魔物の街 75
「いつもすみませんね」
「良いって!アタシが好きで……おっと!」
ジャケットのポケットで震える携帯端末を取り出すラン。要とアイシャは奢りと言う言葉を聞いてからニヤニヤが止まらないような様子だった。
「ああ、そうか。ライラも実績が欲しいだろうからな。そこんとこの調整はタコの腕の見せ所だろ?」
携帯端末からは先任の保安隊副長である明石清海中佐の声が響く。それに笑いながら答えるラン。
「そう言えば車は?カウラのは4人乗りだろ?」
「私と嵯峨警視正の車で出ればいいはずだ。島田、お前はバイクでサラと行くんだろ?」
カウラに見つめられて仕方なさそうに頷く島田とサラ。
「でもどこ行くんですかね」
「おう、うどんに決まってるだろ?遼南と言えばうどんなんだ」
通信を終えたランが力強く叫んだ。
遼南は地球人の入植が湾岸部のみでしか行われず、遼州原住民族が建てた国だった。だが地球から持ち込まれたうどんは彼等を魅了する食材となった。遼南は良質の小麦を生産し、その小麦粉から作ったうどんの腰は地球のそれを上回るとして宇宙に名をとどろかせた。
先の戦争でも枢軸側として戦った遼南は宇宙でうどんをゆでて水が不足し降伏した軍艦の噂や、うどんを同盟国である胡州やゲルパルトに取り上げられて寝返った部隊があるという噂で知られるほどうどんを愛する国民性だった。そして中でも伝説とされるのが『うどん戦争』と呼ばれた遼南内戦の最後の戦い『東海侵攻作戦』が有名だった。
クーデターで遼南の全権を握った嵯峨惟基は胡州への再編入を求める東海州の軍閥花山院家を攻撃した。だが戦線が膠着すると見るや前線基地で一斉にうどんをゆでるという奇妙な行動に出たことで嵯峨軍が長期戦を覚悟したと勘違いした花山院軍を、少数の特殊部隊で奇襲して打ち破ったという事件があった。
「そう言えばクバルカ中佐は昆布派ですか?鰹節派ですか?」
ほほえましくつぶやいた誠の目の前にやけに真剣な顔のランが立っていた。そしてそれを見た要が誠の肩を叩く。
「遼南人にそれを聞くときは注意したほうがいいぜ。マジで喧嘩になるからな。央都は昆布だよな。アタシのお袋は北兼だから鰹節派なんだけどな。昆布を買ってきてぶん殴られたりしたこともあるからな」
要の言葉に頷く誠。そしてそのまま玄関にたどり着く。
「でもランちゃんの薦めるうどん屋って興味深いわね」
完全にお客さん体質になっているアイシャが微笑んでいる。
「トッピングは選べるのかしら?」
「あれですよ、茜捜査官。自分でゆでるタイプの店がこの前……」
「なんだ?ラーナは行ったことあるのかよ」
茜の助手らしく情報をまとめてみせるラーナの言葉にランが少し不満そうな顔をする。
「そう言えばラーナちゃんも遼南でしょ?出汁は?」
アイシャの質問に靴を履き終えて恥ずかしげにうつむくラーナ。
「私は山育ちなんで。マイナーなきのこの汁なんです」
その言葉にアイシャとカウラと要の顔が一瞬とろけそうになるのを誠は見逃さなかった。




