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第22 くまっちゃうな~

 ロッドはフェンウィック、リールはアブガルシア・アンバサダー2500c。ルアーはヘドンのザラスプークをチョイス。かなりオールドスタイルだけど俺のお気に入りだ。

 ひとり漕ぎ出した湖面にはモヤがかかり、まるで雲の上にライドしているかの様に見え、点在する立木と相まって何とも神秘的な雰囲気を醸し出していた。


「水温の方が高い、か・・・。確かに今朝は寒ぃや」


 日が昇るには少しだけ早い。この時間が一番寒いのだ。開けていたジャンパーのチャックを首元まであげて辺りを見渡すと、山肌から霧が湖面へとゆったりと注ぎ込まれ、何処かでコゲラが木を突く音が聞こえる。


「荘厳・・・なんだけどね・・・靄が晴れるまで釣りにならねぇや・・・!ルアー、見えないもんなあ。やっぱりさ、トップウォーターやるなら醍醐味の“ガバチョ”が見たいじゃん!?・・・でもコレじゃあ・・・何だかちょっとずつ霧が濃くなっている気がする・・・仕方ない、何処か岸に寄せてコーヒーでも沸かして待ちますか」


 丁度良いワンドに舟を着け、苔生す岩に腰を降ろすと、コールマンのストーブにホワイトガソリンを注ぐ。ポンピングして火を着け湯を沸かし、携帯用ミルで粗めに豆を挽き早朝の一杯。纏わり付く霧のせいで衣服がしっとりと濡れ冷たかったがこれで幾分温まった。


「・・・あの声・・・カエルなんだよなぁ・・素敵な声だなぁ・」


 目をつむると、カジカ達のシンフォニー。清流の流れこみが近くにあるのだろうから、小魚狙いのデカい奴がいるかもしれない。一投目はその辺りにしようか・・・。

 そんな事を考えている間に昨日の仕事の疲れもあり少しの間だが眠ってしまった。


「・・・っ!!あっつ!!熱っ!」


 傾いたカップからコーヒーが溢れて目が覚めた。あまりの熱さに思わずその場で飛び跳ね回ると野鳥達がバサバサと飛び立っていった。


「お~~っ!熱っ!いや~ごめんね鳥達!ビックリしたよね!?俺もビックリしたよ!!完っ全に寝てたね。あー、熱かった・・・火傷は・・・してないな」


 裾をまくり少し赤くなったふくらはぎを擦りながらもう一杯コーヒーを煎れる。


「・・・なんだか変な夢を観ていたような気がするけど・・・一瞬眠っちゃっただけなのに前後の記憶が曖昧でモヤモヤサマーズだぜ」


 ちょっと熱めのコーヒーを飲み終えると霧が晴れて来て湖面が見えた。


「バシャッ」


 静寂を切り裂く大きなライズが起き心拍数があがる。静かにワンドの手前まで中腰で近づくと親指ででリールのレバーを押し下げ素早く胴を押さえる。テイクバックしたフェンウィックはしなやかに反発してルアーをするすると飛ばしてくれた。朝露で濡れたリールから水飛沫が上がりサミングする親指をびしょ濡れにしていく。コントロールされ飛んでいったルアーはライズのその先に「ッぽん」と着水し、水面から静かに頭をもたげウォークの時を待っていた。


「やばい!カンペキな一投だ!!俺ってばスゴーい( ´艸`)・・・あれ?俺・・・今まで語尾に顔文字なんで付けた事なんてあったかな・・・」


 若干の違和感を覚えるが、その位完璧なアプローチだったって事だろうと自分で納得した。

 数拍おいてロッドをタクトのようにピシッと振るとザラはヌルッと右へウォーク、一拍おいてもう一度振ると今度は左へウォーク。


「・・・でないかな??」


 更にビシッビシッとロッドを振ると、ザラはそれにこたえるように右左と水面を舐めるように歩いていく。


「ふうん・・・これならどうだ!?」


 続けざまにロッドを繰ると、まるでワルツを踊るかのように優雅な動きを観せるザラスプーク。ロッドをびたっと止めると慣性ですいっと廻り、最後に一つ波紋を残しその場に漂った。


 グバッッ!!


 突如水柱が上がりザラが水中に飲み込まれる!慌てずひと呼吸おいて合わせをくれるとズシンとした重みを感じフェンウィックのトップウォーターロッドが根元からしなる。

 ヒーンと音を立て右に左にはしるラインの先・・・デカいな!?少なくともヨンマルはオーバーしてるはずだ・・・!少しだけドラグを緩めるとちりりとラインが引き出された。


「来る!!」


 急にふっと軽くなったテンションにロッドを寝かせ急いでリールを巻いて対応すると


 ダバダバダバッ


 エラ洗いだ。バスが口から異物を剥がそうと水面で首を振り抵抗をみせる。二度、三度と続けざまに試みて来るがその都度バスに対してラインの角度を保ちやり過ごすが、最後に見せた見事な跳躍の前に敗北を喫した。


「いやあ~!あの浅い潜りからあそこまで跳ねるとは!!悔しいけど完敗です!!」


 回収したザラの塗装が歯形とフックの擦れで剥げている。俺のザラはバーブレスフックに換装してあるから少しの油断が結果にひびく。だがこの緊張感が堪らないのだ。

 ザラザラになった塗装を撫でる指を見てふと気になった。


「ううん!?俺の手・・・あれ?腕も??・・・こんなに毛深かったっけ??」


 いや、気のせいか・・・。自分の腕なんてそんなにじっくり観察しないものな。


「それにしてもいい出会いだった!!今日はこれで満足したから片して帰りますか!また会おう!ブラックバス君!!今度は俺が勝つ!待ってろよ!!」


 持ってきたものを全てしまい、ロッジにボートを返却して車の停めてあるところまで来ると、何か・・・大事な何かを忘れている気がして動悸がする。それも、かなりの胸の締め付けを感じ咳き込んでしまった。


「ッ!ゲホッゲホッ・・・すごい大切な物を無くしたような・・・此処を離れちゃいけない気がする!!・・・気持ちが悪い・・・」


 とりあえず車に乗り込みシートに深く沈む。


「ロッドは・・・ある。リールも仕舞った・・・財布?・・・ある・・・免許!・・・も、あるか・・・。判らないや」


 少し休めば落ち着くだろうと目を瞑るとさっきのバスのエラ洗いやジャンプする勇姿が浮かんだ。


「ああ、楽しかったな!逃がした魚はデカいなんて言うけれど正にだ・・・。ゴーマルはあったかも!?ザラに食い付く位だからな・・・悔しいけれど、楽しかった・・・ケド・・・」


 一人釣行もいいけど、みんなでワイワイ釣っていた事があるような気がしてならない・・・それっていつだったっけ・・・。


「・・・う~ん。考えたって仕方ないか・・・こんな日はサイゼワインのデキャンタで一人飲みでもしようかな・・・よし!!そうしよう!モッツァレラモッツァレラ♪」


 目的が出来ると胸の動悸も治まってきた。山あいを縫う国道は新緑にのまれ、まだ時間が早いこともあって時々雲に突っ込む。以前、鹿を引きかけた事があるからのんびりドライブモードで安全運転。入りっぱなしのカーラジオのニュースがなんとなく気になりボリュームを上げた。


『・・・仙台市内で熊の目撃情報が多数報告されています。青葉区では住民の被害は無かったものの長時間に渡って居座り目撃から十時間後に捕獲されました。そのほかに同市内・・・』


「最近この手のニュース多いな。・・・熊なんてつい最近まで動物園か北海道にしか居ないと思ってたよ。こっちも奥多摩で目撃なんてのもあったから気をつけないとな」


 たま~にこうやって釣りをしに山間部に来る位で普段は都心務めだから馴染みがなくピンとこないな。


「お?これ!!落語アニメの主題歌のやつじゃん!やっぱり桑田はいいねえ~~!!俺、娘が出来たら『栞』って付けたいんだよね~」


 と、口に出してみたものの、今は彼女すら居ないんだった⤵⤵


「うわ~・・・急にウツぅ~。元カノ同じ職場なんだよなぁ~。明日も顔合わせんだよな~。かぁ~!気まずっっ。もうね、今流行りの異世界転生とかならないかな~。あ、やっぱ無理だ・・・死にたくねぇし」


 でも若しあったら?なんて事に妄想を巡らせてみる。


「そうだな・・・やっぱ王道はハーレム状態だよな!ちょっと勝ち気なツンデレ娘とポヤッとした妹みたいな女の子と一緒に暮らしてて・・・職か・・・職は釣りで生計が立てられてたら余はご満悦じゃ!って感じかな♪・・・ハハッ・・・なわけないか」


「あっ!いけねっっ!」


 妄想が過ぎてサイゼを通り過ぎてしまった・・・orz


「うわ~。やっちまったぁ。この道一通なんだよ。戻れネェじゃん。もう!!・・・いいや。家に帰ってインスタントラーメンだな。チキンかサッポロ・・・サッポロだな。熊のニュース聞いたから北海道な気分で」


 自宅マンションのドアーを開けると不思議な感覚に囚われた。まるで数ヶ月間家を空けていたかのような妙な気分・・・いや、寧ろ自分の家ではないような、そんな感じだ。時計は正しく時を刻んでいる。釣りの間、車に置いてあったスマホも壁のカレンダーと日付は一緒だ。何ら変わりは無い。なのに・・・。


「・・・いつも通りに作ったのになんだかしょっぱい?あれ??お湯少なかったかなぁ」


 自分の舌がエラく敏感になっていてスープのコクが旨いのだが塩味が強く感じられる。疲れてるのかな?

 テレビをつけると得体の知れないコメンテーターが最近多くなった熊の出没についてあーでもない、こーでもないと言っていてツマラナイから直ぐに消した。

 翌朝、出勤途中にいつもすれ違う2匹の犬にむちゃくちゃ吠えられた。電車はややこんでいるのに俺の隣には誰も座らない。匂うのか??いや、そんなわけ!・・・萎える。



「おはよーございます!あれ!?亀井さん、ジムとか行ってるんですか?」


 会社に着くと朝から一番会いたくない(見ては、いたい。眼福なんで)元カノの沙織が俺に声をかけてきた。


「おはよう^_^;行ってないよ?なんで?」


「ん~。そうですか。なんかひとまわり筋肉が逞しくなってるように見えて・・・顔つきも精悍に格好良くなってません!?好きな人でも出来ましたか??」


 いや、好きなヒトはオマエだよ!くうっ!フッたクセに優しい笑顔でニコニコパンチ・・・誰彼分け隔てなく接してくれるいい子なんだけど、俺、既に完全アウトオブ眼中なのが身に染みる。


「あ、これ昨日アミちゃんが旅行から帰って来てお土産だそうです。どうぞ♪」


 それは熊本のゆるキャラの描かれたお菓子だった。


「また、熊、か・・・」


 部長のデスクの上にも木彫りの熊が居たっけ・・・なんか昨日から俺の周り熊だらけだな。

 ・・・そうか!分かった!!俺は昨日・・・山の中で・・・熊の幽霊に取り憑かれたんだ!!そうだ、そうに違いない!!寝落ちしている隙に()()()()と憑依されたんだ!

 原因が判ったところで相変わらず気持ちが悪く、午後はほとんど仕事が手につかなかった。

 ()()()()もんだ・・・。


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