「失礼。彼女たちは事情があって神殿での葬儀を希望しています。それも、最高司祭が取り仕切るものを。話だけでも聞いてやってもらえませんか?」
ホーシェンが横から入りとりなしてくれる。
「まあ、ヘイルセンダー様! でも最高司祭様ですか……それほどの事情が?」
「ええ、私も賛同しています」
「わかりました。奥でお話を伺います」
チカは椅子から立ち上がると、後ろにいた別の女性に声をかけ、建物から出てきた。
「こちらへどうぞ」
一行は神殿の入口をくぐり、個室に通される。建物の中は品の良い香のかおりが満ちていた。
チカの女性は少しお待ち下さい、と一行に伝えると部屋から出ていった。
「ホーシェンさんが頼んだら一発だったね」
「顔だけは広いんだよ」
フェイは信じがたい、といった顔で言った。とんでもないおしゃべりのくせに、なぜか煙たがられず、シルウェの街では人気があるのがこの男だ。何十年も付き合いがあるフェイは未だに理解できなかった。
ほどなくして、チカの女性がエルフの男性とともに戻って来る。
「お待たせしました」
エルフはいくつになっても見た目がほとんど変わらないため、この男性がいくつなのかはわからないが、きっと神殿内の高い地位にいる人なのだろう。それは身にまとう神官衣からも察せられた。
「私は高司祭のミルデンファーと申します。ミンダーとお呼びください」
「それでは私はこれで」
チカの女性が部屋から出ていき、扉が閉じられた。
フェイたちはそれぞれ自己紹介をする。
「それで本日は葬儀をご希望とか。事情を伺っても構いませんかな?」
ミンダーの求めに応じて、リンはこれまでの出来事を説明していく。ルーシェンが暗き霊威に変化しかけたくだりになると、ミンダーの顔はだんだんと青ざめていった。
「そ、そんな……いや、失礼。私も知識としては知ってはいましたが、まさか本当にエルフが暗き霊威に変化するなんていうことが起こるのですか」
「私は直接見てはいませんが、ここにいるフェイは私の弟子で嘘をつくような者ではありません。彼女は昔、冒険者をしていてその時に暗き霊威と遭遇した経験があります」
ウィルとリンは驚いてフェイを見る。彼女が元冒険者というのは初耳だった。
冒険者というのはとても希少な職業だ。世界全体でも百人もいないだろう。彼らは主に王侯貴族に雇われ、秘境へ旅をする。世界を見て回り、情報を雇い主に伝えるのだ。この世界で人の支配下にある土地はかなり少ない。大陸中央山脈の奥地をはじめ、いまだ人跡未踏の地は多いのだ。
そういった場所へ赴き、見聞を持ち帰るのが冒険者の仕事だった。当然ながら危険に遭遇することも多い。自然の猛威ももちろんながら、特に危ないのは魔物たちだ。
世界には動物とは異なる魔物と呼ばれる生物が存在している。エンリック王国ではまだ謎の生物扱いだが、本当のところはウンブリオン神の反乱の時に呼び込まれた別の世界の生物たちだった。世界を死の抱擁で包んだ災厄の子孫たちが今も世界に残っているのだ。
フェイもかつて仲間とともに秘境へ足を踏み入れ、それに出会った。幸い、なんとか撃退できたのだが、一歩間違えば命を落としていたような、ぎりぎりの戦いだった。
「あの時の戦いは今思い出しても冷や汗がでる。相対したときのあの感覚は忘れられないよ。あれは間違いなく暗き霊威だよ。まだ、力は弱かったけどね」
「……そうでしたか。それで、今回も討伐できたのですね」
「いや、今回やったのはこの子たちさ」
「あなたたちが!? 見た所まだかなりお若いようだが」
ミンダーはリンとウィルを見て驚く。エルフ同士は見た目で歳がわかるようだ。
「上位精霊のソルを召喚して浄化しました」リンが答える。
「その若さで上位精霊を召喚されたのですか。さすがヘイルセンダー様のお弟子さんですな」
「あ、いえ私たちは」
「孫弟子です」
否定しようとするリンを遮って、ホーシェンが笑顔で訂正する。孫弟子でもないんだけど……という顔のウィル。
「しかし、いくら強力な上位精霊による浄化とはいえ、相手は暗き霊威、正式な手順による葬儀で完全に浄化してしまうほうが良いでしょうな。確かに、最高司祭に依頼すべき案件です」
ミンダーの言葉に、一同は胸を撫で下ろす。
「しかし、最高司祭もお忙しい身。今すぐというわけには参りません。一週間ほどお時間をいただきますが構いませんか?」
「はい、かまいません」と、リン。
「では、また一週間後においでください。ただ、事が事だ。もし何か異変があればすぐにでもお声がけください」
「わかりました」
それでは、と挨拶してミンダーは部屋を出ていった。
「なんとか受け入れてもらってよかったわ」
リンが安心したように言う。
「なんてったって暗き霊威だからね。向こうも断るわけには行かないさ」
「そういえば、ミンダーさんも青い顔をしてたよね。暗き霊威ってそんなにやばいの? フェイもホーシェンさんもそこまでうろたえてなかったのに」
答えるフェイに対してウィルが聞く。
「あれが普通なんだよ。さっきも言ったようにあたしは遭遇経験があるし、師匠もそうですよね」
「ええ、何回かね」
世界を歪める災厄に何回も出会って、なぜまだ生きていられるのか。ホーシェンの凄さを知った気になって、ウィルとリンは尊敬の眼差しでホーシェンを見ている。
「ねえ、フェイ。フェイは冒険者だったって初めて聞いたよ。どんなとこにいったの? 仲間ってどんな人だった? フェイみたいに強い人たちなんだよね?」
ウィルが目を輝かせて聞いてくる。視線には引き続き尊敬の念が含まれ、フェイは悪い気はしなかった。
「仲間かい? もう会ってるよ、あんたたちは」
「え、もう会ってる?」
「ひょっとして」とリン。
「そうだよ。メアとアルドが当時の仲間さ」
「ええ!?」
「さて、長居しても悪いしそろそろ出ようか。昔の話はおいおいしてあげるよ」
フェイが椅子から立ち上がり、他の皆もそれに続いた。
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