魔物の街 42
「物資の行き先?それはアタシ等の仕事じゃねーよ。東都警察か安城の機動部隊にでも当たってくれよ」
そう言ってランが小さい胸の前に腕を組む。その様子が面白かったようで要がまねをして豊かな胸に腕を押し付ける。そしてバックミラーに写る二人の様子にカウラが噴出した。
「何考えてんだ、オメー等は!」
そう言うとランは子供のように頬を膨らませた。もしこの顔をアイシャが見たら『萌えー!』と叫んで抱きつくほど幼子のようにかわいい表情だと思った誠は自分の口を押さえた。
「じゃあ、そこの路地のところで車を止めな。飯、食ってから帰ろうや」
要の声に再びカウラは消火栓の前に車を止めた。
「骨董品屋?なじみなのか?」
誠がドアを開けて降り立つのを見ながら、起こした助手席から顔を出すランが要に尋ねる。
「まあな。ちょっと先に市場がある、その手前で待っててくれよ」
そう言うと最後に車から降りた要はそのまま骨董品屋のドアを開けて店の中に消えた。
「歩くなら近くに止めた方が良かったのでは無いですか?」
カウラの言葉を聞いてランはいたずらっ子のような顔をカウラに向ける。
「オメーの車がお釈迦になってもよければそうするよ。たぶんこのいかがわしい店は西園寺の非正規部隊時代からのなじみの店なんだろ?当然この店の客は西園寺が何者か知っているわけだ。その所有物に傷でもつければ……」
そう言ってランは親指で喉を掻き切る真似をした。これまでのこの地の無法ぶりにカウラも誠も納得する。
串焼肉のたれがこげるにおいが次第に三人に覆いかかってきた。パラソルの下、そこは冬の近い東都の湾岸地区にある租界を赤道の真下の遼南にでも運んだような光景が見て取れた。運ばれる魚は確かにここが東都であることを示していたが、売られる豚肉、焼かれる牛肉、店に並ぶフルーツ。どれも東和のそれとは違う独特の空間を作り出していた。
「おう、なんだよそんなところに突っ立ってても邪魔なだけだぜ」
遅れてきた要はそう言うと先頭に立って細い路地の両脇に食品や雑貨を扱う露天の並ぶ小路へと誠達をいざなった。テーブルに腰掛けて肉にかじりつく男達は誠達に何の関心も示さない。時折彼等の脇やポケットが膨らんでいるのは明らかに銃を所持していることを示していた。
「腹が膨らむと人間気分が穏やかになるものさ」
要からそう言われて、誠は怯えたような表情を浮かべていたことに気づいた。
「おう、ここだ」
そう言うと要は露天ではなく横道に開いたうどん屋の暖簾をくぐった。
「へい!らっしゃ……なんだ、姐御かよ」
紫の三つ揃いに赤いワイシャツと言う若い角刈りの男が要を見てがっかりしたようにつぶやく。保安隊のランの前の副長である明石清海が同じような背広を着ていたのを思い出して少しばかり安心した誠。だがその表情が気に食わなかったのか、男は腕組みをしてがらがらの店内の粗末な椅子に座り込んだ。
「おう、客を連れてきたんだぜ。大将はどうした?」
要はそう言うと向かい合うテーブル席にどっかりと腰掛ける。
「ああ、親父!客だぜ!」
チンピラ風の男が厨房を覗き込んで叫ぶ。のろのろと出てきた白いものが混じった角刈りの男が息子らしいチンピラ風の若造をにらみつける。
「しかし、姐御が兵隊さんとは……あの姐御がねえ」
そこまで言ったところでチンピラ風の若造は要ににらまれて黙り込む。
「良いじゃねえか。この店を担保に娼館から身請けしてやるって大見得切った馬鹿よりよっぽど全うな仕事についていたってことだ。沙織さん!いつものでいいかい」
大将と呼ばれた店主の言葉に頷く要。
「娼館?沙織?」
カウラはその言葉にしばらく息を呑んだ後要を見つめた。
「沙織は源氏名って奴だよ」
それだけ言うと黙り込む要。そんな彼女を静かに見つめるラン。そのランを見ると男は子供を見かけた時のようにうれしそうな顔をする。
「おう、若造」
ランの言葉にすぐにその緩んだ表情が消えた。
「なんだ?この餓鬼は」
ランの態度にそれまで要には及び腰だったチンピラがその手を伸ばそうとした。




