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境界のウィル ~魔族の血を引く少年は、人の国で生きる~  作者: 文木あお


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第2話 囚われの三人

『ウィル、次はどこにいこうか』

『この間のさ! エルフの人が言ってた湖に行きたい! 俺』

『あー、あそこか。あそこはちょっとなあ』

『遠いの?』

『んー、まあそうだな。ちょっと遠い』

『そっか、じゃあ他にしよっか』


『くそ! てこずらせやがって』

『アニキ見てくれ! ガキがいた』

『ほら見てみろ。お前の父ちゃんは死んじまったよ! 残念だったな』

『父さん! やだよ!』


 跳ね起きたウィルは叫んでいた。父タレンは殺されてしまった。ウィルの目から涙がぽろぽろとこぼれる。強く優しかった父。旅の間、常にウィルを守り負け知らずだった父の無残な姿が、脳裏に焼きついていた。十歳の少年には耐えきれない出来事であった。


「うああああああああああああ! ひっ……父……さん……ひっ……」


 嗚咽(おえつ)を漏らし、むせび泣くウィルの(かたわ)らに、彼を見つめる二つの視線があった。


「大丈夫?」


 ウィルを気遣い声をかけてきた少女は、ウィルの隣に座り背中をさすってくれた。

 しばらくして少し落ち着いたウィルは顔を上げ彼女を見つめる。薄汚れた金色の髪をした少女は優しく微笑む。薄い青の瞳がウィルを見つめていた。


「父さんが……あいつらに」

「……つらい思いをしたのね」


 背中に置かれた少女の手からぬくもりが伝わる。落ち着きを取り戻したウィルは彼女に向かって言う。


「ありがとう」

「落ち着いたわね。あなた名前は? 私はリンヴァリエル。リンって呼んで。見ての通りエルフよ」


 かき上げたリンの髪の隙間から少し長い耳がのぞく。


「俺はウィル」

「よろしく、ウィル。年はいくつ?」

「十歳」

「じゃあ私のほうがお姉さんね。私は十一歳よ」


 リンが少し胸を張ったように見えた。


「あの……」


 リンの後ろから控え目な声が聞こえた。背中越しに少年がのぞき込んでいる。栗毛のくせっ毛の下から茶色の少し不安そうな瞳が見える。


「あ、ごめんなさい。彼はセオル。年はあなたと同じ」

「よろしく、セオル」

「うん」


 セオルと紹介された少年ははにかんでうなずいた。


「それでここは……」


 ウィルはあたりを見渡した。石が敷き詰められた冷たい床はそのままつづき、石積みの壁となっている。窓はなく肌に感じるじめじめとした湿気は、ここが地下の部屋のような印象を与えていた。ウィルの右手側は鉄格子(てつごうし)になっており、短い間隔で規則正しく並べられた鉄の杭は小さな子供の体でも通り抜けられそうになかった。


(そうだ。俺は盗賊に捕まったんだった)


 昨晩の恐ろしい記憶がよみがえる。振り払うようにウィルは二人に尋ねた。


「二人も盗賊に?」


 ウィルの問いに二人はうつむき「うん……」と答えた。


「私は姉さまと旅をしていたの……。女二人の旅だからなるべく孤立しないようにって、王都に向かうキャラバンに便乗させてもらっていたの。キャラバンの持ち主がセオルのご両親で……」

「僕の両親は王都と辺境を結ぶキャラバンをやってたんだ。でも盗賊の襲撃でみんな殺されちゃった……」

 消え入りそうな声で答えたセオルは今にも泣きだしそうな顔をしていた。


「そうだったんだ……。俺の父さんも盗賊に殺されたんだ。二人と一緒だ」


 重苦しい空気が三人を包み込む。


「ここは盗賊たちの家ってことだね」


 リンとセオルがうなずく。


「俺たちこれからどうなるんだろう」

「わからないわ」とリンが首を振る。


 セオルが「殺されちゃうのかな……」とつぶやいたのを聞いて、ウィルが立ち上がる。


「だったらここから逃げないと!」

「でも、どうやって」

「調べるんだ! 子供なら抜けられる隙間とかあるかもしれない」


 ウィルは言いながら壁や鉄格子を調べ始めた。それを見たリンとセオルも後に続く。

 ふと遠くで人の声が聞こえた気がした。


「何か聞こえる……」


 耳を澄ますと確かに声が聞こえる。盗賊たちが叫んでいるようだ。何か揉めているようにも聞こえる。なんとか聞き取れないか試みていると、重い鉄の扉が開かれるような大きな音が荒々しく鳴り響いた。すぐに扉が閉じる音とともに、何者かの足音が続く。


「誰か来る!」


 子供達は何か身を隠す場所はないかと地下牢の中を見渡す。しかし寝床となるむしろ(・・・)以外何も見当たらず、部屋の隅に身を寄せ合い身構えた。

 足音の主はかなり焦っているようだ。階段を駆け降りる音が近づいてくる。緊迫した空気の中、三人は息をひそめ階段へと続く通路を凝視する。ほどなくして男の影が姿をあらわした。

 男は鉄格子を掴むと中をのぞき込むように顔を近づける。通路に吊るされたランプの明かりを背に受けた男の顔は逆光で暗く陰になり、表情はうかがえない。ただ、黄色く濁った男の目だけが顔の中でぐるぐると牢の中を見渡していた。視線が三人を捉えると、男は傍らから鍵を取り出し牢の扉を開けた。


「三人ともいるな」


 少し息の上がった汚れた声でそう確認すると、男は扉をくぐり腰から長剣を引き抜く。


「お前からだ。こっちへこい」


 空いた手でセオルの胸ぐらを掴むと肩の高さまで持ち上げ、切っ先を喉元に突きつけた。


「やめて!」


 リンが悲鳴をあげる。男はかまわずセオルの喉を突くべく剣を握る手に力をこめる。


「やめて! セオルを離して!」


 リンは立ち上がり男の足に飛びかかった。不意を突かれた男はバランスを崩す。


「このガキ!」


 激高した男はリンを蹴り飛ばす。壁に叩きつけられたリンはぐったりとして動かない。


「王都の騎士団が踏み込んできてんだ! 人身売買がバレたら俺たちゃしばり首なんだよ! 邪魔すんじゃねえ!」


 セオルを放り出した男はリンに掴みかかろうとする。


「そんなに死にてえならお前からやってやる」

「やめろおおおおお!」


 ウィルは男に飛びかかった。しかし、男が振るった拳はウィルの顔面をとらえ、ウィルは派手に吹き飛ぶ。


「いい加減にしろガキども! 時間がねえんだ!」


 かがみ込んでリンの首をつかんだ男は、切っ先をリンの顔に突きつける。


「やめ……ろ……」

「しつけえぞ!」


 ウィルに向かって叫んだ男は目を見開く。


「な……ッ!」


 ウィルの体から陽炎のように魔力が立ち上っていた。周囲の景色が揺らぐほどの高密度の魔力だ。

 ゆっくりと立ち上がったウィルは肌が赤銅色(しゃくどういろ)に紅潮し、両腕には見たこともない紋様が表れていた。


「な、なんだ……お前……」


 ウィルの背部からひときわ濃い魔力が噴出し一本の尻尾のような触手のようなものを形成する。淡く青白く光るその触手は、男を威嚇するようにゆらりと鎌首をもたげた。


「く、くそがぁ!」


 我に返った男がウィルに斬りかかる。体を投げ出し転がるように避けたウィルに追随するように、触手がしなりをつけて男の顔面を痛烈に打ち据えた。


「があッ!」


 吹き飛ばされた男が長剣を取り落とす。足下(あしもと)に転がってきた長剣は、ウィルには見覚えのあるものだった。この剣はよく知っている。父タレンによって振るわれ、幾度となくウィルを守ってくれた剣だった。


「父さんの剣……」


 ウィルは剣の柄を掴み持ち上げる。しかし鋼鉄で作られた剣は十歳の少年にとって重すぎた。力を込めても切っ先が上がらない。自分に任せろとばかりに触手がするりと動き、ウィルから剣を受け取ると、高く振り上げた。


「ひっ」


(父さんは……生きろと言った)


「うわあああああああああああッ!」


 ウィルの絶叫と共に振り下ろされた鋭い切っ先は、男の体内へ深く潜り込む。男はびくりと大きく震えるとそれっきり動かなくなった。


「ここにもいたか!」


 ウィルが剣を振り下ろすと同時に武装した一団がなだれ込んできた。長身の女戦士を筆頭に、二人の戦士たちが続いて入ってくる。


「子供……?」


 血だまりを作り絶命した盗賊の男と、背中から触手を生やした少年、壁際にへたり込む二人の子供たちを順番に見やり、女戦士はつぶやいた。

 振り向いたウィルは力を使い果たしたように膝から崩れ落ち意識を失った。女戦士が駆け寄りウィルを抱え上げた時には触手も消え失せていた。

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