魔物の街 34
「吉田。この面は見たことあるか?」
嵯峨の突然の言葉に首を振る吉田。それを見て嵯峨はにんまりと笑った。
「吉田君も知らないなんて……誰なんですか?」
リアナの言葉に困ったような顔をする嵯峨。
「そんな吉田も知らねえような奴のことを俺が知ってると思うの?」
「でもこの写真は隊長が出したんですよね、その机から。それとも隊長の机には誰かが写真を放り込むことが出来るようになっているんですか?」
当然のようなリアナの言葉に嵯峨は額を叩く。
「そうだな。悪かった」
しばらく嵯峨はそのまま沈黙した。吉田とリアナの目は嵯峨から離れることが無い。その沈黙は情けなさそうな顔をした嵯峨に破られた。
「あのさあ、タバコ吸って良い?」
緊張した空気を台無しにするためだけの言葉。仕方なく頷く二人を見て机に置き去りにされていたタバコの箱からよれよれの紙タバコを一本取り出してゆったりと火をつける。
「俺は元々胡州の東和大使館付き武官で軍人の生活を始めたわけだけどな。その時偶然この写真を手に入れちまってね」
「偶然?大使館付き武官の任務は情報収集活動ですよね。そんな任務の将校が偶然?」
リアナの突っ込みに再び泣きそうな顔をする嵯峨。
「まあ当時から一般メディアで出てこないだけで法術の存在は胡州軍も知ってたからな。東和はこの惑星遼州の富と情報が集まる国だ。そこで法術関連の情報を集めていて手に入れたのがこの写真だ」
そう言うと嵯峨は同じ男が写っている写真の一枚を取り上げる。そこには軍服を着た長髪の男が部下と思われる坊主頭の兵士に何かを指示している写真だった。
「コイツは遼南再統一以前の遼南南部軍閥の制服ですか……時代がおかしくないですか?」
吉田の言葉にリアナも頷く。遼南が再統一されたのは目の前の中年男、嵯峨惟基誕生以前の話である。先ほどの誠達に法術のデモンストレーションをやった人物と同一人物であるならばサイボーグ化でもしていない限り変化の無いことなどありえないことだった。だが法術に耐え切る義体の開発は未だどの国も成功していない。
「俺もそう思ったさ。だけどこの写真を手に入れて数日後に俺は本人に会った」
その言葉に吉田は黙り込む。冗談は言う、嘘もつく、部下を平気でだます。そう言う嵯峨だがこの状況でそんなことをするほど酔狂でないことは長い付き合いで分かっていた。
「じゃあ誰かは分かるんですよね」
リアナが嵯峨を見つめて話の続きを待つが、嵯峨はのんびりとタバコをくゆらせる。
「なあに、ちょっとコイツで斬りつけただけだ。それほど会話を楽しんだわけじゃない」
そう言って立てかけてある愛剣長船兼光を指差してそのまま伸びをする嵯峨。
「穏やかじゃないですね、それは」
「そう、穏やかじゃないんだよ。この男は。実際資料も集めてみたが結果こっちの二つの写真が見つかっただけだ。吉田が知らないのも無理がねえよ。電子データはいくら探しても見つからなかった。こんなアナログデータ、吉田の飯のねたにもならんだろうしな」
そして指差したのは遼南帝国軍の制服を着た軍人達に囲まれての記念写真のようなもの。そして背広を着て街を歩いているところを盗撮したような写真だった。
「法術の存在を世に知らしめる必要がある。それを考え出したのはこの男に斬りつけて返り討ちにあったその日のことだ。でもねえ、所詮一介の二等武官がどうこうできる話じゃねえ」
嵯峨は再びタバコを口にくわえる。
「でもなんで……」
リアナの真剣な顔をちらりと見た嵯峨は再び机をあさって一冊の冊子を取り出した。
『ソクラテス哲学研究・社会情勢と政治学について』そう書かれた表紙の貧相なコピー冊子に吉田とリアナは首をひねる。
「これがコイツの書いたものらしい。哲人政治の実現に向けての施策を論じたものだが……俺にはヒトラーの『わが闘争』と区別がつかなかったよ。力を持つものは人々を導く責任を負うっていうのが論旨だが……俺はこういう論じ方している人間が大嫌いでね。弱肉強食を人間同士で当てはめようと言うような論理が見え見えで」
皮肉めいた笑みを浮かべる嵯峨。
「法術師を頂点にしたファッショでもやろうって言うんですか。確かにそれは願い下げだ」
吉田はそう言ってその冊子を手に取る。
「だから今回の事件は法術師の王国を作ろうって言うコイツの理想とやらとぶつかるはずなんだが、希望的観測はしたくもなるよ」
そう言うと嵯峨は机の上の写真を引き出しにしまう。法術を制御されていたとは言え嵯峨を返り討ちにしたほどの実力のある法術師。その存在に吉田達は複雑な表情で嵯峨を見つめる。
「ただ無関係じゃないだろうからな、フォローはしておいてやろうじゃないの」
嵯峨は口にくわえたタバコをそのまま灰皿に押し付けて立ち上がった。




