魔物の街 80
「そのなりじゃあ、すごんでも無駄だろ?」
白い調理服の久間の言葉にランは照れるように頷いてうどんを啜る。
「ああ、そうだ。抜刀隊は動いているはずだよな」
口元にねぎをつけたまま汁を啜って一息ついたラン。幼く見える面差しが自分の麺を喜んで食べている様を微笑みながら見ている久間に向いた。嵯峨に従う遼南での憲兵隊時代からの部下達。多くが前の大戦が終わり、戦争犯罪容疑で軍籍を剥奪された後も嵯峨の私的な援助で活動しているまさに嵯峨家の犬と呼ばれる『嵯峨抜刀隊』の存在は誠も軍に入ってから聞かされていた。
「それがねえ……」
そう言うと久間はタバコを取り出す。
「タバコを吸ってもいいのか?」
「ここは俺の店なんで。西園寺の姫様には遠慮していただきたいですね」
久間がライターに火をともす。沈黙の中、小夏が一人うどんを啜った。
「俺達も黙って見ていたわけじゃないんだ。実際、三つの研究施設の破壊に成功している」
「じゃあなんで……」
そんな言葉に食いつこうとした島田を制してランは久間の顔を見つめる。
「どこも襲撃前に情報が漏れてたみたいなんだな、これが。万端の準備と逃走経路の割り出しをどんなにしっかりしていてももぬけの殻だ。まるで先が読まれているように綺麗に逃げられてな」
久間が煙を吐くとランが思い切り咳をする。その姿にリアナとアイシャが抗議する様な視線を投げる。
「ああ、すまなかったな。クバルカはタバコが苦手だった」
「アタシのことはいいんだよ」
取り出した携帯灰皿にタバコを押し付ける久間。そして彼はそのままマリアに目を向けた。
「地球の諜報機関はどう見てますかね」
ロシアの対外活動特殊部隊との強力なパイプを持っているマリアに全員の視線が集まる。
「そんなに見つめられても困るな。どこも手にしている情報は久間さんと同じくらいだろう。法術関連の技術開発で人権侵害を行わないことと、研究成果の公表を義務化する条約は締結に遼州同盟が批判的だが結局アメリカのごり押しでそう遠からず締結されるだろう。それを無視して研究をするなら東和なんて目立つところでやる必要もない。そもそもなんで今、東和でなのかが分からないんだ」
そう言うマリアのうどんは鰹出汁。口に運ぶのはごぼう天だった。
「そうなると正規軍を引っ張り出したりすれば研究が遅くなるだろうというのは希望的観測に過ぎないということになるわけですわね」
茜が色の濃い昆布出汁を啜る。
「おい、茜。その出汁は……」
「要さん、出汁のところを良く見るべきでしたわね。ちゃんと五つの出汁の鍋があって回転させればそれぞれの味の出汁があるんですのよ」
そう言って微笑みを浮かべる茜をにらみつけたあと、要は頭を掻きながらカウンターで退屈そうに久間を見つめている店員に愛想笑いを浮かべた。




