第3話 傭兵騎士団のメアウェン
「君たち、怪我はないか」
赤髪の女戦士が声をかけてきた。
「僕は大丈夫です。でもリンが……」
セオルは立ち上がり、リンの元へ行く。
リンはうずくまり苦しそうにうめき声を上げていた。
「フェイ、診てやってくれ」
フェイと呼ばれた軽装の女戦士がリンに近づき、傷の具合を確認している。
「痛いところはあるかい?」
「せ、背中が……」
「少し見せてもらうよ」
フェイはリンに後ろを向くように言うとリンの上衣をまくり上げた。
セオルは慌ててリンを視界に入れないよう後ろを向く。
「腫れてるね。あばらをやってるかもしれない」
背中越しにフェイの声が聞こえる。
なにやらゴソゴソという音が聞こえた。
「少し飲んで。ポーションだよ」
リンがこくり、こくりとポーションを飲んでいる。
「かわいそうに。ひどい目にあったね。でももう大丈夫。しばらくすれば痛みが引いてくるはずだよ。あんたたち、もうこっちを見てもいいよ」
セオルが振り向くと、リンは目を閉じてつらそうにフェイにもたれかかっていた。
「それで、いったい何があったんだい?」
まだ、壁の方を向いている槍を持った青年が肩越しに尋ねてきた。
自分に聞かれていると悟ったセオルは青年に答える。
「この男が……僕たちを殺そうとしたんです」
床に倒れている盗賊はうなだれたまま、動かない。
セオルは今起こった出来事を話し始めた。
人身売買の証拠隠滅が目的だったらしいこと、自分が最初に狙われたこと、それをリンが止めに入り怪我を負ったこと。
「馬鹿なやつだ。口を封じても死体があれば罪は免れないのに」
青年がつぶやく。
「盗賊がリンに狙いを変えて殺されそうになった時、ウィルの姿が変わったんです。僕でもわかるくらいの量の魔力が体から吹き出ていて」
「それであの姿か」
リーダーと思しき赤髪の女戦士は、腕に抱いた少年に目を向け先ほど見た光景を思い出す。
体から噴き出す濃厚な魔力、赤銅色の肌、背部から生えたうごめく触手、そして腕に浮かぶあの紋様。
他は知らないが、あの紋様には見覚えがあった。
「う……ん……」
腕の中の少年が目を覚ましたようだ。
「大丈夫か?」
「えっ……と……」
知らない顔を見て混乱したのか、少年はきょとんとした顔をしている。
「ッ! ……あいつは?」
少年は先ほどの出来事を思い出したのか、女戦士の腕から逃れ、飛び起きた。
「大丈夫だ。やつはもういない。君が倒したんだ」
「……俺が?」
「彼女たちも怪我はしているが無事だ」
女戦士は目線を少年に合わせるようにかがみ、頭を撫でてやる。
「君の勇気が彼らを救ったんだ。怖かったろうに、よくがんばったな」
「うん……」
目に少し涙をためたウィルはうなずいた。
「三人とも落ち着いてきたかな。では、少し話を聞かせてもらおうか」
「はい」
三人がうなずく。
「まずは自己紹介だ。我々は王都アウレクスから来た傭兵騎士団だ。私の名はメアウェン、騎士団の団長をやっている」
メアウェンは、女性にしては背が高く均整のとれた体格をしている。
まっすぐに前をみる緑色の瞳には強い意志の力が宿り、燃えるような赤色の髪は彼女の激しさの現れだと言われていた。
身にまとう鎧はよく手入れされており、腰に下げた大ぶりの片手剣もあいまって、優秀な戦士であることがよくわかる。
「こっちの彼女はフェイリッサラ」
「長いからフェイでいいよ。私はあんたと同じエルフだよ。よろしくな」
フェイが自身の左耳を見せる。
左の側頭部だけを刈り上げた独特なヘアスタイルのお陰で、リンと同じ長い耳がよく見える。そこには魔力を帯びた耳飾りがつけられていた。
体の一部のみを覆う、最低限の革鎧を身に着け、腰にはショートソードを帯びている。
身長はあまり高くないが、細身のその体は猫のようなしなやかさと俊敏さを感じさせた。
「あと、こっちの彼はガーだ」
ガーと呼ばれた青年は微笑みながら手を振った。
若く、二十歳になるかならないかくらいに見える青年の茶色の髪の下には、人が良さそうな、整った顔がある。
短めの槍を携え、鎧を着込んでいるが立ち姿はメアウェンやフェイのそれと比べるとやや隙を感じる。
彼はこれから伸びていくのだ。
「君たちの名前も教えてくれるかな」
「俺はウィル」
「私はリン。リンヴァリエル」
「僕はセオルといいます」
メアウェンはうなずくと子供たちに尋ねる。
「それで君たちは我々傭兵騎士団のことを知っているかな?」
ウィルとリンは首を振り、セオルだけが知っていますと答えた。
「そうか。知らない子がいるなら説明しておこう。我々、傭兵騎士団は王都や王都周辺の治安維持を担当している」
「ちあんいじ?」
ウィルの知らない言葉だったようだ。
「悪い人を捕まえたりすることよ」
リンが耳打ちして教えてあげている。
もう痛みはひいたようだ。
「そうだ。今日のように盗賊を捕まえたり、ときどきあらわれる魔族の残党の討伐の仕事だな」
数年前、彼らの所属するエンリック王国と魔族の国との間で戦争があった。
子供たちがもっと小さかった頃の話だ。
戦争はエンリック王国が勝利し魔族の居城を制圧して終わったが、現在は王都に流れ込んだ魔族の難民が起こす騒動や、魔族の国の復興をもくろむ勢力が反エンリック王国と称してテロ活動を行うなど、戦後の混乱はまだまだ収まっておらず、王国ではいまだに魔族は警戒の対象のままだった。
(特に反応は無しか)
「念のために聞くが、君たちは盗賊の仲間ではないのだな」
「私たちは違います!」
即座に否定したリンと視線がぶつかり、二人はつかの間、見つめ合う。
子供たちの怯えと困惑が入り混じった表情が見えた。
「すまない、職業柄なかなか信用できない輩を相手にすることが多いんでな。さすがに本気で君たちがそうだとは思っていないよ」
子供たちは安堵したのか、表情が緩んだ。
「では、君たちがここにいる訳を聞こうか。先ほど人身売買の話が出ていたが、どこかで盗賊に捕まったのか」
「私は姉さまと旅をしていて……」
リンを筆頭に、子供たちがここに連れてこられた経緯を順番に話していく。
生々しい話にガーが顔をしかめていた。
幼い子供たちの境遇に同情しているようだ。彼は優しい男なのだ。
「つらい話をさせてしまってすまなかった。つまり今、君たちは身寄りがないということになるな」
「僕は……」
「ん?」
セオルが言い淀む。
「僕は……、王都に祖父がいます……」
「そうか、ならば連絡をとろう。あとで連絡先を教えてくれ」
セオルはうなずいたが、その表情はどこか影が見える。何かあるのだろうか。
「残りの二人は孤児院ということになるが――」
メアウェンはウィルに視線を向けた。
「ウィル」
「はい」
「君は魔族だな」
ガーが槍を握り直した音がした。
「やめなよ。相手は子供だよ」
「しかし!」
「ガー、力を抜け」
フェイとメアウェンに窘められたガーは、緊張を解く。
「君は自分の生まれを知らないのか」
当のウィルはなんのことかわからない、という顔をしていた。
「父さんは……そんなこと何も言ってなかった」
「生まれた場所はわかるか?」
「わからない。父さんは故郷の話はしてくれなかったんだ」
「本当に幼い時に国を離れたのかもしれないな。おそらく戦争の頃か……」
王国との戦争が起こり、魔族の国は混乱の中にあったはずだ。
それに、戦争で魔族側が敗戦したことで、彼らは虐げられる立場になってしまっている。
父親はウィルが成長して大きくなるまで教えないつもりだったのかもしれない。
魔族とはいえ見た目は人間と見分けはつかない。力を使わない限り魔族だと明るみになることはないのだ。
治安維持を担う者としては厄介な話でもあるが。
まだ少し警戒しているガーが口をはさんだ。
「しかし、なぜ彼が魔族だと」
「さっきの彼の腕に浮き出ていた紋様だ。私とフェイはあれに見覚えがある」
「ああ、戦争のときに嫌というほど見たね」
魔族は人間と比べて魔力が高い。
通常の魔法もよく使うが、特に力を発揮する時、あの紋様が体に現れるのだ。
そうなった彼らは人間はもちろん、エルフさえも遥かに上回る量の魔力を放出する。
戦争の際、追い込まれた魔族たちはあの紋様を発動させ大暴れした。
従軍していたメアウェンやフェイは、それにさんざん苦しめられた覚えがある。
「ウィルは僕たちを助けてくれたんです!」
「私はウィルがあの力で助けてくれなかったら今生きていないわ! お願い! ウィルを捕まえないで!」
セオルとリンがメアウェンに縋りついてくる。
「安心しな。メアはこの子をどうこうしようなんて思ってないよ」
フェイが二人を安心させるように声をかけた。
「ああ、彼は盗賊を手にかけたが、それは君たちと自分の命を守るためだ。罪を犯していない者を捕らえることはしないさ」
セオルとリンは顔を見合わせ安堵する。
「問題は彼の行き先だな。孤児院にも魔族の子供たちはいるが、今は世間のあたりが少々きつくてな……」
メアウェンは何かを考えるように顎に手を当てる。
「よし、私が引き取ろう」
「「団長!?」」
驚いたガーとフェイが同時に声をあげる。
「私が後見になっていればウィルがひどい扱いを受けることも減るだろう。うちには使ってない部屋もあるし――そうだ! いっそリンも一緒に来ればいい」
素晴らしいアイデアを閃いたとばかりに、一気に話を進めようとするメアウェンを見て、ウィルとリンはぽかんと口を開けている。
「まあ、驚いたけど、案外いい考えかもしれないね。傭兵騎士団長の子供ってことになれば、反魔族派の連中もおいそれと手を出せないだろう。度を越した振る舞いをする奴らもいるからね」
戦争中の魔族による被害は決して小さなものではなかった。
肉親を殺された者などは戦後数年でその憎しみが消えるわけもなく、さらに最近起こっている魔族によるテロに対しての反発も加わり、王都では反魔族の風潮が強くなっていた。
特に何もしていない一般の魔族の難民に対する嫌がらせなども起こっており、元からいた王国民と魔族との対立は深まってきている。
「これも何かの縁だ。メアの世話になってみたらどうだい? 悪い選択じゃないと思うよ」
フェイが後ろから二人の肩を抱きかかえ、けしかけるように言う。
リンがウィルの顔をうかがうようにのぞき込む。リンは一緒に行きたいようだ。
「俺、これからのことなんて考えてなかった。父さんもいなくなっちゃったし、メアウェンさんが来ていいって言ってくれるなら」
リンの顔がみるみる笑顔に変わっていく。
「決まりだな。では今から私たちは家族だ」
「「よろしくお願いします!」」
二人は声をそろえて頭を下げた。
「僕も……」
行き先が決まり、安堵している二人の後ろでセオルが何か言った気がした。
「セオル?」
「う、ううん、なんでもない」
セオルは顔を背けている。
「では、上に上がろう。もう残りの盗賊たちの掃討も終わっているはずだ」
話が一段落したと判断したメアウェンは、一同を促し地下牢を後にした。
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