第三十一話 僅かな喧騒と少年
とある日の昼下がり。
四皇生徒会室の一角にて、落ち着きなく椅子をくるくると回す少女の姿があった。
「それで、結局カイチョ―はどこに行っちゃったわけ?」
座面に腰を下ろし自らも回転する。器用に飴を咥えたのは四皇生徒会書記――神善祀羅その者であった。
「私用でしばらくお休みを頂くとのことです」
対し飄々とした様子で答えるのは四皇生徒会会計――黒鋼影。
傍らに積み上げられた大量の書類を捌きながら、祀羅に目もくれず小さくため息を吐く。
「……答えになってないンだけど」
若干の苛立ちを孕んだ声音を浮かべる祀羅。
「詳細は私も聞いておりません」
「チッ――最初からそう答えろっての」
「…………」
どんよりと渦巻く負のオーラ。
それらを傍目に、どうしてかその場にいる遠峰悠斗は端っこで肩身の狭い思いをしていた。
(なんで俺……こんなとこにいるんだ)
もはや耐えがたい絶望の雰囲気。
一筋の涙を流しながら、悠斗はつい先ほどの出来事に思いをはせた。
――一時間前。
四皇生徒会会長である皇鳥つばめから与えられた「周辺警戒地域における特定物質の回収」の命令。本来紅花にのみ与えられた命令だったが、巻き込まれる形で悠斗も同伴することになった。紆余曲折あり、何とか一旦の区切りを見せた紅花たちは報告の為生徒会室へと足を運んだ。
しかしそこにつばめの姿はなく、ただ犬猿の中である影と祀羅がいがみあっている光景だけが広がっていた。
『しょーもないアル』
そう言い残し足早に去ってしまった紅花。
悠斗は退室するタイミングを見失い、現在に至るわけだ。
(とりあえず回収物だけ置いて、もう出ていっちまおう……)
ごくりと生唾を飲み込み、背負った荷物を置いた瞬間。
「それで、遠峰君」
「は、はいッッ!?」
突如として影が声をかけてきた。
「今回は紅花副会長が無茶を言ってしまい申し訳ありませんでした」
「い、いや……別に……」
あははと冷や汗を浮かべる悠斗。
例のセクハラ事件を見逃してもらった対価だとは口が裂けても言えない。
「本題ですが、例の物質の回収の際に何か違和感はありませんでしたか」
「い、違和感ですか?」
会話の流れをぶった切り突然本題に入ったことに虚をつかれながらも、悠斗は以前の記憶に思考を巡らせる。
(違和感つってもなぁ……)
普段と違う出来ごとに焦点を合わせた際、ふとある記憶が水面に浮かんだ。
「そういえば、例のブツを回収した途端大量の〈神骸〉が襲ってきたな」
独り言のように呟いた言葉。
ピクリと影の眉が動いた。
「具体的な数は憶えていますか」
「えぇと、確か十匹以上はいたはずですが……」
「なるほど」
ふむと顎に手を当て思案に耽る影。端末を操作しつつ悠斗の横を通り過ぎ、そのまま生徒会室を後にした。
取り残された悠斗はぽかんとした表情のまま祀羅に目を移す。
「――帰っていいっすか」
「聞くまでもないっしょ」
「ですよねー」
二度と四皇生徒会には関わるまい。
生まれたての小鹿のように足を震わせながら、悠斗は部屋を後にするのであった。
よもやそのすぐ後に紅花に捕まるとはつゆ知らずに……。
■
「やほ、相変わらず酷い顔だね」
第八訓練場待機室にて、マリアは聞き覚えのある声に顔を上げる。
そこには〈武器科〉四年――リリットの姿があった。
「嫌味なら他を当たってちょうだい」
「つれないにゃん」
心底嫌そうに嘆息を吐く。
が、そんなマリアの様子に委細構わず隣に腰を下ろしたリリット。
「それで〈レーヴァテイン〉の調子はどう?」
「変わらずよ。再生の能力は使えないまま」
「――ただ純粋な攻撃性能は上がっていると」
「そんなこととっくに分かり切ってるでしょ」
「確認しただけじゃーん。そうカッカしないでにゃん」
マリアははぁと頭に手を当てる。
そうしていつもの如く〈レーヴァテイン〉を顕現させると、半眼と共にリリットへと預けた。
「さっさと終わらせてよね」
「了解だにゃん」
〈レーヴァテイン〉が今の形に変質してから、こうしてリリットに定期メンテナンスを頼んでいる。性格や言い回しは癪に障るが、すでに機関直属の精鋭解析部隊に内定が決まっているだけはあり、学園の中で技能においては彼女の右に出る者はいないだろう。
「……終わりっ」
「次もよろしく頼むわ」
ふぅと吐息を吐いたリリットから奪い取るように〈レーヴァテイン〉を回収し、腰を上げたマリアはそのまま出口へ歩を進める。
「結果は聞かないのかにゃ?」
「当てて見せようかしら」
「「異常なし」」
「大正解だにゃ」
そう「異常なし」だ。
使用における能力に変容はあれど、それによる暴走リスクの上昇などは見られず。
結果――兵器としての異常はない。
「……全く嫌になるわ」
部屋を後にしたマリアは吐き捨てるように言うと、次の決闘へと身を投じた。




