第37話 次の目的地
美しい朝日に照らされる中、一行はしばらく口も利かずただ天を見つめていた。
「姉さま、安らかに」
リンのつぶやきが聞こえる。
「話せて良かったね、リン」
ウィルの声にリンは頷く。
「さてと」
フェイが腰を上げ立ち上がった。
「あんたたち、終わった感じをだしてるけど、まだやらなきゃいけないことはあるからね」
フェイが投げかけた言葉に、一同は顔を見合わせた。
「お姉さんを浄化してこれで終わりじゃないの?」
ウィルの疑問にフェイは答える。
「浄化できたといっても一時的なものだからね。このままじゃまた元の状態に戻ることもある。エルフの作法に則った葬送をしなきゃならないんだ」
「そうか、じゃあ、みんなでやろう。フェイ、作法を教えてくれる?」
「あとで説明はするけど、まあ、まずは本人を見つけないとね」
フェイの視線は西の森に据えられていた。それはルーセリエンが消える間際に指差していた場所だった。
◇
一行が森に踏み入って数分の所で、それはあっさりと見つかった。
大木の根元にもたれかかるように横たわったそれは、身体と一緒に腐り落ちてしまったのか、衣服を身にまとっておらず、いくつかの金属製のアクセサリーのみを身につけている状態だった。そのいずれもリンの記憶に残る姉のものと一致した。
投げ出した足は右膝から先が失われていたが、周囲を探すとこれもまた簡単に見つかった。細かい骨は無くなっていたが、大きな骨はこれで完全に揃った。野生動物が徘徊する森の中で、これは驚くべきことだった。
皆はルーセリエンを囲み、各々で祈りを捧げた。
「ねえ、フェイ」
「なんだい」
「フェイと姉さまは知り合いだったの? さっきの姉さまの口ぶりだと面識があったような気がして」
「ああ、浄化されるまで気が付かなかったけどね。ルーシェンとあたしは幼馴染だよ。祝歌の習得の時に知り合ってね。同じ師匠に習ったんだ」
「そうだったんだ」
フェイは腰につけたポーチから、大きな布を取り出し地面に広げた。
「みんな、手分けして彼女を布の上に移してくれないかい。遺骨も遺品も持ち帰れるだけ全部持ち帰りたい」
四人は頷くとそれぞれが遺骨と遺品を布の上に移していった。ばらばらになってしまった小さな骨も、拾い漏らしのないように根気よく探して拾っていった。
すべてが集まると、フェイはこぼさないように丁寧に布で包んでいった。
「次は葬送の儀だけど、これはここではできない。しかるべき場所じゃないと駄目なんだ」
遺骨が入った包みを持つとフェイはそう切り出した。
「どこでやるの?」と、フローラ。
「エルフにとって神聖な場所。エルフの神、エルウィンヌ様のおわす場所さ。具体的に言うとあたしたちの故郷、エルフの国シルウェだね」
「てことは、今からシルウェに行くってこと?」
「そうなるね。あたしとリンは騎士団の増援に盗賊を引き渡したらシルウェに向かう。あんたたちはどうする?」
尋ねられたウィルたちは突然の予定の変更に少し戸惑ったが、三人はそれぞれ答えを決めたようだった。
「僕は王都に戻ります。お祖父様が心配だし」
「私も王都に戻ろうかな。シルウェまで行くとかなりの期間王都を離れることになっちゃうし」
セオルとフローラはシルウェには向かわず、増援とともに王都に戻る選択をした。
「ごめんね、リン」
「ううん、いいのよ。骨も拾ってもらったし、十分よ」
「俺は一緒に行こうかな。リンの生まれた国を見てみたい」
「いいのかい? フローラの言う通り、シルウェまで行くなら二か月くらいは王都に戻れなくなるよ」
フェイが念押しに確認する。
「うん、メアには悪いけど見られる機会があるなら、色んなものを見ておきたい。それに……リンのことも心配だし……」
「うん? なんだって?」
尻切れトンボに話すウィルに、よく聞こえなかったとフェイが尋ね返す。フェイの隣でリンがにっこりと微笑んでいる。
「いや、なんでもない、なんでもない!」
慌てて、手を振りウィルは誤魔化した。
「まあいいよ。じゃあ決まりだね。セオルとフローラは増援と一緒に王都に戻る。ウィルはリンが心配だからあたしらと一緒にシルウェに向かう。それでいいね」
「聞こえてたんじゃないか!」
からかわれたと悟ったウィルが抗議の声をあげる。
「あたしらの長い耳は伊達じゃないんだよ。さて、一旦村に戻ろうかね」
笑いながら森を出ようとする一行を、顔を真っ赤にしたウィルが追いかける。
「リン」
隣を歩くリンにフェイが声をかける。
「ルーシェンの妹なら、あたしの妹も同然だ。あの子にも頼まれたし、あんたの面倒はあたしが見るからね。なんでも頼んなよ」
「うん、ありがと」
歩きながらフェイはリンの頭を抱き寄せた。森を出た二人を朝の光が照らしていた。
◇
村に戻った一行は、村長に討伐報告を行った。盗賊に続いて幽霊騒ぎまで対応してもらい、村長や村人は大いに喜んだ。リンは今回のあらましと過去の経緯を伝え、村長に遺骨を納める箱を用意してもらった。
その晩またもや宴が開かれ、人々は大いに楽しみ、安心できる暮らしが戻ったことを祝った。
「姉さま、しばらくこの中で我慢してね」
リンは遺骨が入った包みから、腕輪や耳飾りなどの装飾品を取り出したあと、残った遺骨を包みごと箱に納めた。階下では人々が笑い、騒ぐ声が聞こえてくる。リンは宴を抜け出し、村長の家の自分たちにあてがわれた部屋へ戻ってきていた。
「この腕輪、懐かしいな」
金属で作られた腕輪は魔力を帯びた宝石が嵌められ、草花を模した装飾がふんだんに施されていた。透かしの入った繊細な装飾はすらりと伸びた姉の腕によく似合っており、斜め下から見たキラキラと光る腕輪はリンの記憶に強く残っていた。
きれいだった腕輪も今は土や埃にまみれ、銅が使われている場所は緑青が出てしまっていた。
リンは端切れを取り出し、丁寧に腕輪を拭っていく。緑青の部分は拭うだけでは落とせないので、明日、村長に酢と塩を分けてもらえないか頼んでみることにした。
「ここにいたんだ」
扉を開けて入ってきたのはウィルだった。
「うん、ウィルも来たの?」
ウィルはリンの隣に座り、リンの手元を覗き込んだ。
「ふふっ」
不意にリンが吹き出すように笑う。
「?」
「ごめん、なんだか見たことある光景だなって思ったから」
「そう?」
「いいの。ウィルはどうしたの? 宴はまだやってるんでしょ?」
「下でリンの姿が見えなかったからさ。何してたの?」
リンは手に持った腕輪をウィルに見せてやる。
「これを磨いていたの」
「これ、お姉さんの?」
「そう。かなり汚れていたから綺麗にしてあげようと思って。はい、ウィルも」
リンが耳飾りと端切れをウィルに手渡す。受け取ったウィルは耳飾りを磨き始めた。
「綺麗な耳飾りだね」
「うん、姉さま美人だったからすごく似合っていたのよ」
「お姉さん、どんな人だったの?」
「優しくて、綺麗で、強くて、私の憧れの人。大きくなったら姉さまみたいになるんだって、ずっと思ってたわ」
「そっか。だからリンはすごいんだ」
「ううん、私なんてまだまだ。姉さまには全然届かない」
「俺から見たリンは、優しくて、綺麗で強くて……、あと怒ったらちょっと怖いお姉さんだけどな」
「そうね。私はウィルよりお姉さんだからね」
リンはいたずらっぽく笑う。
「私ね、小さな頃から姉さまと二人で旅をしていたの。シルウェを出た頃を覚えてないくらい」
「そんな小さい時から?」
「うん、なんで旅に出たのかも覚えてないくらい小さかった。だから両親のこともね、おぼろげにしか記憶にないの。親を知らない私にとって姉さまは、母さまでもあったんだ」
「そうだったんだ……」
「だからね……」
言葉につまったリンにウィルは様子を伺う。リンの両目から涙がこぼれ落ちていた。
「だから……生きていて……欲しかった……。また、姉さまと一緒に……」
リンは顔を伏せじっとしている。静かな室内に彼女の鼻をすする音だけが響いていた。
ウィルが身体を寄せ、リンの背中をさすってやる。
「ごめん、ありがと」
しばらくしてリンは顔を上げた。頬に付いた涙のあとを手の甲で拭い、にっこりと笑う。
「何回も泣いてたら姉さまに笑われちゃう」
ウィルは机に置いていた端切れをリンに渡してやる。
「がんばろう。お姉さんが安心できるように」
「うん」
二人はまた装飾品を磨き始めた。
◇
幽霊の討伐から六日が過ぎた。
村では大きな騒ぎもなく、幽霊のせいで手がつけられていなかった農地にもあらたな作物が植えられ始めている。
ウィルたちは訓練や村の見回りなどおこなって過ごし、おだやかな日々が過ぎていった。
この六日間ですっかり懐かれてしまった村の子どもたちを引き連れ、日課の見回りをしていたウィルは村の入口付近に村人たちが集まっているのに気がついた。
「なにかあったんですか?」
ウィルに声をかけられた中年の女性は、振り向き答える。
「おお、ウィルくん。ええとこに来た。あれ見れ、あれ」
女性が指さした方向に目を凝らすと、大勢の人間がこちらに向かってくるのが見えた。
「またなんぞ盗賊とかじゃないだろうね。物騒なことが続いているから心配だよ」
「盗賊ならまた俺たちがやっつけますよ」
言いつつ集団を観察する。集団は馬車を連れ、十数人ほどで構成されているようだ。真っ昼間に正面から乗り込んでくる盗賊などいはしないだろうから、あれはおそらく傭兵騎士団の増援だろう。
そうこうしているうちに、集団は顔の判別ができるほどに近づいてきた。先頭にいる大男はウィルには見覚えがありすぎる顔だ。
「あれは俺たちと同じ傭兵騎士団ですよ。捕まえた盗賊の護送のために来てくれたんです」
「そうかい、なら安心だ。あたしゃちょっと村長に知らせてくるよ」
そういうと女性は村長の家に向かって歩いていった。
ウィルは人だかりを抜け出し、村の入口の前に出て手を振る。
「おーーい! アルドさーん!」
声が聞こえたのかアルドも手を振り返している。
「みなさん、馬車が入ります。道を開けてください」
ウィルは集まっていた村人たちを誘導して、馬車が入れるように村の入口を開けさせた。
アルドを先頭に馬車が二台入ってくる。
「うわー! でっけぇ!」
子どもたちが巨漢のアルドを見て口をあんぐり開けている。子どもたちをかき分けるようにして、アルドが近づいて来た。
「よう!」
「アルドさんが来てくれたんだ」
「おう、手が空いたからな。十五人をお前ら四人で制圧したって? やるじゃねえか」
「へへ、セオルの作戦のおかげだよ」
ウィルは褒められて少し照れる。
「やっと、来てくれたかい」
フェイたちと村長がやってくる。さっきの女性が呼んできてくれたようだ。
「おう、待たせたな」
「この人が村長さんだよ」
「ようこそ、ベレトン村へ。村長のエードです。はるばるお越しいただいてありがとうございます」
「どうも、村長。俺は王都傭兵騎士団の副団長アルドだ。通報ありがとうな」
村長とアルドが握手を交わす。
「で、盗賊どもは?」
「村の牢に入れてもらってるよ。こっちだ」
他の団員に村の広場で休息をとらせ、アルドはフェイたちとともに牢に向かう。
「今日すぐ立つのかい?」
「ああ、休息をとったら今日中に立つ。お前たちも準備しておいてくれ」
「そのことなんだけどね」
フェイが村の幽霊騒ぎとリンの姉のことを話す。
「そんな事があったのか。よく無事だったな」
「なんとかね。この子たちが頑張ってくれたよ」
「んで?」
アルドがフェイに目線をやる。
「あたしとリンとウィルはこれからシルウェに向かう。リンの姉さんの遺骨を持って帰らないといけないんだ。また悪いものにならないように儀式をあげなきゃならないのさ」
「エルフの文化ってやつか?」
「ああ、あたしらの種族の魂はちょっと特殊でね」
フェイはアルドにエルフの死後の話をしてやる。エルフの魂は人間のそれと比べて、闇に染まりやすいのだ。
「そういうことなら仕方ねえな。セオルとフローラは王都に帰るのか?」
アルドは振り返り、後ろを歩いていたセオルとフローラに尋ねた。
「はい、さすがにお祖父様が心配ですから」と、セオル。
「わかった。お前ら三人のことはメアに報告しておく。セオルとフローラの二人は出発の準備をしてくれ」
牢を目にしたアルドは感嘆の声を漏らす。
「はあ、また詰め込んだもんだな」
「牢がここしかなくてね」
せまい牢にみっちりと詰め込まれた盗賊たちが恨めしそうにこちらを見ている。
それを無視して、アルドは牢までの道幅が馬車が通れることを確かめた。
「これならここまで馬車を持ってこれるな。よし、戻って馬車を連れてくる」
アルドたちは馬車を牢につけ、盗賊たちを馬車に乗り込ませていった。馬車は鉄格子と扉に鍵がかかるようになっている囚人護送用のものだ。二台に分乗した盗賊たちは、この七日間入っていた牢より広い馬車の荷台にほっとした顔をしている。
増援部隊は休息と食事を終えると、盗賊たちを乗せた馬車を引き連れ村を出発した。フェイたち三人とともに、村人総出で見送りに出る。
「リンー! フェイさーん! ウィルー! 気をつけて行ってきてねー!」
隊列の最後尾からフローラが手を振る。
「そっちもねー!」
見送りに出ていたリンも、手を大きく振り返した。
「さて、次はあたしらの番だね。出発は明日だ。今日は準備を済ませて早めに休むよ」
頷いたウィルとリンは、他の村人たちとともに村へ戻っていった。
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