魔物の街 38
「司法局管轄の人間だからってそんなに構えることねーだろ?」
にこやかに笑う広報の腕章の士官を覚めた目で見つめているラン。その状況で誠はこの警備本部が非常に胡散臭いものに感じられてきた。同盟内部でも軍事機構と司法局の関係はギクシャクとしたものだった。特に保安隊のように軍事機構の権限に抵触する部隊には明らかに敵意をむき出しにする軍人も多い。一方で停戦監視任務や民兵の武装解除などを行っている場合になると軍事機構の側の人間の反応は少し違うと先輩の島田からは聞いていた。
一つは明らかに仕事を押し付けてくる場合である。停戦合意ができた以上、危ない橋を渡る必要は無いと、武装解除作業を保安隊に押し付けて隊員は街にでも飲みに繰り出す。昨年春の東モスレムでのイスラム教徒と仏教徒の衝突が突然の和平合意で遼南陸軍の監督に向かったときには露骨に仕事を押し付けられたと島田は愚痴った。
そしてもう一つのパターン。それが目の前のケースだった。
『明らかに邪魔者だから消えてくれって感じだな』
広報の士官のにこやかな笑顔が誠の神経を逆なでする。ランは広報の士官を見上げながら明らかにいらだっているように要の脇を突いた。
「構えてなどいませんよ。それに本部長は外出中ですので……君!お茶を入れて差し上げて!さあ、こちらにどうぞ」
地図とにらめっこしていた女性下士官がそのまま立ち上がるのを見ると要はデータチップを手にした。
「別に挨拶に来たわけじゃねえんだ。これ、ちょっと手に入れたんだけど見てもらえるか?」
広報の士官の態度が明らかに硬くなる。その表情でランと要は半分満足したようにそのまま広報の士官が立ち止まるのに合わせて通路の脇の端末を勝手に起動させる。
「ちょっと!困りますよ」
「なにが困るんだ?こっちから良い仕事のネタを提供してやろうって言うんだから……ほい、出た」
要はすぐに人身売買や非合法の臓器取引のデータがスクロールするように設定して警備本部の広報中尉にそれを見せる。
「……これがどうしたと?」
その反応の薄さに要はにやりと笑った。
「ほう、これはフィクションで実在の警備部隊とは関係ありません……とでも?」
「ありえないですよ。どこで手に入れられたか分かりませんが、租界における人権問題の重要性は同盟内部でも常に第一の課題として……」
そこまで中尉が言ったところで要が右腕を端末の乗っている机に思い切り振り下ろした。机はそのサイボーグの強靭な腕の一撃でひしゃげる。そして広報の中尉はおびえたように飛び上がった。
「アタシの情報がでたらめって言うんだな?」
腕を机にめり込ませたまま要が怯えている将校を見上げる。
「でたらめ……いえ、マスコミの捏造記事じゃあるまいし……」
「火の無いところに煙が……って奴だ。邪魔したな」
そう言うと要は机にめり込んだ腕を引き抜き、振り返る。ランもせせら笑うような笑みを浮かべてそれに続く。誠とカウラはただ二人が何をしたかったのかを考えながら警備本部から出ることにした。




