魔物の街 41
「でも、南方諸島でしょ?あそこは遼州南半球ではもっとも民主化が進んだ国でそれなりに治安も安定していますし、主要産業は観光ですから……あの兵士達は……」
そう言って立ち上がる誠を呆れた表情で見守る要。
「あのなあ、そう言う考えは安全地帯にいる人間が自分は違うと思い込んだときの発想だな。ここじゃあつまらない不条理で、誰もがいつくたばってもおかしくない。そんなところに仕事ってことで放り込まれて頭のタガが揺るがない人間がいるのなら見てみみたいもんだな」
そう言って要は周りを見渡す。正規軍との交渉に勝利したと言うような形になった誠達を見て下心のある笑顔を浮かべて近づいてくる租界の住民。
「とっととおさらばするか」
そう言うと要は吸いかけのタバコを投げ捨てて再び車の後部座席に体をねじ込む。誠も慌てて助手席に乗り込む。
「早く出せよ」
ランの言葉にカウラはアクセルを踏み込んだ。
「あれもまた人間の摂理さ」
路上で子供達が突然走り出したカウラの車に罵声に近い叫び声を上げていた。
「この街では暴力とカネ以外のものに何一つの価値も無いんだ。仕事でここに来ることはこれからもあるだろうからな、良く覚えておけ。まあそういう意味ではアタシ等の商売道具は暴力の方だがな」
要の目が死んでいた。その隣で窓から外を見ているランの瞳もその幼げな面持ちとは相容れないような老成した表情を形作っている。
「西園寺にしては的確な状況説明だな」
黙って要の言葉を聞いていたカウラがバックミラーの中の要を見つめる。
「おい、カウラ。アタシの説明はいつだって的確だろ?じゃなきゃオメエもくたばっているような出動も何回かあったしな」
そう言った要の瞳に久しぶりに生気が戻る。カウラはそれに満足したように倉庫街のような道に車を走らせる。そこには廃墟の町で見なかった働き盛りの男達が群れていた。袋に入ったのは小麦か米か、ともかくその袋を延々と運び続ける男達の群れ。周りではどう見ても堅気には見えない背広の男達が手伝うつもりも無く談笑しているのが見える。
「租界での通関業務って禁止されているんじゃないですか?」
「神前。西園寺の言葉を聞いてなかったのか?駐在部隊だって同じこの魔窟に巣食う住人なんだ。もらうものをもらえば見てみぬふりさ、それに仲良くお仕事に励むってのも美しい光景だろ?」
ランの皮肉の篭った言葉に誠は目を開かせられた。東都湾岸地区の急激な治安悪化により三年前に同盟軍の駐留を許可した東和政府。同盟会議の決議により駐留軍はその裁量の範囲内で必要な資材の搬入や輸送を独自に行う権利を与えられることになった。それがこの魔窟では明らかに部隊に必要な補給としては多すぎる量が倉庫に送られていく。さすがに後ろめたいと感じているのか、付近には駐留部隊の兵士の姿は無かった。
「これがこの街を支えているんですね」
次々と運び込まれる穀物の入った麻袋がパレットにある程度積み上げられると。中の見えない木箱と一緒にフォークリフトで倉庫から建物の裏へと運ばれていく。その向こうでは冷凍貨物のコンテナが軍用の塗料のまだ落ちていない中古のクレーンに吊るされて巨大な倉庫に飲み込まれる。
そしてそのどの作業にも生命力を吸い取られていると言うような姿の男達のうごめきが見て取れた。
「こんなに物資が?でもどこに?」
ただ誠はその圧倒的な物流の現場に圧倒されながら流れていく港の景色を見送っていた。




