九十六頁目 人生は助け合い
「――ぁ」
せめてもの礼だったのか男の姿を見送った女の子が、こちらを振り向いて小さく声をあげた。
……怖がらせたかな?
とりあえず手招きしてみよう。
「……………」
ちょいちょいと手招きをすると、女の子は恐る恐るといった様子で少しずつオレの方へとやって来た。
正面から改めて見てみると、女の子とは言っても二十歳近いくらいの顔立ちをしている。ただ、顔や身体のあちこちに泥汚れがあり、およそまともな場所にはいなかったのだろうと思える。
そうして女の子がオレの前……距離にして大体一メートルと少しくらいまで来て足を止めたタイミングで、話し掛けてみる。
「初めまして。オレは刹華ってもんだ」
「私は、フランチェスカです……」
「フランチェスカ……そのままだとちょっと呼び難いな。フランでいいか?」
「……はい。親しい人は、そう呼ぶので」
……初対面だけど、いいんだろうか。
もしかして、『言葉を交わせばみんな友達!』っていう精神の持ち主なのかな……?
「じゃあ、フラン。さっきの、ちょっとだけ見てたんだが……君は捨てられたって事なのか? 奴隷である、君は」
「……はい」
「さっきの男は?」
「奴隷商です。あの男のところに私はいました」
捨て奴隷か……ロゼを思い出すなぁ。
とりあえず改めて『真実の瞳』スキルで確認しよう。
【名前】 フランチェスカ
【種族】 人族
【職業】 元奴隷、元メルトナ商会副商会長
【年齢】 18
【レベル】12
【HP】 244/244
【MP】 305/305
【STR】 85
【DEF】 70
【INT】 99
【MR】 94
【DEX】 97
【AGI】 73
【スキル】 算術、速読、話術、詐術、歌唱、舞踊、舞踏、鑑定眼、家事マスタリー
【固有スキル】 商魂
メルトナ商会? 聞いた事ないな。トリィに聞けば詳しい事がわかるかも知れない。
ステータスは……器用な魔法使いってところか。スキルは完全にとは言わないが、ザ・商売人って感じだな。固有スキルもそれっぽい。
「んー……オレはあんまり詳しくないんだが、フランは解放奴隷って事なのか?」
「そうなります」
「なるほどな。じゃあ、晴れて自由の身ってわけだ。良かったな」
「……そう、ですね」
解放されるのは奴隷にとっては喜ばしい事。
そのはずなのに、フランは沈んだ表情になり、俯いてしまった。
んー……? 普通、奴隷なら諸手を上げて喜びそうなもんなんだけどな……?
解放されるのが嫌だったのか?
「……いえ。ただ、私にはもう行く宛てもないので……」
「あー、なるほど。まあ、そうか。いきなり、どこへなりと行って野垂れ死ね、なんて言って解放されても、それはそれで困るよな」
「あの……セツカ、さんは……何故ここに?」
「ん? いや、二週間くらい前から、時々耳が怒鳴り声を拾うもんだから、一体何があるんだと思ってな」
「……二週間も放置してたんですか?」
「まあな。ローザロッサは人が多いし、なんて事はない喧嘩かなんかだと思って、あんまり気にしなかったんだ」
ローザロッサはダンジョン都市。
それ故に、冒険者や傭兵といった荒くれものも多くいて、少し街を歩けば一つ二つは必ず怒鳴り声が聞こえてくるのだ。
そんな中で、たまたま耳が拾った怒鳴り声の所在を確かめなかったのか、なんて責められるのは筋違いだろう。
まあ、責められているわけではないが。
「ところで、これからどうするんだ? 知り合いがいるならそれを頼ってもいいだろうが……行く宛てないんだよな?」
「はい。元々ローザロッサで奴隷になったわけでもないので、知り合いというのは……」
「うーん……そうか……」
「……あの、どうしてそんなに親身になっていただけるんですか? 私は元とは言え奴隷ですし、放っておけばいいのでは」
「……なんでだろうな?」
「……はい?」
「いや、冗談じゃなく、わからないんだよ。なんでなんだろうなぁ……?」
わからない。わからない……が、思い当たる節がない事もない。
母さんだ。
鬼灯家の母こと鬼灯零華は、昔から、施設の子や捨て子を家に連れ帰っては世話をしていた。
おかげで、血の繋がった息子であるオレには、百人を超える兄姉がいるのだ。
だからきっと、これは遺伝なんだろう。
厄介なものが遺伝してしまったと思わないでもないが、異世界にあっても確かに鬼灯零華の息子だと確認出来るのは良い。
「まあ、そんな事はどうでもいいさ。困ってる奴がいて、それを助ける奴がいる。それだけだ」
「それは……そうですけど」
「とりあえず……侍女衆!」
「――お呼びでしょうか、刹華様」
虚空に向かって呼び掛けると、刹那、鬼人族侍女衆の一人が姿を現した。
「彼女を屋敷に。屋敷に着いたらまずは風呂。着替えは……適当に用意してやってくれ。それから、あー……腹減ってるか?」
「えっ? え、と……はい、まあ……」
「よし。じゃあ、なんか適当に喰わせてやってくれ」
「畏まりました。刹華様は如何なさいますか?」
「オレはまだちょっと街を歩くかな。まあ、昼までには帰る。昼メシもあるしな」
「承知致しました。それでは――」
「――ああ、待て。金は出しておこう」
そう言いつつ、インベントリから金貨を一枚取り出して指で弾く。
「それだけあれば特に困る事もないだろ?」
「はい。しかし、少々多すぎるかと」
「そうか……あ、いや、余りが出たらマリスか紅葉に渡して、屋敷の共有資金に回しておいてくれ」
「承知致しました。それでは、失礼致します」
侍女衆は一つ礼をすると、刹那の内にフランチェスカと姿を消した。
……どうやって移動してんのかな。魔力なんか微塵も感じないし、スキルを使った気配もない。
しかも自分一人のみならず、誰かを連れていても可能。
鬼人族……身内で良かったなぁ……。
「さて。まずは……そうだな。エルティセルに行って、魔物の換金を頼むついでにメルトナ商会について訊いてみるか」
そうと決まれば早速
「――おい、兄ちゃん」
身を翻し、いざエルティセル商会へ、と意気込んで足を踏み出そうとすると、後ろから聞こえてきた声に呼び止められた。
なんとなく聞こえてきた声に嫌な予感を覚えながら振り向けば、先ほど盛大に怒鳴って去っていったはずの男が立っている。
また面倒事か。
自分から首を突っ込んだとは言え、勘弁して欲しいね。
「何か用かい? オレはこれから、ちょっと行くところがあるんだが」
「なあに、そう時間は取らせねえさ。ここに、十八くらいの金髪の女がいなかったか?」
「金髪……ああ、あの子か。見たよ。それがどうしたんだ?」
フランチェスカの事を言っているのはわかっているが、彼女は既に解放された身。
この男がどう出てくるんであれ、おいそれと情報は渡せない。
「そいつ、どこに行ったかわからねえか? あいつは、おれのとこの商品でな。買い手も付いてたんだ」
「商品? というと、あんたは奴隷商か?」
「ああ。用事があるんで、ここで待ってるよう言ったんだがなあ……」
「ふぅん? オレが見た時は、奴隷の首輪なんか付けちゃなかったけどなあ。本当にあんたのとこの商品か?」
「ああ、間違いねえ」
「そうか……。いや、悪いな。オレは力にはなれなさそうだ。……ただ、角の二本生えたメイド服の女に、どっかに連れてかれたみたいだったな」
「な、何!? その女はどこに行ったんだ!?」
「それがな? まるで幻だったみたいに、一瞬でそこから消えたんだよ。魔法を使ったようにもスキルを使ったようにも見えなくてさ。あれは不思議だったなぁ……」
嘘は言ってない。
「クソッ……高値が付いたってのに……!」
「まあ、もしアレなら、この辺りを捜せばみつかるんじゃないか? あの子が消えてから五分も経ってないし、運が良かったら見つかるかもな」
「そ、そうか。いや、いきなりすまねぇな、兄ちゃん。ありがとうよ」
「なに、気にしなさんな。人生助け合いが大切だからな」
「ああ、違いねぇ。助かったぜ」
「どういたしまして、さ。捜し人が見つかるのを祈ってるよ。じゃ、失礼する」
「気を付けて行けよ。この辺りは物騒だからな」
「ありがとう。気を付けるよ」
ひらひらと手を振って男と別れる。
『詐術』スキルのおかげか、オレもなかなか口が回るようになったもんだなぁ。
……さて。じゃあ、エルティセル商会に行こう。メルトナ商会とフランチェスカについて、知ってたら聞かせて欲しいしな。




