カタクリ③
カタクリ視点です。
リンドウに助けられたあの日からも……僕は変わらず周りから虐げられる毎日を送っていた。
だけど……僕の心は自分でも驚くくらい晴れやかだった。
リンドウ……僕に微笑んでくれる太陽のような少女……。
あの子とあいさつを交わすだけで……遠くからあの子の笑顔を見るだけで……僕の心は癒される。
彼女は僕の……運命の人なんだ。
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『じゃあコスモス、今日もトレーニング始めましょう』
『えぇ、よろしくお願いします』
だけど……そんな僕のリンドウの隣を1匹の害虫が独占していた。
その名はコスモス……勇者ツキミの息子だ。
他人に興味がない僕ですら知っているほど、この国では名の知れた男だ。
頭も良く……弓の腕は一流……異国の王子様のような顔と容姿。
しかも母親はこの国の重要な国宝を預かる由緒正しい巫女様。
恵まれた環境に置かれていながら、それを鼻にかけず……他人への敬いを忘れず、誰にでも優しい。
僕にないものを……いや、人間が欲しているものを全て持つ男……それがコスモスだ。
『さすが勇者の子だ!』
『いつ見ても素敵ね、コスモス様は……』
『彼こそ……この国の希望だ!』
誰もが完璧なコスモスを敬い、期待を抱く。
でも僕にはわかる……あいつは善人を装っているだけのクズだ。
あれだけ完璧な人間が存在するはずがない。
きっと裏では醜い本性を隠しているに決まっている!
『コスモス、踏み込みが甘いわよ? 肩の力を抜いて、もう少し足に力を入れて!』
『はい、ありがとうございます!』
そんなクズが……どうして僕のリンドウと2人っきりでトレーニングなんかしているんだ?
どうしてコスモスといる時のリンドウはあんなに嬉しそうに笑っているんだ?
一緒に訓練をし、時には休日まで町へ遊びに行っている。
まるで恋人同士みたいじゃないか。
「……」
仲良くしている2人を見るたびに胸が焼かれるように熱くなる。
心が抉られるような痛みを感じる……。
リンドウが他の友人と楽しそうにしているのを見ても特に何も思わないのに……
あいつだけは何かが違う気がする。
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そんな僕の不安が確信へと変わったのは、入団試験の合格発表前日……。
試験は終わったというのに、リンドウはお気に入りの場所で1日中トレーニングをしていた。
ひたむきに努力を重ねる凛々しいその姿は何度見ても僕の目を奪う……だが当然のように彼女のそばにいるコスモスの存在が僕の視界を汚す。
あいつさえいなければ……リンドウは僕にだけ微笑んでくれるのに……。
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『随分と日が暮れてしまいましたね、そろそろ切り上げましょう』
日が傾き始めると……コスモスはリンドウに解散を申し出た。
『そうね。 いつもよりちょっと早いけど……明日は合格発表だし、寝坊なんてしたらカッコ悪いからね』
解散に賛成したリンドウはトレーニング用品をまとめ、水筒の中の水を一気に飲み干した。
『コスモス? 待ち合わせ忘れないでよ?』
『はい……。 お互いの合格を祈って今日はゆっくり休みましょう』
『えぇ……』
コスモスとリンドウは固い握手を交わす。
僕の命を守ってくれたリンドウの美しい手に汚い手で触れやがって……。
あとでリンドウの手をきれいな布で拭いてあげよう。
『それではリンドウ。 また明日……』
『うん……』
コスモスはそう言い残してリンドウに背を向けて立ち去って行った。
やっと目障りな寄生虫が消えたとホッとしたその時……。
『フフ……』
リンドウがコスモスと握手を交わした右手をそっと胸に寄せ、ほんのりと顔を赤くなった顔で小さく微笑んだ。
それを見た瞬間、僕の中でくすぶっていたものが言葉となってはっきりと浮かび上がる。
”リンドウはコスモスのことが好き”
あり得ないと何度も頭を振って否定した……でも、目の前にいるリンドウは恋する乙女そのもの……。
今まで見たこともない女の顔に……僕は体中の震えが止まらなかった。
嘘だ嘘だ……あり得ない!!
リンドウは僕を選んでくれるはずだ!
あんなクズに心を奪われたりしない!
そうだ……リンドウはあいつに騙されているんだ。
リンドウの目を覚まさせてあげなくちゃいけない……。
それができるのは……僕だけだ。
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僕はその日のうちにリンドウが必ず通りかかる公園のベンチで彼女を待つことにした。
彼女の家の前で待ち構えるより……偶然を装って出会った方が運命だと思ってもらえる気がしたからだ。
僕は森の中で花を集めて花束を作って待ち続け……夜明けを迎え、辺りはすっかり明るくなっていた。
ほとんど眠れていないのに、僕は全く眠くなかった。
そしてとうとう、僕のリンドウが美しいその姿を見せてくれた。
「リンドウ!」
僕はリンドウを呼び止め、振り返った彼女が僕を見つめる。
手の平が汗ばむ……心臓が痛いくらいに鳴っている。
言葉が詰まりそうになるが、コスモスに心を動かされそうになっていたあのリンドウの顔が僕の心を突き動かした。
「初めて会った時から君が好きだった! これからもずっと……僕と一緒にいてほしい。
まだ知り合って間もない関係だけど……僕は本気だ!」
「……」
「リンドウ、頼む! 僕の気持ちを受け止めてくれ!
僕は君を必ず幸せにすると約束する!
だから……僕と結婚を前提に付き合ってくれ!」
僕はリンドウに抑えていた気持ちを全てぶつけた。
言葉が口から零れ落ちた瞬間、世界が止まったような気がした。
リンドウは驚いた直後に一瞬、目をそらした。
僕は彼女がこの気持ちを受け入れてくれると確信していた。
きっと今は、どんな風に僕に愛を伝えようかと考えてくれているんだ。
「ごめんなさい……気持ちは嬉しいんだけど……あなたの気持ちには応えられない」
「……えっ?」
リンドウの言葉が理解できなかった。
いや、理解しても心が受け入れるのを拒否した。
「カタクリは優しい人だと思う……。
だけど……ごめんなさい」
なんで謝るんだ?
なんでそんな悲しい顔をするんだ?
なんで……僕に愛を囁いてくれないんだ?
なんでなんでなんで……。
頭と心がぐちゃぐちゃになる……。
今この時が現実なのかすらわからなくなる。
そんな僕の脳裏に浮かび上がる、あの忌まわしいコスモスの顔。
「じゃあ……ほかに好きな奴がいるのか?」
「それは……」
リンドウは困ったように目を伏せた。
「リンドウがよく話す……あのコスモスって奴か!?」
考えるよりも先に口が勝手に動いていた。
リンドウははぐらかし、今は夢を追いたいという理由だけを残して公園から去っていった。
彼女の遠ざける背中が……僕には、コスモスの元へ走っていくようにしか見えなかった。
――ああ、そうか。
僕はこの時、本当に理解した。
僕とリンドウの運命を狂わせるコスモス……こいつさえいなければ、リンドウは僕を見てくれた。
あいつが……僕から幸せを全て奪っていく。
何もかも恵まれているくせに……僕のたった1つの希望まで奪うのか!!
「許せない……」
怒りで拳を握りしめる。
爪が掌に食い込み……。
ポタリ……
真っ赤な血が涙のように地面に落ちた。
次話もカタクリ視点です。




