魔物の街 46
「カウラ。そいつは……」
要の表情が曇る。カウラも自分の言葉が要の心に刺さったことに気づいて黙り込んだ。
「そいつは物を知らない、胡州の構造を知らない人間の台詞だな」
相変わらずうつろな瞳の要をじっと誠は見つめていた。
「アタシが入った陸軍は親父とは対立関係にあった組織だ。爺さんを三回爆殺しようとしたのは退役軍人の右翼活動家ということだが、全員が陸軍の予備役の身分だった連中だ。今じゃ語り草の醍醐将軍のアフリカでの活躍にしても、家柄を煙たがれ手僻地に飛ばされたと言うのが実情みたいなもんだ」
要の抑揚の無い言葉に誠は心をかきむしられる気分がした。回りの計画性の欠如した建物の群れもそんな気持ちに後押しをするように感じられてくる。
「前の胡州の内戦のきっかけも、自分になびかない陸軍への政治干渉を狙った親父の挑発に陸軍が乗っかったんだ」
そう言うと窓を開けてタバコを取り出す要。いつもなら怒鳴りつけるカウラも珍しく要のすることを黙って見つめていた。
「内戦に負けて外への発言が出来なくなった陸軍の貴族主義的な勢力は、露骨な反政府人事を内部で展開したわけだ。内戦で勝利した陸軍の親父のシンパの醍醐文隆将軍が陸軍大臣に就任できなかったのもすべては陸軍の貴族主義勢力の根回しが原因というわけだしな」
「なるほど、内戦の敗北で頭の上がらなくなった民主勢力の旗頭の西園寺基義首相の娘に汚れ仕事を引き受けさせて面子を潰そうとしたわけか……まるで餓鬼の発想だな」
明らかに要のタバコを嫌がるように仰ぎながらランが言葉をつむぐ。
「でもその後のことを考えれば西園寺公がお前の配属にブレーキをかけるくらいのことは出来たんじゃないのか?公爵家の嫡子が元娼婦なんてスキャンダル以外の何者でもないぞ」
カウラの言葉には誠も賛同できた。胡州の貴族制度はもはや形骸になりつつあると言っても長年の伝統がすぐに廃れるはずは無い。誠はそう思いたかった。要が見知らぬ租界の成金達にもてあそばれる姿など想像もしたくなかった。
「ああ、でもアタシは志願したんだ」
あっさりそう言うと要はタバコを携帯灰皿に押し込んだ。カウラはその様子と気が抜けたような表情の要を見るとそのまま車を出した。
「親父さんへのあてつけか?」
ぼそりとランがつぶやく。ドアに寄りかかるようにして上の空で外を眺める要。街は再び子供達が駆け巡るスラム街の様相を呈してくる。
「それもあるな。『貴族制は国家の癌だ』なんて言ってるくせに法律上の利権だけはきっちり確保している親父の鼻をあかしたかったって気持ちが無いって言ったら嘘になるよ。自分の手で何かをしたい、親父や醍醐のとっつぁんの世話にはなりたくない。そうつっぱってたのも事実だからな」
上の空でつぶやく要。その姿はコンクリートの壁など一撃で砕くような軍用義体の持ち主の要にしてはあまりにも小さく見えて誠は目をそらして正面を向いて街を眺めていた。冬の日差しは弱弱しく見える。まだ時間が早いのか繁華街にたどり着いたカウラの車の両脇には無人の酒場と売春窟が続く。
その時ランの携帯端末がけたたましく鳴った。ランは黙ってそれを取り出して画面を覗き込む。
「おう、茜達も仕事が済んだらしい。このまま寮に直帰だ」
ランの言葉がむなしく響く。カウラもランも一人ぼんやりと外を眺めている要に気を使って黙り込む。誠もこの痛々しい空気に耐えられずに外を眺める。
警備部隊は遼北軍に変わっていた。だが彼等もやる気がなさそうにカウラのスポーツカーを眺めているだけだった。
「良いことも無い街だったが、なかなかどうして、アタシの今を作ったのはこの街なのかも知れねえな」
ぼんやりと窓の外を眺めていた要がそんなことをつぶやいた。カウラはその声にはじかれるようにして車のアクセルを踏み込み、大通りへと向かった。




