魔物の街 45
「それじゃあ行くぞ」
そう言って要は立ち上がる。見事に数分でうどんを完食して見せた彼女に驚いて誠は顔を上げる。
「おい急ぐなよ。まだ食ってるんだから」
そう言いながら最後の汁を飲み干すラン。その視線の先には湯気の上がる汁を吹くカウラがいた。要は仕方がないというようにどっかと椅子に座る。
「姐御、これから暇なわけ無いっすよね」
「そうだ暇なわけがねえな」
三郎の言葉にぞんざいにそう言うと要はポケットからタバコを取り出した。気を利かせるようにライターを差し出す三郎の手を払いのけて自分のライターで火をつける要。
「昔は俺の方が火をつけてくれたもんですのにねえ」
「バーカ。オメエは下っ端だろ?まあそうでもなきゃアタシがタバコに火をつけてやった連中の多くは墓の下にいるからな。そうだ!今からでも遅くないから送ってやろうか?三途の川の向こう」
そう言って素早く拳銃を取り出す要に立ち上がって両手を上げる三郎。
「馬鹿は止めろ。食べ終わったぞ」
カウラが立ち上がるとそのまま要は銃をホルスターに戻した。
「すまねーな大将。勘定はこの馬鹿で良いのかい」
そう言って足が届かない椅子から飛び降りてカウンターに向かうラン。
「なに、また来てくれよ。あんた遼南だろ?」
店の親父はふてくされる息子を無視して小さなランのことをうれしそうに見つめる。さすがに誤解を解くのも面倒なようでランは照れ笑いを浮かべながら財布を取り出す。
「おー。やっぱり分かるか。うどんの食い方ひとつにもこだわるのが遼南人の心意気って奴だからな……そこのチンピラ」
ランはそう言うと三郎を見上げる。三郎も要の知り合いと言うこともあり、その上司のランを子供を見る目ではなく真剣に見つめていた。
「人の売り買いは金にはなるかも知れねーが手の引き時が肝心だぞ」
親父とは違って三郎の目は真剣だった。ランのくぐった修羅場を資料で見せられている誠も二人の緊張した雰囲気に息を飲んだ。
「ご高説感謝します」
そんなランの言葉に皮肉たっぷりにやり返す三郎。そしてその様子にサディスティックな笑顔を振りまきながら、肩で風を切るように店を出るラン。
「凄いですね、あの三郎とか言うヤクザ相手に一歩も引かないなんて」
店を出てずんずんと歩くランがそんな言葉を言った誠を振り向いた。いかにもあきれ果てたそんな表情が浮かんでいる。
「オメーなあ。自分の仕事が何かわかって言ってんのか?」
それだけ言って骨董屋の前に止められたカウラの車に乗り込むラン。
「精進しろよ。新兵さん!」
要はそう言って誠の肩を叩いて続いて車に体を押し込む。誠は彼女が助手席のシートを戻すとそこに座った。
「カウラ。ちょっと良いか」
そう言うと要は自分用の端末をサイドブレーキの上に置いた。『志村三郎』と言う租界管理局のパーソナルデータがそこには映っていた。
「先に言っておくけどアイツとの関係はオメエ等の想像通りさ。まあアタシは娼婦以外にも胡州陸軍の工作部隊員と言う顔があったわけだが」
要の言葉が暗くなる。誠はいくつもの疑問が渦巻いていたが、その要の顔を見て口に出すことが出来なかった。
「おい、西園寺。貴様の戦闘における判断の正確さや義体性能を引き出す能力は私も感服しているんだ」
静かにカウラがそう言いながら要の死んだ魚のようになる目を見つめている。
「だとしてもだ。なぜ胡州四大公の筆頭の次期当主がこんな汚れ仕事に携わるんだ?生まれを重視する胡州なら私のような人造人間を引き受けて育成するとか方法はあったろうに」
その言葉にただ無表情で返す要に車内の空気は次第に重くなっていった。外の景色はただ建ってからの年月からみると不思議なほど痛みの目立つビルが続いている。そんな中で誠は黙って要を振り返っていた。




