魔物の街 28
しばらく時間が止まったようにカップの中を覗く。
「なんでこんなものがあるんだ?」
自分のカップから白くてやわらかい芋虫を取り出すと、要は一口でそれを食べてしまった。その姿に冷や汗をかく誠。
「ええとね、遼南の山岳レンジャーの隊員がこの前の訓示のお礼だって!」
元気良く答えるシャムを見て誠は再びマグカップの中を覗き込んだ。
「まあ見た目があれだが食えるぞ」
そう言うとランも芋虫を口に運ぶ。誠は恐る恐る再びカップを覗き込んだ。
「何の幼虫ですか?」
奥で珍しそうにカップを覗いていた楓は要の芋虫を食べる光景を見てこわごわ口に運んで一気に飲み下そうとする。だがそれが喉に詰まったのか、すぐに立ち上がると誠を押しのけて廊下へ飛び出した。その様子を見ていた部下の渡辺かなめもそれに続く。
「ああ、これはゾウムシの幼虫ですよ」
遼南出身と言うこともあり、第三小隊の三番機担当のアン・ナン・パク軍曹は芋虫をつまんで普通に口に運ぶ。次第に握っていた手に汗が出てくる誠。
「もしかしてこれがレンジャーの主食の虫ですか?」
ようやく誠もそれが何かを理解した。
遼南中央部の密林地帯で一ヶ月間のサバイバル訓練を行う遼南レンジャー部隊。遼南で使える数少ない部隊と呼ばれる彼等と同じメニューの訓練。その厳しい生活を送ったことを示す遼南レンジャー章は兵達の憧れだった。そのサバイバル訓練では食料の自給は欠かせない課題となる。
「やっぱり食べなきゃ……駄目なんですよね」
すがるように声を絞り出すのが精一杯の誠。
「駄目だよ、誠ちゃん。大きくなれないぞ!」
「ちっこい奴が何言ってんだか」
要の茶々に頬を膨らませるシャム。誠はそのほほえましい光景を見ることもできずにじっとマグカップの中でうごめく虫を見つめていた。
「まあ急ぐものじゃないさ。趣味の……おう、来てたのか」
ロナルドが第四小隊の隊員ジョージ・岡部中尉とフェデロ・マルケス中尉を連れて入ってきた。
「ああ、ロナルドさん達の分もあるから」
シャムの言葉に何か面白いものをもらえたのかと思って自分の席を覗いたフェデロだが、すぐに嫌悪感が煮詰まったような顔に変わる。
「ジャングルライスだ」
その言葉に岡部も顔を曇らせる。
「良いじゃないか、ジャングルの米。慣れれば恋しくなるものだぞ」
そう言うとロナルドは自分の机の上のマグカップからすぐに芋虫を取り出して口に運ぶ。そして景気良く噛み砕いてすぐに飲み込んでしまった。
「ナンバルゲニア中尉。やはり今は季節じゃないみたいだな」
「そうだね。春先のゾウムシが一番おいしいんだよ。あれ?神前君。食べないのかな?」
ロナルドのそばから今度は自分のそばへ歩いてくるシャムに思わずうつむく誠。確かに子供にしか見えないシャムだが、歴戦の勇士であり、最強のレンジャー指揮官の異名をとる彼女である。断ることが出来ないことはわかっているので一番上の少し弱った芋虫にゆっくりと誠は手を伸ばした。




