コスモス⑤
コスモス視点です。
「久しぶり……だね。 元気だった?」
「えぇ……まあ、元気です。 リンドウはどうですか?」
「私も、まあ元気かな」
「それは何よりです」
「……」
なんとも薄い……会話とすら呼べないほどの言葉のキャッチボール。
親しい友人と久しぶりに顔を合わせたと言うのに……交わしたい言葉が全く見つからない。
騎士団に入団する前なら話題なんていくらでも出てきたのに……今は何も考えることができない。
これまでの騎士団の異常性……そして、すぐそこで今もなお行われている”不義”。
信じていた正義が揺らぐことで……思考までもが不安定になる。
「ねぇコスモス、これから時間ある? もしよかったら場所を変えて少し話さない?
ここで立ち話もなんだし……」
「えっ? えぇ……いいですよ?
ちょうど暇ができたところですので……」
先輩達が先ほどの女性との”取引”を終えるまでは少し時間があるだろう。
私は”瞬く間の安らぎ”を求め、リンドウと取調室から離れた。
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移動した私とリンドウが腰を落ち着けたのは人の出入りが極端に少ない非常用階段の段差。
本部内ではどこもかしこも人が多く……部屋も相部屋のため、2人で落ち着いて話せる場所はここくらいしかない。
そもそも本部内において異性との接触は、風紀を乱さないためと基本的に禁じられている。
だから私もその原則に従い、今までリンドウと会わないように心掛けていたが……あんな場面を見た直後では、守る気にもなれない。
「コスモス……騎士団の”内情”はもう知ってるよね?」
「えぇ……まあ……。 入団前に抱いていたイメージとは随分と違っていました」
「私が所属している隊も同じ……。
新人が先輩や上官に絶対服従なのは当たり前……上の人間は自分達が法を守る立場であることを利用して、暴力だの賄賂だの……やりたい放題してる」
「そうですか……やっぱり上の立場に居座り続けていると、心が歪んでしまうものなんでしょうか?」
「そうかもね……でも理由がなんにせよ、あいつらのやっていることは最低よ。
新人達は奴隷のように扱い……自分達が得するためなら証拠の捏造や隠ぺいは平気でやる。
そのせいで新人のほとんどが怒りやストレスのはけ口を求めて、売人から押収した違法薬物の接種や民間人への嫌がらせなんかを繰り返すようになり、金や権力で闇に葬られた冤罪事件なんて山のようにあるみたい」
「……」
「そして上の人間が老いや病気なんかで立場を追いやられたら、下にいる理性が壊れた人間が上に立って自分達の下にいる人間に理不尽な仕打ちをする……。
今の騎士団はその繰り返しよ」
リンドウから聞かされた私がまだ知らない騎士団の闇……。
驚きこそしたが、内容は自分でも驚くほどあっさりと飲み込むことができた。
私がこれまで見てきた騎士団の内情は、あくまでその片鱗だったということなのか……。
「そんなことまで……1人で調べたのですか?」
「そんなことしなくても、少し耳を澄ましたらこの手の話はゴロゴロ入ってくるわ。
私はコスモスやほかの新人みたいにひどい扱いを受けていないからね」
「どういうことですか?」
「私が騎士団総長の娘だってことは知っているでしょう?
父から騎士団全体にそのことが伝達されていってね……おかげで入団初日から花や蝶のように扱われたわ。
試験の時はどいつもこいつも女のくせにとかいって見下していたくせに……私が騎士団総長の娘と知った瞬間、みんな手の平を返したわ」
苦虫を嚙み潰したように表情を曇らせるリンドウ。
プルプルと震える彼女の手からは、騎士団への強い怒りと軽蔑がにじみ出ていた。。
「丁重に扱われているということは、それだけ期待されているということではありませんか?」
彼女の高ぶる気を少しでも静めようと、思いついた言葉を掛けるも……。
「ううん……それはないと思う。
私が任せられている仕事は簡単な給仕ばかりで、騎士としての任務はないの。
まあそれでも仕事は仕事だから、きちんと果たしてはいるけれど……」
「女性だから見下されているということですか?」
「というより……扱いに困っているんでしょうね。
下手に任務に就かせて私にケガでも負わせたら、父からどんな報復を受けるかわかったものじゃないから……。
父も父で、私に給仕を続けさせていたらいつか私が音を上げてやめると思っているんでしょう……。
結局あいつらは……女を心底見下しているのよ」
”見下している”という言葉に込められていたリンドウの悔しさ……。
勇者となって女性でも騎士になれると証明したかったリンドウにとって……姫君のように扱われることが、彼女にとってどれだけ屈辱的だったことか……。
私ではきっと想像することすらままならないだろう……。
「ねぇ……コスモス。 1つ聞いて良い?」
「はい、なんでしょう?」
私に問い掛けてくるリンドウの声音は先ほどの怒りに満ちたものとは違い、どこか救いを求めているように聞こえた。
「まだ、勇者になることを目指しているの?」
「それは……」
私は思わず言葉に詰まってしまった。
勇者に対するあこがれも父に対する尊敬も……この胸に強くある。
だが勇者になりたいかと問われたら……素直に”はい”とは言えない。
いや……言えなくなってしまった。
騎士になって見えてきた騎士団の底のない闇……。
それを知った今……騎士団の掲げる正義や法が何のためにあるものなのか、わからなくなった。
しかも、私が知った闇はその片鱗に過ぎない。
このままここで踏み留まり、その闇の全貌を見た時……私の信じる正義はきっと崩壊するだろう。
「私さ……ちょっとわからなくなってきた。
勇者のことは今も尊敬しているけど……このままここにいたら、何か大切なものをなくしちゃうような気がするんだ」
「大切なもの……ですか」
「うん……。 だから、一緒に勇者を目指そうって言ったけど……その……。」
リンドウはそれ以上言葉を続けなかったが、彼女が何を言いたいかは理解できた。
”騎士団をやめよう”
それはつまり……”勇者になる”という夢を諦めると言うこと。
リンドウにとって勇者とは自分の全てを賭けてでも叶えたい夢。
それを諦めるというのが彼女にとってどれだけ辛く苦しい選択だったか……同じ夢を持つ私なら痛いほどよくわかる。
そしてまた、その選択が私達にとって最善の選択であることも理解できる。
ここで逃げ出せば、これ以上心が傷つくことはないだろう。
だけど逃げた先に何がある?
勇者になる夢を諦めた私に……正義を信じられなくなった私に……何が残る?
夢も希望もない人生……それは私にとって、現状よりも酷なものだった。
そうだ……今の私にはもう、勇者になる道しか残されていないんだ。
「私は……勇者になりたいです」
自分の心と夢を天秤にかけた私は、夢を取った。
だがこの時から……私にとって勇者とは”叶えたい夢”ではなく、”この場に縛り付ける呪い”と化してしまった。
「えっ?」
リンドウが聞き返したタイミングで、本部内のアナウンスが響き渡った。
「騎士コスモス……至急、取調室202号室にくるように」
おそらく、先輩達の”取引”が終わったんだろう。
私は重く感じる腰を上げ、できる限りの笑顔を作ってリンドウに向けた。
「私は私が信じた道を進みます。
だからリンドウも、自分の信じた道を進んでください」
「コスモス……」
「それでは……仕事ですので、これで。
話せてよかったです」
私はリンドウに背を向け、取調室へと駆け出した。
騎士団を変えるとは思うも……明確な計画はない。
ただ、もう黙らない。
悪いことは悪いと……声を上げ続ける。
今の私にできることはそれくらいだ。
この先にだって希望なんてものは見えないし、自分のこの選択が我ながら愚かしいとさえ思う。
だけどやるしかない……やるしかないんだ。
正義を……もう1度信じられるようになるために……。
次話はカタクリ視点です。




