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【第二部 神の残影】境界のウィル ~王都の騎士団に拾われた少年は、自分が何者かを知らない~  作者: 文木あお
第一部 王都の魔族たち

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第2話 囚われの三人

『ウィル! こっちへ!』


 ウィルの脇に大きな手が差し入れられ、そのまま抱き上げられる。

 間近に見る優しい顔立ちは、父タレンのものだ。


『どこにいくの?』

『大丈夫。俺が必ずお前を守る』


 タレンがウィルを抱え、廊下を走る。廊下には瓦礫が散乱し、窓のガラスは割れていた。

 見慣れた景色が次々と過ぎ去っていく。

 二人は開け放たれた扉の前を通り過ぎた。

 垣間見えた部屋の中では、赤い炎が揺らめいている。


『ちっ』


 タレンが舌打ちが聞こえる。

 ウィルが振り返ると、進行方向に数人の大人が見えた。


『何者だ! 止まれ!』


 鎧を着た男がタレンに向かって叫ぶ。

 すでに彼らは剣を抜き放っていた。


『頼む! 通してくれ!』


 タレンは速度を落とさず、男たちに向かっていく。


『止まれ! その子供はなんだ!』

『まさか、その子は』

『見逃してくれ!』

『捕らえろ! その子はおそらく――』


 ウィルとタレンに掴みかかろうとした男たちの動きが止まった。

 集団の先頭にいた女戦士が、自らの剣を仲間たちの前に差し出したのだ。

 男たちは目の前で光る剣を見て、たたらを踏む。


『何をする!』

『子供はいいだろう』

『しかし、あの子は――』

『子供に罪はないさ。我々の目的はあの広間の奥、そうだろう?』


 足を止めたタレンと、女戦士の目が合う。

 繋ぎ止められたかのように、数瞬の睨み合いのあと――


『行け』

『――恩に着る』


 タレンは集団の脇を通り抜け、建物の外に出た。

 ウィルは振り返り、遠ざかっていく大人たちを見る。

 女戦士の燃えるような真っ赤な髪が、光を反射しキラキラと輝いていた。


『くそ! てこずらせやがって』

『アニキ見てくれ! ガキがいた』


 茂みの隙間から汚れた目がウィルを見ている。


『ほら見てみろ。お前の父ちゃんは死んじまったよ! 残念だったな』


 足を掴まれ、引きずり出された先で見せられたのは、赤い湖に倒れ伏す父の姿だった。


『あ、ああ、父さん!!』


 絶叫とともにウィルは跳ね起きた。

 夢の出来事に驚いたのか、自分の声に驚いたのかはわからない。

 だが、夢でみた父の姿は幻などではなかった。

 ウィルの目からぽろぽろと涙がこぼれる。

 強く優しかった父。旅の間、常にウィルを守り、誰にも負けなかった父のあの無残な姿は本当に起こったことなのだ。

 十歳の少年の心には耐えきれるものではなかった。


「うああああああああああああ! ひっ……父……さん……ひっ……」


 ウィルは嗚咽(おえつ)を漏らし、むせび泣く。

 感情は暴風のように荒れ狂い、ウィルを翻弄していた。


「大丈夫?」


 嵐の中に光が差すような、可憐な声がする。


「ひっ……ひっ……」


 ウィルを気遣い声をかけてきた少女は、ウィルの隣に座り背中をさすってくれた。

 しばらくして少し落ち着いたウィルは顔を上げ彼女を見つめる。

 薄汚れた金色の髪をした少女は優しく微笑んだ。薄い青の瞳がウィルを見つめている。


「と、父さんが……あいつらに」

「……つらい思いをしたのね」


 背中に置かれた少女の手が温かい。ささくれだった心が溶けていった。


「ありがとう」

「落ち着いたわね。あなた名前は? 私はリンヴァリエル。リンって呼んで。見ての通りエルフよ」


 かき上げたリンの髪の隙間から少し長い耳がのぞく。


「俺はウィル」

「よろしく、ウィル。年はいくつ?」

「十歳」

「じゃあ私のほうがお姉さんね。私は十一歳よ」


 リンが少し胸を張ったように見えた。


「あの……」


 リンの後ろから控え目な声が聞こえてくる。

 背中越しにのぞき込む少年の顔が見えた。

 栗毛のくせっ毛の下に茶色の、少し不安そうな瞳が揺れている。


「あ、ごめんなさい。彼はセオル。年はあなたと同じよ」

「よろしく、セオル」

「うん」


 セオルと紹介された少年ははにかんでうなずいた。


「それでここは……」


 ウィルはあたりを見渡した。

 石が敷き詰められた冷たい床はそのまま壁へと続いている。窓は見当たらず、肌に感じるじめじめとした湿気は、ここが地下の部屋のような印象を与えていた。

 ウィルの右手側は鉄格子(てつごうし)になっている。

 短い間隔で規則正しく並べられた鉄の杭は小さな子供の体でも通り抜けられそうになかった。


(そうだ。俺は盗賊に捕まったんだった)


 昨晩の恐ろしい記憶が蘇ってくる。振り払うようにウィルは二人に尋ねた。


「二人も盗賊に?」


 ウィルの問いに二人はうつむき「うん……」と答えた。


「私は……姉さまと旅をしていたの。女二人の旅だからなるべく孤立しないようにって、王都に向かうキャラバンに便乗させてもらっていて。キャラバンの持ち主がセオルのご両親だったんだけど……」

「僕の両親は王都と辺境を結ぶキャラバンをやってたんだ。でも……盗賊の襲撃でみんな……殺されちゃった……」


 消え入りそうな声で答えたセオルは、今にも泣きだしそうな顔をしていた。


「そうだったんだ……俺の父さんも盗賊にやられたんだ。二人と一緒だ」


 重苦しい空気が三人を包み込む。


「ここは盗賊たちの家ってことだね」


 リンとセオルがうなずく。


「俺たちこれからどうなるんだろう」

「わからないわ」と、リンが首を振る。

「殺されちゃうのかな……」


 セオルのつぶやきを聞いて、ウィルは立ち上がった。


「だったらここから逃げないと!」

「でも……どうやって」

「調べるんだ! 子供なら抜けられる隙間とかあるかもしれない」


 ウィルはそう言うと壁や鉄格子を調べ始めた。それを見たリンとセオルも後に続く。

 少しの隙間でもあれば。

 必死に探すウィルの耳に、ふと、遠くで人の声が聞こえた気がした。


「何か聞こえる……」


 耳を澄ますと確かに声が聞こえる。

 盗賊たちが叫んでいるようだ。何か揉めているようにも聞こえる。

 なんとか聞き取れないか試みていると、重い鉄の扉が開かれるような大きな音が荒々しく鳴り響いた。

 すぐに扉が閉じる音とともに、何者かの足音が続く。


「誰か来る!」


 何か良くないことが起こっていると本能的に感じ、子供たちは何か身を隠す場所はないかと地下牢の中を見渡す。

 しかし寝床となるむしろ(・・・)以外は何も見当たらず、三人は部屋の隅に身を寄せ合い身構えた。

 階段を駆け降りる音が近づいてくる。足音の主はかなり焦っているようだ。

 緊迫した空気の中、三人は息をひそめ階段へと続く通路を凝視していた。しばらくすると、大人の男の影がずるりと現れた。

 男が鉄格子を掴み、中をのぞき込むように顔を近づけている。

 通路に吊るされたランプの明かりを背に受けた男の顔は、逆光で暗く陰になり、表情はうかがえない。

 ただ、黄色く濁った男の目だけが顔の中でぐるぐると牢の中を見渡していた。

 しばらくさまよった視線が三人を捉えると、男は傍らから鍵を取り出し牢の扉を開けた。


「三人ともいるな」


 少し息の上がった汚れた声でそう確認すると、男は扉をくぐり牢の中に入ってきた。

 唐突に腰から長剣を引き抜く。


「お前からだ。こっちへこい」


 男は空いた手でセオルの胸ぐらを掴むと、肩の高さまで持ち上げた。

 鋭い切っ先がセオルの喉元に突きつけられる。


「やめて!」


 リンが思わず悲鳴をあげる。男はまったく意に介していない。

 男の剣を握る手に力がこもった。


「やめて! セオルを離して!」


 リンは立ち上がり男の足に飛びかかった。不意を突かれた男はバランスを崩す。


「このガキ!」


 激高した男は足を振り上げ、リンを蹴り飛ばす。まともに蹴りを受け壁に叩きつけられたリンは、ぐったりと動かなくなった。


「王都の騎士団が踏み込んできてんだ! 人身売買がバレたら俺たちゃしばり首なんだよ! 邪魔すんじゃねえ!」


 つばを飛ばし、わめき散らかした男は、セオルを放り出しリンに掴みかかる。


「そんなに、死にてえなら、お前からやってやる!」

「やめろおおおおお!!」


 ウィルが男に向かって飛びかかった。しかし、ウィルの手が男に届く前に、振るわれた拳がウィルの顔面をとらえる。

 ウィルは派手に吹き飛び、床に転がった。

 口の中に鉄の味が広がる。


「いい加減にしろガキども! 時間がねえんだ!」


 かがみ込んでリンの首をつかんだ男は、切っ先をリンの顔に突きつけた。


「やめ……ろ……」

「しつけえぞ!」


 振り向き、ウィルに向かって叫んだ男は思わぬ光景に目を見開く。


「な……ッ!」


 ウィルの体から陽炎のように魔力が立ち上っていた。周囲の景色が揺らぐほどの高密度の魔力だ。

 ゆっくりと立ち上がったウィルは肌が赤銅色(しゃくどういろ)に紅潮し、両腕には見たこともない紋様が表れていた。


「な、なんだ……お前……」


 ウィルの背部からひときわ濃い魔力が噴出し、一本の尻尾のような、触手のような、何かを形成する。

 淡く、青白く光るその触手は、男を威嚇するようにゆらりと鎌首をもたげた。


「く、くそがぁ!」


 我に返った男がウィルに向かって剣を振り下ろす。体を投げ出し転がるように斬撃を避けたウィルに追随するように、触手がしなりをつけて男に迫り、その顔面を痛烈に打ち据えた。


「があッ!」


 吹き飛ばされた男が長剣を取り落とす。足下(あしもと)に転がってきた長剣は、ウィルには見覚えのあるものだった。

 この剣はよく知っている。

 父タレンによって振るわれ、幾度となくウィルを守ってくれたあの剣。

 父タレンの剣だ。


「父さんの剣……」


 ウィルは剣の柄を掴み持ち上げる。

 しかし鋼鉄で作られた剣は十歳の少年にとって重すぎた。力を込めても切っ先が上がらない。

 自分に任せろとばかりに触手がするりと動き、ウィルから剣を受け取ると、高く振り上げた。


「ひっ」


 盗賊の口から、怖れの声がこぼれだす。


(父さん……俺、生き延びるよ……絶対に!)


「うわあああああああああああッ!」


 ウィルの絶叫と共に振り下ろされた鋭い切っ先は、男の体内へ深く潜り込む。男はびくりと大きく震えると、それっきり動かなくなった。


「ここにもいたか!」


 ウィルが剣を振り下ろすと同時に、武装した一団が牢へなだれ込んできた。

 長身の女戦士を筆頭に、二人の戦士たちが続いて入ってくる。


「子供……?」


 血だまりを作り絶命した盗賊の男、背中から触手を生やした少年、壁際にへたり込む二人の子供たち。

 盗賊を少年たちが返り討ちにしたのか?

 触手の少年が、力を使い果たしたように膝から崩れ落ちていく。

 女戦士が駆け寄り、意識を失った少年を抱え上げた時には、触手も紋様も消えていた。

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Xやってます。

@fumikiao

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― 新着の感想 ―
Xにて文木あおさまのことを知り、さっそく拝読いたしました。 フォローはありがとうございました。 まだ読みはじめではありますが、あらすじに惹かれるものがありブクマさせていただきました。 独特の世界観のあ…
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